PSO2_epIF バタフライエフェクト   作:トロイトロール

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「もしもし、ペルソナさんですか?」

 医療施設に向かって移動していたペルソナに、若い女性の声で通信が入った。

 ああ、とペルソナが答えると、通信の向こう側の彼女はメディカルセンター看護官のフィリアと名乗った。

 続けて話を聞いてみると、先ほどナベリウスで保護した少女、マトイが目を覚ましたと言う。

「ですが、あの……、実はあなたの名前を口にしてから、後は一度も話さないんです。それなので、メディカルセンターに一度来ていただけますか?」

 フィリアはご迷惑をおかけしますと申し訳なさそうにする。

「いやいや、そちらが謝る必要はない。此方も今丁度そちらへ伺おうとしていたところだ。なるべく早く着くようにする」

「それはありがたいです。でもそんなに急ぐ必要もないですよ」

「了解した」

 通信が切れると、ペルソナは逸る気持ちを抑えつつも足早にセンターへと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしていました」

 通信相手だったフィリアが、センターの前でペルソナを待っていた。

「それで、彼女の容態はどのような感じだろうか」

「特に目立った外傷もなく、良好ですよ。ですがほとんどしゃべることも無くて……」

 話しながら、フィリアはペルソナを少女の病室に案内した。

 フィリアが病室の部屋をノックし、入りますよと一声掛け、スライド式のドアが開く。

 部屋に入ると、彼女はゆったりとベッドから起き上がり、ペルソナを見ていた。

 長いようで短い間、ペルソナとマトイが互いを見ていると、不意にマトイの口が動き出す。

「……ペルソナ…」

 ぽつりと、自然と彼女の口からこぼれ出た。

「……」

 しかし、その後に何か言うことはない。

「ずっとこんな感じですね。あなたは彼女に名前を教えたんですか?」

 そんなフィリアの質問に、ペルソナは首を横に振った。

「いいや、私はこの子の前で一度も名前を言ったことはない」

 ペルソナの回答に、フィリアが驚く。

「それじゃああの子はなぜ……」

 フィリアはそう呟く。

「頭の中に聞こえてきた」

 すると、フィリアの疑問に少女がそう答えるように言った。彼女がペルソナの名前を憶えているのは【若人】の件が原因だったな、とペルソナの脳裏には10年前に引き起こされた【若人】襲来とその一連の流れが思い起こされる。ペルソナにとっては何度も経験している事象だが、ひどく懐かしく感じた。

「私はマトイ」

 マトイが自分の名前を告げる。

 その名前と今までの情報をもとにフィリアがアークスのデータベースを調べた。しかし、該当するデータは0だった。

「データベースには関連情報はいっさいなし。何処かの星の原生民?でも生体パターンはアークスみたいだったのに…」

 フィリアが一通り調べ終わり、推測を口にする。

「ねぇ、マトイちゃん。あなた、どこから来たのかしら?どうしてあの星にいたの?」

 フィリアが優しく問いかける。しかし、マトイは怯えた様子でペルソナの後ろに隠れてしまった。

「あ、ああっと、怖がらせちゃった?ごめんなさい、他意はないの」

 フィリアが柔らかい声で言う。大丈夫だと、ペルソナがマトイの肩をポンポンと叩いて落ち着かせると、しばらくしてマトイも少し警戒心が和らいだのかおそるおそるペルソナの後ろから顔を出した。

「ペルソナさんに懐いてる感じ、まるで刷り込みみたいですね。あなたは何か彼女に心当たりがありますか?」

「いいや、なにもないな」

 この時間軸では、まだ彼女と私はなにもない、とペルソナは内心で呟く。

「ふうむ……知己でもないとなると分からないことが多いですね。ですが放ってはおけません」

 ペルソナさんはアークスとしての活動がありますからずっとここにはいられませんし、とフィリアは言うと、マトイの世話を引き受けさせてくれないかという提案をペルソナにした。

「ああ、お願いする」

「何かあったらすぐに連絡しますね」

 マトイもそれでいいかな、とペルソナが聞くと、マトイはしばらくフィリアのことをじっと見て、ペルソナの顔を再び見るとこくりと頷いた。

 マトイのことをよろしく頼むよ、とペルソナがフィリアに対して軽く一礼し、ペルソナが去ろうとすると、後ろからマトイに呼び止められた。

「なんだか怖い感じがするの……気を付けてね」

「ああ、心配してくれてありがとう」

 でも大丈夫だと言って、ペルソナはセンターを後にした。

 マトイにこうして心配されるのも何時ぶりだろうかと、万感の思いを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたを待っていた」

 商業区画にある噴水のようなモニュメントの前で、ペルソナは呼び止められた。

「ああ、私もあなたに質問がしたいと思っていた」

 研究者のような見た目をした女性に、ペルソナはそう返す。

「私がなぜ何度も何度も失敗するのか。何がいけなかったのか。あなたに聞きたかった」

 諦念を滲ませて、ペルソナは彼女に問う。

「アカシックレコードよ、教えてくれ。私は何を間違えたんだ?」

「あなたは……、ああ、そうか。私と私たちは謝罪する。あなたを巻き込んでしまったことを。そして、その結果あなたがそうなってしまったことを」

「流石アカシックレコード、なんでも識っているな。けれど私がこうなってしまったことは今はどうでもいい。彼女が助かればそれでいい。ああ、それから小難しい表現にしなくてもいい。あなたの言葉は前の時間軸で一度理解している」

「承知した」

 一拍おいて、シオンは言葉を続ける。

「時間とはカオスである。カオスについては?」

「ああ、知っているとも」

「なら続けよう。カオスとは一見無秩序にふるまうように見えて、全体ではある一定のものに収束する。時間も同じである。この時間軸では、そのまま行くとマトイの死に収束する。多少起こる事象を変化させても、マトイの死に収束する。時間がカオスだからである」

「ふむ」

「しかし、ある特定の事象を改変することによって、別のアトラクターに収束させることができる。私はこの事象をマターボードで示し、あなたに改変してもらうことを行おうとし、そして行った」

 そういって、シオンは最初のマターボードを作り出す。そして、理解すればするほど、ペルソナの顔色は悪くなっていった。

「改変を積み重ね、目的のアトラクターへと辿り着く。これが、私と私たちがとった方法であり、あなたが一人で行おうとしていたことである。しかし、この手法はヒトの身であるあなたの演算能力では不可能。失敗は必然である」

 もっとも、なにかの偶然で成功する確率も極僅かにあり、マターボードの事象を中心に改変に関わればなおさら成功する確率はあるとシオンは補足した。

「ああ、ああ言われてみればそうだ、そうだとも。それでは失敗しても当然だな」

 はは、と絶望と諦めを顕わにして自嘲気味に笑う。

「そうか、私は本当の愚か者か。こんな、くだらないことのために、私は何度も彼女を殺してきたんだな」

 アハハハハと笑うしかないペルソナ。そんな姿を、シオンは感情のない瞳で見続けていた。

 

 

 

「少し落ち着いただろうか」

 シオンは少し気遣うように言う。とはいっても、シオン自身が気遣っているのではなく、シオンの中にいるフォトナーたちが気遣っていて、それを反映しただけに過ぎないが。

「ああ、とりあえずは大丈夫だよ」

 ペルソナは未だに顔色は優れないが、それでも無理やり考えを切り替える。

「さて、ほかの質問はあるか?」

 シオンがペルソナに言うと、ペルソナは少し考えてから質問を口にした。

「私がこうなっている原因を知りたい。元々ダークファルスだったはずの私がアークスに戻り、はじまりの日に戻された。このようなことは一度もなかった」

 ペルソナは取り敢えず気になっていることを尋ねる。

「では、あなたの記憶を見せてほしい。それが一番早い」

 ペルソナがそれを了承すると、シオンがペルソナの頭に手を翳す。そうしてシオンが記憶を読み取り終えると、結果をペルソナに伝える。

「では、私と私たちの見たものを話そう。あなたは前回の周回で、マトイに一回取り込まれかけている」

「あれは危なかった。危うく、深遠の一部にされるところだったな」

「その時、マトイがあなたを弄った。ダーカーとしてのあなたとアークスとしてのあなたを分けた。そして、あなたが時間遡行をするときに細工をしておいた。次の始まりが、丁度あの日の始まりの時のあなたになるように。深遠に至った彼女だからこそできた事であり、深遠に呑まれる直前の彼女だったからこそそうした。彼女は、あなたが私と私たちと話すことで助けになればよいと考えていたようだ」

 少しでもあなたの苦しみを軽くできればいいと思っていたようだ、とシオンは言う。

「もし元のダークファルスに戻るならば今背負っているレスレクシオンを受け入れればいい。そして再び時間遡行すれば、いつもの周回に戻る。もし、この周回を続けたいのなら、その姿のまま時間遡行をすればいい。これが私の演算結果である」

 それを聞いて、このできすぎているともいえる状況にペルソナは戦慄を覚える。

「そこまで彼女は考えていたのか?そして思いついたとしてもあの短時間で可能なのか?」

「然り。深遠に至ったがゆえに私と同じ演算能力を手に入れた彼女にとって、造作もないことだ」

「ああ、そうか。深遠なる闇は元々アカシックレコードの模倣体だから……」

 マトイからの置き土産。またもや彼女に救われ、手助けされたことに、ペルソナは複雑な気持ちを抱く。

 そして、ペルソナは俯いて長い時間考え込んだ。救うべき相手に救われた自分の不甲斐なさと、彼女への感謝、そして他の色々な感情を飲み込んで、ペルソナは再び顔を上げた。

 そして、ペルソナは意を決したようにシオンに尋ねた。

「シオン、彼女を、マトイを助ける方法はないのだろうか」

「ある。そしてそれは簡単な話である。あなたが、彼女の代わりになればいい。彼女の代わりに深遠なる闇を纏い、そして死ぬ。これが、最も確実な方法である」

 その方法を聞いて、ペルソナはやはりか、と呟く。

「私も考えたころはある。しかし、その方法はやり直しがきかないことからできなかった。でも今回は【仮面】が、もう一人私がいる。失敗してもそちらの私に託せると考えればできなくもない」

 いよいよ、賭けに出る覚悟を決める時が来たのだろうと、ペルソナは決意を抱く。

「なに、失敗しても、次の私がそれを元にうまくやってくれる。いづれにせよ、いつかは試さなくちゃいけなかった方法だから」

 自分を励ますように言葉を続けるペルソナ。しかし、自分が今更死ぬことに怖気づいていることに苦笑する。

「散々マトイを殺して、見殺しにして、救えずに苦しめたのにいざ自分の番となるとこのざまか。我ながら呆れるよ」

 そんな自嘲をシオンは否定する。

「生命として、その反応は正常であると私と私たちは断言する。そして、もし死ぬのが怖いのならもう一つ方法がある。しかし、そちらは不確定要素が多く、失敗したときの危険性が大きい。あなたとマトイと【仮面】、すべてが取り返しのつかないことになると私と私たちは推測する」

 そして、もう一つの手段があることを示唆した。

「ならいいさ。確実に終わらせよう。私も、もう疲れたんだ」

 しかし、ペルソナはその手段を選ばない。その顔は疲れ切った老人のようなものではあったが、その瞳はぎらぎらとしていて、決意に満ち溢れていた。




お久しぶりです。長い間空けてしまい申し訳ありません。

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