昼食後アイビーは自室にいたマーサに声をかけた。
「それじゃあ私はメグのお家に行ってくるから、遅れずに来てね」
「うん」
マーサは机の上の四角い機械をじっと見つめ、何やらボタンのような物がたくさん並んだ板をいじりながら答える。
「母さん、前から思ってたんだけど、その機械は何なの?」
「ん、これ? パソコンだけど」
「ああ、なんだか聞いたことあるかも」
その機械の正体はパーソナルコンピューター、通称パソコンと呼ばれるもの。
ほとんどが企業などで使われ個人の普及はまだあまり多くないのだが、魔女であるマーサは数年前からパソコンを購入していたのだ。
「それで、その機械で何ができるの?」
「うーん……」
マーサはパソコンをいじる手を止めコーヒーを一口飲む。
「きっと、何でもできると思うわ」
「はあ? どういうこと?」
マーサの答えを聞いたアイビーは意味が分からないという顔で首を傾げる。
「これはすごい機械なの。私の予想ではあと十年後には、マグルの世界はコンピューター中心になるわ。もうなりつつあるけどね。そして二十年もすれば、マグルの一人一人が小型化したコンピューターを持つ時代もくる」
マーサは一度言葉を切り、再びコーヒーを一口飲む。
「手作業を効率化するための機械の進化。蒸気機関の発明やその材料の石炭の利用によって生まれた、交通の拡大、生産技術とエネルギーの革新。もちろん電気も。魔法を持たないマグルは、知恵と技術によって繁栄してきた。それに比べて魔法界は、古い思想がこびりついて停滞して、ほとんど腐ってる。マグルの技術はもうすでに魔法みたいなものなのに、その成長はまだまだ途上。ねえ、本当に優れているのはどっちの世界なのかな?」
独り言を呟くように言っていたマーサは、ようやく全くついて行けていないアイビーに気がついた。
「え、えっと、つまり……魔法界よりもマグルの世界を知るほうが楽しいから、勉強してるの」
おろおろとマーサがそう言うと、アイビーは腕組みをしながら難しい顔を浮かべた。
「うーん、なんだかよく分からない話だったけど、母さんは未来を見てるってこと?」
「そうそう、そういうこと」
「なるほどね。でも……」
「でも?」
首を傾げるマーサをアイビーはびしっと指差して厳しく言う。
「母さんは未来を見る前に、まず現在を見ること!」
「わっ!」
驚いたマーサは竦みあがるが、アイビーはなおも続ける。
「父さんとケビンに負担かけ過ぎ! 家事くらいしなさい!」
「で、でも……」
「でもじゃない!」
「私、家事苦手だし……」
「やらないと上達しないわよ!」
「うぅ……」
マーサは頭を抱えて椅子の上で小さくなって呻く。
そんな情けない母親の姿を見て、アイビーはため息を吐いた。
「はあ……学校へ戻る前にお料理の作り方をまとめておくから、せめてご飯くらいは作ってあげてよ。分かった?」
「分かったわ……」
「母さんもただでさえ不規則な生活してるんだから、ちゃんと栄養摂るのよ? あとちゃんと寝なさい」
「うん……ごめんなさい、アイビー」
「分かればいいのよ。それじゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃい」
アイビーはマーサの部屋を後にして自室に戻った。
そして手早く準備を済ませると、家を出てメグの屋敷へと向かう。
屋敷に到着したアイビーが門に付いている取っ手をこんこんと鳴らすと、門は一人でにするすると開いた。
それに驚くことなくアイビーは門をくぐる。
「いらっしゃいませ、アイビー様」
すると、どこからともなく屋敷しもべ妖精が現れ、アイビーに深々とお辞儀をした。
「こんにちは、ネリー。パーティーのお料理のお手伝いに来たわ」
「承知してございます。ネリーがご案内いたします」
アイビーはネリーの後に続き、手入れの行き届いた庭を抜け屋敷へ入る。
屋敷へ入るとまず客間へ案内され、そこに荷物を置いて厨房へと向かった。
広々とした厨房では、ネリーとは別の屋敷しもべ妖精が二人とヘイリーがすでに料理を始めていた。
「おばさん、こんにちは」
「ああ、いらっしゃいアイビー!」
アイビーが声をかけると、満面の笑顔を浮かべたヘイリーが振り返った。
「あれ? おばさん、なんだか機嫌良いですね?」
「ふふ、そうなのよ。アーロンが明日休みになったから、一緒に出かけるの」
「わあ! 良かったですね!」
「アイビーに相談して良かったわ! お礼に今日は、いっぱいお料理を教えてあげるわね!」
「はい! よろしくお願します!」
それから二人は、厨房にいた屋敷しもべ妖精が驚くほどに猛烈な勢いで料理を仕上げていった。
そして全てのパーティーの準備が終わり少し休憩していると、ネリーの声が響いた。
「ご主人様とお嬢様がお帰りになりました!」
ヘイリーとアイビーが暖炉の元へ向かうと、ちょうどメグが暖炉から出てくるところだった。
「お帰りなさい、メグ」
「あ、アイビーだ。ただいま」
「お帰り。どう? 勉強になった?」
「ただいまお母さん。うん、すごく楽しかったよ」
三人が話していると、暖炉の火がエメラルド色に変わりアーロンが出てきた。
「やあ、ただいまみんな。パーティーには間に合ったかな?」
「ええ、大丈夫よ。アイビーも手伝ってくれたから、とても豪華になったわよ」
「それは楽しみだ。アイビー、ありがとう」
「いえ、私もとても楽しかったです! メグ、ケーキも焼いたから、楽しみにしててね」
「やった。お父さん、早く行こう」
「分かっているよ。ネリー、父さんと母さんを迎えに行ってくれるかい? 町の集会所にいると思うから」
「お任せください」
「頼んだよ」
アーロンに言われ、ネリーはお辞儀をするとパチン、という音を残して去って行った。
「よし、それじゃあみんな、クリスマスパーティーを始めるとしよう」
「おー!」
アーロンの掛け声に全員が声を上げ、食堂へと向かう。
「そうだ。アイビー、闇祓い本部でセリアに会ったよ」
「えっ、なんで!? ねえ、詳しく聞かせて!」
「食べながら話すよ。とにかくケーキを食べないと……」
その後遅れずにベケット家も屋敷にやってきて、両家揃って賑やかなパーティーを楽しんだ。
話の中心はほとんどがメグとアイビーの学校生活で、二人は話しながらもセリアやリジー達と過ごす楽しいホグワーツに早く戻りたいなと思うのだった。
──────────
レイブンクロー家の敷地内には、屋敷の他にもいくつか建物がある。
その一つである屋敷と隣接した大きな建物は、かなりの賑わいを見せていた。
この建物はパーティーホールで、現在クリスマスパーティーが催されている。
その賑わいの中、セリアは人気の少ない場所にあった椅子に座り、小さく息を吐いた。
パーティーが始まってから今まで、ひっきりなしに招待客が挨拶をしにきていたので、朝から動いていたセリアはかなりくたびれていたのだ。
「お嬢様、お疲れ様です。飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます、レイモンド」
グラスを受け取ったセリアは、こくこくとのどを鳴らしながら飲み干した。
「ふう……。レイモンドもお疲れ様です」
「いえ、会場の方はルン一人で十分対応できますし、料理も問題ありませんので、まったく疲れていませんよ」
「それなら良かったです」
セリアとレイモンドが話していると、新しくパーティーホールに二人やってきた。
その二人は会場を見渡してセリアを見つけると、まっすぐとセリアの元へやって来た。
「やあセリア、遅くなってすまないね。毎年のことながら、すばらしい飾りつけだ」
「遅くなってすまない、セリア。少し準備に手間取っていたのだ」
「ファッジさん! スクリムジョールさん! メリークリスマスです!」
ファッジとスクリムジョールに声をかけられ、セリアは嬉しそうに微笑みながら返した。
「ああ、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
レイモンドはどこからともなく椅子を取り出した。
「大臣、スクリムジョールさん、椅子をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
「ありがとう、アッカーソン」
二人が椅子に座ると、再びレイモンドがどこからともなく飲み物を取り出し机に並べた。
「お二人ともお忙しい中毎年来てくださり、ありがとうございます」
セリアがそう言うと、ファッジは照れくさそうに笑った。
「いやあ、私が毎年来たくて来ているだけだよ」
「うむ、その通り。そうだセリア、今年も持ってきたぞ」
そう言うとスクリムジョールは、空中から巨大な箱を取り出し机に置いた。
その箱を開けると、中には大きくて見事なクリスマスケーキが入っていた。
「このケーキを準備するのに、時間がかかってしまったのだ。今までで最高の出来だぞ」
「うわあ……! すごいです! レイモンド、早く切り分けてください!」
「はいはい、少し待っててくださいね」
セリアは目をきらきらと輝かせながら、レイモンドの服を引っ張り催促する。
レイモンドが苦笑いしながら杖を取り出して振ると、ケーキが三人分切り分けられ、いつの間にか現れていた皿の上に乗った。
そしてもう一度杖を振ってティーセットを取り出し、紅茶を淹れ三人の前に並べた。
「やあ、これはすごいな……。ルーファス、引退したらケーキ屋にでもなればどうだ?」
「誰がなるものか。というよりも、なぜ貴方まで食べているのだ? 私はセリアのために作ってきたんだ」
ファッジの前に置かれたケーキを見て、スクリムジョールは不満げにそう言った。
「まあいいじゃないか。それより見てみろ、セリアの幸せそうな顔を」
「何っ?」
ファッジの言葉を聞いて、スクリムジョールは慌ててセリアの方を振り返る。
そこでは、セリアがにこにこと微笑みながらケーキを頬張っていた。
それを見たスクリムジョールは、柔らかい表情を浮かべてセリアに尋ねた。
「どうだ? 美味いか、セリア?」
「はい! スクリムジョールさんが作ってくださるケーキは、いつもとても美味しくて大好きです!」
「そうかそうか」
セリアの答えを聞いて、スクリムジョールは顔をほころばせながら頷く。
そしてファッジの顔を見ると、勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「どうやら私のプレゼントは、セリアをとても喜ばせたようだ……。さて、貴方は何を持ってきたのかな?」
スクムジョールが言う。
その挑発を受けたファッジは、腕を組んでにやりと笑った。
「見事だよ、ルーファス。このケーキは、店で買うならガリオン金貨が必要なほど、素晴らしい出来だ。だが君は、セリアのことをまだ知らないらしい」
「……ほう? 私がセリアを理解していない、だと? そう言うのならば、貴方は私のケーキを越えるプレゼントを用意しているのだろうな? え?」
「ふふふ……その通りだ」
「あの、お二人とも、喧嘩はなさらないでください……」
セリアが心配そうに、ファッジとスクリムジョールを交互に見るが、二人は火花を散らしたまま睨み合う。
「さあ、見るがいい! これが私の用意したプレゼントだあ!」
ファッジはカッと目を見開くと、懐から大きな包みを取り出し、高々と掲げた。
形から見ると、どうやら本が何十冊も包まれているようだ。
「本だと? 何か貴重な品か?」
「どうだろうな? さあセリア、開けてみなさい」
「は、はい……」
包みを受け取ったセリアは、おそるおそる広げていく。
そしてその本の表紙を見ると、椅子から飛び上がる勢いで立ち上がり、きらきらと目を輝かせた。
「こ、これは……! まさか……!」
その尋常ではない様子に、スクリムジョールは狼狽して思わず立ち上がり、ファッジを問いただす。
「い、いったい、何を持ってきたのだ!?」
「ふふふ……君は知らないだろうなあ」
「何なのだ!」
ファッジは得意げな表情で、自分を睨みつけるスクリムジョールを見上げる。
「セリアはな……漫画が大好きなのだ!」
「漫画……だと……!?」
「そして今渡したのは、ただの漫画ではない。彼女が漫画に夢中になるきっかけとなった、マグルの世界の作品だ! 私は自分の権限を最大限に使い、今発売されている全巻を手に入れ、英語に翻訳したのだ! 君のケーキは勿論すばらしい。だが! 食べれば無くなるケーキと、いつまでも残る漫画。どちらが優れているかは、セリアの反応を見れば明らかだろう!」
「ぐっ、くぅ……! こんなはずでは……!」
「くくく、はっはっは! どうだ、私の勝ちだ! ルーファスぅ!」
「おのれっ! ファッジいぃ!」
スクリムジョールは崩れ落ち、固く握った拳を床に何度も打ち付ける。
スクリジョールを見下ろし、ファッジは延々と高笑いをする。
そしてセリアは、きらきらと顔中を輝かせながら、漫画を高々と掲げてくるくると回る。
そんな混沌とした空間を、一歩引いた位置から見ていたレイモンドは、無表情で呟いた。
「……何なんだ? これは?」