絶望と勝利の御伽   作: 黒兎

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連鎖する夢幻の闇

 妹が…………五月ちゃんが自殺した。見つけた、五月ちゃんの借りていた家の大家さん曰く、発見された頃には自殺から相当の時間が経っていたらしく、異臭が立ち込めていたらしい。それを聞いた時、そんなことない、そんなわけないと意地でも認めたがらない自分が心の何処かに存在していた。

 その報せは私だけでなく、他の妹たちにも届き、父へも届き、勿論私の夫の耳にも届いた。悲しい出来事だとはいえ、弔おうという意志は全会一致であったらしく、葬式を執り行うこととなった。

 

 そして、今日がその葬式の日。空は何処までも見通せるほどに澄んだ青色をしていた。普段なら心地良くなるであろう天候なのに、気分は深海の底まで落ちているからか、その青さは返って鬱陶しくて仕方なかった。

 今は休業中とはいえ女優の私や、医者である父を筆頭に、それぞれにそれぞれの生活がある。すると、必然的に簡単に予定の空きが全員噛み合うなんてことは滅多にないのに、今日はこうして一同に会することとなった。

 きっと葬式で集まっていなければ、最近はどうしているだの久し振りに面を合わせて色々な話に華を咲かせていたのだろう。でも、私たちは一切話すことなく、待合室で各自に座って待っていた。その空気といったら、過去にあったどの喧嘩の時よりも重たく、息苦しさを感じざるを得なかった。実際の時間は一時間かそこら。でも、その空気の中ではその数倍くらいに感じられた時に、葬儀の用意が出来たとの知らせが。

 

 重々しい雰囲気の中、歩みを進め───そして、みんなが言葉を失った。元から今日は会話なんてもの殆ど無かったに等しいが、そういう表現が正しいと思えるくらいに各々が息を呑んだ。

 葬式だから、当然といえば当然の話。でも、式場の中央奥で静淑でありながらも飾り付けられている棺桶。そして、かけられている五月ちゃんの遺影は間違いなく私たちの心を抉った。

 

 二乃は歯を食い縛り涙を流していた。なんで……なんで、アンタが先に逝くのよ、と悔しげに漏らしながら。

 三玖は俯きながらに涙を流していた。認めたくないように、頭を横に振りながら。

 四葉は子供みたいに涙を流していた。五月ちゃんの死を認めた上で、その寂しさと対面して素直になりながら。

 そして、私は────

 

 

「(あ、れ…………?)」

 

 

 自分の顔をペタペタと触り、違和感に気付く。こんなに悲しいのに、心にぽっかりと穴が空いたはずなのに…………少しも、微塵も、一滴も涙が流れなかった。いつもなら、ちゃんと泣けるのに────

 

 

「(────って、違うっ! そんな泣こうとして泣く嘘泣きが欲しいんじゃない! なんで…………なんで、本心から泣けないの!?)」

 

 

 泣きたいのに泣けない。嘘ですら泣けない。心に反して、身体が言うことを受け付けない。これではまるで妹の死に流す涙なんてない人でなしではないか。泣いて、お願いだから私に泣かせて。でも、これで流した涙は五月ちゃんのためではなく、自分のための涙なのでは────

 

 ぐるぐる、ぐるぐると思考は回り、混乱し、眩暈が視界を歪ませる。足も覚束なくなり、身体の軸が何処にあるのか分からなくなる。

 

「────一花ッ!?」

「あっ…………ごめん、フータロー君」

 

 危うくバランスを崩しかけた時、私は夫に身体を支えられる。

 

「大丈夫か?」

「…………ちょっとキツいかも」

「やっぱり、妊娠中に葬式は衝撃強かったか?」

 

 これは体調的な問題ではない。心理的な問題だ。そんなことは分かっている。

 でも、きっとそれを悟らせないと咄嗟に女優としての演技が出てしまった。その所為で彼に誤解させてしまった。…………尤も、誤解されて良かったとも思うのだが。

 少なくとも、これで口実が出来た。この場から離れ、こんなロクでもない姿を隠す口実が。

 

「…………うん、ちょっと無理みたい。悪いけど、葬式は私抜きで進めておいて。私は…………ちょっと休むよ」

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 私は一人、来た道を戻り、待合室に帰ってくる。さっきまでの待合室も沈黙が支配していたが、今は更に誰もいないということもあり、真の意味で静かだった。誰の吐息の音も聞こえず、完全な無音。音が無さすぎて、逆に何かを空耳している気分にすらなる。

 ボサっと身を投げ出すように私は座り込む。……と言っても、妊娠中。体内に生命を抱えている以上は配慮はした。

 

「ダメだな、私…………」

 

 待合室の椅子に座らず、柱に凭れ掛かる私はそう呟く。でも、そう呟かざるにはいられなかった。

 

 気付いていた。厳密に言えば、この話を聞いた時に気付かされた。…………それも正しくない。そんなわけないと目を瞑り、気付かないフリをしていただけ。五月ちゃんが…………私の妹が自殺したのは、間違いなく私のせいだ。私が彼女を殺したのだ。

 だって、そうでしょう? 発見された頃には死んでからある程度時間が経っていたと聞かされた。その経過していたと思われる時間を発見された時から引けば───それは私と五月ちゃんが久しく街中でばったり出会ったあの日になってしまう。これは偶然? …………違う。私と出会ったから、私と話したから五月ちゃんは死んだ。ならば、これは“必然”以外の何者でもない。

 あの時、私は五月ちゃんと世間話をしていた過程で、まだ知らなかった様子だったから妊娠したと打ち明けた。…………今思えば、その時だ。一瞬だけ、五月ちゃんの表情に翳りが見えた。すぐに記憶にあるいつもの表情に戻ったから、当時は気の所為だと思い過ごしていたが…………きっと、あの報告が五月ちゃんを死に至らしめるくらいに精神を追い詰めてしまった。そう思わずにはいられなかった。

 でも、そのことに気付いているのは五月ちゃんと話した私だけで、そのことを妹たちにも、父にも…………そして、彼にも。誰にも話していなかった。言えなかった。私が妹の自殺のきっかけを作りました、なんて口が裂けても言えるわけがなかった。これが我儘なのは分かっている。でも…………でも、それで今の幸せを手放したくなかった。狡いと言われようが、卑怯と罵られようが構わない。私は私なりの我を通して、辛い思いをしてまで勝ち取ったこの幸せを“そんなこと”で失いたくなかった。

 

 私は座りながら、窓から覗く空に視線を向ける。そこには薄めていない、原色の絵の具をぶち撒けたような青一色の空を一羽の鳥が飛んでいた。その姿は何にも囚われていないようで、自由なんだろうなと私に思わせる。

 

 

 

「私も、あんな風に戦えたら良かったのかな…………」

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 私が彼に言った通り、私抜きで葬式は恙無く進行したらしく、その後の色々な諸事も含めて全部終わり、帰宅した頃にはもう既に陽は地平線の彼方に消えていた。空は黒く、暗かった。

 すっかり夜なのに真面目な彼のことだ。葬式だったとはいえ、仕事の遅れを気にしないはずもないだろうから、きっとこれから徹夜で在宅勤務する気なのだろう。少しは無理せず休んでほしいものだが、どうせ言ってもまともに取り合って聞いてくれないのは昔からの馴染みとして知っていた。だから、私は「お仕事頑張ってね」と一言告げた後に自宅の風呂場へ向かった。

 葬式だった故に風呂を洗えているはずもなく、お湯も張っていないので、今日はシャワーかなと思いながら、私は喪服を脱ぐ。少し前までは慣れない身体の所為で服を脱ぐことすら大変だったが、今となってはいつも通りに服を脱ぐことが出来るくらいには慣れてきた。

 身体は服の内で熱を帯びていたようで、脱いだ拍子にムワッとした熱気が溢れ出た。一人の女性として、こんなに出るまで熱気を溜めていたということは周囲にそれなりの臭いをばら撒いていたのではと思うが、そもそも今日はそんなに人と面を向かっていなかったことを思い出して安堵する。

 風呂場に出ると、一糸纏わぬ身体を冷たい風が撫でる。それは火照った身体にとって心地良いとしか言えなかった。このまま風に吹かれていても良いなと思ったけれど、このタイミングで風邪なんて引こうものなら、彼にもお腹の子にも迷惑が掛かってしまう。名残惜しげにしながらも、私は蛇口を捻る。シャワーヘッドから溢れる水は熱を帯び、忽ち湯へと変わっていく。

 ジャーっと流れ続ける湯に身を任せながら、私は鏡に映る自分の姿を見た。昔から飽きるほど見続けてきた顔。経過した年月故に雰囲気こそ変わっているものの、やはり五つ子。妹たちにそっくりな顔をしている。身体のサイズだって殆ど同じで───と、目線を下ろしていく中で、私は丸く張ったお腹に視線が届いた。

 

 私たちは五つ子。みんな違った風に成長していったと言っても、同じようなパーツで構成された姉妹。そして、思考も似たり寄ったりで……同じ人をほぼ同時期に好きになってしまった。ある意味戦争と言っても過言ではなかったそれを私は勝った。他の四人を全員出し抜いて、欺いて、そのただ一つしか枠のない席を獲得した。その証が指に嵌められたリングだし、このお腹。

 その勝利が褒められたものではないことくらい、他の誰よりも自分が分かっている。他の妹たちの想いを利用して……三玖の純情な恋心を踏み躙ってまで得た勝利に罪悪感がないと言えば嘘になる。二乃みたいに自分の気持ちに正直に、正面から戦うことが出来たならどれだけ楽だったかと何度思ったことか。

 

 でも、それでは勝てなかった。そんな二乃の下位互換にしか成り得ない手を打って勝てるわけなかったし、今の幸せを掴み取ることは叶わなかっただろう。全力で勝ちに行くなら、他の妹たちにはない女優としての利点を生かすしかない。状況を把握した上で何が私にとっての最善となるかを考えて、それへ向かうように仕向けるために全力で演じ切る。そして、出来た絶好の間隙から彼の心を掠め取るしかなかった。

 

 だからと言って、後悔がないわけではない。一人の勝利の下には四人の敗北が埋まっている。私の幸福は四人の不幸の上に成り立っている。勝利してから各々祝ってくれたりしたが、それだってどこか痩せ我慢をしていたり、辛い想いを抱えていたはずなのだ。大切で、大好きな妹たちにその辛さを押し付けた…………本当にロクでなしの姉だと思う。その証明をするかの如く五月ちゃんは自殺した。決定的で覆ることのない証拠。

 

 もっと良い立ち回り方があったのでは? みんなが心の底から満足出来る…………今回みたいに思い詰めさせて自殺に追い込ませてしまうようなのではなく、もっと綺麗に勝てる手段があったのではないのか? 五月ちゃんの訃報を受けてから、より一層考えるようになったIfの世界線。でも、答えが見えない。当時の私がその選択をして、いずれこうなると知っていたとしても、それを回避した上で勝ち切る肢が見えないのだ。

 

 そんな自分が不甲斐ないと思う。総身を打つシャワーは身体の汚れを濯いでくれるのに、そんな自分は洗い流してくれない。そのことに私は風呂場の壁をガツンと叩く。じんわりと帰ってくる痛みは拳を痺れさせる。頬を伝うそれは湯なのか涙なのか分からなかった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 汚れと疲れ、両方まとめてシャワーで落とす算段だったのに、逆に疲れた気がする。風呂場を出た私はすぐに寝間着に着替えて寝室へと向かった。今すぐにでも寝たい、気を失うようにして寝たい。そう思ってしまうほどには疲れていた。

 寝室に到着するや否や、私は勢いのままベッドに倒れ込むとその心地良さから眼を開くのが億劫になっていき、目蓋も重たく感じた。意識は朦朧としていく中、私は抗うことなく意識を手放した。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「────ッ!」

 

 眼を開き、視界に飛び込んで来た風景に私は息を呑んだ。

 よく見たことある風景。華やかで煌びやかで、幸せ一杯の思い出が詰まったそこは私と彼が結婚式を挙げた式場だった。その花嫁の待合室にただ一人、私はポツンと座っていた。

 なんで……何故ここに…………と疑問に思い、辺りを見回すと立ち鏡が目に入った。花嫁の待合室なのだから、鏡の一つあっても不思議ではなかったが、そこに映る自分の姿に驚きを隠せなかった。ウェディングドレス。記憶にあるそれと殆ど同じもの。…………ただ、ある一点。全体的に若干黝んでいるような気がするが、それは確かに記憶にあるそれと同じものだった。

 訳が分からず、脳裏には混乱の二文字が踊り舞う中、コンコンと待合室の扉を叩く音が耳朶を打つ。私が返答するよりも早く、ガチャリと開かれた扉の向こう側にはウェディングドレスとは違えど、結構派手な紅いドレスを身に纏った二乃が立っていた。

 

「失礼するわよ、一花───って、何狐に摘まれたような顔してるのよ」

「いや、えっと…………なんで二乃が此処に?」

「なんでって、本番前に今日の主役の顔を拝みに来たんじゃない」

 

 さも、尋ねた私がおかしいと言わんばかりの二乃の言葉。ただ、それで私の中である一つの解を得ることが出来た。

 

 そう遠くないくらいの昔、私と彼が挙げた結婚式当日の追憶。きっと、そうに違いない…………のだが、何故か所々記憶にあるその日とは違うのだ。私のウェディングドレスに関してもそうだが、何より…………結婚式当日、二乃は一人で私に顔を見せに来たなんてことは無かった。

 

「あの、二乃…………他の妹たちは?」

「え? もしかして一花、連絡貰ってないの? なんか色々事情があって若干遅れるんだって。多分そろそろ到着するんだろうけど、待っていられなくてこうして見に来たわ」

 

 他の三人が到着していない? そんな馬鹿な…………二乃は他の三人とこの待合室を尋ねに来たのではなかったのか。記憶と喰い違うあの日の夢に脳内は余計に混乱の様相を見せるが、それが顔に出たのか。不自然な私に二乃は、

 

「体調悪いの? …………まっさか、このタイミングで怖気付いた?」

「そんなわけ───」

 

 二乃の言葉に対する返答が私の中から出切ることはなく、少し言い淀んでしまった。

 怖気付いてなんかいない。寧ろ、他の妹たちに彼を盗られる方が怖い。勝利者として確立しているのに、なお怖いのは私の弱さだ。

 

 …………でも、もしここで「怖気付いた」と言えば、私が彼の花嫁であることを辞退すれば、五月ちゃんは自殺せずに生き続けてくれるのか? あの日のはずなのに、あの日とは違う道を辿るこの夢ならば、そう答えた先の未来が見えるのではないか?

 これは夢だから、目が覚めたら元通りだから。ここで違う選択をしたって大丈夫。そう意を決して私は口を開く────

 

 

「────そんなわけないよ。私が怖気付く必要なくない?」

 

 

 思っていたことと真逆の言葉を吐いたことに私は驚きのあまり、口元を抑えて後退る。そんな私に対して、別に不思議に思っていないのか…………いや、そういう反応をすると見越していたかのように悪魔の笑みを浮かべて二乃は言葉を紡ぐ。

 

「あっはっは! そうよね、一花が怖気付くわけないわよね!!」

「二、乃…………?」

 

 訳の分からない反応に私は困る。なんだ、これは…………これは本当に────

 

「揶揄って悪かったわね。もし、怖気付いてるんだったら私が一花に代わって結婚式を執り行なおうかと思ったけど、あの一花よね。あれだけ図太い神経してて、今更一花が揺らぐわけないわよね」

 

 まるで一人で合点がいったように頷く二乃に私の理解は追いつかない。しかし、二乃はそんな私の事情なんていざ知らず、言葉を続ける。

 

「何はともあれ、いつも通りの一花って感じで安心したわ。それじゃあ、私はもう行くわね」

「に、二乃っ!」

「いきなり叫んで何よ?」

「その…………本当に何をしに来たの? そんなことを聞くためだけにここに来たの?」

「そんなこと、ね…………あなたがそう言うなんて驚きしかないけど、まぁいいわ。そのドレス、よく似合ってるわよ」

 

 何やら意味深な言葉を残し、待合室を後にする二乃。いきなりやって来て、いきなり去っていった二乃に私は呆然とする他なく、更に心と身体が乖離していることへの整理が追い付いていなかった。その所為か、呼吸は乱れ、心臓は忙しなく鼓動を刻んでいる。五月蝿い心臓を鎮めようと手で胸元を抑えようとしたその時、視界に映ったものに私は息を呑まざるを得なかった。

 

「──────ッ!?」

 

 そこにあったのは私が身に纏っていたウェディングドレス。まだ白く見えはするものの、先程よりも明らかに黒くなっていた。私は訳のわからない事態の連続に頭がおかしくなりそうになる。なんで、何故、どうして。頭の中を埋め尽くす疑問詞の数々に悪酔いそうになったその時、またもや扉をノックする音が。控えめに叩かれるその音で誰が来たのか薄々察しがつく。

 

「三玖…………?」

「…………よく分かったね」

 

 なんとなく…………そう、なんとなくだけど、そんな気がした。それは口にせずに仕舞っておけた。先の言葉は仕舞えなかったのに、今のは仕舞える。そこに何の違いがあるのか分からずにいた私は三玖の姿を見た。

 薄い水色のドレス。清涼感を漂わせるそれを身に纏う三玖は普段以上に可憐だった。

 

「その…………三玖も何か用?」

「三玖もって……この前に誰か来てた?」

「誰って二乃だよ。ついさっきまでいたし、会わなかった?」

「二乃? 二乃って遅れてくるんじゃなかったの?」

 

 ─────え? 三玖の口から発せられた言葉に私は耳を疑う。

 どういうこと? 二乃は「他の三人が遅れるから焦れったくて一人で来た」と言っていた。対し、三玖は「二乃は遅れてくる」と言っている。喰い違う言い分。

 でも、二人とも嘘を言っているようにも思えないし、思いたくなかった。…………そうか、二人とも遅れたんだけども、到着したタイミングが微妙にズレて、それに伴って顔を出すタイミングもズレて、現状のような話になった。それなら両者の言い分が真と言えるのでは?

 必死に思考を張り巡らす私に三玖は一言。

 

「…………ま、いっか。それで一花、結婚おめでとう」

「えっ…………」

 

 いきなりの祝辞に私は驚きのあまり言葉を失う。

 私は三玖の純粋な恋心を利用し、踏み躙って勝利を掴んだ。なのに…………なのに、何故三玖はここまで笑顔で「おめでとう」と言える? 記憶にある結婚式の時もそう。三玖は笑って祝福してくれた。

 悔しくないの? ───悔しいに決まっている。私が三玖の立場だったら、結婚式なんて息が詰まって、死にたくなって、あんな風に笑えるわけない。出来て、女優の作り笑顔が精々。

 辛くないの? ────辛いに決まっている。私が二乃の暴走を眺めていた時、どれだけ焦って胸が締め付けられたか。

 故に分からない。最愛を奪われてもなおここまで笑える理由が分からない。

 だからと言って、分からないことを問い質すことなんて出来るわけなかった。どんな顔で、どんな声でそれを問い質せば良いのか分からないから。

 

「あっ、うん…………ありがとう、三玖」

「私はね、一花に幸せになってほしいんだ」

「えっ…………な、にを…………」

 

 何を言っているか分かっているの……? 三玖が笑顔で物語る言の葉に私の中では得体の知れない何かが迫り上がってくる感覚に苛まれる。気味が悪い。本当に……この前にいる三玖は本当に三玖なの…………?

 二乃の時とは違う感覚に私は口元を抑えるが、そんな私を意に介していないのか三玖の言葉は続く。

 

「一花も頑張った。必死に必死に頑張ったから、私は一花が幸せになる姿が見てみたい」

「三玖っ! その…………」

「別に言わなくていいよ。言いたいことは分かってるし、その上で言ってるんだよ。だって…………それが一花が望んだ未来で、一花が選んだやり方なんでしょ?」

 

 ───もう耐え切れなかった。私は三玖を振り切り、待合室から逃げ出した。

 

 あれは三玖だ。間違いなく三玖だ。本当の三玖で、紡がれた言葉も全部真。三玖は本当に私の幸せを───苦しみながら生きる幸せを望んでいる。私が当時の戦い方に負い目を感じていることを理解していて、その上で一番私が苦しむ方法を選んでいる。この辛い想いを抱えながら味わう幸せなんて人を腐らす毒にしかならない。

 そうだ、三玖だって悔しいし、辛かった。それは何にも代えが効くものなんかじゃないし、それを晴らすためなら姉であろうとも歯牙にかける。

 五つ子で、一番何をされたら辛いか分かっている。だからこそ、私は欺き切る方法を選べた。それが一番効果的で、一番確実的だったから。

 でも同時に、私が五つ子の特性を利用して出し抜けるのであれば、他の妹だって……それこそ三玖だって出来るし、利用は可能なはずだ。

 

 あの三玖の言葉を脳裏で反芻し、思考を巡らせながら廊下を走っていたからだろう。曲がり角から迫る影に気付かず、思いっ切りぶつかってしまった。

 

「あ、ごめんなさ────」

「一花!」

 

 その相手はまさかの四葉で、若葉色のドレスを身に纏っていた。

 このタイミングでの妹とのエンカウント。ただでさえ五つ子ということで顔が酷似しているから、いきなり現れた四葉の顔は心臓に悪い以外の何者でもなかった。

 

「良かったぁ…………ようやく見つかった…………」

 

 私の手を握り、安堵の息を吐く四葉。良かったと言いたいのはこちらの方だった。

 いつも通りの四葉。この何かがおかしい世界の中で、いつもと変わらずにいてくれることだけで救われるし、気を確かに保つことが出来る。

 そう思ったからか、無意識の内に四葉の手を握り返してしまう。

 

「一花……? 手、震えてるけどどうかした……?」

「…………ごめん、ちょっと気が狂いそうなことばっかり続いてて」

 

 妹相手なのに、不安を吐露して、しかも四葉の胸元にバサリと凭れかかる。長女として情けないなと思った。

 そんな私の行動に四葉は一瞬驚きを見せたものの、私の様子で察したのだろう。何かを話すでなく、無言で私の身体を抱き締めた。

 四葉の身体の熱は私の心の壁を融かしていく。身の内から溢れ出すは不安。その全ては身体の震えに変換される。

 震える身体を抱き締められてから、どれくらい経ったのだろう。実時間ではそんなに経ってないような気がするが、体感では一時間くらい経過したような気がして、そのお陰か心にも相当の平穏が戻ってきた。水面に響く波紋が長い時間を伝って止んだような、そんな感じ。

 身体を起こし、四葉を見る。心配気に見守る四葉に私は。

 

「ありがと、四葉。ちょっとは落ち着いた」

「もう大丈夫なの?」

「うん、まだマシになったから大丈夫だよ。…………それより四葉、私を探してたみたいだったけど、何かあるの?」

「えっとね─────」

 

 …………この時、私はすっかり失念していた。これがあの日の夢で、でも何もかもがおかしくて、そして…………妹たちは例外無くあの日とは違う道を辿っている事実に。何故…………何故四葉だけがいつも通りで安全だと信じられたのか。

 

 

「───式を挙げる礼拝堂でね、五月が一花のことを呼んでたんだ!」

「五月、ちゃんが…………?」

 

 

 二乃のよく分からない訪問よりも、三玖の私が苦しんでほしい願望よりも、もっと残虐で酷い知らせを告げる四葉。この夢における五月ちゃんなんて嫌な予感しかしない。

 逃げ出そうとする意志も、さっきまで震えていたからか身体が付いてこない。そんな私の手を握ったままの四葉は私を連れて走っていく。まるで逃がさないと言っているかのように、止まってという私の悲痛な願いも聞き届けることはなく、四葉は走り続けた。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 抗うことは許されず、成すがままされるがままに辿り着いた先は礼拝堂前の扉。脳内には喜ばしい記憶が詰まったその先なのに、今では悍ましい何かが眠っていると思えて仕方なかった。

 四葉はここへ到着するや否や、すぐさま何処かへ消えていった。だったら、今すぐ回れ右して逃げれば良いのではとも思ったが、そうするとすぐに四葉が戻ってきて、またここまで引っ張って来そうという謎の勘が働いたし、事実そんな気しかしない。

 

 もう堪忍するしかないのだろう。四葉の話通りなら、この扉の先には五月ちゃんがいる。呼んでいたというのなら、要件があるというわけで、その内容も何となく察しはついている。でも、もしそれが当たっていたらとして、私は五月ちゃんと面を向かって話すことが出来るのか?

 …………分からない、分かるわけがない。この世界は何もかもおかしい。自分の推測を全て超えてくる。そんな世界での五月ちゃんなんて…………

 

「(嫌な予感しかしない…………)」

 

 そう思いながら、礼拝堂の扉を開き───視界に飛び込んで来た光景の異様さに私は言葉を失った。

 記憶通りだ、間違いなく記憶通りのその場所。まだ式の時間ではないから、参列席には誰もいないのも分かっていたが……何だこれは。煌めいていて、輝かしいはずのその中が一転、闇に包まれたような暗がりにステンドグラスから射す光だけが頼りになるような空間。眼を凝らして見れば、そこは明らかに式を挙げるのに相応しい場所ではなく、それこそ戦火に巻き込まれて倒壊寸前のような襤褸さを感じさせていた。

 そんな中にただ一人、ステンドグラスの手前…………新郎新婦が愛を誓う場所に腰掛けている闇色のドレスを着た人がいた。二乃と系統こそ違えど、赤色の髪を携えたその人は私もよく知っている、妹の中でも末番を担っている────

 

「五月ちゃん…………」

「…………お久しぶりですね、一花」

 

 疲れたような双眸で射抜いた五月ちゃんはゆっくりと立ち上がる。

 

「似合ってるじゃないですか、そのドレス。全く以って一花にお似合いじゃないですか」

「それは…………私が勝ったことへの皮肉なの?」

「皮肉? そんなわけないじゃないですか。一度、自分の纏っている物を見直してみたらどうですか?」

 

 そう言われ、自身の姿を見直してギョッとした。いつの間にか黝んでいたウェディングドレスは誰の目から見ても狂いないほどに漆黒に染まっていた。白かった時なんて最初から無かったんじゃないかというくらいに黒い。

 

「これは…………」

「何を驚いているんですか? それは一花が身に纏わなければならないものじゃないですか。…………そして、その原因は一花自身がよく知っているはずです。胸に手を当てて考えて────って、そんなことする必要ないですね。この夢が一体何なのか……その答えが出ていれば自ずと分かるでしょうし」

 

 答えなんて既に出ていた。二乃が訳の分からない問いを投げかけた時にうっすらと、そして三玖に言葉を突き付けられた時にははっきりと感じていた答え。私はそれを認めたくないと心の中で首を振り続けてきたが、その果てにあったのがこの漆黒のウェディングドレスだとするならば────

 

 

「これは────この夢はっ、私が背負う罪なのっ!?」

「厳密に言えば罪であり、罰です。一花はそれだけのことをしました。心当たりがない、なんて言える訳ないですよね?」

 

 五月ちゃんは動くことなく、言葉を続ける。その瞳は私の記憶にある五月ちゃんとは程遠い、絶望に満ちた眼をしていた。

 

「一花は彼を…………愛した人を奪った。しかも、真っ当な方法じゃなく、卑怯と罵られても文句も言えない風に掠め取る形で」

「でも…………でもっ、そうしないと私は勝てなかったっ! 私が私のまま勝つにはこうするしか…………っ!」

「そうですよね、一花はそうすることでしか勝つことが出来なかった。───だから、そのことについて、中野五月が責める気はないんです」

「えっ…………」

 

 私のやり方に責める気はない。まさかの言葉に唖然とせざるを得ない。

 でも、だとすればこれは、この夢は何? 湧き出る疑問は解答を出すよりも早く増殖して、混乱の様相を見せる中、五月ちゃんは溜息を吐きながら言葉を続ける。

 

「…………結局、そうなんですよ。あなたは気付けなかった。どれだけ違和感を感じていても気付けなかった。見たくない現実を認めないように視界から背け続けたあなたには」

「何、を…………?」

「だって、そうじゃないですか。あなたは二乃の盲目な暴走機関車のような直球の恋心が、三玖の眩しいくらいに純真な恋心が鬱陶しくて、邪魔臭くて仕方なかった。違いますか?」

「そんなこと───」

「───ない、なんて言えないんですよ。あの二人がまだ恋心に覚醒しなければ、もっと楽に事を運べたはずなのに。覚醒しなければ、あんなわざわざ変装して印象操作なんて悪手も悪手を打たなくて済んだのに。あなたはずっとそれを打ったことについて悩みながらも勝利を収めたんでしょう?」

 

 心の内を的確に穿つような言葉に私は返す言葉がないが、五月ちゃんは止まることなく言葉を続ける。

 

「あなたが真の意味で悪女ならば、こんな世界を見るはずがなかった。蹴落とした存在に気にかけないような冷徹さを残していれば、こんな想いをする必要もなかった。なのに、今こうしてあなたは自身の罪を知らされている」

 

 コツ、コツと私の方に歩みを進めてくる五月ちゃん。その顔はらしくない、人を甚振ることに悦を得るような笑みを浮かべていた。

 

「全く以って馬鹿な人…………分不相応な選択をして、得た勝利に思い悩む。そんな勝利に何の意味があるんですか? これでは勝利を得たが故の…………勝利者だけが味わうことの出来る呪いに他ならないじゃないですか」

 

 否定出来ない言葉の数々に黙り込む私に五月ちゃんは反転し、ステンドグラスと向き合ったかと思うと仰々しく腕を広げた。

 

「だから、あなたは無意識に作ってしまったんです。二乃が切っ掛けをくれ、三玖に現実を突き付けられ、四葉が最後の道を敷いて、その果てにあなたにとって罪の象徴である、自害した私が待っている…………そんな地獄を作ったんですよ!」

「待って…………それだと変じゃない?」

 

 混乱の最中にある思考さえ、五月ちゃんの語ることに私は齟齬を覚えた。

 

 

「五月ちゃんは死んだ…………そう、死んだ。なら、今目の前にいるあなたは誰……?」

 

 

 私のことを知ったかのように語るその五月ちゃんの姿をしたのは一体誰なのだ。死んだはずの人間が喋るはずない。

 

「余程混乱してるんですね。あなたは根本的なことを忘れていますよ」

 

 先程まで浮かべていた笑みとは打って変わって、呆れたかのような表情を浮かべる五月ちゃんの姿をした誰か。その表情は心の底から出ているもので、救いようがないと言わんばかりだった。

 

「これは“夢”ですよ? あなただって最初から気付いていたじゃないですか。だったら、あなたの妹なんてここにいるわけがない。いたとしても、それはあなたの心の内から出た勝手な妄想に他なりません。ただ…………今回ばかりは若干違いますけど」

 

 種明かしの要領でその誰かは言葉を紡ぎ続ける。氷解していく理解と共に真理に近づいていく恐怖が迫ってくる。

 

「中野一花、あなたは女優です。今まで様々な存在の演技をこなしてきたし、その度にその存在が思うことを察して偶像を演じてきた。───そして、それは妹たちに対しても例外じゃない。妹を演じることだって造作じゃない」

「ま、って…………その言い方って、まさか────」

「その“まさか”ですよ。あなたがこの夢にて出会ってきた妹は全てあなた、中野一花です。中野一花が演じた二乃で三玖で四葉で、そして五月なのです。あなたはこの夢でずっと自分に苦しめられてきた。あなたが思う『彼女たちはこう思ったんじゃないか』という妄想をあなたが無意識に演じて、それを自身で見て、苦しみ続けた」

 

 私が私を見つめていた。五月ちゃんの姿をした私が闇色のドレスを───私の着ている漆黒のウェディングドレスと似た色のドレスを着ていたのは、私が五月ちゃんの死に負い目を感じているから、罪の象徴だから。五月ちゃんの色に染まってしまうし、それは罪の色をしてしまうのも納得がいく。いってしまう。

 

 ずっと私に苦しめられてきた。それはまさに、私が私の選んだ戦い方に後悔し続けてきた証明に他ならない。後悔したらダメと戒めても、戒め切れなくて招いた末路がこれ。全ては自分の甘さ、弱さが原因だ。

 

 救われたいと願う。どれだけ身勝手で、我儘な願いだとしても構わない。私は幸せになりたい、後ろめたい気持ちを抱いた幸せなんて望んでいない。こんなの手にするくらいなら大人しく負けていた方が良かった。惨めに泣き寝入りした方がよっぽど幸せだったっ!

 

 辛い、辛過ぎる。夢なら早く覚めて、私を今すぐにでも現実へ帰して。痛いほどに願う私と裏腹にこの夢が終わる気配は微塵たりともない。

 

「帰れるわけ……ないじゃないですか。あなたはこの夢を通して自覚し、向き合ってしまった。勝利者たるあなたでは絶対に気付けなかった敗者の想いと。そして、勝利者は敗者の上でしか成り立たないものだと身を以て知ってしまった」

 

 五月ちゃんの姿をした私は私の横を摺り抜け、この礼拝堂の扉の方へ向かっていく。その様子を目線で追うことが出来ても、足は微塵も動く気配を見せない。

 

「だから、もうあなたは終わりです。あなたでは耐え切れない。この想いも呪いもあなたには荷が重過ぎたんです」

 

 礼拝堂から一歩足を踏み出した私は振り向き様にそう発する。そして、ギギッと音を立ててその扉は閉まり始めた。

 

「あなたは救われない。救われないまま生き続けるのです。この夢に永遠に囚われて、現実と夢の狭間でずっと踠き苦しんで生き続けるんです」

「待って────!」

 

 伸ばす手は届かない。届く距離にない。でも、伸ばさずにはいられなかった。それが閉まってしまえば、もう戻れなくなる。そんな直感がして。

 でも、夢だと言っても世界は無情で。減速することなく、その扉はガチャリと閉まってしまう。その寸前に見えた五月ちゃんの姿をした私は憐憫を称えながらも哀しみを帯びた瞳を浮かべながら、一言呟いていた。

 

 

 

 

 

 

「………………さよなら、私」

 

 

 

 

 

 

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