――夢の事が、本当になっちゃった。
蔵の中で息を潜める少女、
梓の直感は良く当たる、とは、大して頼りになりそうにない棒きれを勇ましく構える諏訪のガキ大将、サトシの言葉である。足が生まれたての小鹿の如く震えてはいるが。
物音はしない、だが必ず居る。元々空中を浮遊している奴等なのだ。物音立てず忍び寄るのは得意な事だろう。
「う、歌野ねーちゃんはまだ来ないの……?」
「大丈夫だよ。四国から来てくれた人も居るから、必ず来てくれる」
「……うん」
目に涙を溜めて堪える少年をあやしつつ、梓は蔵の扉へと視線を送る。
此処に人が居ることは分かっている筈だ、何故扉を壊して入ってこない?
一応逃げ込んだ時のため、要所要所に防御用の結界札を貼ってあるのは知っている。普段から勇者の補佐に就いている水都があーでもないこーでもないと、諏訪大社の大人達と相談しているのを見ていたからだ。
だが、そんな防御結界でもあの白い化け物には通用しないというのは、梓は身をもって知っていた。
――梓、お前だけでも逃げろ!!
――大丈夫よ、後で必ず会えるから
――お父さん、お母さん!!
伸ばした手が届かなかった事を思いだし、振りきるように頭を振る。最悪の想定をするな、今はこの子達を守るのが自分の仕事だ。
歌野と水都から、小さな子供の面倒を見てくれと良く言われる。別に厄介事を押し付けられている訳ではないことは、梓はよく知っている。
二人は忙しい。諏訪の大人達も、明日の為に今日を懸命に動いてくれている。ならば、皆が安心出来るよう振る舞うのが自分の役割なのだろう。
「梓、外はどうなのかな」
「……分からない、でも開けたら不味い気がする」
「まだ居るってことか?」
サトシの言葉に、うーんと頭を捻る。
だが、諏訪大社での避難生活を始めて以来、何かの気配を感じる事が多かった。それは妖怪かもしれないわ、とは、悪戯心の芽生えた歌野の言葉であるが。
その時。
ダァン!!という、何かを打ち付ける音に、ビクリと背筋が伸びる。蔵の扉が歪む。僅かに見える隙間から、白い何かが見えた気がした。
限界を迎えたのだろう、小さな子達が次第に嗚咽を上げ始めた。それに呼応するように、打ち付ける音は回数を増していく。
「くそっ、来んな、来んなよッ!」
サトシが泣き顔で叫ぶ様に怒鳴る。阿鼻叫喚の現状に、たまに夢で思い出すあの日の事を思い出した。
大きく扉が歪む。見える大きな顔、ガチガチと打ちならす歯。あれでバラバラにされるというのだから、あれはギロチンか何かに違いない。
「大丈夫、大丈夫だよ。きっと助けに来てくれる。それまで、お姉ちゃんが守るからね」
せめて見えないようにと胸元に子供達の顔を寄せて身を屈めた。これで、まず最初に死ぬのは自分だろうなと、どこか他人事の様に考えていた。
扉が壊された。木くずと埃を舞い上げて、役目を果たした扉が倒れる。
化け物が群がる様に梓達に殺到する。サトシが何かを叫んでいた。
大人の足で後数歩、というところで梓は諦めた様に目を瞑った。
――その時、天井をぶち抜いて何かが前に舞い降りた。
呆けた目で、梓はその正体を確認する。
まず姿、畑作業をよくする大人が着ている、歌野愛用のジャージ服。手にはびっしりとお札が貼られた身の丈程ある大刀。その身体から迸る様に発せられる何かの力に高揚するように、その少年は歯を見せて好戦的に笑う。
「よう、助けに来たぜ」
大神紅葉。四国から来たという、歌野と同じ勇者――らしい。
◆
速攻だ。
背後で腰を抜かしている子供達を見つつも、目の前のバーテックスを睨み付ける。
突然現れたモミジを警戒したのか、少し距離を置きつつもガチガチと歯を打ちならしている。
囲まれたら終わりだ。だから、速攻で皆殺しにしてやる。
「――
精霊を降ろす。
大刀に風が逆巻く様に巻き付いていく、小型の台風の様に渦巻くそれは、周囲の木くずや砂利も吸い込んでいた。
「はああああああ!!」
掛け声と共に、大刀の風を振り下ろす。打ち出されたそれは、木くずや砂利という異物を含んだ風の刃として、バーテックスを切り刻んでいった。
だが、まだ外に数十匹といる。モミジが外に飛び出すと人海戦術に出たのか、一ヶ所に纏まりつつ進撃してくるバーテックスを見てモミジは冷静に精霊を降ろした。
「
辺りを浮遊するバーテックスの動きが、ぎこちないものに変わる。何かから逃れる様に身体をくねらせるが、それが間違っていると言わんばかりに更に動きを止めていく。
「蜘蛛の糸に捕まった時点で、もう終わりだよ。まぁ――」
化け物には、そんな知識はないか。とバーテックスの身体をモミジは真っ二つに切り裂いた。
後は単純な作業だと、精霊の連続使用で痛む頭を堪えながらモミジは大刀を構え次々に撃破していく。
全てを処理し、残るは奥の団体、と目を送った時、モミジは思わず身体を止めた。見れば、団子状に固まっていたバーテックスが、
今までの勘が発する危険信号に、形振り構っては居られなかった。
「
――精霊によって、穢れの危険度が段違いに変わるのは、最近になって分かった事だった。
先程の鎌鼬や女郎蜘蛛が10だとすれば、金熊童子は50程である。
因みに、未来で若葉の使う大天狗や、高嶋友奈の酒呑童子は100程だ。
ドクリ、と心臓の鼓動が聞こえた。エンジンが激しく作動するように、鼓動の度に身体中の血液を激しく循環させる。
熱した鉄のように紅く染まった身体を爆発的に加速させ、合体途中のバーテックスへと迫る。
此方を無視して合体する奴等に向けて、渾身の一撃を直撃させた。
だが。
「か、てぇ……ッ!」
鬼の一撃を持ってしても、その身体を凹ませるくらいにしかならなかった。ビリビリと痺れる感覚に悪態を吐きながら一旦離れる。
うねうねと、その白い身体を歪めながらバーテックスは変わらず合体を続けている。元々の歯を剥き出しにした様な笑い顔に、無性に腹が立つ。
大刀を構え、尚も動かない群体へと叩きつける。相変わらずの硬度だが、
「大刀なら多少は効く……、ならッ!」
大刀を背負い、大地を踏みしめて高く跳躍する。数十メートル跳んだだろうか、勢いが死に、落下へと変わる所で背中の大刀の先を地面へと向け、照準を定める。
一か八か。
◆
「よし、殲滅完了ッ! パーフェクト!」
最後のバーテックスが消滅したのを確認して、歌野はふぅ、と息を吐いた。
最近は本当に襲撃が多い。だが、四国との力を繋いだからか、勇者服を着ての戦闘能力が多少は変わった気がする。
これならば、諏訪は問題なく守護出来る――と自分の武器である鞭を仕舞った時、モミジが向かったであろう場所から、土煙と地響きに似た物が上がったのを見た。
「ホワッツ?! 一体何が?!」
救助者を社の人に任せ、勇者の力で上昇した能力をフルに使い目的地まで走り抜ける。
ものの数十秒で到着した其処には、まさにクレーターとでも形容するほどの大穴がぽっかりと開いていた。
その中心にはボロボロの姿のモミジが、大刀を杖の様に使い身体を支えるように立っていた。その周囲で、普段とは違う消滅の光を放ちながら、バーテックスが消えていく。
直ぐ様モミジへと駆け寄り、身体を支えるように抱き止める。肉体が発する体温では有り得ない程の熱さに顔をしかめるが、救助が先と肩を貸し諏訪大社へと急いだ。
モミジの大刀はそのまま。流石に今の状態では重すぎて運べないということで、クレーターの中心で突き刺さったまま佇んでいた。
――巻いていた札が、剥がれていた。