わたしが「一色いろは」をやめる日   作:赤狐

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ギリギリクリスマスに間に合いました……。

(注)お酒によるキャラブレが含まれます。それでも良い方はお進み下さい。


After the wedding
聖夜、ゲームと妻と呼び方と。


『……故に我は気づいてしまったのだ。人は追い詰められないとやる気が出ない、ならば締切直前まで休んでもいいのだと』

 

「おー、そーだな」

『……八幡我の話聞いてる?聞いてないよね?』

 

「ちゃんと聞かれて正論ぶちかまされたいのか?それで担当に怒られてるってひいひい言いながら何回も連絡よこしてるよなって言った方がいいのか?」

 

『……ごめんなさい』

 

「キャラぶれてるぞ、っと……おい小ジャン攻撃やめろ鬱陶しい」

 

『フハハハハ!見よ!我がガチ部屋で培ったこのコントローラー捌き!だいたい負けてるがな!……あ、待って、着地狩りやめて、お手玉やめて下さい』

 

暖房の効いたぬくぬくとした空間の中、コントローラーの操作音が途切れることなく響く。

 

先程、電話の相手、材木座からもしもしの一声をかけるまもなく『助けてハチえもん、クリぼっちは嫌でござる……』とのび太くんともどこぞの抜刀斎とも似つかぬ割と悲壮感漂った様子で泣きつかれたことで今に至る。

 

何だかんだ材木座との腐れ縁は誠に遺憾ながら続いてしまっている。

 

何、今日のように休日にゲームで対戦する以上の仲の奴なんて……おかしいな、数える程度にしかいないぞ?

 

いや、大丈夫だ、レベル9のCPは下手なプレイヤーより強い上にネット対戦も充実しているので俺の交友関係歴など

問題ない。

 

ネットは人間関係を希薄にしているらしいが元々居ない俺にはノー問題だった。

 

ネット社会最高!敗北を知りたい。

 

『ぬぉ!?場外!?……いや、まだだ!まだ、終わらんよ!ギリギリ崖には掴まれる……!ごめんよ、まだ僕には帰れる所が「ほいっ、おっ当たった」ポゴォ!?流れるような追撃ィ!?』

 

派手なエフェクトの後にこちらの勝利を示す画面。

 

いやー追撃決まるとマジで気持ちいいな、パワー系好きだけどまだ怖いから復帰力高いやつでしかまだ試せないのが恨まれる。

 

てかこいつうるせぇな、気持ちは分からんでもないが。

 

『ぬぅ……今回は敗北を喫してしまったが我は既に二勝している!つまり、あと一勝すれば我の勝ちだ!』

 

「珍しいな、自分から条件決めるなんて」

 

『いや、そうしないと我、人生詰む。担当と締切に殺される』

 

「おい……」

 

『てことで八幡もう一、二戦!』

 

「……あんま担当さんに迷惑かけんなよ?」

 

『あいさー!』

 

相変わらずテンションの上げ下げの激しいやつだ、と小さく息を漏らして発泡酒の缶を傾ける。

 

きっと、来年も再来年もその先も俺と材木座は今日のように交流を重ねていくのだろう。

 

遊ぶゲームや取り巻く環境が変わろうとも確信に似たちっぽけな未来予想図の存在に不思議と安堵を覚えた。

 

『力こそパゥワァ、筋肉は裏切らない、いけっファルコンおじさん!』

 

「またかよ、俺も好きだけど。じゃあ俺は……マックだな」

 

『む、そんな復帰力で大丈夫か?』

 

「大丈夫だ、問題ない。当たらなければどうということはない、ととある偉人は言っていたからな」

 

ん?今の負けフラグだったか?まぁいいか。

 

ソファーの隅の方に置かれているクッションを持ち上げて腕と脚の間に挟みコントローラーを握りしめる。

 

『開幕ファルコンキックはもはや常しk……なぁ!?』

 

「そりゃ3連続でやられるとカウンターもしっかり決まるわな」

 

『ぐぬぬ……あ、そうだ八幡、年始あたりどこか行かないか?』

 

「寒いし嫌だ。他を当たってくれ」

 

『躊躇いも建前もない見事な即答っぷりよ……。それならば致し方あるまい、戸塚氏には謝罪しt「よし行こういつ行こう。なんなら材木座は来なくていいぞ」……おぉう、呆れを通り越して感心してしまうほどの手のひら返し……だが、フッ貴様らしいな』

 

戸塚という名前を聞いただけで気分が高揚してしまう、もしかしてこれって……恋じゃない!?

 

などとふざけているうちに空中で膝を食らってしまい一機減ってしまった。

 

掴みが厄介なのでどうにか離れた場所からダメージを重ねていきたいのだが如何せん近接戦闘しか繰り出せない。

 

どうしたものかと頭を悩ませて思案を巡らせていると電話口の向こうから遠慮がちに体躯に似合わない細い声が絞り出された。

 

『……我が言うのもなんだが、その、八幡は今我と遊んでていいのか……?奥方とかは……』

 

「おぉ、お前気遣いとか出来たんだな」

 

『え、八幡我のことどう思ってるの?え?』

 

「その点に関しては大丈夫だ。電話きたちょっと前に風呂に行ってたし、居たら誘い断ってるからな。何かしら言われるだろうけど、まぁ何とかなるだろ」

 

『八幡が……しっかり旦那さんをやっている、だと……!?』

 

「おうお前、俺の事どう思ってんだ」

 

『そこはお互い様ってことで……』

 

そこで一旦会話が途切れ再びコントローラーの乾いた操作音が部屋の中に響く。

 

溜め攻撃と相手の自滅により逆転した頃、視界の端にあるドアが開かれた。

 

「は〜、いいお湯でした」

 

「おーおかえり、すまん、材木座とスマブラ中だ」

 

「えぇ!?妻を放っておいて聖なる夜に男友達とゲームしてるんですか!?」

 

「あー、そのだな、あと10分……も掛からないと思うから」

 

「……」

 

まずい、無言だ。

 

緩やかでほんわかした声から一転、信じられないとばかりに非難の声をあげる一色、いや、もう一色では無いけれど。

 

全面的にこちらが悪いので言い返すことも言い訳を述べることも叶わず、許しを乞う以外に選択肢が存在しない。

 

画面から目を離すことが出来ないので確認できないが呆れた、もしくは怒りの形相に違いない。

 

無言の時はそれなりにまずいので後でフォローしなければ、とこの後に待ち受ける展開と対処法を必死に予想、模索しているうちにこちらも撃墜された。

 

『……やめた方がいいか?』

 

「……いや、さっきも言ったがすぐに終わるし何とかする」

 

『は、八幡……!』

 

べ、別に材木座が可哀想だからとかじゃないんだからね!単に先の言葉を反故にするのが嫌だってだけなんだから!というわけで感情の籠ったその生あたたかい言葉は控えていただきたい。

 

「……っとよし2勝」

 

『復帰力ゥ……』

 

ヒットアンドアウェイを徹底して攻撃後の隙を狙い何とか勝利をもぎ取った。

 

張り詰めていた緊張感が解かれ一息ついた途端に別の重大案件の存在を思い出し、縮まったスプリングが跳ねるようにソファーから飛び上がりドアの方を見る。

 

しかしそこに彼女の姿はなく、代わりに冷蔵庫の開閉音がやけに重く低く鼓膜を震わせる。

 

そして再びドアが開かれ、現れた彼女の左手には俺が特別用と入れておいた度数高めのビール缶が握られていた。

 

やばい、と本能が告げる。

 

普段彼女はビールよりもサワーなど甘い酒を好んで飲み、その隣で辛口のビールを俺がちびちび飲んでいる。

 

そんな彼女がビール、しかも俺好みの物を飲もうとしているという事実が如何に恐ろしいものか容易に想像できるだろう。

 

プシュッという炭酸特有の爽やかな音を立てて缶が開けられる。

 

そしてゴクッゴクッと平生ならばいい飲みっぷりだと拍手を送りたくなるほどの音に今は背筋が凍る。

 

アレー、ダンボウガキイテイナイノカナー。

 

あられかな?うちの奥さんはユキノo……キュウコン(アローラのすがた)かもしれない。

 

恐怖のあまりドアの方、左側に顔を向けることが出来ず、冷や汗をダラダラと流しながら視線をテレビ画面に固定せざるを得ない。

 

使い慣れたアイクを思考回路を挟むことなく選んでロード画面に移行している最中に、コンッ!というまるで空っぽになったアルミ缶が強くダイニングテーブル上に置かれたような音が……え?

 

今度ばかりは恐怖とか理性などを挟む間もなく脊髄反射で首を真横に振ってしまう。

 

すると案の定中身が空だと思われる缶がテーブルの上に置かれており、すぐ側に椅子があるにも関わらず立ったままこちらを見つめる彼女が視界に入る。

 

刹那、まるで何も見なかったかのように音速を超える勢いで視線を画面に戻し、小刻みに震え始めた手をどうにか抑えようと握りしめる力を更に強くする。

 

あぁ、死んだな、これ。

 

一瞬しか見ることが叶わなかったが、彼女の目はどの感情も映すことなく、どこぞの氷の女王(雪ノ下雪乃)を彷彿とさせる瞳はただただ冷たかった。

 

自らの死期を悟った猫は身を潜める、と言われているが果たして俺はどこに隠れればいいのだろうか。

 

試しににゃーんと鳴きながらミニテーブルの下に潜ってみるか、いやそれこそ余計に怒りを買うだけだし最期に醜態を晒すのは避けたい。

 

もはや思考のみの逃避が始まり、身体は義務感と緊張感によってガチガチに固められて機械的にコマンドを入力するというふざけた乖離が展開されていた。

 

通話画面の向こうもこちらの空気を敏感に察知したのか何も言ってこないのだが、画面に映るキャラの声や無駄に軽やかなBGMのみが酷く大きく聞こえ、キャラの体力とリンクするかのように俺の中の何かがゴリゴリと削られていく気がする。

 

どれほど時間がたっただろうか、とてつもなく長く感じたのだが残機はお互い1しか減っていない。

 

すると、再び視界の端の方で彼女が動きドアの、次いで冷蔵庫の開閉音が先程より重々しく空気を震わせる。

 

果たして帰還した彼女が手にした物とは、気の抜けた炭酸飲料独特の音が示していた。

 

確信めいた直感が先程と同じものだと告げている。

 

喉の動きによる音が絶えること無く一定のペースで鼓膜に届き、間もなくコンッ!というやはり先刻同様の音が前回より短い間隔で響き渡る。

 

そしてゆらりと一歩、また一歩とこちらにゆっくりとしかし着実に近づいてくるのだった。

 

諦観とはこのことを言うのだろう、これから待ち受ける不可避かつ絶対の運命に逆らう意思を持たず、ただ享受するのみ。

 

気づけば恐怖は空気中に霧散し、手の震えも止まっていた。

 

すまない材木座、俺はここまでのようだ、と心の中で向こうも向こうで焦っているだろう相手に謝罪する。

 

やがて彼女は俺の左斜め前方に位置し、その動きを止めた。

 

表情を窺い知ることは不可能、しかし精神を圧迫する焦りも緊張もない、揺れることの無い水面のように極めて穏やかな心持ちであった。

 

「先、輩……」

 

「……おう」

 

上から降ってくる言葉に込められた感情を読み解くことは出来ず、返答のみを口にする。

 

この後に何があっても耐えてみせよう、それが俺に与えられた使命と試練なのだから。

 

覚悟と表現するには大袈裟すぎるが、既に腹は決めてある。

 

「これ、邪魔です」

 

しかし、それは思い描いていた全ての予想図を裏切り、想定外の展開を迎えた。

 

突然、腕と太ももに挟まれていたクッションを抜き取ると同時に放り投げ、空いたスペースに身体を滑り込ませてきた。

 

「っ!?」

 

水分を含み流れる川のように美しい明るい茶髪によって狭まる視界。

 

風呂上がりだからか胸から脚にかけての接着面が暖かい身体。

 

同年代の女性より軽いであろう身体の心地よい重み。

 

シャンプーの為だろうか鼻腔をくすぐり意識を溶かす甘い香り。

 

唐突の事態と処理しきれない情報量に思わず身体が石のように硬直し、連動して停止したキャラは呆気なく場外へ飛ばされた。

 

「えへへー、先輩の体あったかぁい……」

 

脳が蕩けてしまいそうなほど甘ったるい声に反射的に顔を向ける。

 

湯上りのせいなのかアルコールのせいなのか判別つかないがほんのりと桃色に上気した頬。

 

上目遣いに向けられたしっとりと潤んで濡れた零れ落ちそうなほど大きな瞳。

 

滑らかな曲線を描いて灯りを反射する艶のあるマシュマロのように柔らかそうな唇。

 

それが三日月形に歪められた笑顔はいつになく扇情的であった。

 

息を呑む。

 

心臓の鼓動が煩い。

 

目を離すことが出来ない。

 

思考が上手く纏まらない。

 

「はちまん……」

 

「─────」

 

ぷつり、と何かが切れる音がした。

 

それは理性を繋ぎ止めていた綱かもしれないし、そうでないかもしれない。

 

けれど、今はそんなことはどうでもよかった。

 

一気に思考がクリアになり、複雑に絡み合っていたのが一つの方向性に揃う。

 

「すまん材木座、俺の負けだ、おやすみ、また今度な」

 

『えっちょっ八まn』

 

無理やり通話を切り、ゲームの電源を速やかに落とす。

 

申し訳なさはあったが次の機会に埋め合わせをするので許して欲しい。

 

そして若干残っていたアルミ缶の中身を一息に煽り元の場所に置く。

 

急に態度の変わった俺に戸惑っているのだろう、困惑した様子で視線をこちらに向けてくる。

 

当然だ、普段の俺でも唖然とするだろう。

 

「きゃっ!」

 

逃げることが出来ないように、と無言のまま抱き抱えると腕の中から可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 

しかし抵抗する様子はなく、体重をこちらに預けてくれている。

 

そこで一抹の理性が戻り、一度ソファーに座らせて所謂お姫様抱っこをする。

 

数え切れないほどせがまれその度に応じてきた上にアルコールによって鈍くなった思考では羞恥を感じることは無かったがどうやら経験の少ない受け身側の彼女は違ったようだ。

 

あぁ、やはり俺はおかしいのかもしれない。

 

そんな彼女を見て、より一層強い情欲に囚われるのだから。

 

そうだ、今日はクリスマスだ、こんな日は衝動に身を任せても罰は当たらないだろう。

 

朝になってどうせ自己嫌悪と後悔に陥るのだから行くところまで行ってしまえばいい。

 

だから、

 

「……いろは」

 

だから、普段恥ずかしさが先行して呼べない名前を言ってしまえばいい。

 

正体不明の満足感に包まれながらすぐ近くにある彼女の顔を見ようとすると顔を手で覆い隠されてしまう。

 

しかし、指の間から除く肌や隠しきれない耳が熟れたリンゴのように真っ赤に染まっているのが室内灯によって晒されていた。

 

ほんの少しの間を置いて観念したのか、いろはが顔を隠したままゆっくりと首を縦に振るのを満足気に確認し、慎重に寝室へと歩を進める。

 

冷めることの無い興奮と最愛の人を抱きながら、部屋の灯りを落として扉を閉める。

 

何となく振り返って部屋を一瞥すると手の平に収まりそうな大きさのクリスマスツリー型のライトがテーブルの端でゆっくりと色を変えながら優しげに部屋を染めていた。

 

雰囲気を楽しもうと遊び心で買ってきた鮮やかなイルミネーションに思わず見蕩れてしまい、ハッとして彼女の顔を覗き込むと彼女も幻想的な光景に見入っていた。

 

そして顔だけこちらを向き、柔らかな微笑んだ。

 

それに応えるように腕に込める力を少しだけ強め、再び前を向いてはやる気持ちを抑えながら寝室の扉を開ける。

 

最後に、扉を閉める音が一角だけ明るく照らされた家の中に反響した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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