やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
修学旅行2日目、由比ヶ浜さんと私は京都の街を散策していた。
そして、嵐山の竹林にやって来た。
「ここで告白とか、ロマンチックだよね」
「・・・そうね」
近くにあった案内板によると、夜になると道に置いてあるライトが竹を照らし、幻想的な世界ができあがるらしい。
確かに、告白にはうってつけの場所であり仕掛けだ。
けれど、今回は事情が事情なのでもしかしたら由比ヶ浜さんの、戸部くんの思い描く光景にはならないかもしれない。
「こんなところで、告白とかされたいな」
由比ヶ浜さんが呟く。
「ええ、とても共感できるわね」
そこで、イメージに出てきたのが誰であるかはこの際、言う必要はないだろう。
その後も、由比ヶ浜さんと2人で歩き回った。
「はいゆきのん!肉まん買ってきたよ!半分こしよ」
「ええ。ありがとう」
2人で1つのものを分け合う。分け合って食べる食事もいいものね。
「見て見てゆきのん!着物着てるよ!」
「綺麗ね」
着物を着る機会は何回かあったが、こうして京都で着ているところを見ると、街の雰囲気とあっており、とても絵になっていた。
「こうして来ると、京都っていいところなんだね」
「ええ、本当にそうね。とても、とても楽しいわ」
本心を言える。ただそれだけが、そんな普通のことが私には喜びであり、幸せだった。
「また来よっか」
「ええ。必ず」
だからどうか、この幸せが続きますように。
*
「雪ノ下さん」
ホテルに着いたとき、葉山くんに呼び止められた。
「なにかしら」
「少し話がある。来てくれないか?」
その顔はなにか、大切な話だと言っているようだった。
「・・・分かったわ」
「こんなことを本当は君に頼むべきではないんだろう。だがもう、俺にはどうしようもない」
ホテル近くの河川敷で葉山くんは話を始めた。
その口振り、あなたまさか!?
「戸部を止めてくれ」
「・・・海老名さんのこと、知っていたのね」
「・・・・・・ああ」
やはりそうだったのね。けれどどうして今更それを?それに海老名さんのことを知っているのなら、あなたが戸部くんを止めればいいじゃない。
しかし、それはこの男にはできないだろう。それも知っている。『みんなの葉山隼人』である限りそれはできない。
「そんなことで延命したとしても、それは上辺だけの偽物よ」
そうだ。そんな本心を隠し、ただみんなで居続けるだなんて、『偽物』でしかない。
「俺は、俺は今が楽しいんだ。守りたい関係があるんだ」
『守りたい関係がある』その言葉には私も思うところがある。私にも『守りたい関係がある』
「・・・貸しということにしとくわ」
「済まない」
「いいわ。けれど、必ず返してもらうわ」
「ああ」
もし、この依頼を達成できないということになってしまえば、『奉仕部』に必ず悪影響が出る。そうなると、私の守りたいものも守れない。
もうなりふり構ってはいられない。
私が今やるべきなのは『解決』でも『達成』でもない。
『解消』だ。
だからここで『鬼札』を切る。
「もしもし、雪ノ下よ。今日の夜、嵐山の竹林に来てもらえないかしら」
『私』という名の『鬼札』を。
*
夜、嵐山の竹林にみんなが集まる。それを私と由比ヶ浜さんは遠くから見ていた。
「大丈夫かな」
「・・・策ならあるわ。任せてもらえないかしら」
「う、うん」
言質は取ったわ。
戸部くんと海老名さんが、ライトアップされた竹林の真ん中を歩く。
始まるのね。
「お、おれ、え」
そこで私は歩きだし、叫んだ。
「比企谷先生!!居るなら出てきてちょうだい!!」
「「え?」」
戸部くんと海老名さんが不思議そうにこちらを見る。
「大声で名前を呼ぶなよ。それで、なんだこの状況」
比企谷先生が少し離れた所から出てきた。
「それより比企谷先生、話があるの」
もう、やるしかない。これしかない。
「なんだ?」
「あなたのことが好きです。私が卒業したら、お付き合いしてください」
そう。私は比企谷先生に告白をした。今、この状況、このタイミング、この瞬間、この時に。私は全身全霊をもって比企谷先生に想いを打ち明けた。
「・・・この際、告白の真偽はどうでもいい。だが雪ノ下、俺は教師でお前は生徒だ。だから俺はその告白に返事はできない。もしそれでも今返事が欲しいって言うなら、答えはノーだ」
やはり、振られちゃうわよね。けれど、今はこれでいい、これでいい・・・はず、なの、よ。
「そう、ね。私の想い、聞いてくれて、ありがとう」
「用件はそれだけらしいな。俺はホテルに戻る、お前らも集合時間には遅れるなよ」
そう言って、比企谷先生は元来た道を戻って行ってしまった。
私は海老名さんを見る。どうか、どうか気付いて。お願いだから!!
「あ、それでさ」
「凄かったね、さっきの雪ノ下さん。私、今は誰とも付き合うつもりは無いし、恋をするつもりもないから、なんか、綺麗だと思っちゃったな」
どうやら私の意図に気付いてくれたようだ。
「そ、そうだ、な」
「私はホテルに戻るから。また明日」
そう言って、海老名さんも戻っていってしまった。
「雪ノ下さん」
私に話しかけてきたのは、葉山くんだった。
「・・・なにかしら」
「まさか、君があんな行動に出るなんて、な。済まなかった」
頭を下げる葉山くん。
「謝罪なんていらないわ、私に失礼よ。それから、きちんと借りは返してもらう。忘れないで」
「・・・ああ」
「由比ヶ浜さん、とりあえず」
私はあのグループが全員居なくなるのを確認し、由比ヶ浜さんのところへ戻る。
「なんでゆきのん、あんなことしたの?」
「そ、それは」
言えるわけがない。言ってしまえば、当然海老名さんのことも話さなければならなくなる。そうなると、由比ヶ浜さんがグループに居づらくなってしまう。
「・・・そっか、言えないんだね」
「・・・」
悲しそうな顔をする由比ヶ浜さん。
「ゆきのんはさ、今まで色々な人を救って、スゴくカッコイイって思ってた。でもさ、でもさ、これは違うじゃん」
「ゆ、い、がは、ま、さん?」
「もっと、人の気持ち考えてよ!」
由比ヶ浜さんが涙ながらに叫んだその言葉は、明確な『拒絶』だった。
どう、して?私は、私の守りたいもののために、そのために。
「あ、あああ・・・あああああああああ!!!」
1人になってしまった私は、泣き出した。もう、もう抑えることができなかった。
「う、ううっ、ど、う、して、なの・・・どうしてなの、ゆい、が、はま、さん。う、ううう」
「よう、雪ノ下。奇遇だな」
私を呼ぶ声がした。その声は私が知っている、私の好きな人の、好きな声だった。
「どう、して、ひき、がや、せん、せい。もどった、はず、じゃ」
「どう考えても、あんな状況でお前が俺に告白するなんておかしいだろうが。となるとお前には、ああするしかない、いや、せざるを得ない状況にあったというわけだ」
本当に、どうして分かるのだろう。
「お前から戸部の依頼については聞いていた。だとすれば・・・海老名辺りなら何か言われたな。例えば『告白の阻止』や『現状維持』などか」
「そう、よ」
何もかも先生にはお見通しのようだった。
「だが、結果さえ見ればお前はその2つの依頼をどうにかしたと言える。ならどうして泣いている」
「そ、それは・・・ううっ」
さっきの由比ヶ浜さんのことを思い出してしまい、また涙が出てきた。
「・・・ここに居ない由比ヶ浜、だな」
「あ、あああ・・・」
「はぁ、なにがあったのか、どうしてこうなったのか、全部話せ。これは顧問命令だ」
そう言われ、私は嗚咽を漏らしながらも、戸部くんと海老名さんの依頼のこと話した。葉山くんから言われたことを話した。自身の手札が、『私』と『比企谷先生』だと気付いたことを話した。
由比ヶ浜さんのことを、話した。
「・・・雪ノ下」
拒絶されてしまうのだろうか。私は、好きな人にすらも拒絶されてしまうのだろうか。そう思うと、また涙が出てきた。
「よくやったな」
「・・・え?」
思っていた言葉とは違う言葉が聞こえた。
「確かにお前のやったことは『最善』なんかじゃない。けれど、それでも『最適』ではあった」
「う、ううっぅぅぅ」
私を認めてくれたことが嬉しくて、更に涙が出てきた。
「今は泣いておけ。あの告白が嘘か真かは知らねぇけど、自分を好きだと言ってくれた女の、それも生徒の涙くらい受け止めてやるよ」
「あ、あ・・・あああああああああ!!!!」
「もしもし、比企谷です。今、嵐山の竹林に雪ノ下といます。奉仕部絡みのことで、雪ノ下は今、精神の状態が不安定です。もう少しこちらに居る予定なので、お願いできますか?」
『・・・奉仕部絡み、か。分かった、集合時間に遅れても大丈夫なように他の先生方に話をしておく。君なら安心だ』
「すみません、平塚先生。お願いします」
『ああ。雪ノ下を、任せたぞ』
「ええ。もちろん」
ねぇ先生、『本物』ってなんなの?
この依頼の『解消』方法は『マジ告白による横槍』でした。