やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
『今までの問題を解いてきたお前なら解ける』
その言葉の通り、私は彼が今までに出した問題を思い出した。
『本文から読み取る問題』
考えなさい。この問題文で私が気付いたこと、それはなに?
そう、まずは『手段』と『目的』についてだ。私はこれを履き違えていた。この解答を今回に当てはめて考えてみよう。
つまり、相模さんにとっては行方をくらますことは『目的』ではなく『手段』ということになる。
次の問題は『筆者の考えを答える問題』
この場合における筆者とは、言うなれば文化祭や文化祭実行委員会で起きた問題そのもの。そこから導き出せる考えとは簡単に言えば、『自身の失敗』だ。
つまり、その『自身の失敗』が彼女の必要とする何かと結びつくものなのだ。
次の問題は『自分の考えを答える問題』
この問題で私が気付いたこと、それは『1人の人間が欲しているのは味方』だということ。これを相模さんに当てはめて考えるとするなら、彼女の欲しているものは『味方』ということになる。
つまり、今の相模さんは1人であり、その『味方』を心の底で求めているというわけだ。
これらの考えを統合すれば、
『相模さんは自身の失敗に気付いてしまったがために、味方を求める目的として行方をくらますことを手段とした』
となる。
そして今回は『読み手の考えを答える問題』だ。更に思考を深める必要がある。
彼がこの問題で言ったことはなに?
『ならどうして魚が取れないか、答えはその池に魚が居ないからだ。だから魚の居場所を教えた』
そう言った。つまり、相模さんは『魚の取り方』を実行したが、『魚』は取れなかったというわけだ。
そう、そうだ。ならこの場合における魚は?
目的となる『味方』の存在ということになる。
いえ、違う。それでは問題と解答が合っていない。ということは、私はまだ何かを見落としている?
考えろ、考えなさい雪乃。
そうか、私は『筆者としての相模さん』を無視していた。
彼女が筆者として求めたものはなんだ?彼女の言ったことを、その全てを網羅しなさい。
『自身の成長に繋がる』『失敗したら怖い』
・・・っ!!そう、そういうこと。
今回における全ての解答の統合としては
『相模さんは自身の成長を望んでいるが、失敗をしてしまった。そして、失敗を怖がったが故に逃げ出すことを手段として、味方を求めた』
ということになる。
なら、彼女が居るのは人目に付かず、それで居て探し当てることができる場所。
彼女の思考を、女子の思考をトレースしなさい。こういった時、どういう場所へ行く?
そう、『仲間内で共有している場所』だ。つまり、彼女の友人ならそれが分かるかもしれない。
そう思い、由比ヶ浜さんに電話をかける。
「もしもし、雪ノ下よ。由比ヶ浜さん、あなたにやってもらいたいことがあるの」
*
「やっぱり、ここに居たのね」
「ゆ、きの、した、さん」
ここは特別棟の屋上。あの時、由比ヶ浜さんにお願いしたのは、相模さんの友人に自分たちの秘密の場所のようなものはないか、訊いてもらうことだった。そしてここを教えてもらい、案の定それが当たったというわけだ。
「相模さん、もうエンディングセレモニーが始まるわ。さぁ戻りましょう」
「・・・どうせ、私じゃなくてこの地域賞の結果が欲しいんでしょ?ならさっさとこれを持ってけばいいじゃん」
やはりそうくるわよね。
「いいえ、それではダメよ。私はあなたを連れ戻してくると多くの人と約束をしたのだから」
「そんなの、雪ノ下さんの都合じゃん!」
「ええそうよ。けれど、わたしはこの誓いを絶対に破らないと決めたの」
そうだ。どれだけ言われても私は私であることを貫く。
「・・・雪ノ下さんだって、ホントは私が委員長に向いてないってそう思ってんでしょ」
「確かに、そう思ってるわ」
私は虚言を吐かない。
「だったら!」
「けれど、委員長に『なれない』とは思ってないわ」
「は?」
「あなたは委員長に立候補した時、こう言ったわ。『自身の成長に繋げたい。自身を成長させたい』と。あの時の言葉は嘘なの?」
「そ、それは・・・」
「あなたは委員長として、責任者として間違ったことをしてしまった。けれど、それはやり直せるわ」
「な、にいって、んの」
「ある人が私に教えてくれたわ。『今は迷い、悩み、自分の決めた道を進め。後ろを振り返るのなんていつだってできるんだから』そう言った」
比企谷先生が私を救ってくれた言葉を借りる。
「そんなの、綺麗事だよ!」
「そうよ、綺麗事だわ。でも、それでも、私のことを想って言ってくれたという事実に変わりはない。だからこそ、この言葉は『優しさ』として受け入れることができるの」
「い、み、わかんない」
もうここしかない。ここで彼女の求めていたものを、『魚の居場所』を教えよう。
「相模さん、あなたが今欲しいのは『味方』ではなくて?」
「っ!!あんたに、あんたに私の何が分かる!?みんなから白い目で見られ、委員長失格と言われ、開会式でも失敗してみんなに笑われた私の何が分かる!?」
「分かるわよ」
「は?」
「私ね、昔イジめられていたの。だから惨めな気持ちは分かるわ。けれど、それは逃げ出していい理由にはならないの。あなたには、あなたには居るじゃない。あなたを探してくれる『味方』が、あなたを想ってくれる『味方』が」
私がそう言い終えると、屋上のドアから2人の女子が現れた。
「は、るか・・・ゆっこ」
「探したよ南」
「そうだよ」
そう、由比ヶ浜さんにお願いしたのは、あれだけではない。この2人をここに連れてきてもらうことだ。
「私が友人にお願いして、ここに来てもらうように言ったの」
「・・・」
「ほら、戻ろう」
「今、比企谷先生と雪ノ下さんのお姉さんが時間を稼いでくれてるんだよ」
彼女には『味方』が居ないわけではない。彼女がその『味方』を忘れていた、意識できていなかった。ただそれだけの話だったのだ。
「私はあなたを委員長に向いてないと言った。けれど、委員長になれないとは思ってないと言った。それはね、あなたがあの場で立候補をした。それだけでもう、あなたは少しずつ成長していると、そう思ったからよ」
相模さんは友人2人に抱きしめられ、泣いている。
「相模さん、あなたには『味方』が居るわ。なら、その『味方』と創りましょう、あなたの『世界』を」
「うち、うちは」
ようやく、あなたの本当の顔になったようね。
「相模さん」
「な、に?」
「あなたからの依頼を私はまだ達成できていなかったわ。だからここにもう一度あなたの依頼を受けると宣言するわ。『あなたのサポート』をすると」
*
「よくやったな、雪ノ下」
相模さんを体育館に連れ戻し、一番後ろで平塚先生と話をしている。
「ええ。彼が『信じてる』と、そう言ってくれましたから」
「・・・変わったな。お前も、比企谷も」
そう言うと、舞台の上に居る比企谷先生を見た。
「次の曲は俺がソロで歌います。独りを選び、そして誰かを求めた哀しく、強い想いの歌。聞いてください」
「THE OVER」
そう言って、先生は1人で歌い始めた。
「雪ノ下、よく聞いておけ。あの歌は比企谷の十八番で、アイツの心だ」
『嘘をついてまで1人になろうとする。私にはその言葉が深く刺さった』
歌い出し、その短い歌詞で私は彼の本当の想いを理解した。
「あの歌はな、本来は愛する人に向けて歌う愛の歌なんだ。だが比企谷はその想いすら自分に向けて、ただ1人で歌うんだよ」
『どんなことをしても、諦めてしまった人生の前では虚しいだけだ。誰よりも愛されたかった自分が、一人になるのは大切なあなたのため』
「自分にはそんな人は居ないと、それなのに、そんな人を求め続ける。いつだかアイツの言った『本物』というものに向けて」
『そんな自分を誰だって変えることが出来る』
「アイツはいつも独りで、そしてそうであることを良しとしていた。そんな自分に言っていたのさ、『自分を善とすることは悪だ。だから俺は、悪人そのものですよ』って」
私は比企谷先生のことを何も知らない。私の思う比企谷先生はいつも強く、自分というものがあり、道を示してくれる、優しい人だと思っていた。
けれど、本当は心にある弱さを隠し、それに甘えもせず、けれどそんな自分を好きになれない、そんな哀しい人だった。
「頃合いだろう。雪ノ下、君に少しだけだが比企谷八幡という男がどのようにして依頼を達成してきたのか、それを話そう」
平塚先生は歌が終わった後、私に話をした。
「言った通り、アイツはいつも独りだった。だから、どんな状況でさえ、真っ先に『自分』という手札を切った。どれだけヘイトを向けられようと、どれだけ悪意に晒されようと、アイツは自分一人が傷付くならそれでいいと、そういう考えを持っていた」
そ、そんなの、ただの
「『自己犠牲』じゃないですか」
人のために自分を真っ先に切る。そんなのはただの自己犠牲だ。
「そう言ったら、アイツは『これが最善で効率的なんですよ。だから自己犠牲だなんて呼ばせはしない』そう言ったよ」
それは前、私と彼が初めてあった日のことだ。彼は『最善だと思い込んだ欲にまみれた生き方だ』そう言った。その言葉の意味がようやく分かった。
「前に君は『比企谷は本当は優しい人なのでは』そう言ったな。ああそうさ、アイツは誰かのために自分を犠牲にできる、心の底から優しいヤツなんだよ。けれど、世界が彼には優しくないからな」
前に平塚先生と話したことだ。そういうことだったのね。
「昔話はここまでだ。さぁ君は持ち場に行きたまえ、ここからは君の仕事だろう」
「・・・はい」
*
文化祭終了後、私は1人で部室に居た。
『自分を真っ先に切っていたんだ』
もし私が、目の前でそれをしているところを見せられたら、きっと耐えられない。私の大切な人が傷付く姿なんて、見ていられない。
『自分一人が傷付くならそれでいいと思っていた』
そんなの、私が嫌。あなたが傷付くのを見て、傷付く人が居ることをあなたは知るべきだわ。
『アイツは独りだった』
ねぇ先生、私ではダメ?あなたの『味方』に私ではなれないの?
「やっぱりここに居たな」
部室に入ってきたのは、比企谷先生だった。
「比企谷、先生・・・」
「どうやら、お前は解答を導き出せたようだな。それを褒めに来たんだよ。よくやったな」
その言葉が嬉しかった。嬉しいのに、嬉しいはずなのに、どこか寂しさを感じてしまう。どこか、哀しさを思っていまう。
「ねぇ、比企谷先生」
「なんだ?」
「私ではあなたの『本物』にはなれないの?」
その時の先生の顔を私は、一生忘れないだろう。