まずは第32話から読んでいただければ嬉しいです。
ギャリック・オリバンダーは店内の掃除をしていた。
何世代も続くこの店には膨大な数の杖が置いてあり、少し油断するとその全てにぶ厚い埃が積もってしまうのだ。
オリバンダーがすばやく、しかし丁寧に埃を取り除いていると、遠くでチリン、という呼び鈴の音がした。
来客の合図だ。
オリバンダーは音を立てぬように静かに客の元へと向かった。
「いらっしゃいませ、オリバンダーの店へ……」
そこで言葉が途切れた。
なぜなら、そこに客がいなかったからだ。
訝しげに首を傾げたオリバンダーは、カウンター横の仕切り板が上がっていることに気がついた。
そして薄く埃の積もった床に、店の奥へと続く足跡があったのだ。
オリバンダーは杖を構えてその足跡をたどる。
(盗っ人か? しかし、ならばなぜ呼び鈴を鳴らした?)
店の奥へ行くと棚の前に人影があり、二つの箱を持って立っていた。
「何者だ!」
オリバンダーが厳しい声でその人影に怒鳴った。
その人影は焦ることなく、ゆっくりとオリバンダーの方を向いた。
「ああ、失礼しました。杖を買いに来たのですが……」
オリバンダーは、その人影の顔をまじまじと見つめる。
まだ幼い顔だ。
杖を求めるということは年は十一歳、つまり今年ホグワーツに入学するのだろう。
髪は深い青色が入った黒色で、少し長めだ。
そして驚くほど端正な顔立ちで、特に目が特徴的だった。
きりっとした意志の強そうな目で、瞳の色は美しい翡翠色。
その少年は右手に持った箱を上げた。
「この杖を頂けますか?」
そこで我に返ったオリバンダーは、慌てて少年に言う。
「あ、ああ。いや、きちんと見なければ。何しろ持ち主が杖を選ぶのではなく……」
「杖が持ち主を選ぶ。ええ、分かっていますよ」
オリバンダーの言葉を遮って少年が言う。
「この杖が僕を呼び、僕もこの杖を求めていた。資料通り、屋敷の敷地内の林にある楓の木を使った杖……二本あるとは知らなかったけど。でも、僕はこっちだな」
少年は左手の箱を棚に戻した。
それをオリバンダーは呆然と見ていたが、ふと少年の言葉を頭の中で繰り返した。
屋敷の敷地内の林にある、楓の木。
オリバンダーは震える声で少年に尋ねる。
「すまないが、名前を教えてくださらんか……?」
「ああ、すみません。名乗るのが遅れてしまい……」
オリバンダーは、自分の作った杖を一本一本全てを覚えている。
そして店にある祖先が作った杖も、その詳細をしっかりと把握している。
どの木を使い、どの芯材を使い、長さはどれだけか、そして杖の個性、その全てだ。
少年が手にしていた杖は、芯材や長さは違うが、どちらも同じ木を使ったもの。
とても柔軟性があり、長さは二十五センチ、芯材にはドラゴンの心臓の琴線、使った木は楓。
その楓の木が立っていた場所は、あのレイブンクローの屋敷の敷地にある林。
少年は左手を腹部の辺りに当て、右手を後ろに回してオリバンダーにお辞儀した。
そして少年の雰囲気に圧倒されるオリバンダーを見つめ、名乗り上げた。
「僕は、ジェイド・レイブンクローといいます。よろしくお願いします」