セリア達一年生は様々な授業を受けた。
一年生の間は基礎となる授業が多いのだが、はじめて知る内容も多くみんな苦労しながらも充実した日々を送っていた。
まずは呪文学。
この授業では、生活に必要だったり使えたら便利な魔法を多く学ぶ。
レイモンドの言うとおり基本だが重要な教科なのだ。
この教科を教えるのは、レイブンクローの寮監も務めているフィリウス・フリットウィック教授だ。
フリットウィックは小鬼の血をひいているらしくとても小柄だが、昔決闘チャンピオンであった程に腕が立つ魔法使いらしい。
そんなフリットウィックはすべての生徒が必ず進級できるように丁寧に教えるので、生徒達やかつてその指導を受けた親達からかなり慕われている。
その授業内容は面白く、フリットウィック本人もどこか愛嬌のある人物であるため、呪文学が苦手だという生徒はほぼいない。
「さてみなさん、はじめまして。私は呪文学を教えるフィリウス・フリットウィックです。呪文学では様々な呪文を学ぶことになりますが、よく呪文を理解し練習すれば、必ず呪文を使えるようになります。なのでみなさん、心配はいりませんよ」
最初の呪文学の授業は、多くの呪文の名前と特徴、その効果を羊皮紙に書き連ねていくという内容だった。
とにかく呪文の名前とその特徴をよく覚え、その後に実際に使用するらしい。
呪文を使うのは二週間くらい後だとフリットウィックが言うと、生徒達からは落胆の声が上がった。
しかしフリットウィックの説明はとてもわかりやすく、授業後にはみんな満足げに教室を後にした。
それからしばらくしてからの初めての実践では、浮遊呪文「ウィンガーディアム・レビオーサ」が課題となった。
物を浮かせるという動作は、魔法使いなら息をするようにできて当然な基本中の基本だ。
セリアは元々使用していたので難なく成功したが、他の生徒はなかなかうまくいかなく、終了時間までに成功しなかった生徒は宿題となった。
ちなみに一度で成功したセリアは、フリットウィックから五点をもらった。
次に魔法薬学。
この授業では魔法使いと聞いて想像するものと少し外れ、杖を使うことはほとんどない。
生徒達はみんな薬の複雑な調合の手順を確認し、湯気をあげる大鍋の前に立ち、材料を放り込み大鍋をかき混ぜる。
少しでも手順を間違えると魔法薬はまったくの別物へと変わるため、集中力が要求されるかなり危険な科目だ。
セリアは昔から屋敷でレイモンドの指導の下、簡単な魔法薬の調合を行なっており、アイビーも魔法薬に関する本を読み込んでいたので手際よく作業を進めていった。
反対にメグは呪文を唱えないこの科目は比較的苦手らしく、リジーも複雑な調合の手順に目を回しそうになっていた。
セリアがリジーと、アイビーがメグと組むことで問題は解決した。
魔法薬学を教えるのは、スリザリンの寮監を務めるセブルス・スネイプ教授だ。
スネイプはべっとりとした黒い髪が色の悪い顔に張りつき、それなりに長身だが痩せぎすな体に纏っている真っ黒なローブも相まって、まるで育ちすぎた蝙蝠のような容姿だ。
しかしスネイプはとても高度な技術を持っているようで、スリザリンの生徒以外にはかなり厳しく減点も容赦無く行うらしいが、説明はわかりやすく生徒に与える小言のような助言も的確だ。
そんな魔法薬学の初めての授業。
この科目は他寮との合同で、セリア達ハッフルパフはレイブンクローと一緒だった。
元は地下牢だった教室は暗く、壁にはよくわからない物が詰まったガラス瓶や魔法薬の材料などがいろいろと並んでいる。
その不気味な空間に一年生達は尻込みし、教室の後ろの方に固まっている。
リジーやアイビー、メグも恐々としていたが、意外にもセリアは真っ直ぐと一番前の机まで向かい教材を並べていった。
そんなセリアに続きリジー達も前の机へと向かう。
「セリアー、怖くないの?」
「え? ええ、屋敷の地下はもっと暗い所もありますし」
「いえ、それよりもあのガラス瓶とか。なんだか不気味じゃない?」
「そうですね……これくらいなら、何とも」
「セリア、結構肝が据わってるんだね……」
四人が授業の準備をしていると、隣にレイブンクロー生がやってきた。
チョウとマリエッタだ。
「セリア、リジー、久しぶりね!」
「お久しぶり」
「あ、チョウとマリエッタだ! 久しぶり!」
「そう言えば、レイブンクローと合同でしたね。お久しぶりです」
「ええ。ホグワーツって最高ね! どの授業も楽しくて楽しくて!」
「チョウったらずっとこんな調子で、大変だわ。それより、そっちの二人は?」
マリエッタがアイビーとメグを見やり尋ねる。
準備を終えたアイビーとメグはマリエッタとチョウの方を向いて答える。
「初めまして、私はアイビー・ベケット。この子はメーガン・バークよ。よろしくね」
「よろしく。メグって呼んでくれていいよ」
四人が挨拶を終えるとベルが鳴り、扉が開かれスネイプがやってきた。
スネイプが教室に入ってくると生徒達のざわめきは消え、沈黙が広がる。
その空気の変化を全く気にも止めず、スネイプは出欠をとる。
淡々と名前を呼んでいくスネイプだが、セリアの名まで来ると一瞬名簿から目を上げて、またすぐに名簿に目を落とした。
「この授業では、魔法薬による絶妙な化学と神秘について学ぶ。杖を馬鹿のように振り回すことは無い。高温に沸く大鍋、くゆり立つ湯気、血管を巡り心を、体を、感覚を、惑い狂わせる薬の魔力。諸君らがこれらの芸術を真に理解するとは期待はしておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である。ただ、諸君らが我輩が教えてきたウスノロよりもましであれば、の話ではあるが」
スネイプの演説により、教室の中はますます静まり返る。
スネイプは教室を見渡すと、数人の生徒を指名しいくつか質問をしていった。
どれも一応教科書には載っている内容だったのだが、全ての生徒が答えられたわけではなく、質問を終えたスネイプは呆れたような口ぶりで生徒達に言った。
「まったく、諸君らは授業が始まる前に教科書を読んでこようとは思わなかったのかね? おできを治す薬の調合の際、ヤマアラシの針は薬を火からおろしてから入れる。膨れ薬の解毒薬はぺしゃんこ薬だ。ウルスベーンと呼ばれる植物は別名アコナイトとも呼ばれ、トリカブトのことだ。ベゾアール石というヤギの胃から見つかる希少な結石は、大抵の毒薬の解毒剤となる。さて諸君、なぜ今言ったことを書きとらんのだ?」
スネイプが杖を振るうとチョークが黒板に言った内容を書き、生徒達は慌てて羊皮紙に写していく。
全ての生徒が書き終えると、またスネイプが口を開いた。
「先ほど言った程度を答えられんようでは、今まで卒業していったウスノロと大差ない。先ほどの質問を全て答えられた、ウスノロではないという者は?」
スネイプが生徒達に問いかけると、自分はウスノロではないという自信からかレイブンクロー生の半分以上が奮然と手をあげた。
対してハッフルパフで手をあげたのはセリアとアイビーだけだ。
「ふむ……それでは聞こう。アスフォデルの球根の粉末に煎じたニガヨモギを加えた物を何と言う? ダモクレス・ベルビィ氏によって最近開発された、新しい魔法薬とは? 数ある愛の妙薬の中でも、一番強力な薬の名前とその特徴は? ウスノロでない諸君に教えてもらおうか?」
スネイプの質問に、悔しそうな顔をしたレイブンクロー生達の手が下がる。
しかしハッフルパフ生であるセリアとアイビーは手をあげたままだったので、スネイプは小さくほう……と呟き、二人を指名する。
「それでは、一つ目と二つ目の質問をミス・レイブンクロー、三つ目の質問をミス・ベケット、答えたまえ」
指名されたセリアが答える。
「はい。アスフォデルの球根の粉末に煎じたニガヨモギとその他の材料を加えた物は、生ける屍の水薬と呼ばれる薬になります。この薬は非常に強力な眠り薬で、成分が強すぎると生涯眠り続けることもあり、取り扱いには特に注意が必要です。ダモクレス氏が近年開発なされた薬は、先ほどの質問にもあったウルスベーン、つまりトリカブトを使用する脱狼薬と呼ばれる薬です。この薬を人狼の方が満月の前の一週間飲み続けることで、狼人間に変身してもその本能を押し込め自我を保つことができます。この薬の開発により、人狼の方々の社会的地位の向上が期待されています」
「ああ、よろしい。素晴らしい回答だ、ミス・レイブンクロー。それではミス・ベケット、答えたまえ」
セリアの回答に頷いたスネイプは、次にアイビーに答えるよう促した。
アイビーは緊張しているのか、少し声を震わせて答える。
「は、はい。えっと、たくさんある愛の妙薬の中で一番強力だと言われているのは、アモルテンシア、魅惑万能薬です。この薬は強い執着心や強迫観念を引き起こします。特徴としては真珠貝のような光沢、螺旋を描いて立つ湯気、そして嗅いだ人にとって一番好きなものの匂いになる、といったものが挙げられます」
「ふむ、よかろう。ただ二つ付け加えよう。アモルテンシアは執着心、強迫観念を引き起こすが、実際に愛を生み出すわけではない。愛とは、薬で生み出せるほど簡単なものでは断じてない。複雑怪奇、摩訶不思議なものなのだ。また一番好きなものの匂いになると言ったが、最も惹かれるものの匂いに感じる、というほうが正しい。実際に薬の匂いが変わっているわけではないのでな。故に、このアモルテンシアの本当の匂いを知る者はいないのだ」
回答を聞いたスネイプがそう付け加えると、アイビーは納得したように大きく頷き羊皮紙に書き込んでいく。
他の生徒達は話の内容について行けずに置いてけぼりになっていた。
「どうやら少しはましな者がいるようだ。諸君らが少なくとも先ほどの問い程度は、卒業するまでには答えられるようになっていることを願おう」
スネイプはそう言って再び杖を振った。
すると先ほど書かれた黒板の文字が動きだし、魔法薬の調合の手順に変わった。
「では、残りの時間で簡単な薬を調合してもらう。黒板に書いてある手順をよく読み、調合するのだ」
その後は数人が調合に失敗したが大きな問題は無く進み、最後にスネイプが教科書をよく読んでおくように言って授業が終了した。
「いやー、難しかったねー」
「うん。次の授業までに教科書暗記しておこうかな」
地下牢教室から廊下に出ると、ぐぐっと伸びをしたリジーが言い、メグもそれに同意する。
「教科書暗記なんて普通無理だと思うけど、メグならやれそうね」
「メグ、頑張ってくださいね」
アイビーとセリアからの応援を受け、メグの眠そうな目にやる気が満ちた。
「私は暗記とか絶対無理だね。それよりアイビー、昨日に続いて大活躍だったね!」
アイビーは嬉しそうに答えた。
「ありがとう、リジー! 指名されたときはとっても緊張したわ」
「本当に。アイビー、すごかったですね」
「何言ってるのよ。セリアだって質問に答えられていたじゃない。それに緊張もせずにあんなにすらすらと。セリアのほうがすごいわ」
セリアがアイビーを褒めると、アイビーは逆にセリアを褒め返した。
「うん。アイビーが魔法薬学が得意なのは昔から知ってたけど、セリアはすごいね。セリアって弱点あるの?」
「そんな、私はたいした人間じゃありませんよ。家事はぜんぜんですし……」
メグが聞くと、セリアは昨日の自分の失態を思い出ししょんぼりとなった。
「あはは、それくらいの弱点なら、セリアのかわいさが増えるだけだよ。私からしたら、セリアもアイビーもすっごいもん」
リジーがセリアの頭を撫でながら元気づけるように言うと、セリアの顔に小さく笑みが浮かんだ。
「そうだよね。アモルテンシアなんて、私聞いたことも無かったし。二人ともよく知ってたね」
メグが感心したように言うとアイビーは得意げに答えた。
「いっぱい本を読んだもの。当然よ」
「私は一度見たことがあって、興味があって調べていたんですよ」
「へえ! どこで見たの?」
アイビーが興味津々な様子で尋ねた。
「魔法省の神秘部という所です」
「神秘部か……お父さんから聞いたことあるよ。変な場所だって」
「私は聞いたこともないや」
神秘部とは魔法省に存在する部署で、謎が多く解き明かすことの難しい分野を研究する機関だ。
愛や死、運命や宇宙、そして時などその研究の分野は多岐にわたる。
「実物なんて見たことないわ。羨ましいなあ……。ねえセリア、実際見たときはどんな匂いに感じたの?」
「そうですね……シチューの匂いや屋敷の書庫の匂い。あとは、昔嗅いだことのある、なんだか懐かしい匂いに感じました」
アイビーの問いに、セリアは思い出すようにゆっくりと答えた。
「本当に色んな匂いに感じるのね」
「ええ、とても不思議な薬でした」
「私ならどんな匂いになるのかなー」
「うん、なんだか気になるね。卒業する頃には調合できるかな?」
メグがそう言うと、アイビーは顔に手を当てて考える。
「うーん、どうかしらね? アモルテンシアはたしか「いもり試験」の範囲内だし。けど確かに、どんな匂いがするか気になるわ」
いもり試験はいわば卒業試験のようなもので、この試験の結果が直接就職などに関わってくる。
七年間の集大成であるためその内容はとても難しく、毎年多くの生徒が精神的に追い込まれ医務室のお世話になるらしい。
「スネイプ先生は、なんでそんな薬について一年生に質問してるのさ」
いもり試験と聞いてリジーは不満げに口をとがらせた。
「たしかに、一年生で取りあげる薬ではありませんよね。スネイプ先生、やはりお話に聞く通り厳しい方でしたね」
「そうね。けど最初の質問は、教科書の内容を予習してきたかどうかの確認だったし、実際しっかり内容を把握してないと危険だもの」
「そう言えば、先輩達が言ってた理不尽な減点とか無かったね」
「あ、本当ですね」
もちろん生徒達に厳しく指導はしていたが、レイブンクローもハッフルパフも特に減点されるようなことはなかった。
「噂はあてにならないってことかな?」
「私もめっちゃ注意されたけど、説明は丁寧でわかりやすかったなー」
「ええ、とてもいい授業でしたね」
「あ、そうだ。スネイプ先生の説明聞いた後に作業してたらさ、なんか先生セリアをよく見てたよ」
「え、そうなんですか?」
「リジーの気のせいじゃないの?」
「ううん、見てたよ」
「セリア、何か心当たりはないの?」
「いえ、特には」
メグが聞くが、セリアは首を横に振る。
四人は揃って首を傾げるのだった。