四人は古ぼけた店の前に立っていた。
店の名前は《オリバンダーの店》、紀元前から続く魔法界屈指の名杖店だ。
「懐かしいなー、この店」
「杖かー。どんなのになるか、わくわくだね」
リジーは店を見上げながら目をきらきらと輝かせている。
セリアは鞄に入れている杖に触れながらレイモンドを見上げた。
「杖、買わないといけませんか……?」
セリアが普段使っている杖、それはセリアの父が使っていた杖だった。
彼女が魔法を学び始めたときからずっと使ってきているので、新しく買うのは気が進まないのだろう。
しかしレイモンドは首を横に振る。
「はい。お下がりの杖では、どうしても少し弱いですからね。やはり自分にあった杖でないと、全力は出せませんよ」
それを聞いてセリアは肩を落とすが、理解はしていたのだろう、もう文句を言うことはなかった。
先頭のロルフが扉を押し開け、四人は店内へ入る。
店内は四人入るとかなり狭い。
店のカウンターには誰もおらず、小さな呼び鈴が置かれていた。
リジーが嬉々として呼び鈴を押すと、店の奥の方でちりん、という音がした。
「店主さんいないのかな?」
「有名店ですし、お忙しいのかもしれませんね……」
そんなことを話している新入生二人を見てロルフはいたずらっぽく笑う。
「そろそろ来るぞ」
「へ? 来るって何が?」
リジーがそう聞いた途端に、突然霧の奥から聞こえてくるような声が響いた。
「いらっしゃいませ、オリバンダーの店へようこそ」
カウンターに白髪頭の老人がいつの間にか立っていた。
リジーは飛び上がって驚き、セリアは飛び上がりはしなかったが、びくりと体を震わせすばやくレイモンドの後ろに隠れた。
この老人こそがイギリス一の杖職人、ギャリック・オリバンダーである。
オリバンダーは薄い銀色の目で四人を見渡し、ロルフに目を止めた。
「ロルフ・スキャマンダーじゃないかね! ちゃんと杖の手入れはしているんじゃろうな?」
「おう、久しぶりだな爺さん。ちゃんとやってるよ。一年に一回くらいだけどな」
「おお……なんということだ……」
ロルフの言葉に絶望に満ちた表情を浮かべ首を振ったオリバンダーは、次にレイモンドに目を止める。
「レイモンド・アッカーソン! なんと久しぶりか! 三十五センチ、樫、ドラゴンの心臓の琴線、強くて優しい、だったの」
「ええ、オリバンダーさん。この杖は何度も私の命を助けてくれた、最高の相棒です。もちろん手入れはしていますよ」
レイモンドは杖を取り出しオリバンダーへ見せた。
オリバンダーは杖をためつすがめつ眺め、感嘆する。
「これほど使用してもこの状態とは、すばらしい。見事に手入れされておる……。見習ってほしいものじゃ」
後半は明らかにロルフへ向けられた言葉だが、ロルフはなぜか窓の外の景色を夢中になって見ていた。
オリバンダーはため息をつき、そわそわと立っていたセリアとリジーに目を向けた。
ちなみにセリアはまだレイモンドの陰に隠れたままだ。
「君たちは新入生じゃな。オリバンダーの店では杖の芯に力のある物を使う。ユニコーンの尻尾の毛、ドラゴンの心臓の琴線、不死鳥の尾羽根、など。この店に来たからには、間違いなく最高の杖を選んでみせよう。もちろん、杖が持ち主を選ぶのじゃがのう」
オリバンダーが一気にそう言って杖でカウンターを叩くと、引き出しから巻尺が二つ飛び出てきた。
「杖腕はどちらですかな?」
「私右ー」
「私も、右です」
リジーが元気に右腕を突き出し、セリアはおずおずと右腕を上げる。
すると二人の腕を巻尺が測りだした。
「それでは、どちらから選ばれるかな?」
「私先でいい? セリア?」
「ええ、大丈夫です」
リジーが一歩前に出ると、オリバンダーは頷いて店の奥へと消えて行った。
ちなみに、巻尺が変な所まで測ろうとしていたので、レイモンドとロルフが巻尺を床に叩き落としていた。
少ししていくつか細長い箱を持ったオリバンダーが戻って来た。
箱には杖が入っているのだろう。
「それでは試すとしよう。手に取って振ってみて下され」
「はーい」
オリバンダーは一箱開け杖を取り出しリジーへ渡した。
「二十六センチ、胡桃、ユニコーンの尻尾の毛、握りやすい。どうぞ」
リジーは杖を振ってみた。
すると、店の奥にある棚から箱がいくつも飛び出て床へ散乱した。
オリバンダーはリジーの手から杖を取ると、箱にしまい込む。
「うわー、大惨事……」
リジーが苦笑しながら言った。
オリバンダーは二箱目を開けて杖を取り出した。
「いかんのう。次は三十二センチ、マホガニー、ユニコーンの尻尾の毛、強力だが頑固。どうぞ」
リジーは杖を受け取り振り上げようとしたが、その前にオリバンダーにもぎ取られた。
「これもいかんのう……。それでは、三十センチ、桜、不死鳥の尾羽根、変身術に適している。どうぞ」
三本目を受け取る。
すると、リジーは杖を持つ指先が暖かくなるのを感じた。
杖を振ると杖先から鳥が数羽飛び出し、綺麗な声で鳴きながらリジーの周りを飛び回った。
「ブラボー!」
「やるじゃん」
「お見事です」
「リジー、すごいです!」
「えへへ、どうもどうも」
リジーは照れくさそうに頭をかきながら杖をオリバンダーに返した。
杖を受け取ったオリバンダーは丁寧に箱へ杖をしまい、引き出しから一枚の書類を取り出した。
「結構結構、この杖は必ずや良き相棒となるじゃろう。それでは、この書類に名前を書いてもらえるかの」
「あ、はい」
リジーは書類に署名し、代金七ガリオンを支払う。
オリバンダーは書類を丸め机にしまい、リジーへ杖の入った箱を渡した。
「大事にして下され。くれぐれも、手入れは忘れぬように」
「はい!」
リジーは嬉しそうに杖を受け取り、ロルフに飛びついた。
「兄ちゃん! 私の杖だよ!」
「おう、やったな」
「えへへ」
しがみつくリジーの頭をロルフが撫でると、リジーは嬉しそうに笑う。
「やりましたね、リジー!」
「おめでとうございます、リジー様」
セリアとレイモンドからも祝福の言葉をもらい、リジーはまた照れくさそうに笑う。
「えへへ。……それじゃ、次はセリアの番だよ!」
「は、はい……!」
やっとレイモンドの陰から出てきたセリアは、緊張で震えながらオリバンダーの前まで行った。
すると、何かに気づいたようにオリバンダーはセリアのことをじっと見つめる。
いや、正確にはセリアの目を見ていた。
「あの……」
「失礼じゃが、名前を聞いてもよいかの?」
セリアにオリバンダーが尋ねると、それにセリアは戸惑いながらも答えた。
「セリア・レイブンクロー、です」
それを聞いたオリバンダーは少し目を見開き、レイモンドへと視線を移した。
「ええ、彼の娘です」
レイモンドがそう言うと、オリバンダーはふう、と息を吐き、セリアへ視線を戻した。
セリアはますます混乱しているようだった。
「お嬢さん、今使っている杖があれば、見せてはくれんかの?」
「は、はい」
セリアは鞄から杖を取り出しオリバンダーへと渡した。
オリバンダーは杖を手に取りじっくりと眺めた。
「二十五センチ、楓、ドラゴンの心臓の琴線、とても柔軟性がある。そう、この杖をあなたのお父様が買われて行った日のことを、よう覚えておる」
オリバンダーが静かに言うと、セリアは小さく息を飲んだ。
オリバンダーはセリアに杖を返して言う。
「もしかしたら……少し、待っていて下され」
オリバンダーは店の奥へと入って行き、すぐに戻って来た。
手には一つだけ箱を持っている。
「実はあなたのお父様の杖と同じ木からもう一本、杖を作っていたのじゃ」
オリバンダーはそう言って箱から杖を取り出した。
「二十八センチ、楓、ユニコーンの尻尾の毛、よくしなり振りやすい。どうぞ、試して下され」
「お父さんと、同じ……」
セリアは震える手で杖を受け取り、そして振る。
すると杖の先から眩く輝く銀色の光が飛び出し、空中をきらきらと漂った。
その光をセリアの髪が反射して互いに輝き合い、幻想的な光景が広がる。
セリアを除いた四人がその光景に目を奪われる中、オリバンダーが呟く。
「不思議なことじゃ……」
しばらくすると光は消えたが、セリアは俯いて杖を抱きしめていた。
「そちらの杖で、よろしいかの?」
「ええ……! この杖が、いいです……!」
オリバンダーが尋ねると、セリアは俯いたまま振り絞るようにして答えた。
セリア以外の四人からはその顔を伺い見ることはできないが、その目は熱く潤んでいた。
──────────
しばらくして落ち着いたセリアは、書類に署名をして料金を払い杖を受け取った。
深々とお辞儀をするオリバンダーに見送られ四人は店の外へと出た。
「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません……」
「よく泣きませんでしたね、お嬢様」
セリアが三人に謝ると、レイモンドがセリアの頭を撫でた。
「まあ、なんだ。これで必要な物はそろったな! あとは適当に店とか回ろうぜ」
「そうだよ! 私、セリアにプレゼント買いたいしね!」
ロルフとリジーが慌てて言った。
そんな二人にセリアは心の中で感謝をする。
セリアの頭から手を離してレイモンドが口を開いた。
「プレゼントを買うなら、雑貨屋にでも行きましょう。意外な掘り出し物などあるかもしれませんよ」
それから四人は雑貨屋へ移動し、買い物を楽しんだ。
「見て兄ちゃん! 持ち主以外には解けない縄だって! 魔法生物を捕まえるのに使えそうだよ」
リジーが魔法をかけられた縄を手に取りしげしげと眺める。
「強い魔法生物だったら解けなくても引きちぎるだろうけどなー。……ていうか、インカーセラスでいいじゃん」
その近くではレイモンドが、小さい悪戯道具売り場にあった絵をこっそりと持ってきてセリアに見せていた。
「お嬢様、見てください」
「わあ、綺麗な絵ですね……きゃあ!」
セリアがもっとよく見ようと顔を近づけると、突然恐ろしい悪魔の絵に変化した。
驚いて悲鳴を上げるセリアを見てレイモンドはくすくす笑った。
そんなレイモンドの態度にセリアは憤慨する。
「もう! 驚かせないで下さい!」
「これくらいで驚いていたら、悪戯専門店に行けませんよ」
「そ、そんな所には行きません!」
セリアとレイモンドから少し離れた所で別の商品を見ていたロルフの背後に、リジーが先ほどの縄を持ってじりじりと近づく。
そしてロルフに縄を投げつけた。
「くらえ! 兄ちゃん!」
「うわ! 何しやがる!」
瞬く間にぐるぐるとがんじがらめにされたロルフは、立っていられずに倒れる。
そして倒れたロルフを見下ろしてリジーは邪悪に笑う。
「勝った」
「ぶっとばすぞ!」
二人の元にセリアとレイモンドがやってきた。
ロルフが倒れているのを見てセリアはおろおろと慌て、レイモンドは呆れたように見下ろしている。
「リジー、店員さんに怒られますよ。早く解かないと……」
「それもそうだね。しょうがないなー。……あれ?」
セリアに言われ縄を解こうとするリジーだが、解き方がわからないことに気づく。
「あ、あれ? こうかな?」
「お前ふざけんなよ!」
「ど、どうしたら……。レイモンド、なんとかできませんか?」
「できますが、縄は駄目になりますね」
さすがに騒ぎすぎたのか、店員がやってきて発見された。
店員は激怒しリジーとロルフは散々説教され、縄はリジーのお買い上げとなった。
そうして買い物も終わり、四人は雑貨店を後にする。
「リズ、家に帰ったら説教だからな」
「うう、ごめんなさい……」
ロルフに言われてしょんぼりするリジーは、手に雑貨屋の袋を持っている。
「リジー、元気を出して下さい」
「ありがとー、セリア。あ、そうだ……」
リジーは雑貨屋の袋をごそごそと探り、プレゼント用に包装された袋を取り出した。
「私と兄ちゃんから、お友達になった記念とさっきの鞄のお礼! どうぞ!」
「大したもんじゃないけどな」
「うわあ……! お二人とも、ありがとうございます!」
プレゼントを受け取ったセリアは輝くような満開の笑顔を浮かべた。
その笑顔を見てぷるぷると震えたリジーは、またしてもセリアを抱きしめる。
「あーもう! かわいいなあ、セリアは!」
「きゃっ! もう……」
セリアは不満そうな声を出すが、まんざらでもないように顔をほころばしている。
その二人を尻目に、ロルフは懐から時計を取り出し時間を確認する。
「そこの二人、じゃれ合ってるとこ悪いけどもう遅い時間だぞ」
確かにもう日も沈み、どこからか夕飯の匂いも漂ってきている。
「そうだな。お嬢様、早く帰らないと夕飯が冷めてしまいますよ」
ロルフとレイモンドに言われ、セリアとリジーは名残惜しそうに離れた。
「それじゃ、九月一日に会おうね!」
「はい、キングズ・クロス駅で」
「いろいろ世話になったな、おっさん」
「いや、私も楽しかったよ。また会おう」
四人は思い思いに別れの言葉を交わす。
そしてリジーはロルフの腕を、セリアはレイモンドの腕をしっかりと掴んだ。
最後にセリアとリジーが手を振り合い、パチン! という音と共に四人の姿が消えた。
──────────
「お帰りなさいませ! お嬢様、レイモンド様!」
玄関ホールに姿あらわしをしたセリアとレイモンドを、屋敷しもべ妖精のルンがキーキーと甲高い声で出迎えた。
「ただいま帰りました、ルン」
「ただいま。何か変わったことはなかったか?」
ルンが問題ないと首を横に振ると、その勢いで長い耳がぱたぱたと揺れる。
リビングへ移ると、キッチンから一人の魔女が出てきた。
「お帰りなさい。お嬢様、あなた」
「おばちゃん。ただいま帰りました」
「ああ、今帰ったよ」
この魔女はレイモンドの妻で、有名なお菓子店である《ハニー・デュークス》に勤めている。
小さい頃、セリアは名前にさん付けで呼ぼうとしていたのだが、おばちゃんと呼ぶように強制されていた。
ちなみにセリアは昔、レイモンドをさん付けで呼んでいた。
「いい匂いがするな。もう夕飯は出来ているのか?」
「ええ、できていますよ」
キッチンからはいい匂いが漂って来ている。
セリアはくんくんと匂いを嗅ぐと、期待するようにルンに聞いた。
「晩御飯は何ですか?」
「ご希望通りクリームシチューでございます、お嬢様! おばちゃんと一緒にお作りになりました!」
それを聞いたセリアはとても嬉しそうに歓声を上げた。
──────────
「ただいまー、と」
「ただいまー。すぐご飯作るから待っててね、兄ちゃん」
「まあ待て」
「ぐえっ」
家に到着するやいなや逃げ出そうとするリジーだが、パーカーのフードをロルフに掴まれ静止させられた。
「さて、説教の時間だ」
「……優しくしてね?」
その後リジーに特大の雷が落ちたのは言うまでも無い。