十二月となり本格的に冬を迎えたホグワーツ城。
雪が降り積もり白く染まった校庭では、休日になるとたくさんの生徒が雪遊びに夢中になる。
ハグリッドが運んできた十二本の立派なもみの木が大広間に立ち並び、本気を出した教師陣の手によって飾り付けられ、それは見事なクリスマスツリーとなっていた。
そんなとある朝、支度を終えたセリア達が談話室の扉をあけると、寮生達が掲示板に群がっていた。
「あれ何かしら?」
「み、見えないです……」
「私も見えない……」
「私が見てみるね」
アイビーが怪訝そうに言うと、セリアとメグがその場でぴょんぴょんと跳ね何があるのか見ようとした。
しかし小柄な二人では見えず、悔しそうな表情を浮かべる。
その二人を見たリジーは、苦笑いをしながらその場で少し跳ねて掲示板を見る。
そしてそこに書かれていた内容を確認すると、嬉しそうに笑った。
「あれ、クリスマス休暇についてだよ! クリスマスに学校に残る生徒は、あの紙に名前を書くんだって」
それを聞いたセリア達もリジーと同じく嬉しそうに笑う。
クリスマス休暇はクリスマスの前日から年明けまで続く長期休暇で、一年間で唯一実家への帰宅が許可されている。
家の事情などでホグワーツに残る生徒も毎年それなりの数がいるが、ほとんどは実家に戻り家族とクリスマスを過ごすのだ。
セリア達一年生は初めてのクリスマス休暇ということもあり、特に楽しみにしているようだった。
「クリスマス休暇、とても楽しみですね!」
「本当ね! お手紙は書いてるけど、はやく家族と会いたいわ!」
「そうだね。私もお父さんに学校生活を報告したいな」
「私も久しぶりにみんなに会いたいなー。けど家に帰ったら、家事をしないといけないから大変だよ」
リジーがからからと笑いながら言う。
セリア達に限らず、大広間ではどの寮もクリスマス休暇の話で持ちきりだった。
「ねえみんな、クリスマスはどう過ごすの? 私は家族と一緒にメグのお屋敷にお呼ばれして、パーティーをするのよ。ねえメグ」
「うん、毎年そんな感じ。私の家族はみんな、アイビー達のことをすごくかわいがっているんだよ」
幼馴染であるアイビーとメグは、家も隣同士で二人が生まれる前から交流がある。
「すっごく楽しそうだね! 私は毎年違うかなー。パパとママもお仕事で帰ってこれないこともあったから。でも今年は一緒に過ごせるから、気合い入れて料理するんだー」
「リジーのお料理……すごく食べたいです」
「私も食べたいな……リジーの料理、本当においしいよね。初めて食べたとき驚いたよ」
「私、お料理はかなり自身があったんだけど、完敗だったわ」
「ほんと? そんなに褒められると嬉しいなー」
リジーが頭をかきながら照れ臭そうに笑う。
クィディッチの試合後のパーティーで、リジーの料理を初めて三人は食べたのだが、そのおいしさに仰天していた。
セリア達だけでなくハッフルパフの生徒全員がリジーの料理を褒め、パーティーは大いに盛り上がった。
盛り上がりすぎて激昂したスプラウトが突入してきたのだが。
その後ハッフルパフ生は学年を問わず、リジーに料理のコツをよく聞きに来るようになった。
「私もいつか、お料理をできるようになりたいです」
「私もいっぱい練習して、いつかあなたを追い抜いてみせるわ! 覚悟しておきなさい、リジー」
「私はアイビーが作ってくれるし、できなくてもいいかな」
「メグはもっと自分でできるようになりなさい!」
「リジー、いつかお料理を教えてくださいね」
「まかせてよ! それで、セリアはクリスマスはどうするの?」
リジーがセリアに尋ねる。
「私のお屋敷では、毎年クリスマスはお客様を招いてパーティーをしているんです」
「へえ! レイブンクローの屋敷でパーティーかあ。なんだかすごそうね」
「うん、すごいお客が来そうだね」
「ねえねえ、どんな人がくるの?」
「そうですね……毎年決まって来てくださるのは、ファッジさんです」
「え、ファッジさんって、コーネリウス・ファッジのこと?」
「魔法省大臣!?」
「はい。ファッジさんが大臣になられる以前からお父さんと親しかったそうで、小さな頃からとても良くして頂いているんですよ」
「ほんと、予想の斜め上を行くわねこの子は……」
まさかの名前に三人は驚きを隠せないでいた。
「セリアのお家、いつか行ってみたいなー」
「そうねえ。メグのお屋敷とどっちが大きいのかしら?」
「私のお屋敷はあまり大きくはないですよ。ただ地下がとても広いんです。地下はほとんどが書庫になっています」
「すごい! 行ってみたい!」
「急に食いついたわね、メグ」
「ぜひみなさん、お泊りに来てください! 頑張っておもてなしします!」
「夏休みは、みんなでセリアの家にお泊りだね!」
「ええ、とても楽しそうだわ」
「その前にクリスマス休暇だけどね」
──────────
それからクリスマス休暇まで何事もなく日々は過ぎて行った。
ハッフルパフとレイブンクローのクィディッチの試合があり、セドリックがすばらしい活躍を見せ勝利を掴んだ。
セリアとメグはクリスマスまでにできるだけ多くの本を読もうと、空いた時間は図書館へ足を運んでいた。
アイビーは同じ寮の生徒だけでなく他寮の生徒とも頻繁にクィディッチの話をしており、よくチョウやマリエッタ、ケイティとも行動を共にするようになった。
リジーはいよいよ動物もどき(アニメーガス)の個人授業が始まり、週に一回放課後にマクゴナガルの研究室で勉強に励んでいた。
まずは変身術の知識を深めようということで、リジーは早くも二年生の内容を学び始めている。
マクゴナガルの授業は厳しかったが、リジーは必死になって食らいつき、元より良かった変身術の成績がさらに跳ね上がった。
そしてついに自宅へ戻る日がやってきた。
朝の日課を終えたリジーが寝室に戻ってくると、まだ誰も目を覚ましていなかった。
昨夜は家へ持って帰る荷物をトランクに詰めており、ベッドに入るのが普段より少し遅かったため、セリア達が眼を覚ますまでまだ時間があるだろう。
(もう少しみんなを寝かせといてあげようかな)
リジーはメグからもらった「偉大な変身の心髄」を持ち、静かに寝室を出て談話室へと向かった。
この本は最上級者向けであるため、リジーはまだ序章から先は理解できない。
それでもうんうんと唸りながら本を読んでいると、あっという間に時間が経ち寮生達が続々と談話室へやってきた。
しかし本を読むことに夢中でリジーはそれに気づかない。
すると一人の少女がリジーを見つけ、大欠伸を浮かべながら声をかけてきた。
「ふわぁ……おはよーリジー。相変わらず早起きね」
「あ、おはよー……って、相変わらずすっごい髪の色してるねー、トンクス」
リジーに声をかけてきたけばけばしい青色の髪の少女。
彼女の名前はニンファドーラ・トンクス、学年は七年生だ。
気さくで親しみやすい性格をしているが、「かわいい水の妖精」という意味がある自分の名があまり好きではないらしく、周囲にはトンクスと呼ぶように言っている。
すさまじい髪色をしているが、これは彼女の趣味というわけではなく、彼女が持つ「七変化」という特殊能力によるものだ。
「七変化」は先天的に発現する能力で、杖を使わずに身体の形状を自在に変化させることができる。
トンクスは朝が少し苦手で、寝ぼけて毎朝勝手に髪の色が変わるらしい。
リジーはそれを見るのが密かな楽しみだったりもする。
「うわ、すっごい青い。自分で言うのもなんだけど、これはないわ」
自分の髪色に驚いたトンクスは、目を閉じて少し力んだ。
すると瞬く間に髪色が明るいピンク色に変わった。
「これでよし、と」
「それもすっごい色だと思うよ?」
変化した髪色を見て満足げなトンクスにリジーがそう言った。
しかしトンクスは気にせず、リジーが読んでいる本を覗き込む。
「何読んでるの?」
「誕生日にメグからもらった変身術の本だよ。すっごい難しいんだー」
「へえ、それなら私が教えてあげよっか?」
「トンクスが? 大丈夫なの?」
「失礼ね。私はこう見えて、成績優秀なのよ。それに変身術はけっこう自身あるんだから」
リジーが少し不安そうに言うと、トンクスは不満げに口を尖らせた。
トンクスはかなりおっちょこちょいな性格で、歩けば高確率で何かしらにぶつかる。
さらに七年生になってもしばしば「ハッフルパフ・リズム」を間違えるほどだが、意外なことに首席ではないものの成績はかなり優秀なのだ。
ちなみに今年の首席はジェニファーだ。
トンクスは「どれどれ……」と言いながら自信満々に本を手に取った。
リジーはトンクスが顔を上げるのを待つが、彼女は本に目を落としたまま一向に動かない。
それどころかページもめくらないので、怪訝そうにリジーが声をかけた。
「トンクス? どうしたの?」
「えっ!? ああ、な、何?」
トンクスは慌てた様子で答えた。
「いや、なんだか固まってたから。それで、教えてくれないの?」
「あ、あー……うん。これはリジーにはまだ早いと思うわ。だから、もっと大きくなってから読めばいいんじゃない?」
「そっかー……うん、わかった。今はとりあえず、普段の授業を頑張っておくよ。ありがとうトンクス!」
少し残念そうにしながらもリジーが笑顔でお礼を言うと、トンクスはリジーから目を逸らして頷く。
「ど、どういたしまして。それじゃあ私はもう大広間に行くわね」
「あ、もうそんな時間だったんだ! みんなを起こさなくちゃ。それじゃあね、トンクス!」
「ええ、また後で」
時計を見たリジーは慌ただしく寝室へ向かった。
トンクスは手を振ってそれを見送ると、がっくりと肩を落とした。
「一年生に得意科目も教えられないなんて……私、ほんとに闇祓いになれるのかなあ。はあ……朝ご飯食べに行こ」
トンクスはとぼとぼと談話室を後にした。
──────────
「みんな、忘れ物はない?」
寝室のドアの前でアイビーが尋ねた。
四人の傍らにはそれぞれの荷物が入ったトランクがあるが、一時帰宅のため来るときと比べ荷物は少なめだ。
「大丈夫です!」
「うん、問題ないよ」
アイビーの問いにセリアとメグは自信満々に答えた。
「私も大丈夫だよー」
最後に寝室全体を確認したリジーがそう答えると、アイビーは頷いた。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい!」
寮を出た四人は巨大な樫の扉を抜け、雪の降る校庭に出る。
扉の前には駅へ向かう馬車が大量に並んでおり、乗り込もうする生徒達でごった返していた。
しかし奇妙なことに馬はいなく、馬車はひとりでに動いていた。
「すっごい! 馬がいないのに、馬車が動いてるよ!」
「さすがホグワーツね」
「高度な移動魔法なのかな……すごいね」
リジーとアイビー、メグが馬車を見て驚いている中、セリアだけは不思議そうな表情を浮かべ小首を傾げていた。
「みなさん、見えていないのですか……?」
「え? どういうこと、セリア?」
リジーが尋ねると、少し怯えながらセリアは馬車の前方、本来ならば馬が繋がれている空間を指差した。
「あ、あそこに、羽の生えた黒い馬がいるんです。どうして、私にしか見えないの……?」
三人はセリアが指差す方を目を凝らして見るが、何も見えない。
アイビーとメグが顔を合わせて首を振るが、リジーは口元に手を当て考えこんでいた。
そしてリジーはセリアに尋ねる。
「うーん……ねえセリア、その馬って目が白くて、なんだか骨ばってない?」
「え? は、はい、そう見えます」
「そっか……うん、やっぱりそうだ」
セリアの答えを聞いたリジーは、驚いたようでどこか嬉しそうな顔で頷いた。
「その馬、セストラルだと思う」
「セストラル? ねえメグ、知ってる?」
「ううん、聞いたことないよ」
「……セストラル、ですか」
アイビーとメグは知らなかったが、セリアは聞き覚えがあるようで、どこか硬い表情で呟いた。
「ねえねえ、それってどんな生き物なの?」
「うん、聞きたい」
アイビーとメグが尋ね、リジーは早口で話し始める。
「うん! セストラルは天馬の一種で、結構希少なんだよ! どんな箒にも負けないくらいすっごく速く飛ぶし、すっごく賢くて目的地を言うと、知らない場所でも連れて行ってくれるんだ。それでね、分かってると思うけど、セストラルには姿が見えないっていう不思議な生態があるんだ! でも、見える人もいるんだよ。それはね……」
そこで言葉を止め、リジーは何かに気づいたのか再び馬車の前方を見た。
そして少し迷ったような顔になって、やがてゆっくりと口を開いた。
「人が亡くなるところを、見たことがある人、なんだよ」
リジーがそう言うと、はっ、とアイビーとメグの顔が強張った。
三人が恐々とセリアの顔を見ると、彼女の顔には儚げな微笑が浮かんでいた。
その瞳は深い深い哀しみの色に染まっていた。
「……みなさん、そろそろ馬車に乗りましょう」
静かなセリアの言葉に従い四人が馬車に乗り込むと、馬車は動き始めた。
重い沈黙が広がる馬車の中には、がたごと、と車輪が回る音だけが響いていた。
セリアは馬車の窓から外を見ており、その表情をうかがい知ることはできない。
「ご、ごめんね、セリア! 私、よく考えずに喋っちゃって!」
「いいえ、私達が無神経に聞いたのがいけなかったの!」
「ごめんなさい、セリア……」
沈黙に耐えかねた三人が口々に謝ると、セリアは小さく息を整えて振り返った。
少し弱々しいが、その顔にはいつもの微笑みがあった。
「いいえ、大丈夫ですよ。みなさんは悪くないです」
セリアがそう言うと、安心したのか三人の強張っていた顔がほぐれた。
セリアは三人を見渡し、膝の上で両手をきゅっと握りしめた。
「リジー、アイビー、メグ、私の話を、聞いてくれますか……?」
セリアは囁くような声で三人に問いかける。
「えっと、私達が聞いてもいいお話……なのかな?」
リジーが遠慮がちにそう聞くと、セリアは小さく頷いた。
「はい、みなさんに知ってもらいたいんです」
真剣なセリアに見つめられ、三人は居住まいを正した。
馬車の中に先程とは違う沈黙が広がり、セリアは語り出す。
それは始めて他人に語る、自身の大切な人との別れの話だった。
──────────
「人が亡くなる瞬間を見たのは、今から二年前、私が九才のときです」
「誰が亡くなったの……?」
「私のお母さんです。お父さんと出会った頃から体が弱かったそうで。お父さんも、私がまだ物心がつく前に亡くなりました」
「そんな……」
「お父さんが亡くなってから、お母さんは苦労してレイブンクロー家の仕事をこなしながらも、私を育ててくれました。それをお父さんの親友だったレイモンドとその奥様であるおばちゃん、お父さんと親交があったファッジさん、お父さんのホグワーツでの後輩である方、みなさんがお手伝いしてくださって、私はとても幸せに暮らしていたんですよ」
「そうだったんだ……お父さんに聞いた魔法省大臣とは、だいぶ印象が違うよ」
「確かにファッジさんは少し保守的なところもありますが、とても心優しい方ですよ。私は幼い頃よく知らなかったので、おじさんなんて失礼な呼び方をしていて。よくファッジさんの帽子を隠したりなどの悪戯をしては、お母さんに叱られていました」
「へー、なんだかかわいいね」
「意外とやんちゃだったのね、セリア」
「む、昔のことですよ? レイモンドとおばちゃんが家の内側から、ファッジさん達が家の外側から助けてくださって。それで毎日幸せに暮らしていた中、いつ頃からかわかりませんが、ふと気が付いたんです。お母さんが、少しずつ弱っていっていることに」
「どうして……?」
「先程言った通り、お母さんは体が弱かったんです。お父さんが研究していたのですが、その進行を遅らせることしかできないままに亡くなってしまい、緩やかに……お母さんは、蝕まれていきました」
「大丈夫? セリア?」
「大丈夫ですよ、リジー。……そうしてお母さんは弱っていき、わたしが九才の年に亡くなりました。それからは私がレイブンクローの当主として、働いてきました。もちろん、色々な方に助けていただきながらですけれど」
「同じ年なのに……あなた、本当に苦労しているのね」
「辛かったよね?」
「ええ、勿論辛かったですし、苦しかったです。まるで世界が闇夜に飲まれ、二度と日の光が差すことがないようで。けれど、私は自分が不幸だとは思いません。お父さんはとてもたくさんのものを残してくれましたし、お母さんは溢れるほどの愛情をくれました。レイモンドとおばちゃんは日の光を取り戻してくれましたし、ファッジさん達は最大限に力添えしてくださいました。そして私は、とても素敵な出会いをしました。……リジー、アイビー、メグ」
「セリア……」
「私とお友達になってくれて、ありがとう。みんな、大好きだよ」
──────────
顔が熱い。
セリアが、見たことないほどにかわいらしい笑顔を浮かべてる。
だけど、その姿はどんどんぼやけていってしまう。
もう、涙なんて邪魔だよ、止まってよ。
けど止まらない、どんどん流れていく。
ふと視界を移すと、アイビーもメグもすっごい勢いで涙を流していた。
アイビー、目が真っ赤だよ、メグ、顔くしゃくしゃだよ。
……セリアの過去は、想像できないほど悲しくて、苦しかった。
だけど、私達が身勝手に同情なんて、しちゃいけないよね。
すっごく重たいはずなのに、セリアは全部受け止めて抱えて、それでも幸せだって言ってるんだ。
本当、セリアはすごいなあ。
それに、友達になってくれてありがとうなんて……そんなのこっちの台詞だよ。
不意打ちだよ、もう。
私もアイビーもメグも、大好きだよ、セリア。
クリスマス休暇の日数がよくわかりませんでした。
次回は早く投稿できるよう頑張ります。