この時期は苦手だけど
でも、そんな季節にもうれしい想い出はあって…
(2014年、Pixivさまにて初公開)
しとしと、しとしと…
空から降る雨が、窓からの景色を灰色にする。
しとしと、しとしと…
いつもは遠くから聞こえる街のざわめきも、雨音に吸い込まれたかのよう。
私の耳にはその音以外は届かない。
私は思わず出てしまうため息を隠すこともせずに窓から離れた。
ラケルはまだ夢の中、軽い寝息は規則的に。それは、雨音のよう。
もう一度、ため息。
でも、いくらため息をついても仕方がない。
私はパジャマのまま洗面台に向かう。
乱れた髪を直すために。
今年も、梅雨が来た。
この季節は苦手。
変に高温だったり、いつも高湿だったり、お出かけに着る服に困ったり、傘が必要かわからなかったり。
でも、一番困るのは、髪がまとまらないこと。
前の晩、お風呂の後にきちんとドライヤーをかけても、翌朝、いつも以上に跳ねてしまう。
朝、それを直して髪を結うのにいつもの倍以上時間がかかる。
それが毎朝続くからゆううつになる。
でも、髪を切る気は全くなくて、毎日ゆううつさを感じながらも、1週間も経つとあきらめてしまう。
「はぁ…」
でも、今日は梅雨の一日目。
しばらくこれが続くかと思うと、またもやため息が出てしまう。
でも、ため息を何度ついても何も変わらない。
あきらめて、私はドライヤーを取り出した。
「おはよう、六花!」
マナのおうちの前、植えられたアジサイの花の綺麗さに目を奪われていた所、元気な声が耳に届く。
「おはよう、マナ」
傘を少しあげて、マナに挨拶。
目が合うとマナは少しだけ視線をずらす。
「どうしたの?」
その、少しおかしな様子に思わず尋ねてしまう。
「え、ううん、なんでもないよ」
マナはそう言うけど、いつもの癖が出ている。
くるくる、指に絡める髪は、いつも以上に跳ねていて、そう言えば、マナはくせっ毛だから私より大変なことを思い出して、
「梅雨、よね…」
ため息混じり。
「…来ちゃったね」
苦笑混じり。
ふと、交わる視線。
もう一度苦笑して、そして、一緒に大きなため息をついた。
学校について、HR前。
雨に少しだけ濡れた髪は湿気で余計に乱れたから、直そうと思ってみつ編みをほどく、と、マナが近づいて来る。その手にはブラシ。
「あたしにやらせて?」
そう言うが早いか、マナの手が私の髪をすべる。
優しく、丁寧に、髪をまとめるようにブラシでとく。
マナの手の優しさに、私はだんだんと穏やかな気持ちになってゆくのを感じていた。
その感触をもっと感じたくて、ゆっくりと瞳を閉じれば、更に強く感じるマナの優しさ。
「できたよ、六花」
でも、それもあっと言う間。
その声と共に離れる手。
少しだけの、残念な気持ち、
沢山の、もっとって願い、
それを振り払って、笑顔でマナにお礼を言う。
すると、
「交代ね」
そう言って私にブラシを手渡す。
「ええ、わかったわ」
マナを私の席に座らせてリボンを外して優しく髪を梳いていく。
でも、いくら丁寧に梳いても、マナの髪はぴょんぴょん跳ねてしまう。
それは、活発なマナを象徴するよう。
焦ってしまいそうになるけど、でも、それは余計にマナの髪を乱してしまうから、丁寧に梳いていく。
「ごめんね、六花」
そんな中、突然の謝罪の言葉。その声も本当に申し訳なさそう。
「どうしたの? 突然」
私は手の動きを止めずに尋ねる。
マナは、申し訳なさそうな口調を変えず、
「あたしの髪、跳ねちゃって面倒でしょ?」
そんなことを言う。
「そんなことないわ」
マナの髪に触れるの、好きだから。
その言葉を飲み込んで伝える。
マナは安心したように肩の緊張を解いた。
「おはよう、マナ、六花」
マナの髪をまとめ終わって、後はリボンを乗せるだけになった所でまこぴーがやってきた。
「おはよう、まこぴー」
「おはよう」
マナと私、挨拶を返すと、まこぴーは不思議そうな顔。
「どうしたの?」
私の言葉にまこぴーはこちらを向いて、
「どうしたの?」
同じ言葉で聞いてくる。
私はマナのリボンを見せながら、
「来る途中で髪の毛が乱れたから」
それだけ伝えて、マナの髪を完成させた。
まだちょっと跳ねている所もあるけど、時間を考えるとこれが限界だった。
「髪長いと大変ね。いっそ短くしてみたら?」
そう言うまこぴーの髪は乱れた所がひとつもなく、今日もきっちり決まっている。
髪が乱れる心配をしなくていいこと、そして、毎朝髪を直すのに時間がかからなくてもいいこと、それは少し魅力的だけど、でも…
私はマナと顔を見合わせて、そして、まこぴーを向いて、
「「ううん、このままでいい」」
ふたり同時に言葉にしていた。
再びマナと顔を見合わせると、どちらともなくこぼれる笑み。
まこぴーはあきれたように、
「仲がいいわね…」
それだけ言うと席に着いた。
私たちも同じようにそれぞれの席について始業を待つ。
窓を伝う雨を見ながら、思い出すのは幼い頃の想い出。
あの日も今日みたいな梅雨の日だった。
「まぁ! 六花ちゃん大丈夫?」
ぶたのしっぽ亭に入って最初に聞いたのは、マナのママの驚いた声。
この日、私はマナとお勉強をする約束をしていて家を出たのだけど、真ん中まで来た所で突然の豪雨におそわれた。
傘を持っていなかった私は、一度家に帰るか、それともそのままマナの家に行くか、一瞬だけ迷って結局マナの家に。
でも、その一瞬の迷いで余計に濡れてしまうことになった。
「タオル持ってくるからきちんと拭くのよ」
その優しい言葉にうなずいていると、にぎやかな声が外から聞こえてきた。
「ママ、大変! 雨だよ、ママ!」
にぎやかに扉を開けて入ってきたのはマナ。
すっかりマナもずぶ濡れになっていて、
「マナ!? どうしたの!?」
私は驚いてそう尋ねずにはいられなかった。
「あ、六花、いらっしゃい。外でマロと遊んでたら急に降って来ちゃって…」
マナは髪をとめているゴムを外すと、ぎゅっと髪を絞って雫をこぼす。
やがて、私達にタオルを持ってきてくれるマナのママ。
マナはそれを受け取ると自分の髪をわしゃわしゃと豪快に拭きはじめた。
「こら、マナ。お店ではダメよ。お部屋でやりなさい。六花ちゃんも」
「ごめんなさい…」
「ありがとうございます」
私たちはタオルを頭に巻いてマナの部屋に向かった。
「うわ…暑いね…」
マナの部屋のドアを開けると、むわっとした空気があふれだしてきた。
思わず顔をしかめるマナと私。
でも、髪も濡れたままなので、仕方なくお部屋に入って窓を細く開ける。雨が吹き込んでこないように。
そして、私たちは座って髪を拭き始めた。
マナは先ほどと同様にわしゃわしゃと。
私は、優しく丁寧に。
なにもしゃべらずに、静かに髪を拭く私たち。
雨音に包まれた部屋は、他にはマナの髪を拭く音だけが響いていた。
「六花、やってあげる」
マナのいつもより静かで優しい声が届く。いつの間にか私の後ろにひざ立ちになっていた。
その声に振り向いてマナを見ると、わしゃわしゃやったものだからいつも以上に跳ねた髪、でも、きちんとてっぺんは結んであって、リボンもついていた。
「うん、ありがとう」
私は特に断る理由もないので、タオルを渡してお願いした。
「まかせて」
やはり先ほどと同様に静かで優しい声のマナ。
私はわずかに頭を下げてマナが拭いてくれるのを待った。
優しく、髪に乗せられるタオル。
同じように、優しくすべる、タオルとマナの手。
さっき、自分自身の髪を拭いていた時とは違うマナの優しい拭き方に、私はだんだんと心が暖かくなってゆくのを感じていた。
「ね、六花」
ふいにかけられる声。
「どうしたの? マナ」
私の声が部屋にこもるように広がる。
「六花の髪って綺麗だよね」
「え…」
私はその言葉に驚いた。
生まれてからそんなこと、言われたことはなかったから。
嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で答えに困っていると、続いてマナの声。
「あたしの髪ってぴょんぴょんするから、六花のまっすぐな髪がうらやましい」
それは、とても珍しいマナの無い物ねだり。
でも、逆に私はマナのそのぴょんぴょんする髪がマナらしくてとても好きだったから、
「私、マナの髪、好き…」
思わずそう口にしていた。
すると、マナは横から顔を出してきて、
「本当?」
そう聞いてきた。
私はしっかりうなずいて、
「うん、だって、マナらしくて、マナの元気さとか感じられて、私は好き」
恥ずかしいけど、しっかりと伝えた。
マナはしっかりと私に視線を合わせて笑顔になると。
「うん、ありがとう、あたしも六花の髪、大好きだよ!」
そう言ってくれた。
私は嬉しくて何度も何度もうなずいていた。
それから、私は髪を伸ばし続けた。
マナが「綺麗」と言ってくれた髪だから、その時以上には短くしないことに決めた。
マナはその時、何も思わずに、私の髪を見て不意に言ってくれたのかも知れないけれど、でも、私はとても嬉しかったから、ずっとのばし続けていた。
これから先も髪を私はずっと長い髪でいると思う。
マナにずっと気に入っていてほしいから、ずっと、ずっと…
「どうしたの? 六花」
マナのちょっとだけ心配そうな顔。
まこぴーもちょっとだけ心配そうな顔。
いつの間にかHRが終わっていたみたい。
「別に…なんでも」
私はそれだけを告げる。
けど、マナにはお見通しだったみたいで、少し微笑んでいる。
「ほ、本当よ」
ごまかすように言うけど、マナの笑顔は変わらない。
私は、しまった、という顔をしてしまう。
まこぴーは少し不思議そうな顔。
そんな私たちを見て、
「やっぱり、六花もあたしも、髪の長さは変えられないよ」
唐突に、マナはまこぴーに伝える。
その一言に、ますますまこぴーの顔は不思議そうに、私の顔は真っ赤になっていく。
「だって、あたしたち、お互いの髪型、大好きだからねっ!」
だめ押しといった感じでマナはしっかりと口にする、大きな笑顔で。
その笑顔のまま、マナは私をみる。
私はますます恥ずかしくなって、下を向く。
まこぴーはあきれたようにため息をついて、
「本当に、仲がいいのねあなたたちは…」
そう言うと、もう一度、大げさなため息をついた。
私は、ただ恥ずかしくて、下を向いていることしかできなかった。
始まった、梅雨の日々。
毎日髪のことを考えるとゆううつだけど、
こうやってマナとの絆を感じることができるのならそれもいいかな、と思いはじめていた。
少し意地悪に、そして、優しく、私を見守るマナの視線を感じながら。