「…………?」
「どしたの、モミジ」
不意に視線を感じて振り返る。だが、視線を向けた先には何も無い。見慣れた風景が並んでいるだけだ。
別に、と疑問符を浮かべる綾乃へ返し帰路の続きにつけば、そういえばと若葉が何かを思い出すように虚空を見る。
「最近は皆今まで以上に鍛練に熱を入れていてな。私もうかうかしては居られない様になったんだ」
「そうなのか」
聞けば、今までは“勇者としてのお役目”、という理由でなし崩し的に行っていたらしい。
別に惰性で続けていたという訳ではなく、それはそれで真面目に行ってはいたらしいが。
「大きく変わったのは千景と杏だな。特に杏は球子へ今まで以上にビシバシ言うようになったぞ」
「確かに、タマちゃんがイタズラする頻度も下がったしねぇ」
「はい。杏さんが球子さんを折檻して下さるので大助かりです♪」
球子のするイタズラの中で一番の被害者であろうひなたが黒いオーラを放ちつつ、うふふと笑った。
その現場を直で目撃する側としては正直眼福としか言いようがないのだが、それを口に出すと折檻の対象がもう一人増えるだけなので黙っておく。
因みに吊すとは文字通りで、週に三回か四回は教室の隅で吊されているのを目撃することが多い。
「タマちゃんも懲りずに何度でも行くからねぇ」
「学科の神官がノーリアクションで授業を始めるくらいには吊られてるな」
「……うむ。まぁ、私からは何も言うことはない」
その光景を思い出しながら宿舎へと足を運ぶ。夕飯時までは自由行動な訳だが、それぞれ憩いの時の過ごし方を選ぶのがほとんどだ。
「モミジはどうするの?ゲーム進める?」
「いや、今日は学科ばかりであまり動けてなかったしな、軽く身体動かして来るよ」
女子寮から柵を挟んで向かい側にある家の玄関を手早く開けると、入って直ぐの所に荷物を投げ込んで玄関に置いてあるトレーニングウェアに着替える。
荷物を粗雑に扱うモミジの姿にひなたが静かにため息を吐くが、小言を言われる前に出るとしよう。
「モミジさ――」
「後で片付けるよ、行ってくる」
先手必勝。
ひなたが全てを言う前には、モミジの姿はとうに見えない程になっていた。
私も鍛練に行こうかな、と若葉が手早く準備し始めた所に、肩へと手を置かれる。
振り向けば、笑みを浮かべた幼馴染み。
「若葉ちゃん?」
「わ、私はちゃんと片付けてから行くぞ?!」
おのれモミジ、と逃げた方向へ恨みの眼を向けながら若葉は急いで荷物を運んだ。
◆
丹田を意識しつつ、呼吸をする。
吐く息に身体内部の内気を混ぜ、吸う息から外からの外気を取り込み、指先まで行き渡る様に意識する。
本当に気を操っている訳ではない。ただのイメージだけだが、そのイメージが重要なのだと、武道指南の神官が言っていた。
――神樹様は神霊の類の存在。それを使役するモミジ様や若葉様達“勇者”は、尚更その力への知識や制御を行う事を重点に置かなければなりません――と。
聞くのは簡単だが、実際に行うのは結構難しい物である。
「ふぅー……。……?」
再び感じる視線。悪意だとか殺気混じりだとかいうのではないのだが、
幽霊だとかを怖いとは思わないが、まさかストーカーだとでも言うのだろうか。
「モーミジ君っ」
「ん?おぉ、高嶋さん」
不意に掛けられた声に振り向けば、同じく鍛練中なのかトレーニングウェア姿の友奈が居た。
ニコニコと笑みを浮かべながら此方へと歩いてくる。
先程の視線はいつの間にか消えていた。勇者である友奈が居るなら早急に対処せねばと考えたが、消えたのなら問題はないだろう。
「何の鍛練をしてたの?」
「んー、気力のコントロール……かな?」
「あぁ、モミジ君の神具の為?確か、モミジ君の力で振り回せてるんだっけ?」
「まぁ、そんな感じかな」
友奈に返答しながら、自身の神具である大刀を見る。
“天災”の後、ぶっ倒れるくらいの疲労感から大刀を調べて貰うと、凄まじい勢いで身体から力を吸い取っているのが分かった。
流石に毎回倒れては生死に関わるということで、大社の国土家、つまりは綾乃の家系のお偉いさんが特注で作ったのが今大刀に巻いてある札。
身体の負担を減らすというのが目的の札らしく、確かに使ってるとそこまで疲労感は無くなっていた。
因みに、綾乃がモミジに同行するのは本人の意思というのもあるが、この札が剥がれた際の対処というのも含まれている。
「ねぇねぇ、これ触っても大丈夫?」
「あぁ、俺以外には反応しないらしいし、大丈夫だよ」
興味津々に大刀を指先でつんつんと触れる友奈に、モミジが笑いながら促す。よーし、と柄を両手で握ると、ふんと地面に足を踏ん張った。
だが、ぷるぷると震えながら剣先が上がるだけでそこから先の動作が今一はっきりとしない。
「……無理っ!」
「お疲れ、持ち上げたのは若葉以来だな」
「重すぎだよこれぇ……」
「確かに、なっ」
モミジが近づき柄を握れば、何かが吹き込まれた様に大刀が軽い様相で持ち上がる。がしりと肩掛けに持ち上げると、友奈からおぉー、と声が上がる。
「やっぱりモミジ君専用なんだね、その大刀」
「らしいな。でも、この状態でもかなり重いからなぁ。筋トレに、今やってた気力トレーニングもしなきゃな」
「そっかぁ」
ざざ、と強めの風が吹く。そろそろ冷え込む時期かな、とひんやりとし出した風に思えば、友奈が顔に靡く髪を押さえながら言う。
「……ねぇ、モミジ君」
「どうした?」
~~
「よっ、ほっ……」
たん、たん、と大地を蹴って走りながら若葉はモミジの居る鍛練場へと足を急がす。
整備された道ではなく、適度な大きさの岩が転がる獣道を駆け上がるのが若葉の中でマイブームだった。
「うむ、やはりこの鍛練は足腰を鍛えられる。何時何処が戦場になるかは分からんからな、日々こうして……。っと」
そろそろ到着だ。と若葉がラストスパートをかけると、鍛練場に二人の姿が見えた。モミジと友奈だ。
何やら向き合って話をしているらしい。鍛練後の休憩中ならこの後私も混ぜて貰いたいものだ。
「友奈も来てるのか。丁度良い、組み手の相手になって貰おう」
おーい、と鍛練場へと着いた若葉が口を開こうとした時風が音を立てて吹く。舞い上がった木の葉や砂に視界が遮られ、顔を手で覆いつつ足を進める。
それは、そんな時に聞こえた。
「――付き合ってほしいな」
「えっ?」
若葉の間の抜けた声が、自然と口から出た。