ずるり、と蕎麦を啜る。
口の中に入った蕎麦をゆっくりと咀嚼し、その風味を、味を楽しんでいく。なるほど。
「――美味しい」
「でしょうっ?!」
モミジの言葉に、歌野はテーブルに身を乗り出して目を輝かせる。そして、あれやこれやと蕎麦の魅力を語りだした。
そんな歌野を見て苦笑しながら水都がごめんね、と言う。
「うたのん、二人が来るってなった時から、蕎麦を食べてもらうんだーって、一生懸命で」
「そうなのか。いや、でも初めて食べたよ、こんなに美味しい蕎麦」
「本当に。付け合わせの天ぷらとつゆの相性も抜群」
隣で綾乃が野菜たっぷりのかき揚げを食べる。サクサクとした衣の音に、シャキシャキと聞こえる野菜の瑞々しさが食欲をそそる。
これら全てが白鳥さんの畑から取れたというのだから驚きだ。勇者として諏訪を守って、そして畑で食料も自給自足して。衣食住全てを主に神樹任せにしている四国とは格が違う。
「はー、美味しかったぁ……」
「ご馳走さまでした、美味しかったです」
「お粗末様。そう言ってもらえて嬉しいわ」
久々のちゃんとした食事ということもあったが、かなり満足のいく食事だった。ふんふんと上機嫌で片付けていく白鳥さんに、思わず待ったを掛ける。
「片付けくらい手伝うよ、そこまでして貰わなくとも……」
「良いの! モミジさん達はお客様なんだから。それに四国からここまででしょ、遠慮なくゆっくりしてて」
半ば強引に席に座らされると、入れ換わりに水都が食後のお茶とお茶菓子を持ってきた。手作りの野菜を使ったお菓子だそうだ。
へぇ、とカボチャの薄い切り身を手に取り齧る。カボチャの甘い風味が口一杯に広がった。
「それで、諏訪への“道”の接続は何時にしますか? 準備は出来てるので、いつでも行けますよ」
「そうですね。……神託の時間が、夜間に来るものが多いので夜間にお願いしたいんですけど……」
「では、今夜にしましょうか。申し訳ないんですけど、身を清める場をお借りできればと」
「あぁ、それは勿論。直ぐに案内しますね!」
善は急げと、綾乃と水都は移動してしまった。時折聞こえていた水の音が不意に消える。手をタオルで拭きながら現れた白鳥さんに、綾乃達が出たことを伝えた。
「お風呂に行ったって事ね、理解出来たわ!」
「後で男湯か、どっか身体を洗える水場を貸してもらえないかな」
「それは勿論だけど、何だか性急ね」
頭に?を浮かべる白鳥さんに、俺は苦笑いして言う。
「そりゃ、神様に会うからさ」
〰️〰️
不浄。
神というモノは特に、汚いものを嫌う者が多い。
神職に就く者が単一な色の作務衣や、絢爛な色合いの行衣等を着る理由は、“汚い”という印象をさせないため、とされる理由もある。
諏訪大社、本殿。
時間は深夜、耳を澄ませば鈴虫の綺麗な羽音が聴こえる。蝋燭の灯火以外の光源が無い空間で、俺達四人は集まっていた。
「――――」
水都の祝詞が、空間の静寂から浮き出る様に告げられる。染み渡るようなその声音は、なんだか子守唄のようにモミジの意識をしずめていく。
それに合わせるように、今度は綾乃が祝詞を告げる。“道”の接続、それは諏訪への侵略などではなく、四国と諏訪、両領土の平和を築く為の物であると。
――先にも説明したが、神というのは基本的に汚いものを嫌う者が多い。
ただそれは見た目的な物もあるが、違う意味では穢れを背負うものを指す。
大昔の領土争いでは、自分達とは違う領土の人間は基本的には敵とされてきた。嫌われ、虐げられ、
それは、“自分達とは違う思想に染まっているから不浄である”という、根も葉もない根拠から来た一種の押し付けであった。
「――――」
綾乃の祝詞が滞りなく進む、水都の表情を見る限り、何か異常が起きている事もない。
四国からの要請を受け、諏訪との“道”を繋げる。その旨を水都が告げた瞬間、それは起こった。
――蝋燭の灯火が、音もなく消える。
風などは無い、無風だ。
異常事態というのが白鳥さんにも気付いたのか、彼女は直ぐ様神前に座す藤森さんを庇うように構え、周囲を警戒する。
モミジは大刀を抜くと、同じように綾乃を庇い声を掛ける。返事はない、虚ろな目をして虚空を眺めるその様は、まるで死人のそれだった。慌てる白鳥さんを見るに、あっちも同じらしい。
「モミジさぁん?! エマージェンシーよね、これぇ?!」
「諏訪の神様は温厚で優しいんじゃなかったの!!」
怒鳴るように返答し、姿も見えないナニカを警戒する。勇者服を着てはなかったが、武器である鞭を構え、白鳥さんも戦闘待機していた。
「――“道”は、繋がったわ……ぅ」
呻くように綾乃が声を上げる。水都はまだ意識が無いが、先程とは違い穏やかな顔色をしていた。
何があった、と肩を貸して言えば、吐きそうにしながら綾乃は言う。
「かなりの量の神託を一気に受けた。頭ガンガンしてる、気持ち悪い……」
聞けば、他領土の綾乃でこれなのだから、藤森さんは更にヤバいらしい。
取り敢えず休ませようということで、綾乃に与えられた部屋へと運ぶ、うーうー唸りながら、綾乃は布団へと寝転んだ。
「気持ち悪い……、吐きそ……」
「お疲れさん、取り敢えずもう寝な」
そう言って、部屋の襖をパタンと閉める。
諏訪との“道”を繋げる。
今回の主任務は、終了した。
◆
「ふっ、ふっ」
時間は深夜。空気が冷えてくる時間帯だが、汗が流れる程に温まった身体には丁度良かった。
振っていた大刀を降ろし、ふぅと息を吐く。少し休憩するかと本殿の階段へ腰掛けると、後ろから声が掛かった。
「精が出とるのー、お前さん」
「――藤森さんじゃねぇな。誰だ、お前」
姿格好は、どこから見ても藤森さんだったが、気配が全く違う。バーテックスの仕業かと白鳥さんを呼ぶ算段をつけてると、慌てて偽者が言う。
「待て待て、少し話がしたいだけじゃ」
「質問に答えろよ、お前は――」
誰だ。と続く筈が、身体が金縛りにあう。目の前の偽者が、目に神性を宿した光を灯しながら呆れた様に言う。
「全く、神儀に変わった奴が居ると思って声を掛ければ、とんだじゃじゃ馬じゃのぅ」
とん、とん、と階段を軽く音をならしながら降りると、モミジの眼前へと顔を近付けてニタニタと笑う。その顔は、水都が生涯しないであろう種類の顔であった。
ふむふむ、なるほどのぅ。とモミジの目を眺めながら偽者は一人ごちる。まさかと思うと、モミジは口を開いた。
「まさか、諏訪の神様……?」
「やっと気付いたか、理解の遅い奴よの」
ほれ、と指を振ればモミジの金縛りが解ける。
「少し話がしたくての。さっきの神儀の時に、少しこの娘の身体を借りたのよ」
「……そうですか」
信じ難い内容に、返事が固くなる。そんな事に気付きながら、諏訪神は言う。
「面白い因果を付けた子供が居ると思っての。日々退屈じゃ、少し老人との会話をせんかえ」
「……会話って?」
急に話せと言われても、と困惑すれば、大丈夫だと諏訪神は笑って言う。
「お前の“中”での対談としよう」
その言葉の返答の前に、モミジの意識は落ちた。
◆
ここ、は。
大きなお屋敷。そこがかつての自分の家だと気付くのには、そう時間は必要なかった。
まるで映画のフィルムの中に投影された様に、自分を置いてけぼりにして映像が流れていく。
『お前の頭の中の記憶を、そのまま流しているのさ』
諏訪神の言葉が流れていく、その言葉を聞きながら、俺は昔の自分を眺めていた。
死んだ目、意思の無い目。およそただ生きている、としか評価されないその表情は何もしないまま窓の外の景色を眺めていた。
時折、ドアノブの無い扉の下の隙間から簡素な料理が乗ったトレーが差し出される。
それを横目で見たあと、また外を見る。そんな事の繰り返しを、少年は行っていた。
『まるで罪人じゃのー、そんなに悪ガキじゃったのか、お主』
「……何処の世界に自分の子供にそんな仕打ちする奴が居るんだよ」
『そこに居るがの』
声に見れば、二人の男女の大人が何やら言い争いをしているところだった。小さな頃の自分は、それを見て嫌気が差す様に目を背ける。
「……」
懐かしいとも、嫌なものを見たとも言えなかった。
そんな、ありきたりな感想しか懐かなかった。
『――四国との盟約は結んだ。それはこのワシの名の元に約束しよう』
ただし、と声は続く。
『お主が宿す、あの方との因果。そして、お前が内に秘めるその“穢れ”。それを代償として盟約は結ばれる』
さぁ、人の子よ。ワシと話をしよう。
――顔は見えないが、あのニタニタとしたにやけ顔が頭を過った。