懐かしい、夢を見た。
「おーい。モミジ、元気してるか?」
「お邪魔しますね」
「げほっ、けほ。ぅ、おう」
小学生の頃の俺達。両親、なんてのは名ばかりの生活費だけを置いていく人達は、いつでも家を留守にしていた。
そのおかげか、若葉、ひなた、綾乃の三人は、よく家に来て過ごすことが多かった。
布団から身を起こし、咳をする俺の背をひなたが優しく擦る。ありがとうと礼を言う俺に、若葉が持ってきたスーパーの袋を掲げて言う。
「風邪を引いたのだろう。そんな時にはうどんだ、うどん。ざるうどん、鍋焼きうどん、素うどん、どれにする?」
「うどんしかないんですけど」
複数あるようで実質一択のこの問い、何か裏の意味があるのだろうか。
引き気味に言う俺に若葉はおっとそうだな、と朗らかに笑う。
「冗談だ」
「そっか、なら悪いけどお粥でも――」
「素うどんじゃなく、きつねうどんだぞ」
「うどんじゃねーか!!」
思わずつっこんだ。
そうこうしている内に、いつの間にか台所へと行っていたひなたと綾乃が、盆を手に此方へ来る。
「はいはい、病人が騒がないの。お粥持ってきたよ」
「ありがとう。それと文句はそこの
「何故だ、美味しいじゃないか、うどん」
「俺は風邪の時にはお粥派なの!」
ギャーギャーと言い合いながら、手渡されたレンゲでお粥を掬い、口へと運ぶ。少し鶏ガラの風味付けをされたそれは、次をせっせと運ぶほどに美味しかった。
誰かに作ってもらう手料理は、それだけで美味しいし嬉しい、あっという間に完食した。
不意に、くらりと感覚が揺らぐ。熱がぶり返したか?と考えれば、
綾乃の後ろにナニカが居た。
芋虫状の白く大きなそれは、大きな歯をガチガチ鳴らしながら綾乃へと近付く。
「待て……っ」
思い出す。喰われバラバラになったそれを
「綾乃、お前らも、早く逃げ――」
言葉は最後まで続かなかった。若葉とひなたの背後にも、取り囲む様にアイツらは居た。
フラフラと覚束ない手を必死に三人へと伸ばす。もう少し、というところで死を告げる音が止み、口を大きく開けた。
「モミジ」
最後まで此方を見る綾乃の顔は、本当に穏やかで、
「――――」
綾乃が何か言う前に、モミジの意識は吹き飛んだ。
〰️〰️
「――っは?!」
知らない天井だった。
畳張りの大きな部屋に、丁寧に敷かれた布団が一つ。ここまで部屋が広いと逆に寂しく感じるのは何故だろうか。
周囲を見渡して、部屋を出るため襖を開ける。所々である紋を見る限り、ここは諏訪大社らしい。
「おや、目覚めたのかい」
「あ、ども」
廊下を歩くモミジを見た女性が、にこりと笑顔で言ってくる。此処がどこか聞けば、やはり諏訪大社のようだ。
「友達の女の子は、歌野ちゃん達と四国に連絡を取ってるよ。案内しようか」
「お願いします」
案内を頼めば、快く白鳥さんの場所まで案内してくれた。
所謂通信室の様な場所で、綾乃ともう二人の少女が居る。このどちらかが白鳥さんだろうか。
「歌野ちゃん、お仕事中にごめんねぇ。さっきの男の子、起きたから」
「あら藤宮さん、わざわざありがとう! 綾乃さん。彼、起きたらしいわよ」
簡単なプレハブ状の個室のドアを、遠慮がちに藤宮さんが開ければ、白鳥さんが笑顔で出てきた。
モミジを見てにこりと微笑めば、中に居る綾乃へと声を掛ける。
白鳥さんの言葉に此方を振り返った綾乃は、とてもキレイな笑顔を向ける。
やべぇ、絶対キレてる。
「おはよう、よく眠れた? 体調に不調は無し?」
「お、おう。迷惑掛けて、悪かったな」
「そう、なら――――一発殴っても平気だよな」
言葉の後、間髪入れずに綾乃の平手打ちがモミジへと叩き込まれる。来るとは分かってたとはいえ、予想以上のダメージに体勢が崩れた。この女、きっちりと体重を乗せてやがる。
綾乃は更に追い討ちをかけてきた。
「ちょ、一発って言ってなかったか?!」
「世の中は常に変わるもんでしょ? なら言ったことも変更できるさ。後は私の個人的なもの」
「理不尽!」
ゲシゲシとモミジの腹を踏みつける綾乃はある程度で満足したのか、はぁ、と軽い溜め息を吐いてモミジを見る。
「ぶっ倒れる様なキツい精霊使うなってんの」
「いや、あれは本当に予想外だったんだ。いやほんとマジ」
「何使ったの?」
「金熊童子」
「……金熊童子で? 何時もならそうはならない筈、いや、でもあれは……」
綾乃の思案の端々を聞いていると、白鳥さんがあのー、と遠慮がちに聞いてくる。
「お話し中ソーリー。私達の自己紹介がまだよね、やっても良いかしら?」
「おー、命の恩人に何て失礼を、是非とも」
モミジの謝罪に気にしないで、と言いつつ、来ているジャージのジッパーを解き放つと歌野は声高々に言う。
「私は白鳥歌野。ここ、諏訪で勇者をしています。他には、主に農業を営んでいるわ! 農業王ですので!」
あれが自慢の畑よ!と指を辿れば、思ったより本格的な広い畑が見えた。すげぇ。
遠目から見て分かるのはトマトに玉ねぎにキュウリに……、なるほど、自給自足の為に作れる野菜は全て作っているらしい。
「わ、私は、藤森水都。諏訪の巫女を担当しています。えっと、巫女って言っても、四国のひなたさんみたいに凄い訳じゃなくて、えーっと」
わたわたと話す藤森さん。見た目を裏切らない小動物っぷりで空気が軽くなるのを感じた。
そして白鳥さんが藤森さんの肩に手を置くと、自らの方へと引き寄せて言う。
「みーちゃんは私の大事なパートナーよ。モミジさんと綾乃さんみたいなね」
「なるほど、病人の腹に蹴りを入れ合うような仲、と」
「すみません、訂正します。……みーちゃんは私の嫁!!」
「うたのん?!」
突然の嫁宣言に顔を真っ赤にさせて、藤森さんが白鳥さんにあたふたと詰め寄る。
そんな二人を眺めていると、不意に肩を叩かれる、綾乃だった。
どうした、と視線で問えば、通信機のヘッドフォンを手渡される。
「二人に、無事だって報告しないとね」
すっかり忘れていた。
〰️〰️
『――全く、報告が遅れたかと思えば寝込んでた上に忘れてたなどと』
「いやぁ、すまんすまん。起きたら知らん場所だったんでな、現状把握に精一杯だったんだ」
呆れた様な若葉の溜め息がヘッドフォン越しに聞こえる。いや、実際に呆れているのだろうが流石に勘弁してほしい。
諏訪への“道”の接続と、生存者の救出の報告を終えた一同は、雑談の時間に入っていた。白鳥さんは、四国からの定期通信でモミジ達の事を伝えられていた為、ベストなタイミングで助けに来れたらしい。
『すみません、藤森さん。諏訪の神様は、今回のモミジさん達の遠征はなんと?』
「それが……、最近のバーテックスの襲撃のせいで神託が上手く受けられなくなって」
『そうですか……。強引に“道”を接続すること自体は、特に支障はなさそうですか?』
「温厚で、優しい神様だから、大丈夫だとは思いますけど……、すみません、自信がないです」
『あぁ、いえいえ、此方こそ勝手なことを……』
巫女さん二人のよく分からないトークを聞きながら、近くに居たもう一人の巫女へと声を掛ける。
「おい巫女擬き、お前はあれに混じらなくて良いのか?」
「黙ってろ勇者擬き。私は管轄が違うっての」
言いながら食べていたプリッツで此方の頬をグリグリと押し込むというか捩じ込んで来る。痛い、地味にスゲー痛い。
というか、綾乃のプリッツを見てると腹が減ってくる。気を失う前も栄養補給をしようとしていたところだったし。
腹減った。というモミジの呟きに、歌野が反応する。
「お腹が減ったの? なら諏訪の名物、蕎麦をご馳走するわ!」
「おぉ、蕎麦!」
信州そばと言えば有名な物だ。別名うどん県と言われている香川では滅多に食べられる物ではない蕎麦を食べられるとなって、モミジのテンションが上がる。
『なっ、ま、待て、モミジ! 香川の誇りを何処にやった?!』
「……若葉」
『うむ、思い止まったか!』
蕎麦を食べるとなって、通信機の向こうの
「誇りじゃ飯は食えんぜよ」
『も、モミ――――』
ぶつりと音を立ててスイッチを切る。ピー、と機械音だけとなった空間で、モミジと歌野はお互いに無言で親指を立てた。
「蕎麦、ご馳走になります!」
「ようこそ、蕎麦の世界へ!」
今ここに、香川と諏訪の友情が結ばれたのだった。