大神紅葉は防人である   作:社畜戦士 くっ殺

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七夕

ぽかぽかとした柔らかい日差しが窓から差し込む昼下がり。7月に入ったとはいえまだそんなに暑くない気温は、もう少しすれば本格的な夏に入るかなと欠伸をしながらモミジは思う。

 

今は授業中、教師役の神官の話は、今の自分には眠りに誘う子守歌にしか聞こえない。

 

実際隣を見ればうつらうつらと船を漕ぐ若葉が、パシャリとひなたからスマホで写真を撮られていた。おいひなた、今は授業中だぞ。

 

 

「暇だなぁ」

 

「鍛錬も前まで程の過密さは無くなりましたしね」

 

「平和って事でしょ?良いことだよ!」

 

 

ぼやくように言えば、ひなたが補足する様に言う。その言葉に反応した友奈が、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 

 

バーテックスの侵攻が無くなったとはいえ、“勇者”や“巫女”の必要性が無くなったという訳ではない。

 

前程の神輿に上げるような苛烈さはないが、世界はだんだんと“天災”が起きる前の平和な日々を取り戻していた。

 

 

「タマっち先輩?まだ授業中なのに荷物を纏めて何処に行く気?」

 

「うげっ……。あ、杏ぅ。これには深いようであまり深くはなさそうな理由があってだなぁ」

 

「どうせ釣りでしょ。ここで吊されるか戻るか、どっち?」

 

 

杏の低いトーンに脅され、静かに席へと戻る球子を横目に確認する。杏は強くなったなぁ、と考えていると、教室の扉がバン、と開かれた。

 

 

「ヘールプッ!!モミジさん、敵襲よ!!」

 

「何ィ!!!?」

 

 

扉を開けるなり怒鳴る歌野に、即座に目覚めた若葉が“生大刀”を握り締めながら立ち上がる。

 

鍛錬で新たな技を手に入れたと言っていたが、試す機会が無くてモヤモヤとしているらしい。

 

 

「敵は何処だ、歌野!!」

 

「私の畑よ!作物を荒らして困ってるの!」

 

「よし分かった。勇者達よ、私に続け!!」

 

 

言うが早いか、此方の返答を聞かず若葉は飛び出して行った。

 

他の面子は話のオチが想像ついたのか、友奈が苦笑いをしヒラヒラと手を振って見送るだけだ。

 

仕方ない、という様にモミジも続く。

 

 

「何が出たの、猿?猪?」

 

「猪よ!何頭も群れで来るから困ってるの!」

 

「オーケー、任せろ」

 

 

走り出しながら歌野に問えば、やっぱりか、という様な返答が返ってくる。

別段猪相手に技を試すのもアリだろうが、若葉はあまりそういうのは好まない。

 

多分、終わった後でうどんを自棄食いするんだろうなぁと思いながら、歌野の畑へと足を急がせる。

 

 

 

 

「…………あの、授業中なんですが」

 

「大丈夫です。続けて下さい」

 

「あっ、はい」

 

 

この後、人知れず涙を流す神官の姿があったとかなかったとか。

 

 

 

 

「むぅ」

 

「まぁまぁ、そう気を落とすなよ」

 

 

猪の相手を終えての帰り道、むくれる若葉へと苦笑いをしながらモミジが言う。

 

 

「お礼だってアイス貰ったろ?食いながら帰ろうぜ。俺達の特権だ」

 

「……そうだな」

 

 

最初は頬を膨らませていた若葉だったが、袋から取り出した棒アイスの誘惑に乗ったのか興味あるように覗いてくる。

 

二つに割って食べるタイプのそれをパキリと真ん中で割って、ほらと差し出せば礼を言って受け取る。

 

因みに今日狩れた猪は、後日“戌崎”で猪鍋として出るらしい。今から楽しみである。

 

 

「油断しちゃいけないとはいえ、バーテックスが攻めて来ないのは良いことだ。取り戻したかった平和の一つが、手に入ったんだから」

 

「……うむ」

 

 

まだ若干食べるには早いかと思ったが、さっきまでの騒動で身体を動かしていたせいか冷たいアイスが美味しく感じる。

 

若葉もそうなのか、目を細めてゆっくりと味わっていた。

 

 

丸亀城への帰り道、その途中にある商店街の一角の店の壁にベタベタと貼られた紙に目が向く。

 

見れば、“願い事”という形で絵に描いた笹へ短冊が飾られていた。

 

 

「七夕か」

 

「そうだな。……懐かしい物だ」

 

 

 

七夕。

願い事を綴った短冊を笹に吊るし、年に一度天の川に居るという織り姫と彦星へ願うという行事。

だがその行事は、“天災”のあの日以降、ほとんどと言って良いほどに行われる事がなくなった。

 

その理由が、“天空恐怖症候群”。

 

千景の母親も罹っているその病は、空から飛来してきたバーテックスがトラウマとして頭から離れられず、ふと空を目にした時にバーテックスを幻視してしまうという病気だ。

 

酷い物で、テレビに映った青空や本の絵でも反応してしまう程に重度の物もある。

 

その事もあってか、今の時分では七夕という行事は自然と行わない。という風潮が当たり前になっていた。

 

 

「こ、これは勇者様方?! すみません、今すぐ処分しますので……!」

 

「いや、待ってほしい。私達も飾りたいと思ってな」

 

 

店から顔を覗かせた店主らしきおじさんが、若葉とモミジの顔を見るなり慌てて剥がそうとする。

 

それを制止し、備え付けられた短冊とマジックペンを持つとうーむと考え出した。

 

 

「この場合、丸亀城勇者チームを代表として書いたら良いのか、それとも私個人として書くのか……。いやしかしな」

 

「難しく考えすぎだろ。簡単なもので良いんだよ。“文武両道”とか良いんじゃないか?」

 

「あ、良いなそれ」

 

 

モミジの言葉を受けて、キュキュッ、と音を立ててペンを走らせる。

 

今だそわそわとしている店主に、大丈夫、とアイコンタクトを送るとペコペコと頭を下げながら店へと帰っていった。

 

 

――“勇者”、“巫女”、及びその関係者に逆らうな。というのが、暗黙の了解として世間に広まっていた。

 

 

以前あった球子命名の“丸亀城の変”、その切欠となった事件を皮切りに大社の過激派グループが異を唱えたのだ。

 

 

「“勇者”様や“巫女”様方へ何という仕打ち、許されざる行為ですぞ!!」

 

「“勇者”様方の活躍のおかげで生き延びられているというのに、その事を理解しているのか?!」

 

――等々。

 

 

中には神樹からの“恵み”。即ち食料や物資の供給を断て。という意見もあったが、事件の主な被害者である若葉とひなたがそれはあんまりだと言うので、間に入ってなんとか宥めた事がある。

 

その事は秘密裏の事だったのだが、人の口に戸は立てられぬ。とでも言うのか、少しの間で四国中を噂は走っていた。

 

 

ここの店は大社や丸亀城から離れた場所にある商店街。子供達の事を思っての事なのだろうが、それは別に咎める程の事ではない。

 

――ちょっとした行事で息抜きが出来るのならば、それは素晴らしい事だと思うから。

 

 

「よし、出来たぞ」

 

「お、そう――。どんだけ願ってんだ、お前」

 

「ち、違うぞ?!皆の分もと思ってだな?!」

 

 

いつの間にか数が増えた短冊に呆れながら言えば、若葉が慌てて訂正する。

 

言われて見れば確かに、それぞれの名前で個人の事を書いていた。

 

順に見ていく中で、ふと一つの短冊に目が止まる。

 

 

早く元気になりますように。

 

 

他の比べると、おそらくは綾乃の分だろうと思える。それに気付いたのか、若葉が苦笑いをして言う。

 

 

「ずっと体調を崩しているだろう?早く元気になって、皆で遊びたいからな」

 

「……そうだな」

 

 

ありがとう。と短く言えばうむ、と力強く帰って来た。

 

 

“呪い”の事も、“穢れ祓い”の事も何一つ伝えてはいないが、モミジが何かを抱え、綾乃の体調不良が何かしら関係あるのは薄々とだが理解しているのだろう。

 

それでも何も言ってこないのが、若葉なりの優しさなのかもしれない。

 

 

ありがとう、と同時にごめんな、とも思う。

 

若葉やひなた達の時には強引にでも話を聞いて首を突っ込むのに、自分の時には何も言わないのだから。

 

 

勝手な奴だと思われても仕方ない。

 

 

だからこそ思う。全部終わって、綾乃の“呪い”もバーテックスとの戦いも決着が着いたら、今までの事を話そうと。

 

 

時間はたくさんあるはずだ。ゆっくりとでも、俺の道程を皆に伝えようと、そう思った。

 

 

 

 

丸亀城の教室に向かっていると、何だか賑やかな声が聞こえる。隣の若葉と目を合わせ、互いに小首を傾げながら教室へと入るとそれに気付いたひなたが嬉しそうに声を上げた。

 

 

「お二人とも、良い知らせですよ!」

 

「その顔見ると相当なもんらしいな。一体どうしたんだ?」

 

「むっふっふ……、じゃじゃーん!」

 

 

得意気な顔をした友奈が背から回して見せたのは、一冊の薄手の冊子。

 

そこには、“勇者様方ご案内状”と書かれていた。

 

 

「何だ、これは?」

 

「大社からの提案で、私達の慰安旅行が決定したんです。出発は明日なので、これから帰って準備しないとですね!」

 

「トランプとか持って行こうね、梓ちゃん!」

 

「うん!」

 

 

冊子をペラペラと捲りながら、なるほどこれで色めきだっていたのかと理解する。

 

泊まる旅館もかなり豪勢な物らしく、施設も勿論、宿泊している間のセキュリティも大丈夫そうだ。

 

 

「そうか。まぁ皆で楽しんで来いよ」

 

「「「えっ」」」

 

「え?」

 

 

モミジの言葉にきょんとした顔で返事をするひなた達に、思わずモミジも聞き返すように言う。

 

“勇者様方”と書いてあるのだから、“勇者”と“巫女”が行くべきではないのだろうか。

 

 

「モミジお兄ちゃん、行かないの?」

 

「いや、俺勇者じゃないしな……。梓は“巫女”だから、楽しんでおいで?」

 

「何を言っている、お前だけ除け者になんてさせるか。ひなた、担当の神官につなげ」

 

「大丈夫ですよ若葉ちゃん。元からモミジさんも参加していただく様になってますので」

 

 

文句を言う気満々な若葉に、お前勇者の特権ガンガン使うなぁと正直思う。職権乱用も良いところだ。

若葉の言葉を受けたひなたが、冊子の後ろの方にある参加者を所をとんと指で示す。

 

そこには確かに大神紅葉の名前が記されていた。

 

 

「勇者じゃないからだなんて、寂しい事仰らないで下さい。皆、友達であり仲間ですから」

 

「……悪かった」

 

 

確かに、変に考えすぎだったのかもしれない。最近は色々とあった、たまには何も考えずゆっくりと休暇を過ごすのも良いのかもしれない。

 

そうとなれば、明日の荷仕度をしなければならない。梓の分もあるし、予備の旅行鞄はあっただろうか?

 

 

「先生! おやつは500円までで良いですか?!」

「そうですねぇ、特別に許可しましょう」

 

「ひなた、うどんはおやつに入るか?!」

「若葉ちゃん、うどんは主食ですよ」

 

「先生、ゲーム機の持ち込みは何台までオーケーですか?」

「千景さん、少しの間ですから我慢しましょう?」

 

 

臨時教師となったひなたを先導に、やいのやいのと話が進む。近くには綺麗な河川が流れているらしく、景色を楽しむのも良し、泳ぐのも良しの好スポットの様だ。

 

 

とにかく、と手を打ってひなたが言う。

 

 

「明日からの慰安旅行、大社からのご厚意に感謝して楽しみましょう!」

 

 

ひなたの言葉に、一同はしっかりと頷いた。

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