以前からの悪い癖
そのたびにたしなめてくれる、優しい声
久々に出てしまったその癖に、同じようにかかる優しい声に心は暖かくなって

(2015年、Pixivさまにて初公開)

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六花はもう弱音を口にしない。

 私は、昔からちょっとしたことですぐに弱音を口にしてしまう人間だった。

 たとえば、長距離のマラソン授業がある日、

「こんな長距離なんて無理…」

 朝からそんな弱音を口にしていた。

 たとえば、中学に入ってすぐの林間学校。

 2日目の予定は山登り。

 小雨決行。

 天気は小雨の予報。

 山登りと聞いたただけでも憂鬱なのに、ぬかるんだ山道、降り続く小雨を帽子だけでよけながら歩く。そんなことを考えたらよけいに憂鬱になる。

「明日止めばいいのに…いえ、いっそ大雨になってくれれば…」

 思ったことがどうしても口から零れ出てしまう。

 言ってもどうにもならないことを知っているけど、どうしても弱音が口から出てしまう。

 でも、そんなときはいつもマナが私に声をかけてくれた。

「六花は大丈夫。できるよ」

 その言葉の根拠を聞けば、

「六花だから」

 その一言で済まされてしまう。

 でも、自信にあふれた笑顔で、すべてを包んでくれるような優しい声で言われてしまうと、私の弱音はもう出てこなくなってしまうのだった。

 

 不意にそんなことを思い出したのは、さっきソードに言われた言葉から。

「泣きごとを言っても始まらないわ」

 これが最後の戦い、とても厳しい戦いの最後。思わず出てしまった久々の弱音。でも、そんな言葉が出てしまうのも仕方がない。

 キングジコチューが現れて、周りには沢山の敵がいて、それを倒しきれるかを頭の中で考えてみるとどうしても無理そうで…逆にこの数が一気に襲ってきたら絶対死んでしまいそう…

 そこまで考えがいきつくと、ふいに弱音が口をついて出てしまった。

 でも、その言葉を聞いてソードは言わずにいられなかったんだと思う。私よりも、もっと、もっと、厳しい日々を過ごしてきた彼女は。

 でも…それでも…

 そのとき、ふと、私の手が優しく握られる。

 それは、少しだけ荒れたハートの手。

 その手に改めてこの戦いの厳しさを感じる。

「大丈夫だよ、六花」

 でも、マナの言葉はそんなことをみじんも感じさせなくて。

「六花は大丈夫。できるよ」

 いつもと同じ、優しい声で私に伝えてくれる。

 私の心はそれだけでもできるような気がしてくるけど…

「どうしてそう言えるのよ?」

「六花だから」

 いつものように理由を尋ねると、いつもと同じ理由。

 こんなときでもいつもと変わらないマナに私は少し心が軽くなる。

「ありがとう。そして、ごめんね」

 マナも大変なのにひとりで弱音を口にして。その気持ちを乗せて伝えるとマナは笑顔を返してくれた。

 

 

 

「終わったね」

 ゆっくりと昇る朝陽。

 マナの笑顔。

 私の笑顔。

 お互いに笑顔を交わして、戦いが終わったことを確かめ合う。

「ねっ。できたでしょ?」

 私の手を握り、伝わる言葉。

 私はううん、って首を横に振る。

「六花はできるんだよ。ちゃんと」

 マナは繰り返す。

 私は首を再び横に振りながらマナの手を少し強めに握る。

「違うわ。マナがいてくれたからよ。その勇気、優しさ、言葉、それが私をここまでがんばらせてくれたの」

 本当にマナには感謝している。

 思わずマナの戦いに飛び込んでしまったのは、マナのことを助けてあげたかったから、ただそれだけだったから、後悔しそうになったこともあるし、くじけそうになったこともあった。

 でも、マナが、マナのすべてが、私の力になって、勇気になって、

「うん、あたしもだよ、六花」

「マナも?」

 強めに握り返される手。その言葉に私はきょとんとしてしまう。

「六花がいつもそばにいてくれるって思うと安心できて、少し無茶しても大丈夫って、そう思うことができて、とても感謝しているんだ」

 私はその言葉に嬉しくなってマナに再び笑顔を向け、

「ありがとう。とても嬉しいわ」

 もう一度その手を強く握る。マナの手も少しだけ強く握り返してきて、笑顔を向けてくれる。

 私はその耳元にくちびるを近づけてささやく。

「もう弱音は言わないつもり。でも…」

「でも?」

「いつかはまた弱気な言葉を口にしてしまうかもしれないわ。そうしたらすぐに叱れるようにずっとそばにいて」

「えっ…」

 私の言葉にマナの頬は朝焼けの黄色から橙色に。

 私の頬も同じく橙色になっているはず。

 恥ずかしかったけど、ずっと一緒にいてほしいから、心の奥からあふれる言葉をそのままマナに伝えてしまった。

 

 私の心からの告白は、しなやかで強い腕に抱き留められる。

 マナの胸は少しだけ早い鼓動を響かせていた。

「うん。もちろんだよ、六花。あたしからもお願い。あたしがこれからもあたしでいられるように、ずっとそばにいて」

 マナの嬉しい告白に私は返事のかわりにマナの背中に腕を回す。マナの腕の力が少しだけ強くなった。

 

 朝焼けの中、私たちは何も言わずに抱きしめあっていた。

 お互いの体温で、お互いに暖かくなるまで。



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