あの手この手で巻き上げる。言葉巧みにだまし取ったり、力づくで奪ったりすること。
5月2日、早朝。
「ふふふ、私は運がいい」
雨が降る中、何とか熊を撃退した
「うおおおぉぉぉっ!!」
巨大な木槌を振り上げた状態で、零和は服が濡れるのも構わず川に入るとテントめがけて突進すると、
「てりゃあああぁぁぁっ!!」
掛け声と共に木槌を振り下ろした。寝ていた所に突然テントを壊されてパニックになる親子に目掛けて零和は木槌を振り回す。
「ははは!恐れろ、逃げろ。そして……私に壊されろ!!」
巨大な木槌をブンブンと振り回す零和にパニック状態になっていた家族は着の身着のままの状態でサンダルを履いて逃げるのが精一杯だった。
「ははははははっ!!」
自分に背を向けて川岸に向かっていく家族を見て腰に手を当てて高笑いする。笑い終えた零和はテントに残っていた物を物色し始める。
「ふふふ。多くの者は昨日の私を見てこう思うだろう。『平和のない世界を実現する』という目標を掲げておきながら出だしで躓いた私を『バカ』や『能無し』だと。だがそんな奴らに私は言おう。『前に進む勇気のない傍観者の遠吠えなど聞こえないぞ!』と」
物色した中からビスケットを見つけた零和はムシャムシャと口に放り込みながら独り言を続ける。
「人間どもは愚かにも『世界一になる』など身分不相応な夢を語る。だがどうだ?ほんのちょっと壁にぶつかっただけで簡単に諦める。中にはやる前からしくじった時のことを考えて行動を起さない者もいる。無論考えず栄光を掴む者もいるがそれも例外中の例外。ほとんどの人間は失敗した時の自分の姿に怯えて何もしないという選択をする。今のままではダメだから変えたいと思っていたにもかかわらず。だから人間はダメなんだ」
テントの中の食べ物を食べ尽くし大きく膨れ上がった腹を撫でながら零和は大きなあくびをする。
「そう言えば私は寝ていなかったなぁ。腹も膨れたし、寝るか」
こうして零和は子どもが寝ていた寝袋に入りスースーと寝息を立て始めた。小さいながらも野望の第一歩を踏み出した余韻に浸りながら。
だが零和は知らなかった。上流にあるダムはもうすぐそこまで許容範囲を超えそうになっていることを。そしてその時はやってきた。
「ん?」
テントの中に水が入ったことにも気づかないほど眠りこけていた零和はふと目を覚ました。そして驚愕する。
「み、水が!!」
川は増水し海岸にも山にも戻れないほどの勢いで流れていたのだ。
「や、やばい!どうすれば……ッ!?」
パニック状態の零和に考えをまとめる時間もなく恐れていた事態が起きる。
「み、水が!?」
許容量限界まで来たダムが放水を開始。それにより川が一気に増水し圧倒的な濁流が押し寄せてきたのだ。
少しでも力を緩めれば流される限界のところに自身を呑みこむ水量に、
「うばばばばばばああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
零和はなす術もなく流されていくのだった。
増水した川を零和に襲われた家族が呆然と見ていた。
「お父さん、お母さん。もし僕達があの変な女の子に襲われずに――――」
まだあそこにいたら。
息子の無言の呟きに両親は
「死んでいたな」、「死んでいたわ」
10分後。
「う、うぐっ、うげぇ……し、死ぬかと思った……」
運よく川岸に打ち上げられた零和は大量に飲みこんだ水を吐きながら最後の力を振り絞って地面を這いながら川から離れる。
「こ、これしきのことで……私は、諦めんぞ!――――」
安全な所まで行くことが出来た零和はそう言ってガクッと首を落とし気を失った。