卒業の日、旅立つ日
思い出が胸の中に沢山あふれてくる
それは、輝く素敵な日々

(2016年、Pixivさまにて初公開)

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Clear Eyes 〜奇蹟の日々〜

 私の瞳はかすんでいた。

 ふいにそんな言葉が浮かぶ。窓の外、陽の光に照らされてゆっくり流れる雲を見ていたら。

 ただ一点、マナのことだけ瞳が澄んでクリアに見えて、他はすべてかすんで見える。

 私はそんな世界にいたように思う。この学校に入学する頃、そして、しばらくは。

 

 ゆっくりと振り返って教室を見渡すとそれまでの喧騒が嘘のよう。残るのは私も含めてあと3人だけ。

 もう一度振り返ると、窓の下から聞こえる明るい声。

 見下ろすと、そこかしこにグループができていて、お話をしたり、アルバムを見せ合ったりしている。

 それぞれに晴れ晴れとした顔をしていた…一部、まだ顔をくしゃくしゃにしていた人もいたりして。

 

 カーテンが風にかすかに揺れる。優しく、ゆっくりと。

 風は、陽差しは、柔らかくて暖かくて、思わず目を細めてしまう。

 その風に髪を揺らしながら、まだ戻ってこない幼なじみを待つ。

 私は小さくため息をつく。最後の日だから仕方がないと思うけど、もう1時間は戻ってこない。

 

「それじゃ、菱川さん。またね」

「元気でね、六花ちゃん」

「ええ、また」

 残っていたふたりも晴れやかな顔で沢山の荷物を持って教室から出て行く。

 それぞれに同じ筒を持って、胸に花飾りをつけて。

 

 誰もいなくなった教室をゆっくりと眺める。

 沢山の机、沢山の椅子、黒板には後輩が描いてくれたのか、卒業おめでとうの文字と沢山の絵。

 虹だったり、風船だったり、犬だったり、鳥だったり。その黒板自体も紙の輪っかで飾られていた。

「本当に卒業しちゃうんだ…」

 今日に近づくにつれ深くなっていったその気持ち。式を終えると改めて心の中に刻まれる。

 幼稚園の時も小学校の時もどこか醒めた気持ちで卒業式を迎えていた私だから、こんな気持ちで卒業を迎えるのは初めてだった。

 並ぶ机、並ぶ椅子を見つめていると、中学生活の思い出が頭に浮かんできて。

 

 3年前の入学式の日は朝からハラハラだった。

 いつものようにマナは困っている人を助けて、迷子になっている同級生の手を引いて。それはまるで最上級生であるかのように。

 私はそんなマナを、入学式に間に合うのか、変な噂を立てられるのではないか、そんな気持ちでハラハラしながらも見ているしかなかった。

 

 その後も私のハラハラは毎日のように続いた。

 いつも、目を離すとどこにいるかわからないマナ。

 私はそんなマナを追いかけて日々を過ごす。

 でも、それは嫌なことではなくて、逆に嬉しいことだった。

 マナと一緒にいることができて、マナと一緒に過ごすことができて、マナの役に立つことができて。

 

 でも、マナの人気があがるにつれて、誰にでも優しくしてしまう所を見かけるたびに、もやもやした気持ちが生まれるのを感じた。

 私にだけ優しくして欲しい、とか、私とマナのことを誰にも邪魔されたくない、とか、そんな、自分が嫌になりそうな気持ちも生まれた。

 こんな気持ちを持っていることをマナには知られたくないから外にあふれないように隠していたけど、まこぴーとの出会いは隠していた私のもやもやした気持ちをさらに濃くさせた。あふれてしまいそうになるくらいに。

 まこぴーはマナに、マナはまこぴーに近づいて、いえ、近づきすぎて、私だけ仲間外れにされているような空気を何度も感じた。

 もういっそ、私とマナだけでふたりの世界に閉じこもりたい、なんて変な考えまで持ったことが一度ならずともあった。

 

 でも、ありすにさとされて、私は心の狭さを、わがままさを知った。

 誰しも同じような気持ちを持つことを…私よりしっかりしているありすさえも…持っていることを知って、私は気持ちを落ち着かせることができた。

 そのことで、私はマナの内面について落ち着いて観察することができるようになった。それまで以上に。

 そして、誰に対しても手を差し伸べること、誰に対しても優しくするところ、誰に対しても平等なところ、それは、私にはないとても尊いマナの性格。それを見習って、自分からも心を世界に開いてみた。

 すると、沢山の物事が私の中に流れ込んできて、沢山の素敵なことが心にあふれはじめた。

 広がる世界を感じるたびに、私はなんて素晴らしい世界にいるのだろうと感じた。

 沢山の人たち、沢山の友達、沢山の出来事から受け取った沢山のコトは、今、私の中で大切な思い出として輝いている。まるでダイヤモンドのように。

 この、かけがえのない思い出は、沢山の思い出は、いくつもの奇蹟の上に立っている。

 奇蹟なんて言葉は入学した頃の私は絶対に信じなかったけど、今の私は納得する形で受け入れることができた。

 

 そんな、私を大いに成長させてくれた学校を、今日、卒業する。

 今までは卒業にそこまで持ったことがない「寂しい」という気持ちが心に降り積もる。

 この教室で、この学校で、私はもっともっと過ごしたい、そんな気持ちも重なる。

 

「ごめん、六花、遅くなった!」

 そんな時、慌ててマナが教室に入ってきた。

 髪はボサボサで服は乱れて、胸に付けられた花といつもよりかわいいリボン以外、いつもと変わらないところがマナらしい。

 でも、今日のマナは、いつも以上にキラキラと輝いてとても眩しくて。

「待たせたよね、ごめ…」

 私の顔を見て謝るマナはその言葉を途中で止める。

 マナの表情が少しだけ心配の表情に変わる、かと思うと、いつも以上に優しい顔に。

 どうしたのかわからず、私は不思議そうな顔をしようとして、どうしてかできない。

 マナの指が伸びる、それはそっと頬をすべって。

 そして、私の頭をいきなり胸に抱く。

 その時私は気づく。いつの間にか涙を流していたことに。

 

「いい表情してた」

 マナは優しく頭を撫でてくれる。

 涙はぽろぽろと止まらない。寂さと、とても素敵な日々を過ごすことができた幸せと、一緒になって流れる涙。

 マナも少しだけ涙声になっていて、同じ気持ちの涙なら嬉しいな、なんて思ったり。

 

 陽がまた一段と高くなる。

 ゆるやかにカーテンが揺れて私たちを大きく包む。

 正午の柔らかくも春を思わせる暖かな陽の光。

 それは、私たちを祝福するように照らしていて。

 優しく流れ込んでくる風、かすかに潮の香り。

 時折迷い込んでくる桜の花びらは、マナの頬に、私の髪に。

 私たちは手を握り合って輝く春の風景を見つめていた。

 二度と、逢うことのない景色、二度と、めぐり合うことのない奇蹟の日々、

 そのどちらも、ずっとずっと忘れないように、心の中に刻みながら。


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