職場で謎の体調不良が蔓延。急遽学級閉鎖ならぬ部署閉鎖となりました。
手洗いうがい大事やね。
勝って兜の緒を締めよ、という言葉が一番この状況に合っている言葉だろうか。
「……前衛が大分体力を消費しているみたいですね。そろそろ交代を視野に入れましょう」
ボウガンの矢をリロードしながら、前衛の様子を見る。“勇者”の力によって常人より格段に引き上げられた視力には、疲弊の色が見える若葉達の姿があった。
「そうだな。向こうもまだまだ数が居るから、早い内に余力を作らないと」
「そうね!」
同意するように球子と歌野が返答をする。その言葉に頼り甲斐を感じつつ、ふと疑問が浮かぶ。
敵は何故、総攻撃を掛けてこないのか。と。
数に限りがあるのなら、こうした波の様な波状的な攻めも理解できる。疲弊するまでの人海戦術は、向こうの専売特許の様な物だ。
歌野が若葉との引き継ぎの為、一足先に交代へと向かう。
その後ろ姿を見送りながら、ふと遙か上空に目が行った。
まるで宙に浮かぶ、星屑の群れ。
小さな頃に絵本で読んだ、天之川を思い出す。
――もし、私が向こうの陣営ならば、どう戦うだろうか。
その無数にも近い敵の姿を見据えながら、頭の中で戦略を練る。
一つは今回の様な波状的な人海戦術。疲弊するまで待ち、どうしようもなくなった所で追い打ちを掛ける。
だが、それはあくまで
――モミジさんをどうするか。まともにやり合った所で、勝てる保障はない。ならば――
そこではっ、と気付く。
最悪の想定。
だがそれは、自分達にはかなり効果的な戦術であると。
「タマっち先輩、モミジさんは今何処?」
「うん、モミジぃ?……えーと、かなり遠くまで行ってるなぁ。まだ長引いてるのか?」
球子がほい、と見せてくれたGPSのアプリには、自分達と見比べてかなり遠くまで離れているモミジの位置情報が表示されていた。
もし私が向こうの陣営ならば、狙うは
青ざめた顔で、もう一度宙を見上げる。ふよふよと遙か上空を飛んでいたバーテックスが、いつの間にかその動きを止めていた。
――ゆっくりと、目と目が合った。
「タマっち先輩、急いで防御の準備!」
最早危険本能と言うほどに早い指示と指捌きで、球子への指示と端末を操作し近場の歌野へと退避のメッセージを送る。
届いた瞬間何かに気付いたのか、歌野が更にスピードを上げた事に感謝をしつつ、続いて若葉へと通話を繋げる。……出ない、何をしているんだ。
「杏? 急にどうしたんだよ」
「良いから早く――」
杏の急な変わり様に、何かしらの異常事態というのは察した球子が、指示通りに旋刃盤をがしゃりと構えながら言う。
しかしその時、ガチガチ、という最早聞き慣れた不快な歯音が、確かに球子にも聞こえた。
「――バーテックスが降ってくる!!」
その光景に、三年前の“天災”の日を思い出す。
“死”が、彼女たちを目掛けて降ってきた。
◆
一番最初に反応したのは、友奈だった。
何気なく、本当に何気なく上を見上げていた彼女は、そこに漂うバーテックス達の変容に眉をひそめていた。
奴等が此方を見ている。いや、あれは見ているとは言っても、
「……狙われてる?」
思ったことをそのまま口にしたその瞬間。バーテックス達が波打つ様に動き出す。
文字通り雨の様に、身を投げ打って此方へと特攻を仕掛けて来たのだ。
「アイツらが降ってくるよおおお?!」
「えっ」
「なっ?!」
拳で迎え撃てば良いのでは、と若干所か結構な所まで若葉と同じ脳筋思想に染まっている彼女は考えたが、目の前で地面へと轟音と土煙を立てて墜落したバーテックスを見て即座に諦める。
あれは無理だ。重すぎる。
ふと以前テレビで見たお相撲さんを思い出すが、あれよりも重いだろう物体が遙か上空から勢いを付けて降ってくるのだ。死ぬ、良くて腕がもげるだろう。
ならば避けるしかない。と回避に専念するが、あれだけ無数に居た、それも一体一体が肉団子の様な物がほぼ隙間無く絶えず降り続けるのだ。
積み上がったバーテックスの壁に阻まれ、そこに合わせる様に降ってきた一体を見ながら、最期に思い出すのがテトリスかぁ、と苦笑いをした所で声が届く。
「降りろ――“源義経”」
居合いの型を取りながら若葉が縦横無尽に高速移動をする。
源義経――かつて舟から舟へ、8艘跳びをし、敵将の舟まで辿り着くという逸話を残した武人。
その逸話を元に形取ったかの精霊は、バーテックスという肉団子は足の踏み場で充分だと若葉へその高速移動で証明する。
――
何時もの勇者服とは違い、首へと巻かれるマフラーや纏った外套が若葉が移動するに従い風に靡く。
友奈へと迫る一体を難無く切り捨てれば、高速移動で使用した足場のバーテックスも切り裂かれ消滅する。
「大丈夫か、友奈」
「若葉ちゃん! 助かったよー!」
無事を確認し、残る千景と近くに来ていた歌野の安否確認へと若葉は飛び立つ。
その後ろ姿を見送ると友奈はよーしと気合いを入れ直し、まだ此方へと飛来するバーテックスを見据えながらスマホを操作する。
怖がってても、何も始まらない。
拳で受けて砕けるなら、直接受けなければ良い――!!
「来て――“一目連”!!」
友奈の呼応に対し、即座に友奈の身体に暴風にも似た逆巻く風が展開される。
友奈の神具である“
猛スピードで飛来するバーテックス目掛け拳を叩き付けるが、拮抗は一瞬。当然の様に吹き飛んだのはバーテックスの方であった。
それもその筈、続けて空へ打ち出された拳から、見えないながら何かが撃ち出される。
それが別のバーテックスへと当たった瞬間、きりもみ回転をしつつ吹き飛んだ。
暴風を具現化する精霊、一目連。
それを降ろした今の高嶋友奈の拳からは、小型ながらもハリケーン程の威力を持つ暴風を撃ち出している。
「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!」
彼女の得意とする武術。その拳は加速を繰り返し、不利と思われた現状を崩す切欠となる。
壁の如くそびえ立っていたバーテックスの山が、彼女が拳を振るう度に吹き飛ぶように消えていく。
「――千回ぃ、勇者ぁ、パーーンチッ!!」
暴風の中で撃ち抜かれ、引きちぎれ、次々に消滅するバーテックス。大分片付いたな、と一つ息を吐いた所で、その傍らに音を立ててバーテックスが墜落した。
「わぁ?! キリが無いよ!」
「高嶋さん、こっちに!」
白いフード付きの羽織を纏った千景が、友奈を横合いから連れ出す。
向かう先はモミジが作ったドーム型のシェルター。彼処ならば安全だろう。
「っ、危ないっ!」
「え」
疲弊からか、数瞬気が抜けた友奈は、飛来するバーテックスに気付くのが遅れた。
ギリギリで気付いた千景が、友奈を投げ飛ばし安全な位置へと移動させる。
――その場に残っていた千景は、ぐちゃりという音と共に呆気なく潰された。
「――ぐんちゃん!!! っ、退いてよ!!」
直ぐさま墜落したバーテックスを消滅させる。その下に下敷きにされていた千景は……。ぼんっ、という音を立てて煙と共に消えた。
あれ?と呆けた顔をする友奈の近くに、すたりと降り立ったのは先程目の前で潰された親友。
自分の事を本気で心配してくれた友奈に、気恥ずかしさから少しだけ頬を紅潮させつつも千景は口を開く。
「私の精霊、“
「……おー、分身の術?じゃぱにーず・しのび?」
「ふふっ、ニンジャ・スレイヤーかしらね」
音も無く集合した他の六人の千景が、それぞれがコクリと頷くと一斉に飛び出す。
触れる物を皆分け隔て無く切り裂く大鎌、
「ぐんちゃん、若葉ちゃんは?!」
「乃木さんなら近くに来ていた白鳥さんの援護に向かったわ。バラバラにならず、今はモミジ君の作ったシェルターに固まる事にしてるの」
千景の言葉に、友奈から反対はなかった。
敵が狙ってるのは、こうしてバラバラに引き剥がしての各個撃破。ならば今は比較的安全な場所に集合をし、互いにカバーしながら今この状況を乗り越えるしかない。
「モミジ君、大丈夫かな……」
モミジが飛んでいった方向を見ながら、友奈は心配そうに呟いた。
◆
棍が
切れ味抜群と言っていたが、なるほど確かに、これは“神花”している身でもまともに斬られればひとたまりもないだろう。
「どうしたの? “勇者”よりも先にお兄ちゃんが逝きそうだねぇ……っ!」
「な、めるなよぉぉぉ……っ!!」
互いが使用する武器もそうだが、それを振るう腕からもミシミシと音が聞こえる。どれ程の力で振るっているのか、
――そんなにも俺を、殺したいのか。
だが殺される訳にはいかない。綾乃も“呪い”で倒れている、あの流れ星の様に降り注ぐバーテックスを受けて、若葉達“勇者”も無事で済むわけがない。
――無茶をせずに勝てる相手じゃあない。
互いに鍔迫り合っていた武具を、ぐいと横にずらす。胴体への直撃は避けたが、力が弱まった事で切断された棍を通過し、そのまま首に刃が食い込んだ。
薄皮一枚とかいうレベルではない。ガッツリ刺さっている。
喉元ではないにしろ頸動脈付近にまで刺さった事に、痛みや動揺を圧し殺しながら次の手段に移る。
「もしかして諦めちゃった? ならこのまま、首を切り落として――」
少女の言葉が途中で衝突音と共に消える。モミジの上でマウントを取る彼女を薙ぎ払う様に、太い幹が振り払ったからだ。
だくだくと流れる血を手で押さえつつ、吹き飛んだ少女を見ながら新しい棍を精製する。
痛てて、と頭を押さえながら起き上がった少女は、周囲を見つつそっかぁと納得行ったように言う。
「植物操るんだもんねぇ。ならこんなことも出来るか。前にはしてなかったからびっくりしたよ」
「前とは神力も段違いに上がったからな。他にも色々とあるぜ?」
「ははっ。殺せば関係ないよねぇっ!!」
振るわれる長剣。棍ではあまり保たないのは分かりきっているので、次の棍を用意しながら捌いていく。
――何でぇ、躊躇ってんのかい?
自身の奥底から声が聞こえる。
うるせぇ、黙ってろと返せば此方を嘲笑う様にゲラゲラと嗤う。
――オレを使えば直ぐにカタがつくのによぉ。みしらぬ他人は殺せても、血の繋がった妹はダメってかぁ?
苛立たせる様な鬼の煽りを無視しつつ、嵐の様な猛攻をギリギリで対処しながらモミジは考える。
大嶽丸は使えない。“穢れ”が溜まっていない前でもギリギリだったんだ。今使えば、元に戻れる自信がない。
何より、この少女には
神力を練り上げる。少女の持つ長剣に対抗するには、俺も俺自身の武器を使うしかない。
あの神具、“
諏訪神は俺自身の中で眠っていると言っていた。なら、取り出せる筈だ。
“天叢雲”を使用した時の感覚を思い出しながら、練り上げた神力を集中し虚空へと手をやり叫ぶ。
「“来い”!」
「っ!」
言葉と同時に虚空から生じた蒼白い光。それにモミジが行おうとしている事に気付いたのか、そうはさせまいと少女が血相を変えて此方へと踏み込む。
溢れる様に眩しいくらいに輝く蒼白い神浄の光が、その場を輝かしく染め上げる。
手に伝わる覚え在る柄の感覚に引き抜こうと力を込めて、
唐突に、弾ける様に搔き消えた。
「……え?」
「……はは」
呆気にとられるモミジ。そんなモミジの様子に、勝ち誇った様に少女はニタリと笑みを浮かべる。
「さぁ、もう打つ手はないの?」
空を切り裂く長剣を持つ天女が、モミジを両断せんと襲い掛かる。