「おっ、今日の弁当係りはお前じゃない日か」
朝から四限続いた授業を乗り越えて迎えた昼休み。
飯の時間となって弁当を広げるなり、目の前の友人、中学からの付き合いになる
からかう気満々の顔。楽しそうにしやがって。
「急に何言い出すんだよ。ってか、何を根拠に」
「そりゃ見れば分かるだろ。綺麗で彩りいい弁当だからな。お前のだと既製品、theコンビニ弁当みたいな感じだし」
「……なるほど」
適当に返事して、箸をつける。
例えは気に入らないが、言いたいことは分かる。
料理を作ると既製品っぽいと言われることがある。これでもバイトでは調理担当なんだけど。
それに見れば分かるってのも分かる。
銀華が作った今日の弁当は綺麗で彩がしっかりと考えられた美味い弁当。
食のバランスがいいだけでなく、だし巻き卵やミートボールといった好物もちゃんと入れてくれてありがたい。
「なるほどって相変わらずぼんやりした返事だな。まあ、白藤さんに作ってもらったなんて言いふらせないよなぁ」
「おい、お前な……」
「まあまあ、落ちつけって」
俺が一人勝手に怒ったみたいになったのが解せない。
おまけに楽しそうに笑いやがる。
俺が言わなくてもこいつが言ったら意味がない。
銀華と交代で弁当を作るようになったのが半年ほど前。
それまではずっとコンビニで買ったものを食べていたが、そんな奴が弁当となれば怪しまれる。
ねちねち聞かれ続けるのもしんどいからと白状したけど間違いだった。かといって、黙っているとめんどくさいことになる。
「しかし、お前があの白藤さんと幼馴染だったなんてな」
「それ、本当に好きだな。ずっと言ってる」
「それだけ衝撃なんだよ。中一からの付き合いなのに高校に入るまで全然教えてくれなかったし」
これがめんどくさいことその一。
言う必要ないと黙っていたらこれだ。
飽きないのか、ことある度に言ってくる。
「でもまあ知れて、いろいろ納得できたけどさ。見舞いのこととか」
見舞いか……二年ほど前のこと。
正直、思い出したくない。
「とは言っても白藤さんと一緒のところ全然見ないけど、心配じゃないのか?」
「心配って何を。幼馴染だからってずっと一緒は変だろ」
あいつはあいつで自分の交友はあるようだし、そこまですると過保護が過ぎる。
それこそ朝釘を刺されたばかりだ。
「そういうことじゃないんだよ。白藤さん、モテるからなおちおちしてるとってこと。実際、気の早い奴はもうアタックかけてるみたいだぜ」
「あー……」
言われて朝、昇降口でのことが過った。
あれはそういうことか。
「あーってまたぼんやりした返事しやがって」
「いや、本当に気が早いと思って。編入してきて一ヵ月も経ってないぞ」
「だからこそだよ。早い者勝ちってね。それに相手は白藤さんだ。ほら中学の頃、まだ白藤さんが入院する前、わざわざ会いに行く奴多かったの覚えてるだろ?」
「それはまあ」
「メディアに取り上げられるぐらい賢い天才美少女白藤銀華がこんなに近くにいるんだ。誰よりも早くお近づきになりたいんだよ」
そういうものなんだろうか。
でも、そういうものか。こいつの言う通り、中学の頃わざわざ銀華の通っていた超難関女子中にまで会いに行く奴は多いと頻繁に聞いた。
銀華がメディアに取り上げられるぐらい天才少女……全国模試1位は勿論、数々の検定一級を取得するなどいろいろ天才っぷりを披露していたから興味本位で見に行ったり、美女と呼ばれるぐらいだから本気で告白しに行った奴もいたとか。
それが今も続いていると。
「で、お前はどうする気だよ」
「どうって別に……追々考えるよ」
「本当、ぼんやりした返事だな」
「急に聞かれてもすぐに答えられるかよ……こういうのは考えなしよりかは考えあったほうがいいだろ」
「そりゃ一理あるけど……考えすぎて時すでに遅しってことになっても知らねぇぞ。時間は巻き戻せねぇんだからな」
「そうだな……気を付けるよ。ごちそうさま」
話を切り上げるように手を合わせ、食べ終えた。
時間は巻き戻せないなんて分かってる。
でも、そういう奴らみたいに今銀華とどうこうなりたいとかそういうことは思いつかない。正直、分からない。
今はただ、銀華とまた同じ時間を過ごせるだけで……。
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放課後、今日は掃除当番の日。
掃除は終わってけどもじゃんけんに負けて、ごみ捨て係になってしまった。
ゴミ捨て場につくと同じようにゴミ袋をもってきて人がちらほらといる。
指定の場所にゴミ袋を入れるとしょんぼりと肩を落とす男子生徒がゴミ捨て場の前を通り過ぎた。
「何だあれ」
「あれ二年三組の川田じゃね? あの様子なら失敗したっぽいな」
「川田ー! どんまーい!」
「おーう……」
背中を見せながら返事するその姿は哀愁漂っていた。
何だろうと思いつつ、持ってきてゴミを捨てる。
これでよし。後は荷物を教室に取りに行って帰るだけ。
するとその時、見知った人と出会った。
「健太」
「銀華……どうした? こんなところで」
「ちょっと用事」
「そうか」
「うん」
会話はそこで一旦終わる。
銀華はさっきここを通った川田とかいう奴と同じ方向から来た。
そっちの方向は体育館へと続いていて、人目に付きにくい場所になってる。
川田の様子、それを見たあのさっきの人達の反応、それから同じ方向から来た銀華といい。そういうことなんだろう。山田の話は本当だった。
もっとも、結果は実らなかったようだ。
「今日、バイトじゃなかったの……?」
「バイトだけど掃除当番だったらな、終わったらすぐ行くことは伝えてある」
「そう……帰りは遅い? 夕飯は賄い?」
「昨日は最後までいたから多分、今日は早いと思う。家着くのは9時過ぎになるとは思うけど。夜飯はラストまでじゃないから賄いはないけど、アレならコンビニで何か買って帰る」
「いいよ……お母さん達の分と一緒に作るから真っすぐ帰って来て大丈夫」
「分かった。じゃあ、行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい」
なんてない会話を交わして、別れる。
いつものやり取り。
山田の話は本当だったから正直驚いたのもあるが、納得の方がはるかに大きい。
そりゃ放っておかないのもそれはそうか。
今回は実ることはなかったが、実っていれば俺はどうしていんだろうか。
追々考えるとは言ったけど、真面目に考える時は早くも来たのかもしれない。
銀華の病気のこともあるし、いつまでも今のままではいかない。今のままであってほしいけど。
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夜九時過ぎ。
バイトから帰ってくるとリビングは賑やかだった。
「今日もよく働いてきたようだな。ご苦労ご苦労」
「健太くんおかえり~」
出迎えてきたのは二人の母親。
最初に声をかけてきたのが俺の母親、
母さんは男勝りというか親父くさいが、対して白花さんはふわふわとした雰囲気の人。正反対の二人だが、この二人も産れた時からの幼馴染。大人になって、結婚して、子供を産んでもこここまで仲がいいのは珍しいと思う。
よく二人で夜ご飯食べに行ったりして、今回の旅行も楽しんできたみたいだ。机の上にお土産らしきものをたくさん広げながら、お茶してる。
「ただいま。凄い土産だな」
「これは全部、銀華ちゃんへの土産だ。どうしても欲しいというならやらんでもないぞ」
「もうさ~ちゃん、意地悪しない。健太君、好きなの選んでいいからね」
「ありがとう」
なんて会話をしているともう一人現れた。
「健太……おかえり。お疲れ様」
「ただいま、ありがとう。ああ、夜ごはん」
「うん……オムライス」
出してくれたのはケチャップのかけられたオムライス。
丁度、今作ってくれたのか出来立てほやほやだ。
荷物を置くと手洗いうがいをして、オムライスを食べ始めた。
「……」
「……」
母さん達が話している傍で静かに食べる。
目の前には銀華が座って、会話なんてない。まあ、いつもの光景。
のはずなのに今日は少し違った。銀華が俺のことを見てる。何だ、そんなに食べているのが気になるのか。
俺だけでなく、母さん達も気づいたらしい。
「しーちゃんどうしたの~? 健太君のことじーっと見つめて」
「別に……何でもない」
「健太が黙って食ってるからだぞ。美味しいの一言や二言ないのか」
「いつも通り美味いけど」
「はぁ~」
母さんが深いため息をつく。
何でため息つかれなきゃならないんだ。
母さんが話に入ってくると何かずれていく気がしてならない。
「なんだよ」
「なんだよはこっちの台詞だ。もっと感謝の気持ちを込めなさい。そんなことだと愛想尽かされる。当たり前だと思わない」
「まあまあ、さ~ちゃん。大丈夫。健太君の感謝は充分、しーちゃんに伝わってるって。ね~」
「うん……むしろ、感謝するのはこっち。たくさん迷惑をかけてるから」
それを言われるとどうにも弱った。
調子狂う。
「気にしなくていいのよ、銀華ちゃん。こいつが好きでやってることだし、こいつのことは好きに使っていいから」
「おい」
「でも、健太君に迷惑かけてるのは事実よね。しーちゃんのことは健太君に任せちゃってて迷惑かけると思うけどよろしくね~?」
「よろしく」
「それはまあ……うん」
白花さんにそう言われ、銀華に頭を下げられるとそう答えざるをおえない。
迷惑とかそういうのは思ったことない。
というか結局、話がそれてしまった。オマケに聞くタイミングを見失ってしまった。
銀華がどうしてこっちを見ていたのかは分からずじまい。
何かを気にしたような、言いたそうな目をしていたのは何だったんだ。
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「ふぅ……」
椅子の背もたれに身体を預け、深く息をつく。
今日に限って見たい番組もなければ、おもしろそうな配信もない。
だから、ついぼっーとしてしまう。すると、嫌でも思い出してしまうのが今日のこと。
朝の昇降口での銀華の様子。昼休み山田に言われた言葉。放課後、掃除当番の時に察したこと。夕飯食べてる時に感じた視線。
頭の中であれこれ答えの出ない考えが駆け巡る。すると考え疲れたのか何なのか、飯を食べて風呂から出た後だからいつしか眠ってしまった。
どれぐらい寝てたか。誰かに身体を揺すられるのを感じて目を覚ました。
「――け……ん、ちゃん……」
聞き慣れた声。
若干、泣き声のようにも聞こえてくる。
おかげでなのか、意識が一気に覚醒した。
「け~ん~ちゃ~ん!」
起きて最初に見た銀華は、大粒の涙を流していた。
「銀華……なっ、おまっ! 何で泣いてるんだよ」
「だって~けんちゃ~ん……うぅ、うわぁ~ん!」
「あ~もうっ、泣くな泣くな。ほら」
夜中に大声で泣かれるのは困る。
それに理由はどうあれ、銀華に泣かれるのは居心地悪くて、罪悪感が凄い。
だから、昔していたみたいにまずは頭を撫でて銀華を宥めた。
「うぅ……ぎゅっとして」
「……ああ」
「ぐすん……」
抱き着かれたのを仕方なく抱き返すと次第に泣くのは治まった
ここまでが昔やっていた一連の流れ。本当、夜泣きだ。
普段の銀華からは想像できない。まあ、大人になったんだから夜泣きしないのは当たり前のことで、この状態の銀華は特殊だから仕方ないと言えば仕方ないけど。
しかし、どうしてまた泣いていたんだか。悲しいことでもあったのか。落ち着いた頃を見計らって、気になったことを聞いてみた。
「落ち着いたか……どうして泣いてたんだ?」
「おへやきたのにけんちゃん、はなしかけてもへんじないんやもん」
「そりゃ寝てたからな」
「なんでねとーのっ。おそうじのアレ、なんでもなかったよっておはなししたかったのに」
「掃除? ああ、なるほど」
いろいろ納得がいった。
泣いていたことも夕飯の視線も。
あれのことをずっと気にしてたんだ。だからあの視線。可愛い奴じゃないか。寝てる時まで気にしてるなんて。
「大丈夫。分かってる」
「ほんま? ごかいされたかとおもってこわかった~でも、そうやなくてよかった~けんちゃん、ずっといっしょにおってな~?」
返事は頷くだけにしておいた。
何と言うか言葉で返事するのは躊躇った。
けれど、銀華はそれで安心してくれたようで笑顔を見せてくれた。
「にへへ~」
眠そうに笑う笑顔の銀華。
まだどうしたいかなんてちゃんとした答えみたいなものは出ないけど泣き顔なんて見たくないし、ずっとこんな風に笑っていて欲しい。寝てる今だけじゃなくて、笑っていてほしい。起きてる時も。
「ふぁ~にゃぁ……」
「凄い欠伸だな。寝るか」
「ねる~」
二人でベットに入る。
「ぎゅ~」
今夜もまた銀華が抱き着いてくる。
いつもならいろいろ思うことはあるが、今日は不思議と安心感の方が勝った。
銀華は今こうして現実に隣にいる。まずはそのことをもっと大事にしていこう。
…