入学してから初めての休日。
朝の日課を終えたリジーが寝室へと戻ってくると、目を疑うような光景がそこにはあった。
なんとセリアとメグがすでに目を覚まし、着替えまで済ませていたのだ。
アイビーはまだ姿勢良く眠っているがそれはさておいて、普段リジーが声をかけなければ確実に遅刻するであろう二人が起きているのは、リジーを混乱させるには十分な事態だった。
「ど、どうしたの!? セリアもメグも一人で起きるなんて! 何か悪いものでも食べたの!? あ痛っ!」
「リジー、大丈夫ですか!?」
「何やってるの……」
我を忘れて二人の元へ駆け寄ろうとしたリジーは、ベットの足に右足の小指をぶつけ悶え苦しむ。
セリアはおろおろと慌て、メグは呆れたようにため息を吐いた。
「いたた……いやー、二人が自力で起きてるなんて、もしかして何か闇の魔術にでもかかってるのかなーって思ってさ」
痛む小指をさすりながらリジーは答えた。
それを聞いたセリアは不満げに頬を膨らませる。
「もう、失礼ですよリジー。私もメグも、ちゃんと起きれます!」
「だったら普段から起きてほしいなー。それで、なんで二人ともこんなに早起きなの?」
ようやく痛みが引いてきたのか、おそるおそる右足に体重をかけながらリジーが尋ねた。
「ええ、今日は図書館に行ってみようかと。ホグワーツの図書館の蔵書数は、英国でも随一だと聞いていましたので」
「私もずっと行ってみたいって思っててね。セリアも行きたいって言ってたから、一緒に行くことにしたんだ」
そう言ってセリアとメグは顔を見合わせて、ねー、と笑い合った。
それを聞いてリジーも興味がわいてきたようだ。
「へー、なんだか面白そうだね。私も行こうかな」
「本当ですか? リジーも来てくれるなら、嬉しいです」
「お、かわいいこと言ってくれるねー」
そう言ってリジーがセリアの頭をなでると、セリアは嬉しそうに小さく笑った。
そんな二人の微笑ましい光景を眺めながら、メグは思い出したように言う。
「そう言えばリジー、何個か宿題出ていたけど、それは終わらせてるの?」
「もっちろん! いつも寝る前か、朝みんなを起こす前には終わらせてるよ!」
リジーが胸を張って答えると、メグは感心したように頷いた。
「本当にリジーはそういうとこ、意外としっかりしてるよね。アイビーにも見習ってほしいな。……ねえ、アイビー?」
メグが言うとアイビーはびくっと反応した。
そして三人が見つめる中ゆっくりと体を起こした。
実はアイビーは、リジーが小指をぶつけて叫んだ際に目を覚ましていたのだ。
セリアとリジーは気づいていなかったが、さすがは幼馴染と言うべきか、メグには見抜かれていたようだ。
「あはは……おはようみんな。私はベッドでごろごろしてるから、みんなは気にせずゆっくり図書館でお勉強してきてね」
アイビーはそう言って再びベッドに潜り込もうとしたが、メグに首根っこを掴まれベッドから引きずり出された。
「ほら起きて。せっかくだし、一緒に図書館に行って宿題終わらせるよ」
「嫌よ! どうしてせっかくのお休みに、勉強なんてしないといけないの!?」
「計画的に宿題をしないアイビーが悪いんでしょ? ほら、無駄な抵抗はやめなよ」
「ちょっと、離してよメグ! いやー! 誰か助けてー!」
抵抗するアイビーを、メグは無慈悲にずるずると引きずって寝室を出て行った。
アイビーの叫び声が少しずつ遠くなるのを聞きながら、セリアとリジーは顔を見合わせる。
「朝ごはん、食べに行こっか?」
「はい」
その後朝食を終えた四人は、準備を済ませて図書館へと向かった。
その蔵書数は数万冊は下らないと言われ、全ての本を読むことなど到底不可能だろう。
司書を務めるイルマ・ピンスでさえ、おそらく全ては把握しきれてはいない。
奥には禁書がおさめられている棚へ続く扉があり、普段は鎖で封印されている。
上級生が闇の魔術に対する防衛術の授業で使う場合、もしくは教員による許可証が無ければ、禁書棚の本に近づくことは許されない。
図書館に到着すると、セリアとメグはきらきらと目を輝かせて図書館の中を見渡した。
「すごい……こんなに本があるなんて!」
「屋敷よりも多いかも……! ああ、どれから読みましょうか!」
興奮する二人をリジーはにこにこと眺める。
その隙をついてアイビーは逃げ出そうとしていたが、すぐにメグに捕まった。
「逃げないの。ほら、早く宿題出して」
「うう……ひどいわメグ……」
アイビーは渋々と宿題を机の上に出していく。
それを監視しながらもメグは本が気になるのかそわそわとしており、その二人の様子をリジーは苦笑いしながら見ていた。
ちなみにセリアはすでに本の山へと消えていった。
「メグ。アイビーは私が見ておくから、本見に行ってきなよ」
「え、でも……」
「変身術の宿題だし私でもわかるよ。それに、そんなにそわそわしてるしね」
リジーがそう言うと、気づかれていないと思っていたのかメグの頬が微かに赤くなる。
「赤くなっちゃって。メグかわいい」
「なっ……! うるさいよアイビー、集中しなよ! リジー、その……アイビーをよろしくね?」
「任せてー」
リジーの返事を聞いたメグは本棚の隙間へと消えていった。
「ほらほら、手を動かしなよアイビー。分かんない所があれば教えるから」
「リジー、見逃してよ……」
「別にいいけど、今逃げ出すか週明けにマクゴナガル先生に怒られるか、どっちがいい?」
「宿題頑張ります……」
「うん、頑張れー」
こうして初めての休日は図書室で過ごし一日が終わった。
セリアとメグはとても充実した顔で両手一杯に本を抱え寮へと戻った。
一日中かけて宿題を終わらせたアイビーは燃え尽きた様子だった。
それを監視しながらリジーは動物もどきについて書かれた本を読んでおり、その本を借りて寮へ戻った。
──────────
とある休日四人が朝食をとっていると、手紙や小包を携えた大量のふくろうが現れた。
見慣れた朝の風景である。
その内の一羽がセリアの前に舞い降りた。
「大きい荷物だねー。誰から?」
「屋敷から送られてきたものです。私の署名が必要な書類やその他連絡事項など、まあ色々ですね」
セリアはそう言ってふくろうの足から包みを外すと、お礼を言いながら皿に残っていたベーコンの皮を差し出した。
ベーコンの皮をくわえて飛び立ったふくろうを見送ると包みを開く。
「すごい量だね」
「こんなにたくさんあるの? 大変ね……」
「屋敷では毎日処理していたのですが、ホグワーツにいる間は休みの日にまとめて処理することにしたんです。時間がかかってしまうと思いますので、みなさんは先に寮へ戻っていて下さい」
申し訳なさそうに三人へ告げたセリアに、リジー達は顔を見合わせると言った。
「終わるの待っとくよ」
「それより、何か手伝えることはないかしら?」
「気にしないでゆっくりお仕事してね」
「……ありがとうございます」
三人の答えに一瞬驚いた後、セリアは微笑んでお礼を言う。
しばらくして大広間からセリア達以外の生徒がいなくなって、ようやく書類の処理が終わった。
セリアは大きく息を吐くと、両手を上げぐぐっと伸びをした。
「おつかれセリアー」
「はい、かぼちゃジュースだよ」
「ありがとうございます、メグ」
メグからかぼちゃジュースを受け取ったセリアは、こくこくと喉を鳴らしながらジュースを飲む。
「それにしても、本当に多いわね。もう少し減らせないの?」
「確かに、思っていたよりも量が多かったですね。署名が必要じゃない書類を省ければ、大分量を減らせるのですが……。それより、みなさんを待たせてしまって申し訳ないです」
「大丈夫だよー。だよね? アイビー?」
「ええ、大丈夫よ」
「行きたい所があるって言ってたけど、なんなの?」
「ええ、午後からクィディッチチームの予選があるそうなの。みんなで見に行かない?」
「クィディッチですか。実際に見るのは初めてです」
「本当にクィディッチ好きだね、アイビー 」
「それじゃ準備して行こうか」
セリア達は処理を終えた書類をふくろう便で送るために、ふくろう小屋へと向かった。
その後一度寮に戻り、午後になるとクィディッチ競技場へと向かった。
城を出て歩いていると、競技場の方向から大勢の生徒がこちらへ歩いてきた。
その生徒の内何人かは紅色のローブをまとっている。
「あれ、グリフィンドールのチームよ。午前中はグリフィンドールが使っていたらしいわ」
アイビーが三人にそう言うと、一団の中から一人の生徒が飛び出してセリア達の元へ走ってきた。
「こんにちは、みんな!」
「こんにちは、ケイティ」
「久しぶりだねー」
その生徒は、セリアとリジーと共に特急の旅を過ごしたケイティ・ベルだった。
「ケイティもクィディッチの見学してたの? 私達はこれから行くんだー」
「ううん、私クィディッチチームに入りたくて。それで予選に参加したの」
「へえ、すごいわね! それで、結果はどうだったの?」
アイビーが勢い込んで尋ねると、ケイティは得意げな表情を浮かべた。
「合格したの! まだ補欠だけど、来年には試合に出てみせるわ!」
「すごいですケイティ!」
「チョウも予選に参加するって言ってたし、来年戦うのが楽しみだわ! みんなはこれからハッフルパフチームの予選の見学に行くのね?」
「うん。アイビーが行きたいって言うからね」
四人とケイティが立ち話をしていると、グリフィンドールの一団の中から髪も服も赤い二人の生徒がやってきた。
「よう、何やってんだ? 我らが期待の新人ケイティ?」
「何やってんだ? ゴールを抜きまくってウッドを撃沈させたケイティ?」
赤い生徒はほとんど同じ声で話した。
声だけではなく顔もまったく同じなので、おそらく双子だろう。
「紹介するわ。フレッドとジョージ・ウィーズリー、二年生で今年からのビーターなの」
「おいおい、間違えてるぜ? チームメイトなんだから気をつけてくれよ」
「その通り。僕らはグレッドとフォージさ」
ケイティとやかましい赤毛の双子が加わりわいわいと話していると、遠巻きに見ていたグリフィンドールの一団から一人こちらへやってきた。
「おい、フレッド、ジョージ。他の寮の生徒にあんまりちょっかいを出すなよ」
声をかけてきたのは双子と同じく燃えるような赤毛の、体格のいい男子生徒だった。
「ちょっかいなんて出してないぜ、チャーリー。ただ少し話してただけさ」
「そうさ、チャー兄。かわいい子ばっかだから声をかけたわけじゃないぜ」
「いいからさっさと戻れよ。お前達は新入りなんだから、他のメンバーにもちゃんと挨拶するんだぞ」
「オーケー、しっかりご挨拶するよ。僕らなりのやり方でね」
「普通の挨拶をしろよ。ほら、戻れ戻れ」
チャーリーと呼ばれた生徒は双子をシッシッ、と追い払うように言った。
フレッドとジョージはやかましく騒ぎながらも、グリフィンドールのチームの元へ戻っていった。
チャーリーは一つため息を吐くと、次にケイティに声をかける。
「ほら、ケイティも。来年チームに入りたいんなら、上級生達の技術をしっかり研究するんだよ」
「うん、わかったわ。それじゃみんな、またね」
「はい、さようなら」
「ばいばーい」
ケイティはセリア達に手を振るとチームの元へ走っていった。
「まったく……ごめんよ、僕の弟達が邪魔して。それじゃあ……あれ? リジーかい?」
チャーリーはリジーを見つけると驚いたような声をあげた。
セリア達も見慣れぬ男子生徒にリジーの名を呼ばれたことに驚き、リジーを振り返る。
リジー少し前に出ると、のんびりと手を振って答えた。
「久しぶりー、チャーリー。元気だった?」
「ああ、元気だよ! リジーも元気そうだね。学校には慣れたかい?」
「まあまあかな。みんな頭良くて、助けてもらってるんだー」
「それは良かった。そうだ、ロルフは最近どうしてるんだ?」
「兄ちゃんは新種を見つけるーって言って、どっか行っちゃったよ」
「ははは! ロルフらしいな!」
リジーとチャーリーが談笑していると、アイビーが少し震えながらセリアとメグのローブを引っ張った。
「どうしたの? アイビー?」
怪訝そうにメグが聞くと、アイビーは震える声で答えた。
「お、思い出したわ……。あの人、チャーリー・ウィーズリーよ……」
「有名な方なんですか?」
セリアが尋ねると、アイビーはこくこくと頷く。
「ええ、グリフィンドールのキャプテンよ。あの人が初めてチームに入った年に、グリフィンドールはかなり久しぶりに優勝したの。ポジションはシーカーで、今まで一試合もスニッチを取れなかったことはないわ。ナショナル・チームからも注目されているすごい人なの」
「そうなんだ……て言うか、アイビーすごい詳しいね?」
「先輩達からクィデッチの話をいっぱい聞いたの。あの人もそうだけど、スリザリンにもナショナル・チームから注目されている人がいるそうよ」
「そんなすごい人と、なぜリジーは知り合いなのでしょうか……?」
リジーとチャーリーは依然として楽しそうに話している。
その二人の様子からして、それなりに古くからの知り合いであることがわかる。
三人が見ていることに気づいたのか、リジーは振り返った。
「ごめんね、三人とも。結構久しぶりに会ったから話し込んじゃった。この人はチャーリー・ウィーズリーだよ。兄ちゃんと私とは、魔法生物好き仲間なんだー」
リジーはにこにこと笑いながら三人に紹介した。
「こんにちは、僕はチャーリー・ウィーズリーだ。ロルフは僕の一つ上の学年で、夏休みにたまに彼の家に遊びに行ったりしてたんだ」
「私が小さい頃から知ってるし、親戚の兄ちゃんって感じなんだよ」
昨年ホグワーツを卒業したロルフは、どうやらグリフィンドールに所属していたようだ。
「はじめまして、私はメーガン・バークです」
「は、はじめまして! 私はアイビー・ベケットって言います! チャーリーさんのご活躍は色んな人から聞いてます! チャーリーさんの素晴らしいプレイ、早く見たいと思っています! 応援しています!」
メグは淡々と、アイビーは勢いよく名乗った。
それを受けてチャーリーは素朴に笑った。
「僕は一応敵のチームだし、あまり応援はしない方がいいと思うよ。それで、そっちの女の子がレイブンクローの子だね?」
緊張からか二人に遅れてしまったセリアは、一つ深呼吸するとローブを少しつまみ、ふわりとお辞儀をして微笑んだ。
「はじめまして、チャーリーさん。私はセリア・レイブンクローといいます。チャーリーさんは素晴らしい選手だと伺っています。クィディッチは見たことが無いのですが、貴方の試合を見れることをとても楽しみに思っています。これからどうぞよろしくお願いします」
久しぶりに発動したセリアのお辞儀を間近に受け、チャーリーは顔をその髪とローブと同じ色に染めた。
リジーはこそこそとセリアの後ろに忍び寄って脇腹を狙ったが、セリアはひょいと飛びのいてそれを避けた。
「あ、避けられた!」
「ふふ、いつまでもつつかれる私ではありませんよ、リジー」
「くそー……ねえチャーリー、チームに戻らなくてもいいの?」
グリフィンドールチームはキャプテンを置いていけないのか、少し離れた所で待っている。
リジーに声をかけられ、呆けていたチャーリーは正気に戻った。
「あ、ああ、もう戻るよ。またな、リジー。君達もまたね」
「ばいばーい」
チャーリーは慌ててチームの元へ戻って行った。
それを見送った四人は再びクィディッチ競技場へと歩いていく。
「ああ、緊張した……」
「久しぶりに話せて楽しかったなー」
「あんなにすごい人が敵チームにいるなんて、ハッフルパフ勝てるのかな?」
「そうね。スニッチを取られても逆転されないくらいにチェイサーが点を取らないと、勝ち目は無いと思うわ」
「そのためにも、いっぱいいっぱい応援をしないといけませんね……!」
その後四人はハッフルパフチームのメンバーの予選を見学した。
アイビーは見たこともないほど真剣な目で予選を凝視していた。
セリアは試合ではないものの初めて見るクィデッチに大はしゃぎで、リジーもそれをにこにこと笑って見守りながら楽しそうに予選を見学していた。
だからこそ三人は、予選に参加していた一人の男子生徒を見て、急に顔を赤らめて俯いたメグに気づくことはなかった。
無事にメンバー入りをはたしたその男子生徒の名は、セドリック・ディゴリー。
一学年上の彼は子供ながらも整った顔立ちをしており、誠実さがあふれ出ているような少年だった。