滑るように進んでいたボートは、こつん、という軽い衝撃と共に停止した。
先導していた大男はすべての新入生達が降りた後、忘れ物がないかボートを見て回っている。
「よーし、みんないるな? 湖に落っこちたやつはいねえか? ならついて来い」
確認を終えた大男は大声で言い、またずんずんと城に向かって歩き出した。
新入生達はとてつもなく広い校庭を見渡しながら、小走りでついて行く。
しばらくして城へたどり着くと、樫の木で作られた巨大な扉が現れた。
大男は巨大な扉へと歩いていき大きな拳で叩いた。
するとすぐに扉は開かれ、そこにはエメラルド色のローブを着た魔女が立っていた。
きっちりと髪を結い上げた厳格そうな顔つきの魔女は、ぐるりと新入生達を見渡す。
それだけで新入生達は、この魔女が決して逆らってはいけない人物であると悟った。
「マクゴナガル先生、新入生のみんなです」
「ありがとうございます。ここからは私が引き受けますので、あなたは大広間に向かいなさい。新入生達はついて来なさい」
マクゴナガルと呼ばれた魔女はそう言うと歩き出し、新入生達はその後に続く。
玄関ホールは小さな家ならば丸々入るのではないかというほどに広く、いくつかの扉や大きな階段がある。
その階段の向かいには大きな扉があり、そこから賑やかな声が響いてきている。
「すっごい広いね、セリア」
「はい。それにすごく綺麗です」
「きっと屋敷しもべ妖精さん達が、頑張って掃除してくれてるんだね。あの大きい扉はどこに続いてるのかなあ?」
「おそらく、マクゴナガル先生が先ほどおっしゃっていた大広間ではないでしょうか」
「ああ、そっか。なるほどね」
そのまま大広間へ向かうと思いきや、マクゴナガルは大広間の横の扉へと進む。
そこは特に何もない小部屋だった。
新入生が全員小部屋に入ったことを確認すると、マクゴナガルは口を開いた。
「さて、皆さん。まずは入学おめでとうございます。これから新学期の宴会が行われますが、その前にあなた達が所属する寮を決めなければいけません。寮はホグワーツで生活する中での家であり、寮生は家族となります。
ホグワーツには四つの寮があります。グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ、レイブンクロー。それぞれに輝かしい歴史があり、あなた達もそれに恥じぬようによく学び、成長していくことを願います。各寮には得点があり、良い行いや成績を残した者の寮には加点を、その反対には減点が与えられます。
また、学期末に得点がもっとも多い寮には、たいへん名誉のある寮杯が贈られます。間も無く組み分けの儀式が始まります。準備の間、できる限り身だしなみを整えておきなさい」
言い終えるとマクゴナガルは新入生を見渡し、服装が乱れている何人かに目を止めると、小部屋を出て行った。
マクゴナガルが出て行ったとたんに、新入生達は一斉にひそひそと話し出す。
「ねえねえセリア。組み分けってどうするのかな? 前に兄ちゃんに聞いたんだけど、教えてくれなかったんだよね」
「えっと……」
リジーの質問にセリアは言いよどむ。
イギリス魔法界では、ホグワーツに入学するまで組み分けの方法を秘密にするのが一つの伝統だ。
「ホグワーツの歴史」というホグワーツについて詳しく書かれた本にも、組み分けに関しての詳細は記載されていない。
しかしセリアは、昔ホグワーツについて調べていた際にその方法を知ってしまっていた。
「あれ? その感じ、セリア知ってるの?」
「そ、その……秘密です!」
「えーなんでー。教えてよー。えいえい」
「だ、だめです、つつかないでください……きゃあ!」
頑なに黙秘するセリアの口を割らせようとリジーはつつき攻撃をくりだした。
それでも口を割らないセリアに、これまたどうしてやろうかとリジーが思案していると、突然壁から銀色の影が飛び出して来た。
銀色の影に驚いたセリアは悲鳴を上げリジーに飛びついた。
「な、なんですか?」
「あー、ゴーストだね。ホグワーツにいっぱい住んでるって兄ちゃんが言ってたよ」
銀色の影の正体はゴーストだった。
ホグワーツにはゴーストが数多く住んでおり、その一団が大広間へと向かっていたのだ。
「今年もピーブズは出席を許されなかったようですな」
「当たり前ですよ、修道士。やつの出席を許した暁には、どのような惨事となるやら。考えるだけで恐ろしいですよ」
「しかしですな、一度くらい機会を与えてみてもよろしいのでは?」
「いえ、いえ、その一度がどれほどの被害をもたらすか……おや?」
太ったゴーストとつめ襟服を着たゴーストが、新入生達を発見して立ち(滑り?)止まった。
太ったゴーストは微笑みながら口を開く。
「新入生じゃな? 入学おめでとう」
太ったゴーストの言葉に何人かの新入生がこわごわと頷く。
「もう組み分けも始まるでしょう。そんなに緊張しなくとも大丈夫ですぞ」
つめ襟服のゴーストがそう言うと、二人のゴーストは去って行った。
全てのゴーストが壁を通り抜け大広間に消えると、小部屋の扉が開かれマクゴナガルが戻ってきた。
「組み分けの準備ができました。それでは並んでついて来なさい」
マクゴナガルに続いて新入生達は大広間へと進む。
扉をぬけた先はとても広く、天井には星がまたたく夜空が広がっており、数えられないほどの蝋燭が浮かび大広間の中を照らしている。
「天井開いてるのかな?」
「いいえ、天井に魔法がかけられていて、本物の空のように見えるそうですよ」
「へー、すごいね」
入り口からみて四つの長テーブルが縦に並び、そこにそれぞれの寮生達が座っている。
四つのテーブルの前には横向きに一つ長テーブルがあり、そこには教職員が座っていた。
新入生を引き連れたマクゴナガルは大広間の真ん中を進んで行く。
その先には一つの椅子があり、そこに古ぼけた帽子が置かれていた。
マクゴナガルが立ち止まったので新入生達も立ち止まり、椅子の上の帽子をしげしげと眺める。
すると突然帽子のつばの部分が口のように開き、帽子が歌い始めた。
「この世に帽子は数あれど
私を越える帽子はない
私はホグワーツ組み分け帽子
君たちの頭の中そのまた奥の
君たちの真実を覗き識る
グリフィンドールへ行くならば
君は気高く勇敢で
恐れず進む騎士の道
他とは違う、グリフィンドール
ハッフルパフへ行くならば
君は正しく勤勉で
忍耐強く誠実で
友を愛する、ハッフルパフ
レイブンクローへ行くならば
君は賢く博識で
学びを求める知識欲
溢れる叡智、レイブンクロー
スリザリンへ行くならば
君は優れて狡猾で
手段を選ばず事を為す
誇り高き、スリザリン
かぶってごらん、恐れずに!
さあさあ座って私の下へ
それで私は間違えない
教えよう行くべき寮を
私は考える帽子、賢い帽子!」
帽子が歌い終えると教員と在校生が一斉に拍手をする。
拍手の中帽子は各テーブルにそれぞれ一礼すると、動きを止めた。
「帽子をかぶるだけでいいんだ。楽勝だね」
「そうですね……けれど、こんなに大人数の前だとどきどきします」
セリアは資料でしか見たことのない組分け帽子を見ることができて感動していたが、大人数に注目される緊張がその感動を上回っていた。
緊張で硬くなるセリアを内心かわいいと思いながら、リジーはセリアを元気付ける。
「大丈夫大丈夫、すぐ終わるって」
「そうですよね……」
「あ、でもセリアすっごいかわいいし、目立っちゃうかもね」
「もう! からかわないでください」
怒るセリアだがもう硬さは抜けていた。
拍手がおさまると、下がっていたマクゴナガルが巻き紙を持って前へ出て来た。
「これからABC順に名前を呼びます。呼ばれた生徒は前に出て、椅子に座りなさい」
そうして名前を呼ばれた新入生達は組み分け帽子をかぶり、寮が次々と決まっていく。
特急の旅を共に過ごしたチョウとマリエッタはレイブンクロー、ケイティはグリフィンドールへと組み分けされた。
RとSのセリアとリジーは名前が呼ばれるのを待ちながら、緊張に包まれていた。
そして、その時が来た。
「レイブンクロー・セリア!」
「セリア、頑張れ!」
「はい……!」
セリアの名が呼ばれると、大広間内の喧騒が小さくなりささやき声がさざめく。
その中セリアは緊張で震える足で歩き出す。
「レイブンクロー?」
「本物?」
生徒達の好奇の目の中椅子に歩み寄ったセリアは座り、マクゴナガルが組み分け帽子を頭にかぶせる。
組み分け帽子は大きく、セリアの顔の半分以上を覆い隠した。
視界が暗闇に包まれると、頭の中に直接響くような声が聞こえた。
「おや、おや、ロウェナの血縁の者だね? これほどにロウェナに近い者は久しぶりだ。確か二十年か三十年くらいぶりかな?」
「はい、それは私の父だと思います」
「ああ、彼の子か。どうりで。と、昔話はここまでで、仕事をしなければ」
「よろしくお願いします」
「ふーむふむ、何か大きな事を成したいという野望があり、それに足る才能を秘めている。また、自分の血に対する強い誇りも。もちろん機知に富んでいて、それ以上に新たな知識を求めるすばらしい欲もある。スリザリンかレイブンクローへ入れば、君は必ず成功をおさめるだろう」
「はい、私もそんな気がしていました」
「しかし……君が本当に深く求めているものが、他にあるのではないかね? 一度、自分を見つめてみるといい」
「それは……」
組み分け帽子にそう言われたセリアは、戸惑いながらも自分を省みる。
(もちろん、レイブンクローの名に恥じない何かをしたいというのは本当。それは私の昔からの願いであり、義務なのだから。そしてそのためには、知識はどこまでも必要)
そこまで考えて、セリアは自分の心に何かが引っかかるのを感じた。
その引っかかりに戸惑いながら、セリアは思考を続ける。
(けれど、それは本当に私の求めるものなの? もしかしたら、私は私自身をレイブンクローという名で縛っていたのでは? セリア・レイブンクローという一人の人間が、本当に欲しいものは何なんだろう?)
思考が進み、自分の奥底の望みを識る。
(ああ、そうだ。私が、セリア・レイブンクローが、本当に求めるものは)
自分の底で見えたもの、それは鮮やかなグリーンの瞳を持つとても暖かく心地良い人。
自分を初めて「友達」と呼んでくれた人。
(リジーみたいな大切な「友達」が、たくさんできたらいいな)
そこまで思考がいたると、頭の上で組み分け帽子が頷く気配がして声が聞こえる。
「自分を識れたかい? よろしい。ならば、ハッフルパフ!」
最後の言葉だけが大広間に向けて叫ばれ、一瞬の静寂ののち、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。
「ありがとうございました」
「頑張りなさい、レイブンクローの子供」
最後に組み分け帽子と言葉を交わすと、セリアの頭から組み分け帽子が取られた。
見上げたセリアと視線が合ったマクゴナガルは、微笑みを浮かべると頷いた。
セリアは椅子から立ち上がり、ハッフルパフのテーブルへと向かう。
その途中リジーと目が合い、リジーは満面の笑みで親指を立てる。
それにセリアは恥ずかしそうに微笑み軽く手を振って答えた。
席に着いたセリアを、ハッフルパフの生徒が出迎えた。
「ハッフルパフへようこそ!」
「何かわからないことがあったら、なんでも聞いてくれ」
「はい、ありがとうございます」
ハッフルパフ生達の歓迎に、緊張していたセリアは暖かさを感じ小さく微笑む。
「あら、かわいい」
「こっちにおいでー」
「は、はい」
セリアが上級生の女生徒に撫で回される間にも、組み分けは続く。
少ししてリジーの順番が来た。
「スキャマンダー・エリザベス!」
リジーの名が呼ばれると、また少し大広間がざわついた。
そんな声を気にも止めずリジーは元気に進み、組み分け帽子をかぶる。
その顔には笑顔が浮かんでいた。
(リジー、頑張って下さい……!)
上級生に撫で回されながらセリアは心の中でリジーを応援する。
隠れていない口元を見ると、リジーは組み分け帽子と何か盛んに話していた。
そして組み分け帽子が叫ぶ。
「ハッフルパフ!」
それを聞いたリジーはぐっと拳を握りしめると、組み分け帽子が取られたとたんに立ち上がった。
そして組み分け帽子に手を振ると、ハッフルパフのテーブルへと元気に向かった。
ハッフルパフの生徒に熱く歓迎され、リジーは照れくさそうに笑いながらセリアの横に座った。
「いやー、どうもどうも」
「リジー! 一緒の寮です!」
「うん! これからもよろしくね!」
「はい! とっても嬉しいです!」
「今までで一番元気だねー、セリア」
興奮冷めやらぬセリアに苦笑しつつ、抑えるようにリジーはセリアの頭を撫でた。
セリアとリジー、これから二人は同じ寮で過ごし、成長していく。
リジーと、友達と一緒ならばどんなことでもきっと乗り越えられる。
セリアはロケットの鎖を握り、これからの学校生活を思いながら笑顔を浮かべた。
──────────
椅子へ座った私の頭に、組み分け帽子がのせられた。
意外に大きくて視界が覆われると、頭の中に声が聞こえてくる……その前に私は口を開いた。
「組み分け帽子さん、私ハッフルパフがいい!」
いきなりの私の言葉に、組み分け帽子さんは驚いた様子だった。
「そんなことを言われても。ちゃんと君を見ないと、組み分けはできんよ」
組み分け帽子さん、意外と声若いなあ。
まあ、それは置いといて。
「じゃあ早く見てください!」
「せっかちな子だ……。どれどれ……ふむ、好奇心が強く、行動力と勇気がある。それに、知らないことを知りたいという知識欲も。また忍耐強く素直な性格のようだ。君にはグリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフの三つの道があり、私としては特にグリフィンドールをすすめるのだが……?」
組み分け帽子さんが何やらむにゃむにゃ呟いて聞いてきたけど、答えは変わらないね。
「もちろん、ハッフルパフで!」
「ぶれないねぇ。まあ、迷いなく選ぶというのであれば、間違いないのだろう。良いかい?」
「はい!」
組み分け帽子さんの最後の確認に、私は間髪入れずに返事をした。
組み分け帽子さんは頷くと叫んだ。
「ハッフルパフ!」
それを聞いて私は笑顔を浮かべる。
私は立ち上がると、マクゴナガル先生が持っている組み分け帽子さんに手を振って、ハッフルパフのテーブルへ走らない程度に急いだ。
ハッフルパフのテーブルでは、目をきらきらと輝かせている私のかわいい友達が私を待っててくれていた。
セリアと一緒に七年間生活するの、すっごい楽しそうだな。
セリアの隣に座りながらこれからの学校の暮らしを思い浮かべて、私の口元は自然と緩んでいた。