大神紅葉は防人である   作:社畜戦士 くっ殺

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風邪を引きました。辛い。


残されたモノ

ふと、目を開けた。

 

見慣れない空間、だがそれがこの世の何処でもないことはすぐに分かる。

 

一面黒に近い灰色の、何もないだだっ広い世界。

何処か、自分と同じヒトガタのあの少女(いもうと)に連れて行かれた世界に似ているな、と他人事の様にぼぅと考えていた。

 

 

大地の様な踏みしめる場所はない。ふよふよとした感覚を楽しんでいると、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。

 

その声の方を見れば、ニタニタと嗤う灰色の鬼(オオタケマル)

 

 

『随分とまぁ身体を穢れに侵されてるなぁ、主様よぉ?』

 

「お前まだ神樹に取り込まれてなかったんだな。意外としぶとい事で」

 

 

馬鹿にしたように嗤う“鬼”に皮肉で返せば、うるせぇ!と怒って反応する。

 

以前、バーテックスの四国侵攻の際に身体に降ろしたのだが、どうやらこの“鬼”との相性がぶっちぎりで良いらしく、こうして俺の身体に寄生しているらしい。

 

身体の半分以上が“神”と昇華している今となっては以前とは違い特に害は無いのだがなるほど、こうして余裕有る態度を取ってくる辺り隙を見て俺の身体を乗っ取ろうと画策しているのだろう。

 

 

それほどにモミジの身体が、“穢れ”に侵蝕されているという事だ。

 

 

「それを言うために来たのか。案外暇なんだな」

 

『精霊に暇もクソもあるか。お前も他の“勇者”共も、ちと平和ボケしてんじゃねーかと思ってな』

 

「……どういう意味だ」

 

 

因みにこうして会話するのは初めてではない。たまにだがこうして夢に出てくるのだ。

 

その度に軽く弄って遊んでいるのだが、今回は違うらしい。

 

この“鬼”にしては珍しい、真面目な雰囲気を纏っていた。

 

 

『アイツだ、あのくそ野郎が直ぐ近くに居る』

 

 

苦虫をかみつぶしたような大嶽丸(おおたけまる)。そんな様子を見て、モミジは直ぐに合点が行った。

 

 

「アイツって、もしかして神遣(シンシ)の事か?」

 

『おう。お前と匂いがよく似てるからはっきりとは言えなかったが、この気配は確かに奴だ』

 

「何処に居る」

 

 

ずい、と近付いて聞けば、大嶽丸はモミジから離れる。見れば、引き気味に顔をしかめて此方を見ていた。

 

 

『殺気が洩れてるぞ』

 

「あ、すまん」

 

 

どうやら無意識の内に神威を放っていたらしい。心を静め、続けろとハンドサインを出せば大嶽丸はこほんと言い。

 

 

『お前達や大社とやらの連中が気付かないのも無理がない。伊達に数百年生きてねぇ程の事はある』

 

「前置きは良いんだよ、さっさと言え」

 

 

勿体ぶる大嶽丸に僅かな苛立ちを感じていると、まぁ待てよと鬼は嗤う。

 

 

『昔から言うわな、“木を隠すなら森の中”、“灯台下暗し”ってな』

 

 

――神職に就く者は今の大社にとって貴重な存在だ。故に一般人とは違い、役所ではなく大社にて戸籍などを保護され手厚い待遇を受ける。

 

祝詞や神事をこなせる者が、穏便に事を進めるため出来るだけ目立たず行動するにはどうすれば良いだろうか。

 

簡単だ。()()()()()()()()()()()()の中でひっそりと暮らせば良い。

 

 

「……まさか」

 

『そう、そのまさかさ』

 

 

モミジの驚愕する顔を見て、イタズラが上手く行った子供の様に大嶽丸は笑顔を浮かべ嗤う。

 

 

『アイツの気配は、大社から確かに感じた』

 

 

モミジの心臓が、どくりと跳ねた。

 

 

 

 

「……あの男がか?」

 

「はい。誰が、とまでははっきりとしませんが、確かに感じたと」

 

「根拠はあるのかい?」

 

「俺の“御役目”、“勇者”とそのお付きの“巫女”の動向、それら全ての情報が筒抜けである以上信憑性はあります」

 

「…………ふむ」

 

 

モミジの言葉に、国土和人(こくどかずひと)は顎に手を当て、うーむと天井を見上げる。

 

あーでもないこーでもないと思考を走らせ、答えが出なかったのかはぁとため息を吐いてモミジを見る。

 

こういう所、綾乃に似てるよなぁと思う。血筋なのだろうか。

 

 

「どう思う?」

 

「どう、とは?」

 

 

質問に答えられずそのまま返せば、和人はつるつるに剃り上げた頭をぺちりと叩きながら、

 

 

「あの男、初代大神が四国に侵入してくる理由だ」

 

「“天の神信仰”の布石の為とは考えられませんか?」

 

 

天の神、つまりは“天津神”への信仰を増やし、尚且つ大社転覆を狙うのであれば十二分に考えられる理由だ。

 

モミジの言葉に、だがと和人は言う。

 

 

「大社を、四国を潰したいのならあの化け物(バーテックス)共を継続的にけしかければ良いだろう?事実、四国は一時的に大打撃を受けた」

 

「“勇者”は強い。奴等だけでは効果が薄いと考えた」

 

「なら休む暇を与えなければ良い。“勇者”も人だ。朝昼夜、時間を問わずバラバラに侵攻すれば、万全な体勢は取れず瓦解する」

 

「それもしない。つまりは、今は動かないのではなく動けない……」

 

 

ふと出た結論に、和人が追求する。

 

 

「何か知ってるのかい、モミジ君」

 

「以前の侵攻の際、初代大神と思わしき異形を撃破しました。その際に向こうのヒトガタ……、つまりは、俺の妹が確か」

 

 

――お父さんの身体を治すのに、あのうじ虫を一杯使わなきゃならないのに

 

 

モミジの言葉に、和人の目が細くなる。

 

 

「うじ虫というのは、あの化け物(バーテックス)の事で良いのかい?」

 

「はい。奴等は“天津神”が遣わした存在。同族食いにはなるのでしょうが、エネルギーその物を喰らい充填するという点では便利な物と思います」

 

 

モミジの言葉になるほど、と納得が行くように頷く。何処か当てはまる点があったのだろうか。

 

 

「確かに、古来の神話等でも身体を治すために自身の信徒や子を喰らう神も居るという。それも有り得ない事ではないからね」

 

 

和人の言葉にそれを想像し、うへぇと思わずため息が出る。もし俺の場合はどうなるのだろうか、“棍”や野菜を作ってバリバリと戴くだろうか。

 

うん、絵的にはまだ大丈夫そうだ。

 

 

さて、と和人はよっこらせと立ち上がる。部屋の壁側に設置した木製の戸棚を開けながら、

 

 

「時間はあるかい?綾乃も知らない、ちょっとした特別な茶葉が有るんだ。飲んでいかないか?」

 

「へぇ、特別な茶葉ですか?」

 

 

あぁ、と急須に茶筒を傾けながら言う。貼られたラベルはかなり古そうで、どうやら大事に飲んでいるらしい。

 

 

「姉、モミジ君のお母さんが好きだった茶葉でね。静岡で作られる特別な茶葉だから、あまり量がないんだ」

 

 

こぽこぽとお湯が注がれる。上がる湯気と同時に漂う香りに、なるほど普段飲む物とは違う物だと感じる。

 

カチャリと急須の蓋を閉め、続いて茶菓子を用意するのか何処だったかと部屋を出て行った。

 

厚意に有り難く甘えようと、座っている座椅子に深く腰掛ける。ふぅ、と大きく息を吸って吐いた。

 

 

綾乃の“呪い”も、同時に俺の“穢れ”もかなり進行している。綾乃は何でもないように振る舞っているが、身体には大きな負担が掛かっているのだろう。

最近の食事の量がかなり減っているのがその証拠だ。

 

ぐずぐずしては居られない。早く“天の神”へのパスを手に入れ、“呪い返し”を実行しなければ。

 

 

「お待たせ、悪かったね」

 

 

開いた襖の向こうで、和人が茶菓子を二人分手に立っていた。羊羹だろうか、中に栗などが入っている。美味しそうだ。

 

さぁ、食べようと湯呑みに茶を注ぎ目の前へ差し出される。どうぞと言われるまで待って、ゆっくりと口を付けた。

 

 

「……美味しい」

 

「だろう?後味がすっきりしていてね、苦味がそう無いのが好きだと言っていたよ」

 

「はい。僕もそう思います」

 

 

茶葉の風味、そして後味。そのどれもがくどくもなくすっきりとした風味を感じる。

 

そんなモミジの様子を見て、和人は満足そうに微笑んでいた。

 

残りも、と湯呑みを手に取ろうとしたとき、ポケットのスマホが震える。和人に断りを入れて画面を見れば、それはひなたからだった。

 

 

「もしもし。どうした何が――」

 

『モミジさん?!すみません、私がついて居ながら……』

 

 

電話越しに聞こえるひなたの周囲の喧噪。どう聞いてもただ事ではないその状況に、ざわりと総毛立つ。

 

 

『梓ちゃんが、“予知夢”の影響で昏睡状態になってしまって……っ』

 

 

ひなたのその言葉に、モミジは直ぐさま部屋を飛び出した。

 

 

 

 

和人に簡単に謝罪と状況説明をし、大社の廊下を走り抜ける。

 

梓やひなた達“巫女”が修行している場所は知っている。“眼”で見れば、行こうとしている場所に確かにひなたと梓の反応を感じた。

 

 

「紅葉様?!この先は男子禁制ですよ?!」

 

「知ってるよ!!」

 

 

男子禁制の場を走り回るモミジに、ぎょっとした顔で年輩の“巫女”が声を上げる。

 

半ば投げやりな返答をしながら、それでも足を止める事無く廊下を走り回る。

 

 

ようやく一つの部屋へとたどり着いた。襖越しに見れば、他にも水都らしき反応と他の“巫女”の反応がある。

 

 

「梓はどんな感じだ」

 

「モミジさん!」

「モミジ君?!」

 

「え、ちょ、此処男子禁制じゃなかったっけ?」

 

 

ひなたは安堵の表情を、水都は何で此処にと驚愕の表情を浮かべた。説明してくれてないのか。

 

もう一人居た“巫女”の言葉に何て返そうと悩んだが、その真ん中に敷かれた布団で寝る梓を見て即座に吹き飛ぶ。

 

 

「反応は全く無しか?」

 

「はい。ごめんなさい、私がちゃんと見ていれば……」

 

「ひなた達のせいじゃない。“力”のコントロールが上手く行っていると信じていた俺にも責任はある」

 

 

恐らく、見た“予知夢”の内容にショックを受けたか、その情報量がコントロール出来ず受けきれなかったかだ。

 

ひなた達“巫女”もよくある事で、神託は“神樹”がその情報量を調整してくれるが、“予知夢”はそうは行かない。

 

 

苦しそうな顔の梓の額に手を乗せる。……酷く混乱している、寝ながらにして正気を保っていない状態だ。

 

本来なら場所を移して行わなければならないのだろうが、そうは言っていられない状態だ。

 

 

ふぅ、と息を吐きゆっくりと神力を練り上げる。

 

流石に“巫女”なだけはある。

もう一人の“巫女”も含め全員が反応を示したのを見て、モミジは笑って言う。

 

 

「ちょっと、梓を迎えに行ってくる」

 

 

練り上げた神力を、梓の中へと流し込んだ。

 

 

 

 

死んじゃう。

 

 

諏訪での事を思い出す。

 

私だけを逃がそうと、身体を張って犠牲になった両親を。

 

 

死んじゃう。

 

 

それだけは嫌だ。もうそれは嫌なのだ。周りの親しい人に死んでほしくない。その為に、その危機を察知する為に私は修行をしているのに、“力”がほしいのに。

 

 

黒い気配を感じる。怖い。でも、今の自分には何の抵抗も出来ない。

 

迫る気配にぎゅっと目を閉じれば、その前に暖かい何かが自分を抱き上げてくれた。

 

 

『帰るぞ、梓』

 

 

短い声だったが、聞き慣れたその声と共に梓の意識は浮上する。

 

 

 

 

「――ふぅ」

 

 

モミジが安堵の息と共に、疲れた様に姿勢を崩す。それと同時に昏睡状態だった梓がパチリと目を覚ました。

 

 

「梓ちゃん!!」

「良かったよ、目を覚ましたんだね!」

 

 

ひなたと水都が梓へと抱きつく。ぎゅうぎゅうになりつつも、今の現状に気付いたのか梓の目に涙が溜まっていく。

 

 

「……アンタ凄いね。神様みたいな気配を感じたけど、何をしたの?」

 

 

大丈夫そうだなと梓の泣き声を聞きながら、此方も安堵の息を吐いてもう一人の“巫女”が聞いてくる。

 

(ヒトガタ)の事は話さない方が良いだろう。そうだな、と顎に手を当て考える。

 

 

「神様の一柱と仲良しでな。“力”をお借りしたのさ」

 

「……何か、“勇者”連中の周りってぶっ飛んでるのね。球子といい、杏といい」

 

「二人を知ってるのか?」

 

「同郷ですから。あ、遅れたけど私は安芸真鈴(あきますず)。よろしくね、大神紅葉君」

 

 

握手を求められ、しっかりと返す。モミジの名前を知っているのことに驚いたが、有名人ですから、という返しになるほどと苦笑いする。

 

恐らくだが悪目立ちの方であろう。

 

 

真鈴との話が終わった所で、不意に軽い感覚が背中から感じる。見れば、梓が背中に張り付いていた。

 

どうした?と聞けば行っちゃやだとの事。どういう意味だ。

 

 

「その……。モミジさんか、その近くの誰かが亡くなる“予知夢”を見たそうで」

 

「断片的にしか見てないそうなんです。ショックで自分から切り離したのかも……」

 

 

そのせいでコントロールが乱れたのか。と納得する。

 

 

梓を正面で抱き直しつつ、ゆっくりと背中を擦って落ち着かせる。落ち着いたのを確認してから、ゆっくりと話し掛ける。

 

 

「それは俺が死ぬ夢だったのか?」

 

 

モミジの言葉にちょっと、とひなたが焦った様に言うが大丈夫だとアイコンタクトで返す。

 

 

「……ううん。私が見たときにはまだ」

 

「途中で見るの止めたからか?」

 

モミジの言葉に、ぎゅっと胸元に顔を埋めながら梓が言う。

 

「うん。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

どくりと、モミジの心臓が強く跳ねた。

 

 

 

 

「ふむ。淹れ直した方が良さそうだな」

 

 

神官の一人から詳しい事情を聞いて、仕方ないと和人は一人ごちる。

 

“力”の制御は難しい物だ。特に望月梓は綾乃と同じ貴重な特殊な“巫女”の一人。まだ小さい事もあり、制御は完全ではないのだろう。

 

取り敢えず無事だという事が分かって安心した。何よりだ。

 

 

手を付けていない羊羹にラップを掛け、戸棚へと戻しておく。その際にばさりと書類が落ちたのを見てしまったと纏めていく。

 

一枚の書類で目が止まった。初代大神らしき異形のデータ。モミジは撃破したと言っていたが、あの男がそれで死ぬとは考えられない。

 

まぁ、今はまだ焦る時ではないと気持ちを切り替える。そろそろ日暮れだろうか、日が傾き赤に近い橙色の日が差し込んだ所で。

 

 

「……ふぅ、冷めているが。この茶はやはり美味いな」

 

 

そんな、声が聞こえた。

 

 

 

 

気付くのが遅かった。

 

 

あの男が大社に潜入する理由を。その目的を。

 

“勇者”や俺と戦うには戦力が足りない。だが此方に、綾乃や俺にダメージを加えるのならどうすれば良いのかを。

 

 

側に立つ神官が息を飲む。

 

誰もが踏み込まないその部屋へ、血生臭い臭いが漂うその部屋へと足を踏み入れる。

 

 

“呪い”はその者が精神的に堕落した時に、大きく効果が発動するものが多い。

 

ならば、その者の身内を狙うのは考えられる理由の一つだった。

 

 

「……おじさん」

 

 

綾乃の残された血の繋がった唯一の身内が、

 

国土和人が、殺されていた。

 

 

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