やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
『クリスマス』
最近はどこもかしこもその話題で持ち切りだ。
やれ恋人が、やれ記念日が、やれパーティーが。そんな感じで周りの話は聞こえてくる。
私からしてみれば、イエス・キリストの誕生日という程度の認識でしかないのでさほど興味はない。
いや、なかった。
なぜ過去形なのか?そう問われれば私はこう答えよう。
『一色会長がクリスマスイベントを手伝って欲しいと依頼してきたから』
と。
*
あの後、一色さんは生徒会長になることが決定した。そして、私たち奉仕部は『生徒会長、一色いろはのサポートをする』という依頼を承った。
そして、今回持ってこられた依頼はクリスマスイベントを手伝って欲しいというものだった。
今日、由比ヶ浜さんは三浦さんたちの方に行っている。
「それでぇー、やばいんですよぉ〜。比企谷先生、助けてくださぁい」
猫なで声とはこういう声のことを言うのだろう・・・猫。
「うーぜぇー。そーいうのはまず自分でやれ。んで、手伝いを頼むのなら奉仕部にしてくれ。俺はあくまでおまけだ。」
訂正、正確には一色さんは『比企谷先生』に依頼をしている。と言うよりも、お願いをしている。
「・・・いやぁ、その、自分でやってみようとはしたんですよ?ただ、ちょっと・・・」
どこか歯切れの悪い一色さん。
「一色さん。とりあえず、話してみてはくれないかしら?」
彼女の様子に疑問を抱き、私は一色さんの話を聞いてみることにする。
「まぁ、なんというか、このイベントってそもそも海浜総合高校と合同でやるんですよ。それで、向こうの生徒会との会議が上手くいかず・・・」
会議が上手くいかない。それはつまり、コミュニケーション不足ということかしら?
いえ、その結論を出すには早すぎるわね。一色さんの性格を、正確に、精確に考えてみれば、彼女がコミュニケーションを取れない側の人間とは考えられない。
そうなると、一色さんの方になにかがあるのではなく、向こう側にこそ問題の重点があるということ?
「向こう側になにか問題があるのかしら?」
「は、はい。カタカナばっかりで何を言ってるのか分からないんです」
カタカナ?つまりは横文字ということよね。
「横文字くらい、理解出来てるのではなくて?」
「違うんですよ。なんというか、ビジネス用語?みたいなのを延々と、というか永遠と話してるんですよ」
どこか疲れたような顔をしながら言う。
「俺たちがギブアンドテイクの関係を結び、そこからシナジー効果を生み出したうえで、ディスカッションを進めていこう。アウトソーシングも視野に入れ、ビジョンを広げていこうか。・・・こんな感じか?」
「うわぁ。比企谷先生キモ・・・はい、そんな感じです。ていうかそのものです。見てたんですか?・・・ハッ!?まさか私のことはずっと見ているから安心して仕事をしてくれという遠回しな告白ですか!?卒業してから清い交際をしたいのでもう少し待っていてくださいごめんなさい」
「長ぇよ。てかなんで俺は振られてんだよ。あと、キモいとか言うなよ」
あの、比企谷先生?どちらかと言うとさっきのは振られているというより、遠回しにオーケーをされているような気がするのですが?
わた、私だって比企谷先生に告白をしたというのに・・・
「まぁいいわ。とりあえず、その会議に私も参加させてくれないかしら?」
このままごちゃごちゃ考えても仕方のないことなので話を進めることにする。
現場の現状を知らないことには、手伝いようがない。ということで、私はその会議とやらに参加することを決めた。
由比ヶ浜さんには、話さなかった。
*
結論から言おう、酷かった。
もう酷すぎて嫌になってしまった。あれは会議という名の遊び。
そう、『お遊戯』でしかない。
覚えたての言葉を使って、自分たちがやっているのだという自己陶酔に果てているだけ。自己満足という言葉ですら生ぬるいほどのぬるま湯だ。
不愉快で仕方がない。
しかし、あの場で私が直接口を挟むのは一色さんのためにならない。それでは活動理念から外れてしまう。
「雪ノ下先輩。私、どうしたらいいんですか?」
会議後、帰り道で一色さんが私に訊いてくる。不安なのだろう。会議が、イベントが、自分の状況が、なにより自分自身のことが。
「・・・分からないわ。私はどうすればいいのかしら」
分からない。どう動くのが正解なのか。
「私もですよ。はぁ」
夜だからだろうか?自分の気分も暗くなっていく。一色さんの気分も暗くなっていく。
こういう時、私はどうしていた?何を、考えていた?
『今は迷ってもいい。それは前に進もうとしている証拠だ。今くらいは前向いて自分の道を進め。後ろを振り返るのなんて、いつでもできるんだから』
そう、ね。
比企谷先生がくれた言葉。私を救ってくれたあの『言葉』、彼の優しさ。忘れていた、忘れ去っていた。
そうだ。私は1人じゃない。
「一色さん。もう1人、協力者を呼びましょう」
*
「由比ヶ浜さん、お願いがあるの」
翌日の放課後、私は由比ヶ浜さんを頼ることにした。
「ゆきのん・・・なに?」
そう。今の私と彼女との間には溝ができてしまっている。
「この後、一色さんと私と一緒に来て欲しいところがあるの」
「どこ?」
「今、一色さんから依頼が来ているの」
そう言って、私は彼女からの依頼のこと、会議のこと、現状のこと、一色さん自身のことを話した。
「お願い、あなたの力が必要なの」
そう言って私は頭を下げる。
事実として、私には由比ヶ浜さんの力が必要だ。コミュニケーション問題となると私では至らない点が多い。そして、あの場における『空気』や『感情』それらは私では読むことができない。
けれど、由比ヶ浜さんならそれができる。彼女はそういったものに敏感だ。だからこそ、今回は由比ヶ浜さんの力が必要なのだ。
「・・・分かった。そのコミュニティセンターってとこに行けばいいんだね」
「え、ええ。ありがとう」
でも本当は違う。心の中で、心の奥底では『きっかけ』程度にしか考えていない。由比ヶ浜さんと話せる、由比ヶ浜さんに近づけるだけの、そんな私利私欲で今回のことを見ている。
そんな『弱さ』が今は、たまらなく気持ち悪かった。
*
「それで、どうして先生が?」
コミュニティセンターに着くと、比企谷先生と一色さんが居た。
「一色に呼ばれたんだよ。とりあえずは様子見だけしにきた」
「雪ノ下先輩が協力者を呼ぶと言っていたので、私も呼んできました!」
そう言って、ふふんと言いながら腰に手を当てる一色さん。
「あら、彼は私の『切り札』なのだけれど?」
「ええ〜。先生、私に乗り換えますかぁ?」
「あ?俺は俺だから知らん。あと雪ノ下、そのことについては人に言わないように」
「あ、あはは・・・。とりあえず、中に行こっか」
由比ヶ浜さんの言葉で、全員の意識が変わった。
「そうね」
「ですね」
そう言ってから、私は比企谷先生を見る。
そうすると、先生は
「・・・」
どこか難しい顔をして、考えごとをしていた。
「雪ノ下、お前が自分でやるしかないんだ。そして・・・」
その言葉を私が聞くことはなかった。