でも、かわらない日々
ずっと続く、そう思っていた時
思いがけない運命が
(2017年5月23日、Pixivさまにて初公開)
春、それは出会いの季節。
だから、まずはたくさんの友達を作って素敵な高校生活を送りましょう。
今日から担任になった先生は明るくそう言いますがわたしはもう疎外感を感じていました。
「あの子でしょ? ウワサの…」
「そうそう。なんかヤバイらしいよ」
「不幸になっちゃうとか?」
「悪霊がとりついていて攻撃してくるとか?」
「超能力で人をなぎ倒しちゃうとか?」
入学初日なのにわたしの噂話が色々なところから聞こえてきます。
覚悟はしていたけど、でも、やっぱりつらくて、悲しくて、わたしはずっと聞こえないふりをしていました。今日は入学式だけだからすぐ終わって帰れる、そう思いながら。
入学式が終わり、簡単なHRが終わるとすぐにわたしは教室を飛び出しました。
「変わらない…ずっと変わらない…これからも…」
わたしの心の中はずっとそれをつぶやき続けます。
「でも、もしかしたら明日からは…」
心の中で期待の一言をつぶやいてみます。
でも、結局変わりませんでした。
誰もわたしのそばに近づかない。
誰もわたしに話しかけない。
近づいてくるのは、わたしのチカラが気になる、それだけの人たち。
休み時間も、放課後も、沢山の目がわたしを遠巻きに見ます。
何か聞きたい、何か訪ねたい、わたしのチカラを見てみたい。
そんな、たくさんの好奇心だけの目がたくさんわたしに向けられます。
いても立ってもいられなくて、わたしは鞄を持って一目散に逃げます。
誰も追ってこられないように、誰もわたしに近づけないように、いつも以上に頑張って。
どうしてこんなチカラが。
走っている間中、わたしの心はその言葉を叫び続けます。
どうしてこんな目に…そう思い続けて、走りつかれたころ、到着したのは大きめの公園でした。
大きな池、舞い散る桜の花びら。ざわめく木々、ささやく小鳥。今までが嘘みたいに静かな光景。わたしの気持は少しずつ落ち着いてくるようです。
ただ、頬を流れる涙はどうしても止まりません。
わたしに生まれた不思議なチカラ。
疎ましいこんなチカラ、どうして出てきてしまったのでしょう?
わたしの疑問に答えてくれる人は今まで誰もいませんでした。
わたしはそのことに余計に絶望を感じてしまいます。
そんなわたしの心の中の激しい嵐みたいな気持ちとは全く逆の公園の様子。
風は穏やかにわたしの周りを包み、桜の香りがくすぐります。
その中、小さく水の音が聞こえてきます。
目の前、柵の中、桜の花びらに覆われてピンク色になっている池。
魚が飛び跳ねるとピンク色に隙間が生まれて水面が小さく現れます。
でも、それはすぐに桜の花びらにつつまれます。
水面を軽やかに流れていく桜の花びらたち。それを見ていると、函館にいた頃を思い出してしまいます。
五稜郭の桜、いるかさんとの出会い、大きな坂道。
それももうとっくに前のこと、幸せだった頃の記憶。
もう、わたしには戻れない時間。
考えれば考えるほど悲しくなって、色々と悲しいことが頭の中でいくつも積み重なって、もうそれだけでいっぱいになりそうです。
この悲しみ、どうしたら消せるのか…
………
……
…一瞬、頭によぎったそれは、気づいてしまったらもうわたしを止めることは出来ません。
こんな簡単なこと、なぜ気づかなかったのでしょう。
それがおかしいくらいです。
永遠に、こんな悲しい日々を過ごさなくてもいい方法。
わたしは一歩、また一歩、池へと近づいて、柵を越えてしまいます。
自分の足で進んでいるのに、なぜか誰かにつられているような、そんな感覚で。
意外と大きな音はしませんでした。
ずぶ濡れになる足、まとわりつく桜の花びら、冷えていく体、苦しくなる呼吸。
自ら望んだことなのに、なぜか勝手に手は上へ上へと助けを求めるように伸びていきます。
でも、当然、いくら伸ばしても、届くわけもなく、誰も引き上げてくれるわけもなく、ただ伸びていくだけ。
そんな自分がなんだかおかしくて、思わず笑いそうになって、口から泡がたくさんこぼれていくととても苦しくて、苦しくて、でも、これも一瞬なんだって思って…そうしているうちに意識がもうろうとしてゆきます。
薄れゆく意識の中、再び思い出す函館の日々。
レンガの倉庫、光る海、素敵な夜景、白と緑のガンガン寺、どれも、どれも、素敵な景色…
もう一度見たかった、もう一度訪ねたかった…でも、それはもう叶わぬ願い。そう気づいた時、桜色の花びらはわたしの上を覆ってしまいました。それは、棺桶の蓋のように。
わたしの視界は真っ暗に…一瞬、桜の花びらのピンク色が大きく視界に現れたような気がして…
「……」
かすかな声。
「…か……さ…」
そして、感じる痛み。
「ひ…かわさん…っかり!」
それは中途半端な痛みではなくて…
「い、痛い…れふ…!」
思わず目を開いて叫んでしまうくらい。
でも、痛みに言葉もおかしくなってしまいます。
「あ、よかった、気がついた?」
そこには心配そうな顔の女の子。
幼い顔立ちにわたしの年下かと思いましたが、同じ制服を着ています。
そういえば教室で見かけたような気がします。名前は思い出せないですが。
でも、それよりももっと気になることがあります。
「どうしてこんなに頬が痛いのでしょう…」
視界は涙でゆがんで、頬は少し腫れているかもしれません。
すると、目の前の女の子が本当に申し訳なさそうな顔をして手を合わせます。
「溺れたときは頬を叩くといいって聞いたから…」
本当に申し訳なさそうな声。
「まさか、池に落ちるなんて思わなくてびっくりして、頑張って引き上げて声をかけたけど全然気づかなくて、それで、叩いくことを思い出してちょっと力の加減をしたつもりだけど…」
制服がびしょびしょのその女の子。わたしも全身ぐっしょり。
それで、わたしは助かってしまったことを嫌でも気づかされました。
ぽろぽろ、さっきよりも大きな涙がこぼれてきました。
「だ、大丈夫? 痛かったよね?」
心配そうな顔にわたしはゆっくりと頭を横に振ると、背を起こして草むらの上に置いてあった鞄を握ります。
「帰るの? 大丈夫?」
本当に心配そうな顔。わたしはもういちど首を振ります。
でも、わたしの足は思った以上にゆっくりとしか動いてくれません。ふらふら、ふらふら、足下がおぼつかないまま、公園の外に向かいます。
女の子は心配そうに声をかけてくれるけど、わたしはどうしても応えることが出来ませんでした。
心配そうな声が後ろからひびきます。
でも、振り返ることもなく…わたしは家にむかってなんとか足を進めます。
ずっと、涙を止めることができないまま。
あんなことがあっても、学校に行かなくてはいけません。
いつも以上に重い足取り。いつも以上に苦しい心。
思えば馬鹿なことをしたって思う自分もいて、でも、どうして助かってしまったんだろうって思う自分もいて、今日もまた悲しい一日を過ごすのかと思うと、ため息しか出ません。
今日も変わらない一日、そう思っていたのですが…
「おはよう、姫川さん」
下駄箱の前でわたしに声をかける人がいるのです。
この声は忘れられない、昨日の女の子。
前屈みに靴を取りながら視線をそっと投げます。
「大丈夫だった?」
さわやかな笑顔とはこういう笑顔を言うのでしょう。
わたしはあまりにもまぶしくて、ふいっと下駄箱に視線を戻してしまいます。
「今日もがんばろ!」
その声まであまりにまぶしすぎて、わたしは思わずかけだしてしまいました。
わたしのことを知らないわけないのに、
わたしの噂を聞いていないわけないのに、
どうしてあそこまでわたしに話しかけてくるの?
疑問が止まりません。
教室について、席に座っても、わたしの頭の中は疑問でいっぱいでした。
放課後、奇異の目で見られる一日も終わり…救われたのは、わたしの昨日の奇行が誰にも見られず、そのことをウワサにする人がいなかったこと…HRが終わるとすぐに席を立って帰宅することにしました。
放課後すぐなので廊下は人が多いけど、わたしの姿を見るとさっと波が引いたように人がよけていきます。
わたしはそのことが苦しくて、でも、仕方なく、廊下の真ん中を歩いて行きます。
階段をおり、下駄箱へ。今日もただ悲しいだけの一日が終わ…
「姫川さん!」
…ろうとしていたのになぜかわたしを呼ぶ声をします。
「松原さん…」
昨日、わたしを助けてくれた松原さんがそこにはいました。大きな荷物を抱えて。
「姫川さん、もう帰り?」
人なつっこい笑顔とはこういう笑顔を言うのでしょう。
わたしは彼女から視線をずらして小さく頷きます。
すると、松原さんはわたしの手を握ります。
「きゃっ!」
人にこうやって手を握られるのなんてもうしばらくなかったことです。思わずわたしは声を上げてしまいました。
松原さんはさすがに申し訳ないと思ったのか、パッと手を離すと小さくお辞儀します。
わたしも申し訳なかったかなって思って思わず手を振ります。
「いきなりごめんね」
本当に申し訳なさそうな顔、そして、声。呼び止めた理由を尋ねます。
「同好会の手伝いをしてほしくて…」
「え…」
わたしはその言葉にまた疑問しか出てきません。
わたしがそんな人が多いところに行っても迷惑になるだけ。わたしなんていない方が絶対いいです。
「それは迷惑だから…」
わたしはやんわりとお断りします。
でも、彼女は変わらずに求めます。
「ううん、こっちこそ迷惑なお願いだと思ってるけど」
わたしの手を再び握るそのチカラは少し痛いくらい。
そういえば格闘技をやっているって言っていたような…
「松原さんだけではなく、他の人にも迷惑が…」
そのわたしの言葉に彼女はさみしそうに言うのです。
「同好会、私だけだから…」
「え…」
その気持ちにつられたかのように、松原さんが手を握る力も弱くなっていきます。
そこは、学校の裏手の小さなお社。
訪ねてくる人はほとんどいないのでしょう。
でも、かなり綺麗なのは管理している人がいる証拠。森の中にあるのに朽ちている様子は全くありません。
松原さんは大きな荷物を下ろすと、ちょっとごめんねと言って茂みの中に入っていきます。
不思議に思っているうちにすぐに出てきた時は体操着でした。
「更衣室もないから…」
少しだけ寂しそうな表情、本当にひとりしかいないことがわかります。
今度はどこからか大きなモノを引っ張り出してきます。それはサンドバッグと言う名前だったような…とても重そうです。
わたしは松原さんのそばによって手伝おうとして…お手伝いして迷惑がかかったらと思うとそのまま立ち尽くすしか出来ませんでした。
わたしのこのチカラが少しでも人の役に立てればいいのに、そう思って。
松原さんの練習が始まりました。
サンドバッグを打ったり、蹴ったり、素早い動きにわたしの目は奪われます。
運動はそれほど得意ではないですし、あまり激しい運動はしない方がいいと言われているので、少し羨ましくも感じます。
目の前で素早く、それでいて正確に同じところに打ったり蹴ったりする姿はかっこよくも感じます。
本当に熱中していたのでしょう。松原さんに声をかけられるまでは気づきませんでした。
「熱心に見ていたけど、姫川さんもやってみる?」
「え、えぇっ!?」
突然そんなことを言われて思わず顔の前で手をぶんぶん振ってしまいます。
そんなにわたしがやってみたいように見えたのでしょうか…ただ見惚れていただけなのに。
でも、そんなことも言えずとまどっていたわたしに松原さんは再開しました。やりたくなったらいつでも言って、と言って。
その後も休憩を入れながら彼女はずっと練習を続けていました。
わたしはただその様子を眺めているだけ。
でも、ずっと、わたしは熱心に眺めていたのだと思います。木々の間から見えていた青い空が茜色に変わったその頃、町のチャイムが夕方を知らせるその時まで、ずっと熱心に。
「ありがとう、姫川さん」
大きく息をついて、水筒から水を飲むとタオルで顔を拭きます。それはなにかやり遂げたようなすがすがしさ。
「え…わたし何も…」
確かに手伝ってと連れられてきましたけど、わたしは何もしていません。
していたことと言えばお社に座ってただ練習する松原さんを見ていただけ。
「ううん、誰かいるとやっぱり緊張感が違うって言うか」
松原さんの笑顔、やりきった感じの笑顔はとても綺麗でかっこよくて、普段とはまるで別人のようです。
「少しでもお役に立てたのならよかったです…」
わたしは小さな声で伝えました。
ここに来たときと同じように草むらの中で着替えて戻ってきた松原さん。
またどこから取り出したのか、ほうきを持ってお社の周りをお掃除しはじめます。
これで、お社が綺麗な理由がわかりました。
「それはわたしが…」
ここまで何もお手伝いをしていなかったのでここぐらいは。
「本当に? ありがとう」
松原さんは笑顔でほうきをわたしに、サンドバッグのお片付けを始めます。
松原さんがサンドバッグを片す音、わたしのほうきの音、風の音、さえずる鳥たちの声、手を止めると風がやさしく吹いてきます。でも、まだ4月はじめの風は涼しくて、
「んっ、くちゅん!」
くしゃみが出てしまいます。
「大丈夫? ずっと座ってたら寒くなっちゃった?」
心配そうに声をかけてくれる松原さん。
わたしは大丈夫と答えます、小さな声で。
「これで終わり。どうもありがとう、姫川さん」
松原さんはぺこりとお辞儀をしてくれます。
わたしは何もしていないのに…そのお辞儀にわたしも小さくお辞儀します。
「また明日も、お願いしていい?」
松原さんは何の躊躇もせずにそんなことを言ってきます。
今日は何もなかったからよかったけど、明日にはわたしのチカラが暴走してしまうかも…ううん、それより、松原さんはわたしのチカラのことを知っていながら誘うのでしょうか。
わたしはその言葉に何も言えずに…
「また明日。今日はどうもありがとう」
あかりが灯る小さな四つ角、松原さんは手を振ってまっすぐに。わたしはここを右に。
今の学校に入って…いえ、前の学校の途中からわたしはいつも帰り道はひとりだったので、こうやって誰かと帰るのは本当に久しぶりです。
松原さんが格闘技についてずっとずっとお話してくれたのですが、わたしは上の空で小さく返事をするだけ。それよりもわたしのチカラが暴走したらどうしようってそれだけが心配で…ほとんど耳に入ってきませんでした。
松原さんには悪いことをしたって思っていながらも、だったらどうして最初からつきあってしまったんだろうって、自分の中を疑問が覆います。
2度も声をかてくれて嬉しかったから?
わたしを助けてくれた命の恩人だから?
わかりません。わからない気持ちのまま、わたしは家へと急ぎました。
「今日も一緒に頑張ろう!」
真っ平らに進んだ一日、終わりのHRがすぎてすぐ、松原さんがわたしの席でそう声をかけてきます。
まさかわたしに声をかける人なんていないと思っていたのでしょうか、教室がざわめいて、ヒソヒソと話す声も聞こえます。怖いもの知らず、とか、何考えているんだ、とか…
わたしだけではなく、松原さんまで悪く言われてしまうと思うといても立ってもいられません。
わたしは鞄を掴むとそのまま教室を早足で出ます。
そのまま、下駄箱へ、そして、外へ。
ここまで来れば松原さんもあきらめるでしょう。
そして、松原さんも教室に戻ればわたしのことをクラスの皆から聞いて、もう、構うようなことはしないでしょう。
その方がいいです。松原さんを傷つけるようなことは嫌ですから。
少しだけ、安堵のため息。ゆっくりと歩き始めます。
今日もいいお天気。空は青くて、風は優しくて、昨日のことを思い出してしまいます。
とても充実した…何年ぶりかわからないくらい…素敵な一日でした。
普段と違う放課後、頑張る松原さんはかっこよくて、わたしもこんな風に強くなれたら、なんて思ったり…きらきらの笑顔も素敵で、いつまでも見ていたくなるような…
でも、それも残念ながら叶えられない夢になりました。
昨日のことも、とても素敵で、悲しい思い出になってしまいました。
いつの間にかわたしの足が止まります。
涙が頬を伝うのを感じます。
道端でうずくまってしまいそう。
でも、なんとか我慢して、たどり着いたのはこの前の公園。
松原さんに助けてもらった場所。
また思い出してしまった、松原さんのこと。
ひとつ、ため息をついてベンチに座ります。
昨日のことは夢で、もう叶えられないこと、そればかりがわたしの頭の中で回ります。自分から逃げたのに。
どうしてこんなことになってしまったのか、いつまでこんな日が続くのか、わかりません。
あとからあとからため息と涙があふれて、いっそのこともう一度あの池に…そんなことまで考えてしまいます。
いつまでも同じ言葉がぐるぐる頭の中を回ります。
わたしはもうどうしたらいいかわからないくらい…
ふぅ…もう一度ため息をついたとき、思いっきりわたしの肩を掴む手が…
まさか、変な人が…心臓が強く跳ねます。
変なことをされたらどうしよう、さらわれたりしたらどうしよう、そんなことが頭の中を回ります。
ふりほどこう、逃げよう、そう思うけど、体は動きません。
でも、そのすぐ後です。肩に置かれた手はゆっくり離れます。
「ごめん、姫川さん」
あやまる声は松原さんでした。
「びっくりさせたよね?」
謝る松原さん。わたしの心臓はまだドクドクと大きな音を…
「っ…!」
そればかりか、こんな時にあの予感が…わたしのチカラがあふれ出してしまいそうなあの感覚、全身がぞわぞわっと寒気を感じます。
よりによってこんな時に…
「…げ…て…」
「どうしたの?」
心配そうな声にわたしはもっと大きな声で伝えます。
「お願い、逃げて! すぐに!」
「え、えっ!?」
松原さんはおろおろとしています。
「はやくっ!!!」
わたしは力を振り絞って松原さんを突き飛ばそうとします。でも、それはかなわなくて…
「だ、だめっ! 逃げてぇっ!」
バキッ、そんな大きな音が真上でします。
わたしの意識が薄れてゆきます。
桜の花びらが大量に目の前を舞って…何かに背中を押されるような感覚がして…そのまま気を失ってしまいました。
うっすらと、視界は茜色。頭の下は柔らかくて。
わたしはどうなっているのかわからず、ゆっくりと目を開けます。
そこには松原さんの安心したような表情。
「大丈夫? 姫川さん」
「えっと…わたし…」
まだはっきりしない頭の中をなんとか探ってみます。
教室から逃げたこと。
公園にたどり着いたこと。
そこで突然松原さんが肩に触れたこと。
それに驚いてわたしのチカラが暴走して、大きな音がして…
「あっ!」
わたしは背を起こして周りを見ました。
すると、池のそばに太い桜の枝が一本…
また、やっちゃった…こんな綺麗な花を咲かせていたのに、わたしは…
「大丈夫?」
優しい声が響きます。
その優しさが逆に苦しくて、わたしはそのまま立って、そばにあった鞄を握りしめます。
「松原さん…」
少しだけ驚いたような顔、わたしは気にせずに続けます。
「これで、わたしのこと、わかっていただけましたか? わたしはこのチカラで人を傷つけてしまうのです」
幸いに松原さんには怪我はなかったみたいですが、この先一緒にいたらどうなるかわかりません。
それならいっそ、離れてしまうのが一番いいです。
「だから、もうわたしに構わないでください」
松原さんに顔を向けてお辞儀します。
「昨日は、誘ってくれてありがとうございました。とても、楽しかった…です…」
最後は涙声になりそうなのを我慢して、わたしはそのまま公園の外へと駆け出しました。
「姫川さん!」
松原さんの声が聞こえてきます。でも、わたしは振り切るように駆け足で、家に向かってゆきました。
松原さんはあきらめたようで足音は聞こえてきません。
これでよかった。そう思いながらわたしはずっと走り続けていました。
でも、同じクラスというのは残念ですね。
「おはよう、姫川さん」
ちょっとだけぎこちなく、でも、挨拶をしてくれる松原さん。
わたしは小さく頭を下げるだけ。
そっけない態度と思われたかもしれないけど、逆にその方が助かります。
松原さんはスポーツをやる人なのですから、怪我などあったら大変ですから。
これでよかった、そう自分に言い聞かせて教科書を開きました。
なのに…
「姫川さん」
昼休み、誰にも迷惑がかからないようにと裏庭の木の下にいたのに、松原さんに見つかってしまいます。
「…どうして?」
心の中でつぶやきながらちらっと松原さんを見て、視線を下に落とします。
松原さんは少しだけ迷うように足を動かします。
でも、思い切ったかのようにわたしの目の前で足を止めました。
仕方なく、ゆっくりと視線をあげると松原さんは微笑んでう言うのです。
「今日も待っているから」
わたしはびっくりしてしまいました。あんなことがあった後なのに…
「松原さん。お誘いは嬉しいですけど、わたしのこと、昨日のあれでわかっていただけたと思います。だから、これ以上わたしのことは構わないでください」
はっきりと、再び伝えます。
もう、これ以上構ってほしくない。
わたしのせいでこれ以上傷つく人がいたら嫌だから。
松原さんには怪我なんてさせたくないから。
「大丈夫だよ、姫川さん」
でも、松原さんはそんなことを言います。
「大丈夫じゃないです!」
わたしはあまりに松原さんがわかってくれないので思わず大きな声を出してしまいました。
「わたしはあのチカラが勝手に動いちゃうから…どうなっちゃうか、わたしにもわからないんです。だから…だから…近づいたりしたら…怪我したりそれこそ命を奪うことになるかもしれないんです! だから…だから…っ、絶対にわたしに近づいたりしたら…だめです!」
わたしは立って逃げようとします。けど、松原さんはわたしの腕を掴みます。
「本当に大丈夫だよ、姫川さん」
にわかに信じられないその言葉。でも、自信にあふれる優しさ含む強い口調、言葉だけではなさそうです。
「確かに昨日はびっくりしちゃったけど、でも、それでも、私は姫川さんに来てほしいの。どうしても…」
松原さんの瞳は真剣で、わたしは視線を離せません。
「どうして…わたしに…?」
浮かんだ疑問を投げかけます。
松原さんは少しだけ顔を赤くして、口をもごもごとして、さっきまでの松原さんとはまるで別人です。
でも、それも少しのこと、松原さんは口を開きます。
「練習を真剣に見てくれて、うれしかったから…かな?」
笑顔でそう答えてくれます。
「いつもいつもひとりだったけど、この間来てくれて、ずっと見てくれて、とても嬉しかったから、また来てほしくて」
「でも、わたしのチカラはいつ現れるか本当にわからなくて、それで絶対傷つけてしまって、今している同好会も続けられなくなったら…松原さんに申し訳ないです」
「ううん、それでも、大丈夫」
「どうしてそこまで…」
「それはね…」
突然神妙な顔になる松原さん。
わたしはその様子をじっと見つめます。
でも、松原さんは顔を赤くするだけです。
「自分でチカラを制御できないなら、トレーニングはどうかな?」
それをごまかすかのような松原さんの言葉。
「トレーニング…?」
そんなこと、考えたこともなかったです。いつも勝手に出てきてしまうこのチカラ、トレーニングで何とかなるものとは思えません。
それに、トレーニングするって言ってもどこでするのでしょう?
まさか、あの神社で? それこそ、お社を壊したり、鳥や動物、松原さんに危害を加えたりしたら…そう考えたらとんでもないです。
「無理です…絶対に…」
「私もね、絶対無理だって思う目標があって…」
ふっと遠い目をする松原さん。
格闘技のことでしょうか。目標となる人がいるのでしょうか。
「私もがんばりたいから、姫川さんにもがんばってほしいから」
再び、真剣な瞳を向ける松原さん。それは、期待と、不安と、何よりも情熱がこもっていてわたしは何も言えなくなってしまいます。
いえ、それよりも…もしかしたら、できるかも、そんな風に感じてきます。
でも、今までわたし自身もなんとかしようと思っていたのに今更できるわけない、そんな気持ちも心の奥底に残っていて…
「だから、一緒にがんばろう!」
差し出される右手、満面の笑顔。
わたしは思わずその右手を握ってしまいます。
嬉しそうな顔の松原さん。わたしも少しだけ笑顔になってしまいます。
その手の力、視線の強さ、なんだか少しだけ、できるような気がしました。
「はい、がんばります…」
松原さんほどではないにしても、少しだけ元気よく、答えてみました。
放課後、松原さんは昨日と同じようにわたしの席の前に来ました。すると、すぐに嬉しそうにわたしの手を握ってせかします。
「さ、行こう、琴音ちゃん」
「ことね、ちゃん…」
急に名前で呼ばれて驚きます。
それよりも、わたしの名前を知っていてくれたことが嬉しくて、
「あ…えっと、嫌だった?」
もちろん、嫌なんかではありません。
わたしは首を横に振って答えます。
「大丈夫ですよ、葵ちゃん」
握りしめられたその手を握り返して、
「今日もがんばりましょう」
そう伝えると、教室でまたもやざわめきが起こります。
でも、もう気になりません。
松原さんが大丈夫って言ってくれたから。
なんだか頑張れそうな気がするから。
そして、素敵な日々が続きそうな気がするから。
春、それは出逢いの季節。
その言葉は本当でした。
素敵な友達ができましたから。
この、素敵な出逢いに感謝して、
ずっと葵ちゃんとの日々が続くことを願って…
「本当はね…」
そんなことを思っていると、葵ちゃんはわたしの耳元でささやきます。
「ちょっと、琴音ちゃんのこと、気になっていたから…」
チカラのことじゃないよ、そういう葵ちゃん。
それでは何のこと?
わたしの質問に葵ちゃんはただ笑うだけ。
でも、真っ赤な顔にわたしも一緒になって赤くなっちゃうのでした。