もしも夢の続きが叶うなら   作:シート

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第七話 幼馴染なアイツは熱の夢を見ながらもやってくる

「よっこらせ……」

 

 親父臭いことを言いながらベッドに入って布団をかぶる。

 結局あの後、銀華に呼ばれることはなかった。

 帰ってきた母さん達によれば、ぐっすり眠っていたとのこと。

 この調子なら全快は兎も角、朝にはもう熱は確実に下がっているな。

 これで安心して寝られる。

 

「け~んちゃ~ん」

 

 扉が開いたのと同時に声が聞こえた。

 銀華だ。それも寝ている方の。

 

「なんで来たんだよ」

 

 思わず、そうボヤキながら部屋の電気をつける。

 てっきり今夜は来ないものだと思っていた。

 銀華が寝てから何時間も経っていて、熱もあったわけだし。

 

 ぼやいたのが聞こえたらしい。

 部屋の明かりを眩しそうにしながら、銀華は拗ねた顔をしている。

 

「なんでそんなこというん?」

 

「お前、熱出してるだろ。覚えてないかもしれないけど」

 

「おぼえとぉもん。ねつならさがったとうよ。ほら~」

 

 額の髪の毛を手で上げるとそのまま顔を突き出してくる。

 額に手でも当てて熱を測れと言わんばかり。

 確かに熱は下がったんだろう。顔色もよくなったように見える。けど、まだダルそうにも見える。

 

「分かった分かった」

 

「はかってよ~ぶーぶー」

 

「熱は下がっても安静にしてろって。大事に越したことはないんだからさ」

 

「わかっとぉけど~……あせがきもちわるい~」

 

「ああ……なるほど?」

 

 沢山寝て熱を下げるために寝汗をかいたら体が気持ち悪くて寝るに寝れなくなった。みたいな感じだろうか。

 だから、代わりと言ったらいいのか眠った銀華が起きてきたと。

 

「いや、何しに来たんだよ」

 

「おふろはいりた~い! いっしょにはいろ~」

 

「一緒は無理だ。というか、危ないから一人でも入るなよ」

 

 一緒になんてもっとのほか。論外だ。

 一人で入るとしても危なっかしくてさせられない。

 シャワーでも浴びれば目は覚めるかもしれないが、その前に扱けでもしたら一大事だ。

 まあ、

 

「ぶーぶーじゃあ~せめてあせふきたい~」

 

「まあ、それぐらいなら……濡れタオル取ってくるわ」

 

「わーい!」

 

 ということでリビングから作った濡れタオルを持って部屋に戻った。

 

「ほ、ら……」

 

 部屋に入るなり、固まってしまった。

 

「おまっ……!」

 

「あ、けんちゃん、おかえり~」

 

「なんで服脱いでるんだよっ」

 

 ベッドの上で座る銀華は上の服を脱いでいる。

 正確に言うのなら、パジャマの前を開けているだけで脱いでないけど。

 それでも銀華は今こっちを向いていて、開いたボタンの隙間から肌が見えている。

 

「だって、あせふくならふくぬいだほうがええやろ~?」

 

 もっともらしいことを言う。

 銀華はパジャマを着ていて、体を拭く為には脱がないといけないのは確かだ。

 だからって、ここで脱ぐ必要はないだろ。

 

「せなかもひとりでできひんし。ってかけんちゃん、なにしとるん。はよきて~」

 

「ぐッ……」

 

 覚悟を決めるしか。

 平行線のままだと、銀華はずっと服を脱いだまま。

 下がった熱がまた上がるかもしれない。

 

「しかたねぇな」

 

 そう言ってベッドの上に上がって銀華の背中の方へと座った。

 

「じゃあ、拭くから」

 

「うんっ」

 

 返事をして銀華は羽織っていたパジャマの上を脱ぐ。

 案の定、何もつけてない。生まれたままの姿。

 白い透き通るような肌。今実際に見てるからか変に意識してしまう。

 今こうして会話が成立とはいえ、銀華は寝ている。何だかいけないことをしているみたいだ。

 兎も角、今は汗拭くことに集中だ。雑念を振り払うように汗を拭い始めた。

 

「んふっ、ふふふっ」

 

 突然、銀華が笑い出した。

 一旦、手を止める。

 

「ど、どうかしたか?」

 

「くすぐった~い。そんなえんりょせんでもええのに~」

 

「そりゃ遠慮もするだろ。こんなのこと」

 

「そう~? むかしどっちかがかぜひいたりするとかんびょうしあったやろ~そんときにからだふいたりしよったやん。いまさらやろ」

 

「お前な……」

 

「にへへ~」

 

 楽しそうに笑いやがって。

 俺が言ったこと、真似やがって。

 確かに看病の時、今みたいに汗を拭いたりしたことは普通にある。

 けど、それは昔の話だろ。今、お互い成長した。

 というかこれじゃあ、俺だけが意識してるみたいで嫌だ。

 

「それにけんちゃんのことしんじとぉし、すきやからなんもえんりょせんでええよ」

 

「本当お前な……」

 

 こんな状況で言われても素直に喜べない。銀華は寝ているわけだし。戸惑い半分といったところ。

 それでもまあ、振り向き様に笑顔でそう言われると嬉しさ半分。俺はなんて単純なんだろう。

 いろいろと気にしてるのが馬鹿らしくなってくる。

 

「とりあえず、拭くからな」

 

「は~い」

 

 気を取り直して拭いていく。

 今度はくすぐったさから笑うようなことはなかった。

 代わりに静けさがやってきた。

 おかげで背中を拭くのに集中できたが。

 

「ぅ……んん~……」

 

「おい、銀華」

 

「あ……ごめ~ん。気持ちよくて~」

 

 うとうと舟を漕いでいた銀華に声をかけるとハッとしていた。

 まったく……ここで本気寝されていたら一大事だった。

 

「背中、拭き終わったから前とか届くところは自分で拭けよ。俺は部屋の外で待ってるから」

 

「おって~ひとりこわい」

 

「さっき、ひとりでいただろ」

 

「いてくれなきゃ、そっちむく」

 

「おいっ」

 

 なんて凶悪な脅迫だ。

 最強の一手切ってきやがった。

 身を削りすぎだろ。

 

「分かった。分かったから早く拭け。本気で風邪引くぞ」

 

「は~い」

 

 幼い子を相手してる気分だ。

 実際、今の精神年齢低いだろうけど。

 それに俺が見なければいい話だ。

 

「ん~しょ~……ん~しょ~」

 

 のろのろと銀華が気になるところを拭いていく。

 それが目を反らしていても気配で分かった。

 器用というか何と言うか。ことある度に思うけど寝ていてもできるもんだな、こういうのは。体が覚えているみたいな感じなんだろうか。

 それにやっぱり、部屋の外に出ていくべきだったと今更になって思う。

 

「ん……ふっ……」

 

 もちろん今も尚、目どころか体ごと後ろを向き。

 銀華とは背中合わせだから、不慮の事故はないだろう。

 けど見えない分、部屋が静かなこともあってつい意識してしまうものがある。

 

「んっ……はぁ、っ……ん」

 

 それが銀華の息遣いだった。やけにクリアに聞こえて、耳から離れない。背中を拭いていた時よりも、いけないことをしている気分に陥る。

 

「おわったよ~」

 

 背中からその言葉が投げられた。

 これでようやく安心……するのはまだ早い。

 念押しは忘れてはいけない。

 

「服はちゃんと来たか?」

 

「きとぉよ~しんようして~」

 

 信用ならないが服を着た音は聞こえてきた。

 いつまでもこうしてはいられない。そろそろ部屋に帰さないと。

 渋々振り向く。そして、襲ってくる後悔。

 

「おまっ! 服っ!」

 

「な~に? きとぉやん」

 

 確かに着てるが着てないに等しい。

 何せ、パジャマの前。ボタンが上から下まで全部開いて、前が止まってない。

 本当に信用ならない。

 

「早く締めろっ」

 

 言って、振り向いて視線をそらそうとした。

 けれど、叶わない。腕を掴まれたから。

 力強いわけじゃない。本当に掴まれただけ。振りほどこうと思えば、振りほどけるはず。腕だけ残して体は振り向けばいい。なのに動けない。捕らえられている。

 

「これで最後だから」

 

「……っ」

 

 どっちの銀華が言った言葉なんだろう。

 今銀華は寝ているのだから寝ている銀華が言ったんだろうけど、普段の銀華が言っている様な気がした。

 それにこれで最後だからって……そんなことは言うなよ。それを伝えるが、一番いいのだろうけど、声に出来てない。

 

「仕方ねぇな」

 

 言えたのはそんなぶっきらぼうな言葉。

 仕方ない、俺って奴は。

 

「……」

 

「……」

 

 ボタンに手をかけると一つ一つ締めていく。

 すると、銀華は腕を掴んでいたのを離して大人しくなった。

 おかげで、スムーズに下まで止めきることができた。

 

「ほら、できた。これで――」

 

「けんちゃん」

 

 その声と共に俺の頭を抱えるように銀華に抱きしめられた。

 

「お、おいっ! 寝ぼ、けて……」

 

 寝ぼけているのかと思ったがそうではないらしい。

 なら一体……。

 

「ごめんなさい」

 

 ぽつりと聞こえてきたのは謝罪。

 戸惑うことしかできなかった。

 

「な、なんで謝るんだよ」

 

「だって今日ずっと、けんちゃん。機嫌悪そうにしとったから、一緒に帰った時とか……」

 

「そんなは……」

 

 ない、とは言いきれなかった。

 天気予報が外れて雨が降って来たこと。傘がなかったこと。銀華と一緒に帰ることになったのはいものの、車に水溜まりの水をひっかけられたこと。

 いくつものことが重なって不機嫌になったのかもしれない。それで銀華に気を遣わせることになってしまった。

 

「だから、せめて夜ご飯ぐらいは私が作ろう思ったのに……いざ作ろうとしらそれどころやなくなって」

 

 ああ、それで。

 それでリビングでぐったりしていたのか。

 

「結局、私はけんちゃんに迷惑かけて頼ってばっか……いっつもそう……ごめんなさい……」

 

 またぽつりと聞こえてきた謝罪。

 申し訳なさと悲しみに満ちた銀華の声。

 聞いていると胸が締め付けられる。銀華にそんなことは言ってほしくない。言わせたくはない。

 でも、言わせたのは俺だ。銀華に気を病ませてしまった。だから、今こそ伝えなくちゃいけないことがある。

 

「そんなこと言うな、銀華。謝らなくていいんだよ」

 

「けん、ちゃん……」

 

 喉で留まりそうな言葉を何とか送り出す。

 

「迷惑なんて思ってない。俺達は……幼馴染だろ。いいんだよ、迷惑かけて。今は一緒に住んでる家族でもあるわけだしさ。頼りぱなしってのも頼られないよりかは全然いい」

 

 場当たりな言い方だと自覚はある。

 言いたいことの意味としては合っていても、もっと別のいい方があった気がする。

 けど、それが分かるわけもなくこんな言い方しかできない。

 

「お前と遊ばなくなって話さなくなった三年間。そして、お前が入院した一年間。退院して、一緒に住むようになって半年。戸惑うことばかりだけど、もう手を振りほどいたりしない。銀華のこと自分で考えて決めていくから」

 

 何を言っているんだろう、俺は。

 意味不明でこんな言い訳みたいで……告白めいたこと。

 青臭いというか幼稚というか。でも、言わずにはいられなかった。

 

「そっか……なら、安心」

 

 安堵の声が頭の上から聞こえてきた。

 と、同時に頭を抱きしめる力が強くなったような気がした。

 しばらく……数秒ほどそのままだったが、銀華は一向に離してくれない。ずっと抱きしめられたまま。

 

「銀華?」

 

 呼びかけても反応がない。もしかして……。

 あることが頭をよぎり、抱きしめている手を解いてみた。すると、すんなりと解ける。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「……電池切れか」

 

 思った通り、銀華は寝ていた。

 俺の頭を抱き枕代わりにして体を支えていたようで、離れると倒れてきたが抱き留める。

 今夜もいろいろあったが銀華の弱音を聞けてよかった。後は全快してくれれば、それだけでいい。

 そんなことを思いながら銀華を部屋に帰し、自分の部屋に戻って寝た。

 


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