時刻は朝の7時。夜が明け、日も上り人という人が活動を始める時刻――
「――さて。覚悟は決まったかしら、モミジさん?」
「だ、ダメだようたのん!! 勇者でもないモミジさんを攻撃なんてしたら……っ」
――武器を構えた白鳥さんに、割りとマジで命を狙われていた。
時間は遡る事30分。
神様問答を終えたモミジは、そろそろ起床というところまで来ていた。
身体は充分に休めてくれているらしい。ありがたいことだ。
『あ。そういえばお主に謝ら――、いや良い報せがある』
「おい。絶対問題有ることだろ、それ」
『案ずるな、男なら喜ばしい事ぞ』
「え、それって――」
そこで意識が真っ白に染まり、じわじわと身体の感覚が現実に帰ってくる。
背にしていた板床の冷たさ、当たる陽射しの暖かさ、そして――仄かに香る洗髪料の甘い匂いに、柔らかな感触。
しっかりと感じる重さと体温に、それが自身に覆い被さる様に居ることを感じる。良い匂いと落ち着く体温に、抱き枕の様に少し強めに抱き締めている事に気付く。
「……え?」
「あ」
暖かさの正体、藤森水都と目があった。吐息も感じる至近距離で、彼女のとろんとした寝ぼけ眼と目が合う。
お互い最初は何事かと状況を理解し、次第に顔を紅潮させていく彼女に対して、モミジは青ざめていく。
「ちょ、ちょっと待って、藤森さ――」
「いやぁぁぁぁ!!」
諏訪の早朝に、少女の悲鳴が響いた。話を聞いて貰える状態じゃない彼女に、モミジはあたふたと慌てる。
「(この状況、完全に俺が黒だ……ッ!)」
冤罪だが言い逃れ出来ない状況、必死に藤森さんに説明するが、今一聞いて貰えない。
その時。
「みーちゃんッ!!」
寝間着のジャージ姿に、武器である鞭を携えた歌野が、息を切らして到着した。少し遅れて、ぜーぜー言いながら綾乃も到着する。
「な、にがっ、……あぁ、遂に本性現したわね、モミジ」
「誤解だ、 俺は何もしてないって!!」
「……本当なの、みーちゃん?」
「た、多分……? 私も、部屋で寝てた筈なのにいつの間にかここに居たし」
ここぞチャンスだと、モミジはみんなに説明する。諏訪神との問答、四国との“道”が受理されたこと。
あらかた話を聞いたところで、綾乃が納得いったように手を打った。
「あぁ、それなら私の夢にも出たわ。胡散臭かったから追い出したけど」
「おい。一応神だぞ、一応」
「一応を強調しなくても ……」
藤森さんの軽いツッコミが入るも、綾乃は大して気にしてはいない様子だった。神に対して不遜な態度、その内に天罰が下るかもしれない。
その一部始終を黙って聞いていた白鳥さんが、なるほどなるほど、と頷いて言う。
「なら、モミジさんはみーちゃんに何もしてはいないのね。誤解だったわ、許して」
「いや、俺も誤解される様な状況だったしさ。気にしないでくれよ」
謝る歌野に、モミジが苦笑しながら言う。確かに、半裸の男が自分の大事な友人を抱き締めて寝ていたら、邪な想像をするのも仕方がないのかもしれない。
「
歌野が安心したように胸を撫で下ろす前に、綾乃が言った。
「でも、水都さん抱き締めたら気持ち良さそうだよねぇ」
「馬鹿、お前そんな事言ったら――」
「――
スパァン!!と、鞭が蛇のようにうねり地面へと叩き付けられる。当たった地面が深く抉られ、その威力を物語っていた。
モミジの身体を絡め取ろうと、鞭が速度を持って飛び掛かる。慌てて身体を翻せば、間一髪避けることが出来た。
「ちょ、ちょっとぉ?! 俺は無罪ですよねぇ?!」
「だって、だってだってだって――」
ベシベシと地団駄を踏むように鞭を叩き付けて、歌野は叫ぶ。
「みーちゃんとのハグなんて、私だってそんなに出来ないことなのにッ!」
「うたのん?!」
「因みにどんな時に?」
「綾乃さん?!」
ハグのシチュエーションを聞きに入る綾乃に、水都が慌ててディフェンスに移行する。そんな水都を知ってか知らずか、歌野は得意気に語りだした。
「えっとー、お風呂でしょ、寝る前でしょ、それからそれから――」
「言わなくても良いから!」
わーわーと、歌野の前で大声で言うのを阻止する水都。本人は必死だが、生まれつきの声の小ささか、あまり意味がない。
ま、そんな訳で。と鞭をシュルシュルと巻き取りながら歌野が言う。
「悪いけど、このまま終わらせる訳には行かないわ。けじめを取らなくては!!」
「だからって鞭打ちは拷問過ぎでは?」
「ならば小指でッ!」
「いつから諏訪はVシネの世界になったのかッ!」
顔面に飛来する鞭を、膝を落としかわす。鞭はそのまま、意思を持ったかの様に俺の身体へと接近した。
跳び跳ねて避け、鞭を蹴り飛ばして明後日の方向へと向ける。このままでは埒が明かないと、歌野へ向かって走り出した。
取り敢えず押さえ付けて、と考えた所で、白鳥さんの顔が好戦的に笑っている事に気付いた。
「ガ……ッ!」
「ヒット」
鞭の先端が、モミジの身体をくの字に曲げていた。勝利を確信し笑みを浮かべ――違和感に気付く。
手応えが軽い。
「そこぉっ!!」
「遅いっ!!」
打ち抜いたのは何処から拾ってきたのか、ボロボロのずた袋。接近に気付いて歌野が鞭の柄で反撃するのに対して、モミジの掌底が柄を打ち上げた。
歌野がバランスを崩したのをチャンスと、モミジが歌野へと手を伸ばす。後はそのまま無力化する、というところで、歌野は伸ばされた腕を掴み、飛び蹴りの様にモミジの腹部を蹴り飛ばした。
攻撃のチャンスを潰されたモミジと、ヒラリと一回転して体勢を直した歌野。蛇のように鞭をうねらせて、歌野が笑う。
「中々やるわね、モミジさん。
白鳥さんの言葉に引っかかる。言われてた?
「言われてたって、誰に?」
「あっ、しまった……。まぁ、良いわ。諏訪の神様によ。昨晩の夢で言われたの、モミジさんの実力を見ろってさ」
ばつが悪そうにしつつも、半分開き直って白鳥さんが笑う。
「なら、もう終わりに――」
「――っていうのは、半分の理由で。みーちゃんとのハグは、やっぱり羨ましすぎるわーッ!」
歌野の気迫に、明らかな何者かの力が加わる。これが歌野の“勇者”としての本当の力かと冷や汗をかけば、歌野は不敵に笑った。
――そして、時は再開する。
「――さて。覚悟は決まったかしら、モミジさん?」
「だ、ダメだようたのん!! 勇者でもないモミジさんを攻撃なんてしたら……っ」
気迫、そして神威に気圧されながらモミジは大刀を拾い上げ構える。
自分の役割は生存者の救出。ならばそれは、
その生存者よりも弱いというのは話にならない、と威圧で滝の様に流れる汗を拭う。
自前の精霊システムを起動させ、歌野の挙動を見逃さない様に集中する。此方の準備が終わったのを見て、歌野が言った。
「準備は出来たみたいですね。……行きますよ」
歌野が一歩踏み込む。それと同時に振るわれる腕の動きを読み、回避と反撃へと繋げる。と考えたところで、
モミジの意識は、呆気なく失われた。
『お主、弱いのぅ』
――目の前が真っ暗になる寸前、諏訪神の呆れたような声が聞こえた気がした。