やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。   作:黒霧Rose

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2話 二代目は考える

 

『手段と目的を履き違えている』

 

 その言葉の意味を考える。そのためには今回の依頼をもう一度思い出す必要がある。

 

『お世話になった男性に手作りクッキーを渡す』

 

 この場合における『目的』とはなに?なら結論からアプローチをすればいい。

 

『手作りクッキーを渡す』

 

 ・・・そう、そういうことね。今回の依頼における『目的』はあくまで手作りクッキーを渡すことであって、美味しいクッキーを作るわけではない。

 

 そうだと言うならクッキーは?そう、『手段』だ。お世話になったということは感謝、または好意のようなものを抱いているということ。つまり、今回におけるクッキーの役割はあくまでそれらを伝えるための『手段』でしかない。

 

 

 だから先生は私に『手段と目的を履き違えている』と言ったのか。

 

 

 そうね、今回は私のミスだわ。

 

 

 *

 

 「由比ヶ浜さん」

 

 私は今考えたことを伝える。

 

 「な、なに?」

 

 「あなたは美味しいクッキーを作りたいの?」

 

 当たり前と言われれば当たり前の質問かもしれない。けれど今回のようなケースでは目的が多方面に向かっているため、最終目的地というもの、つまり優先度を確かめなければならない。これはそのための確認だ。

 

 「やっぱりあげるなら美味しい方がいいと思うんだ」

 

 「・・・そうね。ではもう一度やってみましょう」

 

 

 

 結論から言うと、クッキーもどきができただけだった。

 

 このまま努力をし続けて、依頼は、目的は達成できるのか?私の思考はそっちに切り替わっていた。こういう時、どうすればいいのかしら。もう一度、先生を呼ぶ?いえ、きっと彼は来ない。彼はあの時『教師にできるのはここまでだ』そう言った。だから来る確率は低いと考えていい。

 ならどうする?一度受けてしまった手前、今更断ることなんてできない。

 

 

 いや、待って。どうして私は彼の言葉をそのまま飲み込んだ?彼の発言にはもっとなにか別のことが隠されているはず。仮にも奉仕部の初代部長、それだけを伝えて帰るような人には思えない。

 

 考えなさい雪乃。彼の言葉を、その全てを網羅しなさい。

 

 

『お前は『目的』と『手段』を履き違えている。これが今回俺が教える魚の居場所だ。後は自分で考えろ、教師ができるのはここまでだ』

 

 

 なにか、なにかあるはずよ。今回の依頼におけるヒントが。

 

 ・・・なにかおかしい、この言葉のなにかが引っかかる。そう、そうよ。この言葉を魚の居場所とした場合それは少し合わない。完全に『魚の取り方を教えている』のよ。

 

 だとするなら彼の言う『魚の居場所』とはなに?思い出しなさい、彼が言った言葉を。

 

『なぜ美味しいクッキーにこだわる?』

 

 っ!!なるほどそういうことだったのね。

 

 

 「由比ヶ浜さん、思ったのだけれど無理に美味しいクッキーである必要はないわ」

 

 「え?どういうこと?」

 

 「さっき、比企谷先生は美味しいクッキーにこだわる理由を訊いた。それは裏を返せば美味しいクッキーである必要はないということではない?」

 

 「・・・あ」

 

 そう、彼は『なぜ美味しいクッキーにこだわる?』そう訊いた。つまり裏を返せば『美味しいクッキーである必要なくね?』そう言っているのとほぼ同義なのだ。だとするのなら、由比ヶ浜さんが作ったクッキーという残ったこの部分が大切ということになる。そう考えることができる。

 

 「先生に直接訊いてみましょう」

 

 そう言い、電話をかける。

 

『もしもし比企谷です。雪ノ下か?』

 

 「ええ、少し質問があるのだけれどいいかしら?」

 

『・・・ああ』

 

 「人から、それも異性からクッキーを貰う時に先生は味にこだわるかしら?」

 

『ようやくか・・・いや、人からの贈り物って部分が大切だから別に味はそこまで気にしない。食えればそれでいい』

 

 ようやくか・・・ね。

 

 「そう、ありがとう。由比ヶ浜さんに伝えておくわ」

 

『ん。じゃあな』

 

 そう言い先生は電話を切った。

 

 「由比ヶ浜さん、先生は味は気にしないらしいわ。人からの贈り物って部分が大切だからと言っていたわ」

 

 さっき先生から聞いたことを由比ヶ浜さんにも伝える。

 

 「そっか・・・ありがと雪ノ下さん。あたし、自分のやり方でやってみるね!」

 

 そう言った後、私と由比ヶ浜さんは家庭科室の片付けに入った。

 

 

 *

 

 翌日、私は部室で比企谷先生が来るのを待っていた。そう、昨日のことを確認するためだ。

 

 「うーす」

 

 「待っていたわ、昨日のことで訊きたいことがあるの」

 

 「そうくると思ってたよ」

 

 どうやら先生も私から質問されるのは予想済みだったらしい。

 

 「昨日のあなたの発言、どこまで計算通りだったの?」

 

 「全部だ」

 

 迷いなく彼はそう言った。つまり最初から私が気付くと信じて疑わなかったのだ。

 

 「俺は国語の教師だ。国語の問題の答えは全て本文に載っている、お前ならそれに気付くと思った。生徒に答えと解き方を教えるのが仕事なんでね」

 

 まさに教師らしい。ここで言うところの本文とは彼の発言全て。出題者は先生で解答者は私。私はまんまと彼に乗せられた、いえ期待されたのだ。

 

 「まぁでも、よくあのヒントだけで答えに辿り着いたと思うよ。どこで気付いた?」

 

 「最初に違和感を抱いたのは私自身についてかしら。あなたに言われた通り私は『目的』と『手段』を履き違えていた。そう言ったあなたの言葉をそのまま鵜呑みにした。そこが始まりね。そして次にあなたの発言の違和感、『魚の居場所を教えた』そう言ったのにあなたは『魚の取り方』を教えた。だから『魚の居場所』は別のところにあると、そう考えたわ。そしてあなたの『なぜ美味しいクッキーにこだわる?』という発言に辿り着いた。そこからはあなたの思ってる通りよ」

 

 「ブラボー、よくやった。ほとんどこっちの想定通りだ。これでようやくお前を二代目奉仕部部長と認めることができるな」

 

 「ど、どういうことかしら?」

 

 「あれに気付かなければ俺はお前を退部にしてたと言っている。依頼を達成できないやつは『奉仕部』にはいらない。そうだろ?」

 

 あ、危なかったわ。あの時の違和感を無視していたら私は今ここに居なかったのね。

 

 「ま、よくやったよホント」

 

 

 コンコン

 

 先生がそう言うと、部室のドアがノックされた。

 

 「失礼しまーす!ゆきのんと比企谷先生に昨日のお礼としてクッキーを持ってきました!」

 

 高めのテンションで現れたのは由比ヶ浜さんだった。

 

 「ごめんなさい、私いま食欲が」

 

 正直に言うと、昨日のあれを見てしまったが故に少々怯えてしまう。あれは決して人が食べるものではなかった。

 

 「お、由比ヶ浜か。俺にも?なんで?」

 

 「いやぁ〜、だって先生のおかげってとこもありましたし」

 

 「ま、そういうことなら受け取っておくよ」

 

 「う、うん。あ、ねぇゆきのんさ今どこでご飯食べてるの?お昼とか一緒に食べない!?」

 

 「私は部室で1人で食べるのが好きだから・・・というかゆきのんって?」

 

 「料理って楽しいんだね!あたしハマっちゃったよー」

 

 ダメよ。もっと上達してからハマりなさい。

 

 「・・・ふっ」

 

 え?比企谷先生が笑った?授業中や休み時間でも笑った姿を見たことがないとまで言われているあの先生が?

 

 「あ、先生が笑った!」

 

 「おいおい、俺だって笑う時は笑うよ」

 

 「私もてっきり笑わない人かと・・・」

 

 

 比企谷先生の笑顔・・・悪くないわね。なんだか優しい笑みだと、そう感じたわ。

 

 

 *

 

 比企谷先生が所用で席を外した後、平塚先生が来た。

 

 「失礼するよ」

 

 「どうかしたのですか?」

 

 そう尋ねると壁にもたれかかって私の方を見てくる。

 

 「君から見て、比企谷はどう映る?」

 

 正直、その質問が来るのではないかと思ってはいた。

 

 「そうですね、よく分からない思想や価値観を持っていてそれでいてなんだか食えない人、そう思います」

 

 「ふっ、教師を食えない人扱いするんじゃないよ。まぁ確かにその認識は間違ってはいない」

 

 けれど、と私は付け加える。

 

 「本当は優しい人なのでないか・・・そうも思えます」

 

 そう言うと、平塚先生は少し驚いたような顔をした。

 

 「どうしてそう思うのかね」

 

 「今日、先生の笑顔を見たんです。それがなんだか優しい笑みだったので」

 

 平塚先生はさっきよりも目を見開き、もたれかかっていた壁を離れて体ごとこちらに向いた。

 

 「比企谷が・・・笑った?そうか、珍しいな。私も二度しか見たことがないんだよ、彼が笑ったところは」

 

 「え?」

 

 「お察しの通り、彼は私の元教え子だ。一度目の笑顔はある生徒の問題を解決した時、二度目は卒業式の日だ」

 

 先生が二度しか見た事がない?あまりにもそれは少なすぎるのではないか?

 

 「そうだな。彼が優しいという認識は合っているよ。けれど世界が彼には優しくなかった、だから彼は誤解されやすい。まさか比企谷が笑うとは、君と会わせて本当によかったよ」

 

 平塚先生はきっと、卒業してからも比企谷先生のことが心配だったのだろう。そしてその心配が今、本当に少しだけ杞憂になったのだ。

 

 「・・・先生、気になることがあるのですが、いいですか?」

 

 さっきの先生の話を聞いて、私には気になるところがあった。

 

 「答えられる範囲なら」

 

 そう、それは

 

 「彼の一度目の笑顔、それは誰からの依頼を解決したときですか?」

 

 だった。平塚先生が二度しか見たことのない笑顔、その最初。私はそれが一体誰からの依頼だったのか、それが気になる。どうして依頼を解決して彼が笑うのか、どうしてそれが彼の笑顔に繋がったのか、それが知りたかった。

 

 「どんな内容かは言えないが、誰からは特別に教えてやろう。その時はまだ比企谷の後輩だった」

 

 そこで平塚先生は私をじっと見て、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「君の姉、雪ノ下陽乃だよ」

 

 

 

 

 

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