やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
「それで、その話を八幡先輩は受けたの?」
カフェテリアで、目の前に座る女性が訊いてくる。まぁアホ後輩だけど。
「いや、受けてねぇよ」
「そっか。まぁ、そうだと思ったけど」
『その話』
それは、昨日に遡る。
「それで、先生がよければ生徒会の顧問になってくれませんか?」
一色は俺にそう言った。
「・・・なんでだ?」
意味が分からない。いや、正確に言うならその質問に、そのお願いに意味があるのかが分からない。
「比企谷先生なら。そう思ったからです」
解答になっていない。だがまぁ言いたいことは分かる。要するに、俺に期待しているのだ。
「すまないが、それは不可能だ。俺は奉仕部の顧問で生徒会の顧問は平塚先生と決まっている。俺ではその決定を覆すことはできない」
配属が決まってから、そもそも採用されてから1年目の俺にはそんな力はない。
「本当に、それだけが理由ですか?」
一色はどこか疑うような視線を向けてくる。
流石だ。人を騙す側の人として、こちらの本当の気持ち、心の底にあるものは『違う』のだと勘づいている。
「確かにそれだけが理由じゃない。俺は、俺にはやらなければいけないことがある。その為にも、俺は奉仕部の顧問として居続けなきゃならない。だからその話には乗れない」
そう、俺にはやらなければいけないことがある。教師として、俺として、比企谷八幡として、そして、俺の『立場』として。
「・・・分かりました。無茶を言ってすみません。けれど、私は」
そこまで言い、一色は最大級のあざとさを発揮し
「絶対に先生に責任、とってもらいますからね」
そう言った。
「まぁ、奉仕部への依頼の内容を変えれば、もれなく俺が付いてくるかもな」
その顔が、その表情が、その声音が、その雰囲気が、そのあざとさが、アイツに似ていた。アイツと重なってしまった。アイツに重ねてしまった。
だから、俺は彼女を甘やかしてしまったのだろう。
せめてもの、『贖罪』として。
*
「八幡先輩はさ、奉仕部が大切?」
アホ後輩は俺に問いかけてくる。
「当然だ。俺にとっての最初で最後の居場所みたいなもんだからな」
今ならそう言える。こんなことを言うのも、こんなことを思うのも、実に俺らしくないがそう言える。そう言ってもいい、そんな気がする。
「・・・本当は、雪乃ちゃんが大切なんじゃないの?」
なんと言ったのだろうか。今、目の前に居るこの女はなんと言ったのか?
『雪乃ちゃんが大切?』
自分に響かせるかのように、その問いかけは何度も頭の中で再生される。
「・・・」
答えられない、応えられない。その質問に答えるだけの言葉を持ち合わせていない。その質問に応えるだけの想いを持ち合わせているのかが分からない。
「八幡先輩は、『奉仕部が大切』っていう気持ちがいつの間にか『雪ノ下雪乃が大切』っていう気持ちに変わっていってるんじゃないの?」
そう、なのだろうか?前に妹とそんな話をした気がするが、あの時俺はなんと答えただろうか?
「きっとそう。八幡先輩は雪乃ちゃんを見て、雪乃ちゃんを育て、雪乃ちゃんの決断を理解しようとして、いつの間にか雪乃ちゃんが大切だと思い始めた。思い始めていた」
「・・・」
「そして、比企谷八幡先輩が求めた『本物』という可能性を雪乃ちゃんに見出すようになってしまっていた。違う?」
その通りだ。持ち合わせていないなんて、そんなのは目を逸らしていただけだ。俺は、本当の意味で『雪ノ下雪乃』という少女にその可能性を、その存在を期待していたのだ。
「図星って顔してるね」
「・・・あ、ああ」
コイツのこんなにも真面目な顔を見たのはいつ以来だろうか?
「そして、その想いは『あの依頼』にも帰属している」
「っ!!!」
突然の言葉に驚きを隠せなかった。
「やっぱりね。あの時の『依頼』を八幡先輩は達成したけど、解決は出来なかった。そのことも含め、雪乃ちゃんに期待をしてしまった」
コイツの発する言葉の全てが突き刺さる。胸に、心に、自分に、なにか大切な場所に突き刺さる。
「そんなの、私も雪乃ちゃんも望んでないよ。そんなのが、『本物』なわけないじゃん。八幡先輩は、まだそこが変わってないんだね」
『変わってない』
そう、だ。俺はまだ『そこ』が変わっていない。本当に変わらない、変われない、変わることができない、出来なかった。
「八幡先輩」
「なん、だ?」
「『立場』を忘れないでね。そして、その上で、『私』と『雪乃ちゃん』を見て。そうじゃなきゃ、意味がなくなっちゃうよ」
この日、俺は『雪ノ下陽乃』という1人の後輩に、現実を突き付けられた。
*sideout
「生徒会長になりたいと思い、1年生では不安なのでそのお手伝いをしてください。お願いします」
翌日、奉仕部の部室に来た一色さんは開口一番、そう言った。
つまり、依頼の変更。
「あなたは、生徒会長になりたくなかったのでは?」
「そうなんですけど、ある人の話に乗せられたんですよ」
『ある人』そんなのが誰かなんて分かりきっている。一色さんの思いを変え、一色さんを説得し、まるで『魚の居場所』を教えたかのようにこの結論へ導ける人物。
間違いなく、比企谷先生だ。
「・・・そう。分かったわ。依頼の変更を了承します」
私にはそう答えるしかない。だって、分かってしまったから。理解してしまったから。彼の意図に、彼の考えに、彼が何を想い、こうしたのか。
それは、私の、私たちの『居場所』を守るためだと。
もし、私が由比ヶ浜さんのどちらか、もしくは両方が生徒会選挙に出て当選をしてしまえば、実質的にこの『奉仕部』は無くなる。私たちのどちらかが欠けるというのは、今の私にとってはそれと同義だ。
それを知って、先生は守ってくれたのだ。そして、時間をくれたのだ。
「まぁ、私としては比企谷先生にお願いをしたいんですけどねー」
一色さんはそう言う。きっと、彼の持つ人柄が彼女の意識を少しずつだが変えたのだろう。
『教わった取り方1つじゃ、生きていけない。どうするかは自分で決めるんだよ』
彼の活動理念だ。その言葉の本当の意味が少し、分かった。
「いろはちゃんがそれでいいなら、あたしもそれでいいよ。これからよろしくね」
由比ヶ浜さんはそう答えた。
「はい!よろしくです!」
ありがとう、比企谷先生。必ず、取り戻してみせるから。
*???side
『それで、どうですか?』
「彼女は確かに変わりました。けれど、最近部員と仲違いを起こしてしまいました」
『・・・そう。それで、あなたはどうするおつもりですか?』
「俺としては、必ずどうにかしたいと思ってます」
『そうね。それがあの日交わした、あなたとの条件ですから』
「はい。分かっています」
『・・・ふふっ。あなたが陽乃を迎えに来るのはいつになるのかしらね?期限の日になってしまうのかしら?』
「そうならないようにします。必ず、彼女を救います」
『ええ。よろしく頼みます。あなたならと信じて、雪乃を任せたのですから』
「ええ」
『あなたの立場を忘れないでくださいね。それでは、また』
「失礼します」