最後の生徒の組み分けが終わり、マクゴナガルは巻き紙を巻き取って下がっていった。
それと入れ替わるように、職員テーブルの中央に座っていた一際目立つ老魔法使いが立ち上がった。
「新入生諸君、おめでとう! 歓迎会を始める前に、一言二言言わせてもらおう。それでは、うんとこしょ! どっこいしょ! さあ、どんどん食べるのじゃ!」
全生徒の前で意味不明なことを言った長身痩躯の老魔法使い。
一度巻いても地面まで届きそうな長い髭をベルトの金具で留め、高い鼻は二度は折れ曲がっており、明るいブルーの瞳が銀縁眼鏡の奥できらきらと輝いている。
この老魔法使いこそ、ホグワーツ魔法魔術学校の校長で、二十世紀でもっとも偉大な魔法使いと讃えられているアルバス・ダンブルドアその人だ。
そのダンブルドアがけったいな掛け声の後に両手を打ち鳴らすと、長テーブルの上に数多く並ぶ空の金色の食器に、多種多様な料理が大量に現れた。
生徒達は歓声をあげると、目の前の食べ物をかきこんでいく。
「うわあ! こんなご馳走見たことないよ! すごいね、セリア」
「はい、さすがはホグワーツです。だけど、私に仕えてくれている屋敷しもべ妖精が見たら、これくらいは作れるって言いそうです」
「へえ、セリアのお家には屋敷しもべ妖精さんが働いてるんだ! さすがレイブンクロー家だねー」
「ええ。でもルンはしもべなんかじゃなく、とても大事な家族なんですよ。……あ、シチューがある」
「シチュー好きなの? ちなみに私はかぼちゃ料理に目がないのだ」
それから歓迎会は何事もなく進んだ。
途中かぼちゃ料理を口につめこみ過ぎたリジーが自身の顔色をかぼちゃ色にしたり、一年生が自己紹介している際にセリアのお辞儀が炸裂し、テーブルの半分以上、さらには近くにいた他寮の生徒が呆けてしまうということがあったが。
ご馳走が食器から消え次にデザートが現れると、生徒達はご馳走でお腹がはちきれそうだったことも忘れてまたデザートに群がった。
「いやー、自分で作らなくても料理が出るなんて。楽でいいねー」
「リジーは自分で家事をしているんですか?」
「うん。昔からパパもママも、お仕事で家にあんまりいなかったからねー。兄ちゃんは家事できるくせに、めんどくさがってやらないし」
「私は昔からおばちゃんかルンがしてくれていましたから、家事は全くです。甘えてばかりだったんですね……」
「これから覚えたらいいよ!」
そうしてデザートも食器の上から消え去り、またダンブルドアが立ち上がった。
「さて、みな良く食べよく飲んで眠くなっておるじゃろうが、ベッドへ入る前にいくつかお知らせがある。まず新入生への注意じゃが、校庭にある森は大変危険なので、入ってはいかん。これは特に何人かの生徒に注意してもらいたいのう」
そう言うとダンブルドアは一度言葉を切り、グリフィンドールのテーブルの方をちらりと見た。
「次に管理人のフィルチさんからで、廊下で魔法は使わぬように、とのことじゃ。また、持ち込み禁止の品の一覧がフィルチさんの事務室にあり、誰でも自由に確認できる。それと、各寮のクィディッチチームに参加したい者は予選が行われるので、各寮の寮監へ連絡をするように。そして昨年の学期末でも言ったが、昨年までマグル学を教えてくださっていたクィレル先生が今年一年、見聞を広めるため世界を回る旅へ出られた。その代わりにチャリティ・バーベッジ先生がマグル学を教えてくださる。最後に、今年新しく来られた先生を紹介する」
そう言ったダンブルドアが教職員テーブルへ顔を向けると、一人の男が立ち上がった。
「デレク・クーパー先生じゃ。闇の魔術に対する防衛術の先生を務めてくださる。なさけない話じゃが、今年わしはなかなか新しい先生を見つけることができなくてのう。そこで魔法省と相談した結果、一年に限ってじゃがクーパー先生がホグワーツで教鞭を執ってくださることになった。クーパー先生は現職の闇祓いじゃ。今年試験のある五年生、七年生にとっては、とても参考になるじゃろう」
現職の闇祓いと聞いて生徒達はざわめき、ぱちぱちと拍手がおこる。
闇祓いとは凶悪な犯罪者を捕らえたり要人警護などを行う機関で、魔法省の中でも最も高い実力を持つ者のみが就くことを許される職業だ。
クーパーは一礼すると着席した。
「連絡事項は以上、それではみなベッドへ行くのじゃ。新入生達は監督生について寮まで行くように。新たな監督生達よ、よろしく頼む。そーれ駆け足、ぴっぴ!」
ダルブルドアの号令で生徒達は一斉に移動を開始する。
各寮のテーブルで、男女二名の監督生が一年生を呼び集め大広間を出た。
「一年生達、僕達について来るんだ。もし迷ったら危険だから、注意して」
一年生の前に立った監督生はそう言うと歩きだした。
紅色のグリフィンドールと青色のレイブンクローは階段を上がって行き、緑色のスリザリンは地下へと続く階段をおりて行く。
セリア達ハッフルパフも階段を一番下までおりて進んでいく。
下った先には松明に照らされた広い廊下があり、その壁には様々な果物が賑やかに描かれた絵画が飾られていた。
果物の絵画を通り過ぎて少しすると石造りの窪みがあり、そこに大きな樽が大量に積まれ山となっていた。
監督生はその樽の山の前で立ち止まった。
「ここが僕たちハッフルパフの寮への入り口なんだ。それじゃあ、入るために必要な手順があるからしっかり見ててくれ」
男子監督生がそう言って女子監督生に目配せをすると、女子監督生は頷いて樽の山の前に立つ。
一年生がよく見えるかどうか確認した女子監督生は、樽の山の二列目の中央、下から二番目の樽の底を独特なリズムで叩いた。
すると樽の山が割れ、開けた先に土の坂道が現れた。
女子監督生が樽の山を抜け坂道へ入ると樽の山は閉じた。
「今のが寮へ入る手順なんだ。二列目の下から二番目の樽の底を叩く。さっきのリズムは「ハッフルパフ・リズム」と呼ばれていて、間違ったリズムで叩いたり別の樽を叩くと、他の樽に熱々のビネガーを浴びせかけられるから注意してくれ」
そう言った男子監督生がさっきのリズムをもう一度、今度は少しゆっくりと叩き樽の山を開いて、一年生達を手招きする。
開いた先では女子監督生が待っていて、一年生達は監督生達に続いて土の坂道を登った。
「さっきのリズムだけど、「ヘルガ・ハッフルパフ」の発音のリズムになっているから、何回か練習しておいたほうがいいわよ」
「七年生にいまだによくリズムを間違えてビネガーをかけられる人がいるけど、大体みんなすぐに覚えられるから心配いらないよ」
坂道を登りきると、広々とした談話室へとたどり着いた。
談話室を目にした一年生達は、全員感嘆の声をあげた。
談話室は天井は少し低めだが明るくて広く、黄色と黒色の内装だ。
はちきれそうなほど詰め物のされた座り心地が良さそうな椅子やソファが並び、ぴかぴかに輝く蜂蜜色のテーブルもたくさんある。
丸い壁面に沿うように備え付けられた棚には、踊る植物などの不思議だが愉快な植物が飾られている。
いくつか丸窓があり、地面と同じ高さなのか夜風に揺れる芝生が見てとれる。
壁には掲示板と丸い扉があった。
柔らかな火が揺れる大きな暖炉には、ハッフルパフの紋章であるアナグマがびっしりと刻まれており、その上の壁にはヘルガ・ハッフルパフの肖像画が飾られていた。
肖像画の中のヘルガ・ハッフルパフは、新入生達を見下ろしカップを掲げ乾杯している。
「ここが僕達ハッフルパフの寮、その談話室だ。授業が終わった後や休みの日にはここで過ごすことになる。もしわからないことがあれば、何でも上級生に聞いてくれ」
一年生がきょろきょろと談話室内を見渡してると、男子監督生がそう言った。
全体的に居心地の良さそうな談話室で、一年生はみんな安心した様子だった。
「今日はもう遅いから、みんなもう寝室に向かいなよ。寝室はそこの丸い扉の向こうにあるわ」
壁にあった丸い扉の先には、寝室へと続くぐねぐねと曲がったまるで巣穴のような道があった。
途中で男子と女子とで別れ、一年生達はぐねぐねした道を進む。
「あ、セリア。こっち一年生って書いてるよ」
上に一年生と書かれている角を曲がると、いくつか扉がある道へと出た。
扉の横にはその部屋に割り振られた生徒の名前が書かれている。
「あった! セリア、一緒の部屋だよ!」
「本当ですか!?嬉しいです、リジー!」
同じ部屋に名前があったセリアとリジーは手を取り合って喜び、寝室の扉を開けた。
寝室は銅製のランプが暖かく室内を照らし、四本柱の木製のベッドが四台ある。
ベッドはパッチワークのキルトで覆われており、とても寝心地が良さそうだ。
ベッドの横には水差しと戸棚、クローゼットが置いてあり、壁にはベッドウォーマーが吊るされている。
特急に置いていたトランクはすでに運び込まれていた。
「うわー。談話室もそうだったけど、寝室もすごくいい感じだね!」
「はい、とても暖かくて居心地が良くて。これからの生活がすごく楽しみです」
セリアとリジーは笑い合う。
リジーは寝心地を確かめるようにベッドへ飛び込み寝転がった。
「もう、お行儀が悪いですよ、リジー」
「おー! うちのベッドより断然寝心地良い! セリアも寝転がってみなよ!」
「でも……」
「いいからいいから」
リジーに言われ渋々セリアもころんとベッドへ寝転がると、たちまち破顔する。
「うわあ、ふかふかですね……!」
「でしょ? 屋敷しもべ妖精さん達、すごくいいお仕事してるよねー」
「会うことがあったら、お礼を言わないといけませんね……」
セリアとリジーがそれぞれベッドの上でころころと転がっていると、寝室の扉が開いた。
そこには同じ部屋の生徒であろう女子生徒が二人立っていた。
扉が開いたとたんセリアは驚いて跳ね上がり、ベッドの上で背筋を伸ばし固まった。
一方でリジーはベッドに寝転がったまま仰向けで声をあげた。
「あ、もしかしてこの部屋の人? 入って入ってー」
リジーがそう言うと、二人の女生徒はそろそろと寝室へ入ってきた。
「え、ええ、失礼するわね」
「……お邪魔します」
寝転がっているリジーを見ながら挨拶した女生徒は、きらきらと輝く金髪がさらりと腰まで流れ、少したれ目気味の目の瞳は薄い灰色だ。
ベッドの上で固まっているセリアをちらりと見て挨拶した、小柄で寡黙そうな女生徒。
こちらはふわふわとした赤毛のショートヘアで、鳶色の瞳の眠そうな目をしている。
二人が寝室に入るとリジーはようやくベッドから起き上がり、二人の元に歩み寄り握手を求めた。
「私、リジー・スキャマンダー! リジーって呼んでね! 二人は?」
リジーの自己紹介を受け、まず金髪の女生徒が名乗った。
「ええ、私はアイビー・ベケットよ。アイビーって呼んで。これからよろしくね」
次にふわふわ赤毛の女生徒が名乗る。
「私はメーガン・バーク。メグって呼んでくれていいよ」
「アイビーとメグだね! よろしく!」
リジーは二人の手を握りぶんぶんと振り、いまだ固まっているセリアに声をかけた。
「ほら、セリアも挨拶しないと」
「は、はい」
ようやく硬直がとけたセリアはベッドを降り、リジーの隣まで歩いてきた。
「あ、さっきのお辞儀の子」
「レイブンクローの……」
二人に見つめられる中、セリアはローブをちょん、とつまみ片足を後ろに下げ、もう一方の足を軽く曲げてふわりと笑顔を浮かべた。
そしてセリアの優雅が炸裂する。
「初めまして、アイビーさん。メグさん。私はセリア・レイブンクローと申します。これから七年間、良き友人として共に充実した学園生活を送りましょうね」
至近距離からのセリアの挨拶に二人はのまれ、ぼうっと顔を赤らめて動くことができなくなる。
そんな中リジーはセリアの背後に忍び寄り、両手の人差し指でセリアの腰をつついた。
「だから硬いってば。えい」
「ひゃああ!」
リジーの急襲にセリアは叫び声を上げ床へとへたり込む。
アイビーとメグはその叫び声ではっと我に返った。
へたり込んだセリアはぷるぷる震えながら、リジーを恨みがましそうに見上げた。
「リジー……だからつつかないでくださいって、何度も言ったのに……」
「セリアがお辞儀で凍結呪文をかけるかぎり、私はつつき続けるよ!」
リジーはとてもいい笑顔で親指をぐっと立てた。
そんな二人を見てアイビーは声をあげて笑い、メグもにこりと口元を緩めていた。
「あはは! 二人とも面白い! これから楽しくなりそうね! ね、メグ」
「うん、楽しみ」
「えへへ、私も楽しみ。でももう遅いし、着替えよっか。ほらセリア、早く立って」
「もう、ひどいですよリジー……」
少女四人はお喋りしながらそれぞれパジャマに着替える。
「へー、アイビーとメグは幼馴染なんだ」
「ええ、家が隣でね。メグの家はでっかいお屋敷なのよ」
「バーク家と言いますと、たしか聖二十八一族の?」
「うん。といっても、うちは純血主義に傾倒してるわけじゃないよ。遠い昔の親戚が、闇の魔術の道具を扱う店をやってたくらい」
「闇の魔術ってさ、名前だけ聞いたらなんかかっこいいよね」
「メグのお屋敷は闇のやの字もないけどね。なんたって、メグのお父さんは闇祓いだし」
「そうなんですか? もしかしたら私、メグのお父様にお会いしたことがあるかもしれません」
「多分、あると思うよ。昔お父さんがセリアのこと言ってたし。レイブンクローの綺麗なお嬢さんに会ったって。そしたらお母さんに怒られてたよ」
「セリアって確か、闇祓い局の局長さんと茶飲み友達なんだっけ?」
「そうなの? セリアすごいわね」
「違いますよ! ただ何度かお会いしたことがあるだけです」
「あはは、冗談だって。そういえばメグ、新しい先生って人知ってる? あの人おじさんの同僚よね?」
「うん。確かお父さんの部下の人だったと思う。現場ばっかりで、あんまり闇祓い局にいないらしいよ」
「私もあの方とは会ったことはありませんでした」
「そっかー。でも現役闇祓いの教える授業って、すごそうだよねー」
リジーは枕をぽふぽふしながら言った。
今四人はベッドに腰掛けながらお喋りをしていた。
すると壁に掛けられた時計がなる。
そちらを見ると、もう遅い時間だった。
「そろそろ寝ないと。初日に寝坊したら大変だもんね」
「そうですね……。朝、弱いので不安です」
「普段どうやって起きてるの?」
「普段はルンが起こしてくれてるんです」
「ルンって誰? ひょっとして屋敷しもべ妖精?」
「はい。私の家族です」
「屋敷しもべ妖精がいるなんてすごいわね。メグの家にもいるのよ」
「うん、私も起こしてもらってた。朝苦手」
「お嬢様方二人寝坊しないようにねー」
「ねえリジー、私達一般庶民が、お嬢様達を起こしてさしあげないといけないのかしら?」
「そうだねー。寝坊しそうだったら起こそっか」
「寝坊なんかしません!」
「私も授業楽しみだし、大丈夫だと思う」
四人はお喋りを続けながらベッドへと入っていく。
四人ともベッドに入ると、ランプの灯りがゆっくりと消えて室内は暗くなった。
「それじゃみんな、お休みー」
「はい、お休みなさい」
「お休みなさい」
「お休み」
ふかふかのベッドに包まれ、すぐに四人分の寝息が室内を満たした。
いよいよ明日からホグワーツでの生活が始まる。
ビネガーをかけられるのは、いったいどこの水の妖精なのでしょうか。