数多の店舗が軒を連ねるダイアゴン横丁の中でも、一際大きく佇む白亜の建物。
小鬼が牛耳る魔法界の銀行グリンゴッツ。
その建物の中でセリアは真っ青な顔をしていた。
「うぅ……気持ち悪いです……」
「お嬢様、大丈夫ですか? ですから私がお金を取って来ると申し上げましたのに」
なぜセリアの顔色がこんなにも悪いのか、その原因はグリンゴッツのトロッコにある。
グリンゴッツの金庫は地下深くに広がっており、張り巡らされた線路をトロッコに乗って移動する。
レイブンクロー家の金庫はグリンゴッツの中でも最下層に位置するため、トロッコでの移動の時間も長かった。
それでも行きはまだ良かったのだが、帰る頃にはだんだんと顔色が悪くなり、地上に戻ってきたときにはレイモンドに支えられていたのだ。
「いえ、自分のお金は自分で取らないと……。でも、ちょっとお手洗いに、行って来ます……」
呻くようにセリアが言い、近くにいた小鬼へトイレの場所を聞いた。
場所を指差して教えてくれた小鬼に礼を言うと、セリアはふらつきながら歩いて行った。
「私は外で待っておきます」
後ろからレイモンドが声をかけると、セリアはそれに手を振って答えた。
ところで、このグリンゴッツの建物の前は交差点で中央が広く、ちょっとした広場のようになっている。
この場所は買い物客が姿あらわしするのによく使われる。
ちなみにこの交差点を少し行くと、怪しげな店が並ぶ夜の闇(ノクターン)横丁がある。
グリンゴッツから出てきたレイモンドは、入り口の辺りでセリアを待っていた。
(食後すぐの姿あらわしを避けても、トロッコでやられるとはな。今度この件でお嬢様をからかってみよう)
そんな事をレイモンドが考えていると、少し離れたところでパチン、 という音と共に新しく青年と少女が現れた。
二人とも若く、少女の方はセリアと歳が近そうだ。
「到着っ、と。何から買いに行くんだ? ……リズ?」
青年が聞くが、少女は俯いたまま返事がない。
訝しげに青年が少女の顔を覗き見ると、その顔は真っ青だった。
「うお⁉︎ どうした!」
「気持ち悪い……」
「まじか! だから言ったのに! ていうか、あんなに自信満々だったのはなんなんだよ!」
口元を覆う少女に青年が慌てて周りを見渡すが、助けになりそうなものは何もない。
すると青年は杖を取り出した。
「よし、しょうがないな。出しちまえ。エバネスコしてやるから」
「それは、だめだよ……女の子だもん……」
そんな様子を見てレイモンドは小さくため息をつくと、二人に近づいて行った。
「そこの方」
「うん? 誰だおっさん?」
レイモンドが後ろから声をかけると、青年は杖を持つ手に力を入れながら振り向き、不審そうに尋ねた。
レイモンドは青年の警戒心の高さに感心しながら言葉を続ける。
「私はただの執事です。それよりも、お連れの方のご気分が優れないようですね。グリンゴッツの中にお手洗いがございます。よろしければそちらを使われてはいかがでしょうか?」
「まじか! 聞いたか、リズ? なんとかこらえて行ってこい!」
レイモンドの言葉を聞いた青年が言うと、少女はこくこくと頷き物凄い勢いでグリンゴッツへ走って行った。
少女のあまりの勢いに、守衛の小鬼が思わずのけ反るほどだった。
「いやー、助かったよ。ありがとなおっさん」
少女がグリンゴッツの中へ消えて行くのを見送った青年は、警戒を解いてレイモンドに笑いながら礼を言った。
「グリンゴッツってトイレあったんだなー。……ところで何でこんなとこに執事さんが?」
「私の主がグリンゴッツで用事を済ませているところでして」
「ほー」
レイモンドの答えに青年は気の抜けた声で相槌を打ち、グリンゴッツの入り口をぼんやりと眺めだした。
レイモンドもそれにならいセリアの帰りを待つ。
周りの人間から見ると、だるそうな青年と執事服姿の壮年の男が並んで立ち、銀行の入り口を眺めているというなんとも不思議な光景となっていた。
(それにしても、お嬢様は無事なんだろうか……)
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やばい、気持ち悪い! 死ぬ!
近くにいた小鬼さんにトイレの場所を聞いて(なぜか不思議そうな顔をされたけど)、私はグリンゴッツのホールの中を疾走していた。
あ、トイレ発見! 私は速度を落とさずトイレに飛び込む。
なんだかやたらときらきらとしたトイレだな、シャンデリアとかいらないでしょ。
それはさておいて、本当に吐きそう! 早く個室に……あれ? 洗面台の前で誰かうずくまってる……女の子だよね?
早く個室に駆け込みたいほど気持ち悪かったけど放っておくこともできず、私は思わずその子に声をかけた。
「ちょ、ちょっと、あなた大丈夫?」
「はい……?」
うずくまっていた女の子が顔をあげ、私とその子の目が合った。
その女の子は、今まで見てきた誰よりも綺麗で可愛くて、それでいて今まで見たこと無いくらいに顔色が悪かった。
この女の子が私の人生をあんなに変えるなんて、この時は思ってもなかったんだ。