平和0!破壊の申し子、零和ちゃん   作:筆先文十郎

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暗箭傷人(あんせんしょうじん)
闇討ちしたり、密かに人を陥れたり、中傷したりする卑劣な行為。「傷人」は人を傷つける意。



暗箭傷人!殺意の少女、零和ちゃん

 5月5日

 僕の名前は粕原(かすばら)葛人(くずと)。どこにでもいる会社員だ。強いて違う事と言えば、ギャグ漫画のように身体が丈夫で普通の人より回復力があるということ。そして自殺を考えているところだ。

 多くの人が「え、そこどこ?」と聞き返すような三流大学出身の僕は三ケタに上る面接をしてやっとのことで今の会社に就職できた。しかしお世話になっている会社にこういうことを言いたくないのだが、ブラックな会社だ。

 サービス残業は当たり前。仕事時間は朝の8時から夕方の5時だが、仕事の準備などをすれば電車の始発前から行って終電近くまで働くようなものだった。帰る時間すらもったいない僕は会社に寝袋を持ち込み会社で寝泊まりするようになった。休憩時間すら上司に呼び出されたりなど充分休むことができない。少しでも気を抜こうものなら奇怪な顔の上司の怒号が飛ぶ。少し気を抜いただけで怒号が飛ぶのだからミスした時などは考えたくもない。

 

 昔テレビで某強豪野球部の実態が紹介された番組を見たことがある。そこでは下級生が上級生に奴隷のように使われ、身の回りのこと全てをさせられる。ご飯のリクエストやマッサージは序の口。様々なことをしなければならないのに上級生よりも早く寝てはいけないし遅く起きてもいけない。

 雨の日が続きそれでもドライヤーを使うなど何とか乾かしても少し湿り気があるだけで鉄拳が飛ぶなど体罰は当たり前。

 あまりの酷さに逃げ出す者もいるとのことだ。当然だと思う。

 僕も似たような状況だ。しかし僕は彼が羨ましく思えた。なぜなら彼らは逃げることが出来るからだ。野球部を辞めても死ぬわけではないしそれが原因で学校にいられなくなっても転校するという手段だってある。

 でも僕は違う。仕事の大怪我で身体が動かなくなった父親がいる。僕の収入がなくなったら僕の生活はもちろん父親の面倒を見られなくなる。

 今の僕に会社を辞めるという選択肢はなかった。転職しようにも3ケタの面接を受けてようやく今の会社に就職できた僕にすぐに次の働き場所が見つかるとは到底思えなかった。

 

「もう、いい事なんて何一つない。……死んでしまおうかな」

 

 そう呟いた時だった。

「よ!そこのお兄さん、ちょっと見て下さいな!」

「ん?」

 声のする方へ振り返るとそこには背中まである艶やかな黒髪と純白のワンピースを着た可愛らしい少女がいた。

 僕は周囲を見渡す。彼女が呼んだのは自分なのかを確認するために。周囲に「お兄さん」と呼ばれるような人間はいなかった。

「あの、お兄さんって僕のことかい?」

「他に誰がいるんです?それよりこれを見てちょうだいな!」

 呼び止めた少女は目の前の白い物体を指さす。

「これは私がこっちの世界に来てから一生懸命作った七輪(しちりん)!そしてこっちも私がこっちの世界に来てから一生懸命作った炭!」

(こっちの世界?)

 その言葉に疑問を覚えたが『熱が入った彼女に水を差してはいけないかな』、と思い黙って彼女の説明に耳を傾ける。

「自分で言うのは何だけどこれは自信作!これを使えばあっという間に一酸化炭素中毒で自殺……じゃなくてお肉だってお魚だって美味しく焼けちゃうよ!今なら七輪と炭をつけて1000円。どうです、お兄さん?」

(自殺、かぁ。今の僕にはちょうどいいかもしれないな)

 もうどうなってもいい。そんな感情に支配されていた僕は彼女に1000円を手渡した。

「毎度あり!」

 謎の少女は七輪と炭が入った段ボールを持った僕を姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

 死を勧める少女の嬉しそうな姿に僕は何故か笑みがこぼれた。

「さて。問題は密閉した空間でこれらを使う事なんだけど@ん?」

「お、葛人。七輪と炭なんて持ってどうしたんだ?お、ちょうどいいや。うちの魚買っていけや」

 帰り道にある商店街を通ると顔見知りに魚屋のおじさんに呼び止められた。僕は言われるがまま魚を買って家に帰った。

「……魚食べてから自殺しても遅くはないか」

 そう思って僕は庭に七輪と炭を運ぶと金網の上に魚を置いた。

 ジュジューと魚が焼ける音。鼻腔をくすぐる焼き魚の白い煙。

「そろそろかな」

 僕はいい感じに焦げ目がついた魚を皿に乗せると身をほぐして口に運んだ。

「…………美味しい」

 何か宇宙の真理を見つけたような衝撃を覚えた。

 塩や醤油などの調味料は何一つ使っていない。なのにまるで極上の料理を食べたかのような感動を覚えた。

「いや、それらを食べてもこんな感動は覚えなかったかもしれない」

 僕はふと七輪と炭を見た。

 何の変哲もない七輪と炭。だが七輪や炭の知識などない僕にも感じられた。この七輪と炭はとてつもない血と汗、涙を流したことによって作られたものだと。

「この七輪と炭は彼女が自分で作ったと言っていた。これを作るのにどれだけ苦労をしたんだろうな。でもその情熱が魚一つに感動する一品に仕上げたんだろうな」

(もしかしたら)

 そう心で呟いてから僕は呟く。

「彼女が自殺を勧めるようなことを言ったのは僕に気づかせるためだったんだろうな。幸せは美味しい物を食べる、それだけでも充分感じられるものだと」

 

 

 

 普通なら「普通」としか評価できなかった焼き魚に感動を覚えたことに、『幸せとはその人間の心構えで変わる』と悟った粕原葛人はブラックとしか言えない労働すらもゲームと捉えるようになった。

 どんな困難なこともゲームと捉えるようになった彼はその後実績を積み上げトントン拍子に出世するようになる。

 その事を若者を一人自殺に導いたと喜ぶ少女、世界から平和をなくすことを心から望んでいる零和(れいわ)は知る由もなかった。

 




粕原葛人。私の作品を見たことがある人はわかるかもしれませんが『BLEACH』の二次創作、涅マユリを主人公(準主人公)とした『天才・涅マユリの秘密道具』の登場人物、葛原粕人が元ネタです。

興味があったら見ていただけると幸いです。
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