やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
午後5時過ぎ・・・放課後ね。このまま家で休んでいては、仕事が進まなくなる。せめて、比企谷先生が戻ってくるまで繋いでいないと。
水曜日、私は過労が原因とされる熱で学校を休んでいた。
けれど、体が熱くて集中ができない。
ピーンポーン
家のインターホンが鳴った。こんな時に一体誰?
ヨロヨロになりながら、カメラを見に行く。
そこに居たのは、眼鏡姿の比企谷先生だった。
*
「さて雪ノ下、学校を休んだ言い訳を・・・なんて言ってる場合じゃねぇな。おおかた、無理して体調崩したんだろ。ったく、無理すんなって言ったじゃねぇか」
比企谷先生は寝室のドアの前に立って私と話している。寝室に入ってこない辺り、やはり気遣いができるのね。
「まぁ、過ぎたことを言っても仕方ねぇか。それで、頼んでたものは?」
「ええ、一応」
先生に頼まれていたもの、『文化祭実行委員の出席簿』だ。今日は学校へ行けなかったからできなかったが、昨日までのものなら完成させている。
「そうか、サンキュ。さて、見舞いの品は置いていったし、確認も取れたことだから俺は帰るとするよ」
「待って!」
気付けば私は、大声を出して比企谷先生を呼び止めていた。
「・・・もう少し、居てほしいの」
きっと私は熱でおかしくなっているのだ。だからこんなことを言ってしまったのだ。
「いいか雪ノ下、俺は教師でお前は生徒。そしてお前は女で一人暮らしだ。なにもする気はないが、それでもこうして俺がここに来ているのは特例なんだ」
彼の言うことはもっともだ。正論でいて、正しい。けれど私の『感情』が帰らないでと言っている。
「・・・お願い」
もう泣いてしまいそうな声だった。
いつから私はこんなに『弱く』なってしまったの?
「・・・はぁ。いいか、9時だ。それまでは居てやる。だがそれ以上はない」
先生は観念したかのように言う。
「あり、がとう」
私は、自分が『弱く』なっているのを感じた。
*八幡side
「おい、アホ後輩。お前マジなにしてくれてんだよ」
俺は雪ノ下の家のリビングで件のアホ後輩に電話をかけた。
『も、もう耳に入ってたんだね』
「もうこっちに帰ってきてる。話は雪ノ下から電話で聞いたんだよ」
『そ、そっか・・・なんかごめんね。まさかああなるとは』
本当に申し訳ないといった声で話すアホ後輩。
「はぁ、まぁ過ぎたことはいい」
『うん』
実際過ぎたことを言っても仕方がない。こいつも反省したようだから、これからのことについて話そう。
「それで、だ。お前に頼みたいことがある」
『八幡先輩の頼みならなんでも聞いちゃうよ!エッチなことかな?おすすめはエッチなことだね!』
「黙れアホ後輩」
残念ながら俺はそんなことを頼みたいわけではない。というか男にそんなこと言わないの。
「お前に頼みたいのは『黙っていること』それだけだ」
『えっと・・・え?』
理解できなかったのか、聞き返してくる。
「今後、文化祭実行委員に関して口出しをしないこと。そういう事だ」
『そ、そんなんでいいの?』
「それが大切なんだよ」
『八幡先輩がそう言うなら・・・』
「よろしくな」
なぜ俺がアホ後輩にこんな頼みをするのか、答えは簡単だ。アホ後輩は文化祭実行委員の中で、大きすぎるほどの発言権と影響力がある。彼女がなにかを言った場合、それが十中八九という確率で確定してしまう。だからこその『黙っている』だ。脅威となるのがその発言権と影響力ならば、何も言わせなければいい。たったそれだけでアホ後輩の『力』というものは大半を失うのだ。
ま、そこに居るだけでも影響力あるのがあのアホ後輩なんだがな。
・・・クソッタレ。
*sideout
翌日、私は体調も良くなり、放課後にあるスローガン決めの会議に出席をしていた。
「雪ノ下さん」
それにしても、一体比企谷先生はあの出席簿をどう使うつもりなのかしら。データとして保存しても大した意味を持つとは思えないし。
「雪ノ下さん」
「は、はい」
相模さんに呼びかけられていた。
「全員揃ったけど」
そうね、今は珍しく文化祭実行委員が全員揃ったのだし、会議を始めてもいい頃合いね。
「では」
「悪いな、その会議に俺も参加させてもらう」
そう言って会議室に現れたのは比企谷先生だった。
「ん?比企谷先生、一体どうしたのかね」
この文化祭実行委員の顧問である平塚先生がそう尋ねた。
「まぁ、こっちにも事情があるんでね。気にせず進めてください」
そう言って、先生は窓際の方へと行き、壁にもたれかかった。
「では気を取り直して、文化祭のスローガン決めをします」
私の言葉で、会議室が一気に騒がしくなる。
そうして、ホワイトボードには様々な意見が書かれていった。
「じゃあ、最後に私から」
そう言って立ち上がったのは相模さんだ。
『絆 〜ともに助け合う文化祭〜』
「どうかな?」
あら、あなたからそんなスローガンが出てくるとは思わなかったわ。それに、あなたにそんなことを言える資格なんてないのではなくて?
「なぁ、そのスローガンって教師である俺も案出していいの?」
沈黙を貫いていた比企谷先生が相模さんに尋ねる。
「先生からもあるんですか?いいですよ」
「そうか、なら俺が案を出すならこうだな」
そう言って先生がホワイトボードに書いたのは
『残念ながら今回の文化祭はありません』
だった。
は?あなた何を書いているのかしら?
「えっと・・・比企谷先生、これはどういうことですか?」
相模さんは怒りを込めたような表情で比企谷先生に訊く。
「どうもこうもない。とりあえずこの資料を全員に配る、いいか?隅々まで目を通せ」
先生が配った資料は先生が私に頼んでいた『文化祭実行委員の出席簿』だった。
「これって」
実行委員の誰かがそう呟いた。
「そう、この文化祭実行委員の出席簿だ。これを踏まえて尋ねようか」
「お前たちに文化祭を開催させる気はあるのか?」
「そ、そんなのあるに決まってるじゃないですか!」
相模さんが叫んだ。
「そうか、なら委員長に質問だ。何故お前の名前のところにチェックが付いていない?」
「そ、それは」
答えられるはずがない。彼女は恐らくサボりをしていたのだから。
「仮にお前が外回りやクラスの見回りをしていたとしよう。しかしそれでも、書類の提出、実行委員への報告、現状確認などこちらに顔を出さなければいけないはずだ。それすらもないとは一体どういう了見だ?」
「・・・」
何も答えられない相模さんに興味が無くなったのか、今度は実行委員全体を見る。
「そしてここにチェックのないやつらにも同じ質問をしようか。お前らはなにをしていた?」
その質問に会議室は静まる。
「答えられないということは人に言えないこと、つまりサボりか。さて、出席簿にチェックの付いている生徒代表として副委員長の雪ノ下、このまま現状が続いたとして、文化祭開催日までにどれだけの割合が終わる?当然、誰もが与えられた仕事のみで、無理はしないという前提のもとだ」
比企谷先生からの質問に私は正直に答える。
「そうね、見積もって7割程でしょうか」
「残りの3割は何に当たる?」
「エンディングセレモニー、外部からの有志数件・・・当たりです」
私のその言葉に、文化祭実行委員全員の顔が青ざめていく。これらの仕事が追いつかないことの意味をようやく理解したのだ。
「お前らが知っての通り、総武高校の文化祭は地域一体として行われる。そして向こうの人達は、地域賞などを楽しみにしている。この地域賞の発表及び受賞が行われるのはエンディングセレモニーだ。もう分かるな?」
そう、つまりそれは総武高校の信用問題に関わる。それに当たる仕事が不完全ということは文化祭、それも今後の文化祭開催にとても大きなダメージを与えるということなのだ。
「で、これらを踏まえた上でもう一度訊こうか、お前らは文化祭を開催させる気はあるか?」
その言葉に、相模さんを含めた全員が黙り込んだ。
「・・・じゃあ次にいこうか」
「比企谷先生、まだあるのかね?」
比企谷先生の発言に平塚先生が尋ねた。
「ありますよ。文化祭実行委員でも、教師でもない、それでいてここにいる者たち、そう『生徒会』がまだですから」
「っ!?」
その発言に城廻会長の顔が歪む。
「さて城廻、どうしてこの状況になるまで放置をしていた?お前たちは文化祭実行委員のサポートが役目のはずだ」
「それは、私たち生徒会はあくまで最低限のサポートのみ、ということですから」
その質問に城廻会長が答える。私もその話は聞いていた、だからここで生徒会まで糾弾される理由が・・・いえ、『最低限』と言ったわね。そう、そういうこと。
「それはもちろん知っている。しかして城廻よ、何をもって『最低限』とするんだ?」
「え?」
「分からない、と言うよりも答えられないのなら俺が教えてやる。この場合における『最低限』とは『文化祭開催』だ。それで、雪ノ下からの現状報告を聞いて、果たして生徒会は『最低限のサポート』をしてると言えるのか?」
「それは・・・言えません」
悔しそうな顔をしながら城廻会長は答える。
「だろうな。『最低限』という言葉は、決して自分が行動しないための免罪符などではない。それをよく覚えておけ」
「・・・はい」
「さて雪ノ下、文化祭実行委員及び生徒会が仕事をこなしていけば、文化祭当日までには間に合うか?」
「ええ。そうなれば、だけれども」
「比企谷先生、もういいだろう。こいつらも反省している、そこまでにしておけ。実行委員も生徒会もこれからは真面目に仕事に取り組むように」
平塚先生がそう締めくくる。
「だそうだ。今回のこの件からお前たちが何を感じ、何を考えるのかはどうでもいいが、これだけは言わせてもらおうか」
そこで言葉を切り、比企谷先生は扉の前に立ちこちらを見ずに言った。
「今回、お前らの無責任さが、ある1人の生徒が倒れるという状況を作りあげた。お前たちは『最低限』どころか『最低』だよ」