やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
文化祭当日を迎えた。文化祭実行委員及び生徒会は先日の比企谷先生からの言葉により、無事文化祭を迎えられる状態となった。
会議室がキーボードを叩く音と、書類の擦れる音のみが聞こえるようになったということは言うまでもない。言うなれば完全な『お通夜ムード』だった。
そんなことになりつつも文化祭を無事迎えられたことはどうやら、文化祭実行委員も生徒会も思うところがあったらしく、顔に達成感が出ていた。
「比企谷先生、1日目はどうするの?」
総武高校の文化祭は2日間に渡って開催される。1日目は生徒のみが参加することができ、2日目から外部の人も参加することができる。
「見回りの仕事」
なんとも教師らしい発言だ。
「そう。私も同じね」
私は副委員長ということで2日間どちらも見回りの仕事がある。
「ま、楽しめよ。文化祭はお前たちも楽しんでいいんだから」
「そうね」
い、言い出せないわ。2日目の姉さんのステージを一緒に見たいと言えないわ。言いなさい雪乃。
「さて、俺は朝の職員会議があるから」
そう言って比企谷先生は職員室に行ってしまった。
・・・残念だわ。
*
1日目は特に問題はなく、文化祭は本番である2日目に入った。
いえ、問題と言えば問題だったことがひとつあるわね。
それは相模さんが、開会式の挨拶を何度か失敗していたことだ。マイクと声の調子が合わず、スピーカーから甲高い音が鳴り、挨拶の下書きが書いてある紙を舞台の上で落としてしまうなどそんなことがあった。
「お、雪ノ下か。また見回りか?」
廊下を歩いていると、比企谷先生に会った。
「ええ。先生もかしら?」
「まぁ、そんなとこ。はぁ、めんどくせ」
いくら相手が私だとしても、流石に生徒の前でその発言はどうなのかしら。本当に困った人だわ。
「ねぇ、先生」
昨日言えなかったことを言おう。
「あ?」
「姉さんの」
「はっちまっんせっんぱーい!!」
そこまで言ったところで比企谷先生を呼ぶ声がした。先生のことをそう呼ぶのは私が知る限りでは一人しか居ない。
そう、姉さんだ。
「どうしたアホ後輩」
「今日さ、1時から私の有志の発表があるじゃん?」
「ああーそんなのもあったな」
「もう!ちゃんと覚えていてよ!」
「はいはい。それで?」
姉さんは顔をとびきりの笑顔にして
「絶対見に来てよね!!」
そう言った。
羨ましい。素直にそうやって自分の気持ちを言えるのは、とても羨ましい。どうして私にはそれができないの?
「はぁ。分かったよ」
「うん!」
私がその表情をしたかったわ。
「雪ノ下も行くだろ?」
いきなり話の矛先が私に向かった。
「え、ええ」
「じゃ、一緒に行くか。お前と居た方がなんかあった時対応しやすいし」
嬉しかった。どんな理由であれ、私のことを誘ってくれたことが嬉しかった。
「雪乃ちゃんも来てくれるんだね!よぉし、お姉ちゃん頑張っちゃうから!」
そう言うと、姉さんはステージの準備に向かってしまった。
私の中にあるこの暖かい気持ちは、なんて言うの?
*
午後1時、姉さんのステージの時間だ。私は今、体育館の後ろで比企谷先生と一緒に見ている。
ステージの内容はオーケストラ。指揮者は当然、姉さんだ。
本当に凄い。見ていて圧倒されるとはこのことを言うのね。会場全体も姉さんに圧倒され、見入っている。というよりも姉さんに魅入っている。
「流石だわ」
気付けば、そんなことを言っていた。
「ああ。流石アホ後輩だ、人に見られるということが分かっている」
そんな返しをしてくる比企谷先生。
「やはり、姉さんの『仮面』には気付いていたのね」
『人に見られるということが分かっている』つまりそれは、姉さんの外面であるところの『仮面』に気付いているからこそのセリフだ。やはり比企谷先生は分かっていたのね。
「当然だ、一目見て分かった。だからアイツは『アホ後輩』なんだよ」
「え?」
どうしてその『仮面』があなたの言う、『アホ後輩』に繋がるのかしら?
「アイツは『自分』ってのを見せるのが怖かったんだよ。人が怖くて、自分を見せることを恐れていた、だから自分というものをあの『仮面』の下に隠した。な?アホなヤツだろ。それも、『強いアホ』だ」
「あなたくらいよ、姉さんにそんな感情を抱くのは」
「ま、みんなの中でも独りなのが俺だからな」
あなたの言葉はどこか強くて、それでいて悲しく、哀しい。そんなことを言うのもまた強がりだと、そう感じるわ。
「お前も俺にとっては『アホなヤツ』だよ」
「あら、そんなことを言われたことはないのだけれど」
姉さんばかりではなく、私までアホ扱いするだなんて。
「だろうな。お前は賢くて、聡明で、それでいて寂しがり屋の優しいヤツだ。それを隠そうと1人でいることを選ぼうとした。な?アホなヤツだろ。けれど、それもまた『強いアホ』だ。そして今のお前には『味方』が居る。お前にしかないものが、既にあるんだよ」
「・・・あなた、は」
本当にこの男は、どうしてそう・・・。
「お前が『アホ』である限り、俺はお前を見続けるよ。だから今は『アホ』で居続けてもいいんだぞ。少しくらい手のかかる生徒の方が、不思議と嬉しいもんなんだよ」
「そう。なら、私をしっかりと見続けることね」
「そのつもりだよ、『アホ生徒』」
彼が言った『アホ生徒』は心地好く、それでいて彼の想いが詰まった、優しい言葉のように聞こえた。
「私の晴れ舞台、どうだった?」
演奏を終えた姉さんが私と比企谷先生のところにやって来た。
「流石だと思ったよ」
「ええ、私も同感ね」
実際、凄いと思った。私にはきっとできない、そう思った。昔はそんな姉さんを羨ましく思い、それでいて嫉妬をし、コンプレックスのように思っていただろう。けれど、今の私はそうではなかった。ただ純粋に、姉さんを褒める気持ちでいっぱいだった。
「・・・そっか。うん、ありがと」
姉さんは私の顔を見て、どこか納得したような表情になった。姉さんの事だから、私の心情の変化に気付いたのだろう。
「アホ後輩はこれからどうすんの?」
「そうだね〜、とりあえず他の有志の発表を見てようかな」
「そうか。なら、俺と雪ノ下は見回りに戻るとするよ。お疲れさん」
そう言って、私と先生は体育館を後にした。
「雪乃ちゃんも、ようやく見つけてもらえたんだね。やっぱり、先輩には敵わないや」
そう言った姉さんの言葉が私の耳に届くことはなかった。
*
緊急事態が起きた。文化祭2日目のエンディングセレモニー直前、私たちはある一つの問題と直面していた。
「それで、携帯の方には?」
「ダメです、繋がりません」
そう、エンディングセレモニーを直前にして、実行委員長の相模さんが行方をくらましたのだ。
彼女が居なければ、地域賞の発表ができない。地域賞の結果を知っているのは、委員長である相模さんだけなのだ。そして、それが記載されている紙を持って消えてしまった今、私たちは大慌てをしている。
「なにかあったのかい?」
騒ぎを聞きつけたのか、葉山くんがやって来た。
「それが、相模さんがいなくなってしまったのよ」
時間もないので、事情を話すことにする。
「そうか・・・俺たちで時間を稼ぐ。けれど15分が限界だ。優美子、またいけるかい?」
「あーし、疲れてるし・・・」
少々無茶な言葉に三浦さんは珍しく、反論する。
「お願いだ、優美子」
「・・・分かったし。雪ノ下さん達には前、テニスコートで迷惑かけちゃったし、これでチャラね」
「ありがとう」
三浦さん、私はあなたのことを少し誤解していたようね。
「ありがとう、三浦さん」
15分。葉山くんたちが稼いでくれるのは15分だけだ。非常にありがたいが、やはり足りない。せめてあと10分は欲しい。
「・・・由比ヶ浜」
比企谷先生は由比ヶ浜さんのことを呼ぶ。
「どうしたんですか?」
「このCDを体育館の放送室に届けてくれ。その後、雪ノ下を助けてやれ」
そう言って、1枚のCDを由比ヶ浜さんに渡す。
「これって・・・分かりました。絶対にゆきのんを助けます」
「よし」
由比ヶ浜さんは、そのCDを届けに体育館の放送室へと向かった。
「アホ後輩、いけるな?」
その場に居た姉さんに、話を振る。一体何をするつもりなの?
「・・・なるほどね。久しぶりだね、八幡先輩とデュエットするなんて!」
「前にお前に連行されたカラオケ以来だな」
そう言って、平塚先生の方を見る。
「平塚先生、力を貸してください。文化祭実行委員に相模捜索の指示をお願いします。葉山達の時間稼ぎで足りなかった場合、俺とアホ後輩で更に10分時間を稼ぎます。よろしいですか?」
「・・・比企谷、待っていたよ。あの時からずっと、ずっと君がそう言ってくれるのを、待っていたよ。分かった、比企谷と陽乃はもしもの時の時間稼ぎの準備を頼む。文化祭実行委員及び生徒会は相模を捜索する。他の教師たち、来賓については私に任せてくれ」
「「「「はい!」」」」
平塚先生のその一言で、この場が一つになった。
「雪ノ下、これが俺から出す、今回の問題だ」
比企谷先生が私にそう言ってくる。
「今回の問題はお前が解けなかった応用編、『読み手の考えを答える』問題だ。俺の出してきた問題に答えてきたお前なら絶対に解ける。任せたぞ」
そう、川崎さんの時に私は答えることができなかった。だからこそ、私は絶対に解いてみせる。彼の、彼女の、相模さんの問題を。
「ええ。絶対に解いてみせるわ」
あらゆる覚悟を決め、私は比企谷先生にそう返す。
「ああ。信じてる」
彼に『信じてる』と言われた。なら、私にはもう『解けない理由』がないわね。