セリア達がまず向かったのは、《マダム・マルキンの洋装店》だった。
この店はおよそ着る物ならばなんでも揃う。
「いらっしゃい。まあまあ、とっても綺麗なお嬢ちゃんにとってもかわいらしいお嬢ちゃんだこと」
店内へ入って来たセリアとリジーを見て丸っこい女主人、マダム・マルキンがそう言った。
「ローブ下さいな!」
「あら、元気ねー。新入生かしら? 二人とも、私に任せなさい。腕がなるわねぇ」
リジーが元気に叫ぶと、マダム・マルキンは上機嫌に二人を採寸台へと誘う。
その後に続こうとするレイモンドとロルフだが、マダム・マルキンに制された。
「男性方はお待ちになって下さいね。すぐにお嬢ちゃん達の晴れ姿を見せてあげますから」
「それでは行ってきます、レイモンド」
「ごゆっくり」
「楽しみにしててね、兄ちゃん!」
「はいはい」
三人が去った後、ロルフが暇そうに店内を見渡した。
「ただ待っとくのも暇だなー。ちょっと店の中見てくる。おっさんはどうする?」
「私はここでお嬢様方が戻ってくるまで待っておくよ。店内を回るのはいいが、勝手に店の外には出るなよ」
「いや、言われなくても分かってるから」
そう言ってロルフも店の奥へと消えて行き、後にはレイモンドだけが残った。
それからしばらくして、採寸が済んだ二人がローブを購入して帰ってきた。
二人とも真新しいローブを身にまとっている。
「どう、ですか? おかしくないでしょうか」
「とてもよくお似合いですよ、お嬢様」
おずおずと尋ねるセリアにレイモンドは笑顔で答え、それを聞いたセリアは安心したように微笑んだ。
その横でリジーはきょろきょろと辺りを見渡して首を傾げた。
「あれ? レイモンドさん、兄ちゃん知りませんか?」
「ああ、彼なら暇だから店内を見てくると行ってしまいましたよ」
「えー!」
「リ、リジー、店内で大声はだめですよ」
リジーが兄の行動に憤慨して叫んだ。
そんな妹の声が聞こえたのか、ロルフがふらりと戻って来た。
手には袋を持っている。
「おう、買ってきたか」
「兄ちゃん! なに勝手にいなくなってるのさ!」
「だって暇だったし。いい感じの作業着があったから買ってきた」
「もうー! 兄ちゃんに一番に見せてあげようと思ったのにー!」
怒るリジーをまったく気にも止めず、ロルフは手に持った袋をふりふりと揺らしていた。
「ん、似合ってるぞ」
「え、本当? えへへ」
怒っていたリジーはロルフの無愛想な一言で一転してすぐに上機嫌になる。
新品のローブは汚れないように脱ぎ、四人は店を後にした。
次に向かったのは薬問屋だ。
店内は薄暗く、たくさんある樽には様々な魔法薬の材料が積まれてあり、腐った卵と蒸したキャベツの混ざったような匂いがする。
「新入生が用意するのは基本的な材料だけだったよな。だったら大体同じ場所に置いてるはず……お、あの辺か」
ロルフが指差して言う。
その言葉の通り、ホグワーツからの手紙に書いてあった材料は、大体同じ場所に陳列されていた。
そちらを確認してからセリアは辺りを見渡す。
「煙突飛行粉(フルーパウダー)はどこにあるんでしょうか? 少なくなってきていて……」
「あー悪い、わっかんねー。リズ、家は煙突飛行粉まだあったよな?」
「ぜんぜん使ってないからね。いっぱい残ってるよー」
「私の屋敷にはいろいろな方が訪ねて来られるので、消費量も多いんですよ」
「そっか、あのレイブンクローのお家だもんね。有名人とかも来たりするの?」
「有名人ですか? そうですね、たまに来られますよ」
「へえ、どんな人が来るんだ?」
「最近ですと、闇祓い局の局長さんが来られました。とても美味しいケーキを持ってきてくれたんですよ」
「まじかよ」
「お嬢様」
三人が話しながらきょろきょろと探していると、少し前から姿を消していたレイモンドが戻ってきた。
「あ、レイモンド。今煙突飛行粉を探しているんです。見ませんでしたか?」
セリアが聞くと、レイモンドがいつの間にか持っていた二つの包みを上げる。
「ここに。手紙にあった材料と、その他あると便利な物をいくつか見繕い購入してきました。リジー様の分もございます」
「すみません、レイモンド。ありがとうございます」
「わあ! ありがとうございます、レイモンドさん! あ、お金払いますね」
お礼を言いながらセリアとリジーはレイモンドから包みを受け取る。
「すごい早業だなおっさん。何者なんだよあんた?」
「私はただの執事だよ」
薬問屋を出た一行はその後、天文学の授業で使う望遠鏡、魔法薬学で使う真鍮製の秤、錫製の大鍋などを購入していった。
リジーは自動でかき混ぜる大鍋や純金の大鍋などを目を輝かせながら見ていた。
「ねえねえ兄ちゃん、お腹すいたー。なんか買って」
教科書類を買おうと本屋へ向かっている途中で、お腹を鳴らしたリジーが言った。
「そんじゃ、なにか食うか?」
「はい! もうおやつの時間だし、甘いものがいいと思います!」
ロルフが言うと、リジーが元気に手を上げて主張する。
甘いものと聞いてセリアは目を輝かせてレイモンドを見上げた。
「レイモンド、甘いもの……」
「贅沢をして下さいと言ったでしょう。好きなだけ買って下さい」
四人は《フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラー》へ向かった。
どこに行くかという話になったときに、ロルフがこの店を提案したのだ。
「あそこのアイスうまいんだよなー」
愛想のいい店主に料金を払い、四人揃ってアイスを食べる。
レイモンドは最初は遠慮していたが、セリアが少し涙目でアイスを差し出すと、仕方なさそうに受け取った。
ロルフは誰よりも先に買っていた。
レイモンドはビターチョコレート味、ロルフはカシスとバニラのダブル、セリアはなんとストロベリー、チョコ、クッキーバニラ味のトリプルに挑戦した。
リジーはバニラ、パンプキンに加え、注意の印がついた別容器入りの百味ビーンズ味を選んだ。
ちなみに、ロルフとレイモンドはコーン、セリアとリジーはカップだ。
「レイモンドもちゃんと食べて下さいね。絶対ですよ」
「はい、頂きます。お嬢様。……百味ビーンズか……」
「バニラうめー。……おい、リズ。まじでそれ食うのかよ? 絶対にやばいぞ」
「何事も挑戦だよ! 兄ちゃん!」
四人はしばらくアイスを堪能する。
セリアはスプーンで一口すくい食べる度に顔をほころばせており、それをレイモンドは優しく微笑んで見ながらアイスを口に運んでいた。
ロルフは早くも上のバニラを食べ終え、下のカシスを食べて行っている。
リジーはバニラとパンプキンを交互に食べていたが、ついに百味ビーンズ味にスプーンを入れた。
「よーし、行くよ!」
「おー」
「き、気をつけて下さい」
ロルフがコーンをかじりながら適当に答え、セリアはアイスをすくう手を止め固唾を飲んで見守る。
そしてたっぷりとすくったアイスをリジーが口に入れ、味わう。
「ぐはあっ!」
リジーはひっくり返った。
その勢いでアイスが宙を舞い、慌ててセリアが飛び込むが到底間に合わない。
カップは地面に落ちるかと思われたが、直前で止まった。
いつの間にかロルフが、杖を取り出しカップを浮かせていたのだ。
「だから言ったろう。ほれ」
「あ、ありがとう、兄ちゃん」
よろよろと立ち上がったリジーに、ロルフはため息をつきながらカップを差し出す。
「大丈夫ですか……?」
「いやー、なんだろ。なんて言うかこう、鼻にすごい刺激が。あと涙が勝手に出る」
「ふーん……うわ! なんだこれ?」
鼻声で語るリジーの様子に興味が湧いたのか、ロルフが百味ビーンズアイスを勝手に少しすくい口に入れ、鼻を抑えてのけぞった。
「まだ鼻が変な感じー……。セリアも食べてみる?」
「え? あ、い、頂きます」
「うん。気をつけてね」
リジーが鼻をさすりながら涙目でアイスを少しすくいセリアに差し出すと、セリアはあたふたとしながら食べた。
(こ、これが、あーんというやつですか。初めてだからとても緊張するな……あれ?)
「これは……わさびでしょうか?」
「わさび? なにそれ?」
セリアの呟きに聞きなれないという顔をするリジー。
ロルフも聞いたことないのか首をかしげている。
レイモンドは知っていたのか、少し驚いたような顔をしていた。
「わさびは、ニホンという国の香辛料、みたいなものです。あんまり一度に口に入れると、お鼻がツーンとするんですよ」
「あー、サムライの国だね。なるほど、サムライの食べ物なんだ」
セリアの解説に何を納得したのか、うんうんとリジーが頷く。
「セリアは何で知ってたんだ?」
リジーがおっかなびっくりでアイスを食べ始めると、ロルフがセリアに尋ねる。
「以前、ニホンを訪れた際におスシと言う料理を食べたのですが、そこにわさびが使われていたんです。なんでも、生のお魚の匂いを消したりできるそうなんですよ」
答えたセリアはリジーの持っている百味ビーンズアイスをちらりと見る。
その色は真っ白だ。
「ちなみに、わさびは緑色なんですけれどね……」
百味ビーンズアイスの騒動がなんとか収まり、食べるのを再開しようとしたセリアだが、ふとアイスを手に持っていないことに気がついた。
(もしかして、さっきどこかに飛ばしてしまったのかな……?)
「お嬢様、アイスならここに」
「あ、ありがとうございます、レイモンド」
「落としたりしたらすぐに泣くんですから、気をつけて下さいね」
「泣きません!」
色々あったアイスタイムを終えて一向は再び買い物に戻る。
次は教科書を買いに、《フローリシュ・アンド・ブロッツ書店》へ向かった。
広い店内には多くの本棚が迷路のように並び、それでも納まりきらない本は通路や店先にも積まれている。
「必要な教科書は全て家にありますし、買わなくてもいいですよね?」
「古い本を使うのはどうかと思いますが……まあ、同じ本をわざわざ買うものでもないですしね……」
セリアが言うとレイモンドは渋々頷いた。
四人は店員を探し話しかける。
「すいません! 教科書が欲しいんですけど」
「いらっしゃい。ああ、新入生かな? 一覧を貸してくれたら用意してあげるよ」
リジーが言うと少しくたびれた様子の店員が答えた。
リジーが教科書の一覧を渡すと、店員はざっと確認して頷いた。
「それじゃあ、少し待ってて下さい」
店員が教科書を用意してくれている間、四人は思い思いに本を手に取って眺める。
「セリア、見て見て」
「どうしました?」
リジーがちょんちょんとセリアの背中を突いて呼んできた。
セリアが振り向くと、リジーは嬉しそうに手に持った本を見せてきた。
「幻の動物とその生息地」だ。
「また重版したんだって! すごいよね」
「ふふっ、ええ、すごいですね」
しばらくして店員が本を抱えて戻ってきた。
「これで全部だよ。一応確認してください」
「えーと……大丈夫です! ありがとうごさいます」
教科書を買い終わった四人は店を出た。
ロルフは教科書が重いのかしんどそうな顔をしている。
「兄ちゃん、私も持つよ?」
「いいよ。お前に持たせたら何があるかわかんねーし」
二人の様子を見たセリアは、レイモンドを見上げて言った。
「レイモンド、あれの予備はありましたか?」
「ええ、お嬢様。どうぞ」
レイモンドは答えながら懐から小ぶりの鞄を取り出しセリアへ渡す。
セリアはお礼を言って受け取ると、ロルフへ差し出した。
「あの、よかったらこれを使って下さい」
「なんだ? これ?」
ロルフとリジーが鞄を開けて中を覗き込むと、そこにはとても広い空間があった。
「なんだこれ⁉︎」
「なにこれ⁉︎」
二人が驚いて大声を上げたので、道行く人々が何事かと振り向いた。
「その鞄には「検知不可能拡大呪文」をかけられているんですよ」
セリアが説明すると、二人は信じられないと言う顔で鞄を見ていた。
「検知不可能拡大呪文」は実は割と使われている呪文だ。
こういった鞄はよく売られているし、魔法族の使うテントや魔法省の所有する車、その他住宅などの様々な施設もこの呪文で拡大されている。
しかしこの鞄には、既製品とは比べものにならないほどかなり高度に呪文がかけられているようだ。
「こんなの、店で金出して買うやつだろ普通。それを自分でって……」
「おじいちゃんも昔似たようなトランクを持って、世界中旅してたんだよね」
二人は鞄をしげしげと見ながら驚きを隠せない様子だった。
「私はそこまで上手にできないので、レイモンドが作ってくれたのですが……よろしかったら差し上げます。構いませんよね、レイモンド?」
「ええ、問題ありません」
セリアがそう言うと、ロルフは首を振り鞄を返そうとする。
「いやいや、こんな高価な物さすがに受け取れねーよ。ほらリズ、お前もなんか言え」
「えー、でもこれがあったら便利だよ?」
「こら!」
リジーが名残惜しそうに鞄を見ていたのでロルフが叱りつけた。
それに対しセリアが微笑みながら言う。
「手持ちの鞄に魔法をかけただけで、お金なんてかかってないですよ。それに、作ろうと思えばいつでも作れるんです」
そう言いながらちらりと見上げて「レイモンドがですけれど……」と付け足した。
そんな主に続いてレイモンドも言う。
「まあ確かにいつでも作れるし、受け取ってくれ。それに、お嬢様は初めてできた友達に気の利いた贈り物がしたくて、張り切っているんだよ」
「レイモンド! 余計なことは言わないで下さい!」
顔を赤くしてセリアが大きな声を出したので、また道行く人々が振り返った。
ここまで言われると受け取るしかないので、ロルフは仕方なさそうに引き下がり荷物を鞄へ入れていく。
「うわー、どんどん入ってくね」
「鞄を開けて取り出したい物を言えば、自動で出てきますよ」
「めっちゃ高性能じゃねーか」
大量にあった荷物があっという間に収まり、後には軽い鞄だけが残った。
「いや、こんなすごい鞄ありがとうな」
ロルフが頭をかきながら改めてお礼を言うと横にいたリジーも嬉しそうに頷いていた。
「こんな素敵なプレゼント貰ったし、私もお友達になった記念に何かあげるね!」
「ありがとうございます、リジー」
リジーが言うと、セリアはとても嬉しそうに微笑んだ。
「俺もセリアに礼したいし後でどこか寄るとして、そろそろあれを買いに行かないとな」
ロルフの言うあれというのはもちろん、魔法使いにとっては最も重要でありまた当たり前のもの。
「魔法の杖」である。