やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
由比ヶ浜さんと比企谷先生を連れ、会議へと臨んだ。
しかし、それでも何一つ変わらず、何一つ進展はなかった。
「あたし、駄目だったよ。ごめんね、ゆきのん」
そう言う由比ヶ浜さんの顔はもう見ていられないほどに歪んでいた。
期待をしていた。『彼女なら、由比ヶ浜さんなら』そう期待していた。身勝手にも、私は押し付けてしまっていたのだ。そんな自分が本当に嫌になる。
「想像以上だな」
比企谷先生はそう評した。
「もう、どうすればいいんですか?」
一色さんは涙目になり、顔を俯かせていた。
「・・・」
私にはもう、何も言えなかった。
*
会議が終わり、私は1人で帰り道を歩いていた。今の私に必要なのはクールダウンだと思ったからだ。
進展しない会議、進行しない自分に対する懐疑。自信などとうになく、自身などとうに分からなくなっていた。
「雪ノ下じゃないか」
突然名前を呼ばれ、振り向くと
「こんな時間にどうした?」
平塚先生が居た。
「ほれ、とりあえずコーヒーだ。お金はいらないさ」
「あ、ありがとうございます」
平塚先生の車で、海の見えるところまでやって来た。
「どうかね、最近は」
そう訊かれる。平塚先生はなんだかんだでお世話になっており、奉仕部の元顧問だ。話してもいいだろう。
「駄目ですね。なにもかも一向に進む気配を感じません」
「ほう。それは何故だと思う?」
「きっと、失敗をするのが怖いんだと思います。誰かが具体案を出して、それを実行して、失敗をしたら。そんなことばかりを考えていて、誰も進ませようとしない。誰が責任者なのか、それを決めなかった時点でもう、この結果は見えていたのかもしれません」
考えていたことを素直に話した。
これは、そう。文化祭の時とほとんど同じだ。失敗を恐れるばかりで進もうとしなかった、否、進ませようとしなかった。だから人を頼り、人に甘え、人任せにしようとしてしまう。
「よく見ているよ。流石、比企谷に仕込まれているだけのことはある。けれど、君は人の『感情』を読めていない」
「恐怖という感情があると言ったはずですが?」
「君の言うところの恐怖とは『感情』からくるものではない、『思考』からくる『恐怖』だよ」
「どういうこと、ですか?」
意味が分からない。恐怖とは感情のはずだ。それなのに、『思考』からくるとはどういうことなのだろうか?
「答えは君が見つけ出すものさ。けれど、そうだな・・・もしかしたら人の『感情』なんて本当の意味で理解できる日なんて来ないのかもしれない」
「なら」
「けれど、それは『理解しようとしない理由』にはならないさ。できないと、分からないものだと知っているから何もしない。そんなことが正解のはずがないさ。君と、由比ヶ浜のことも然りだ」
いきなり由比ヶ浜さんの名前が出てきて、私は目を逸らしてしまう。
「どうして、由比ヶ浜さんが出てくるんですか?」
「私としては最初からそっちを訊いたつもりさ」
「・・・」
「それに、君はさっき『結果は見えていたのかもしれない』そう言ったな?」
「はい」
「その認識も違うよ。まだ結果じゃない、まだ過程の段階にいるんだよ。少なくとも君たちはそうだ。もちろん、比企谷を含めてな」
「比企谷先生も含めて?」
どうしてこのタイミングで比企谷先生が出てくるのだろうか?それに、過程の段階にいる?
「比企谷もまだ過程の段階にいるんだよ。彼にも『味方』が居ると、そう教えてやれなかったんだ、私は」
それは、私が知ったこと。
『1人の人間ってのは、味方を求めているものだ』
比企谷先生が教えてくれたことだった。
「本当は、あいつに歩み寄ってくれる人間は誰でもいいんだ。けれど、私はそれが雪ノ下、君だったらと思っているんだ。少なくとも、私ではなかったからな」
そう言って微笑む先生は、どこか悲しく、哀しく、寂しさを感じさせるものだった。
「・・・今の私にその資格があるのか、分かりません」
こんな状態の私に、彼に歩み寄る資格があるのだろうか?その権利があるというのだろうか?
「今が全てというわけではない。明日があり、来週があり、来月があり、来年があり、未来がある。けれど、『今しかできないこともある』今なんだ、今なんだよ雪ノ下。今の君が、やるしかないこともあるんだ」
「・・・」
「さっきも言ったが、人の感情なんて理解しきれるものではない。それができているのなら、とっくに電脳化されている。でも、それができていない。だから、理解しようとするしかないんだ。そうでなきゃ」
「『本物』ではない」
その言葉は、比企谷先生が言っていたあの『言葉』だった。
「今は迷え。迷って、彷徨って、歩き続けて、疲れ果てて、それでいいんだ。そうして君が切り拓いた道は決して君を裏切らない。だから、君だけの『本物』を、今は探しなさい」
私の出会った先生はどうしてこうもかっこよく、真っ直ぐで、綺麗なのだろうか。何度、私は救われるのだろうか。
何度、私は幸せを感じるのだろうか。
「ありがとうございます」
「何かを見つけたんだな。それでいい」
そうして私は『本物』を見つける決意を固めた。
*
翌日の放課後、私はある人と話をすることにしていた。
「ゆきのん・・・あたし、もう」
「由比ヶ浜さん、話があるの」
そう、由比ヶ浜さんだ。
「私には、あなたの力が必要なの。だから、これからもお願いしたいの」
「もう、もう無理だよ。あたしだって、辛いよ」
「けれど、私たちがやらなければ何も」
「あたしは!!あたしは、怖いよ。またゆきのんが1人で何かしちゃうんじゃないのかって。それなのに、あたしにはなにもできなくて、力になれなくて、もう、もう嫌なんだよ!!」
「っ!!」
突然の由比ヶ浜さんの大声に驚いてしまった。
「修学旅行の時、どうしてゆきのんはあんなことしたの?」
「そ、それは」
言えない。言えば、由比ヶ浜さんはグループに居づらくなってしまう。
「あたし、ずっと考えてた。もしかしたら、何か理由があるんじゃないかって。話して、くれないの?」
「・・・」
「・・・分かった。話せないことだっていうのは分かった。でも、でも、あたし、それじゃあ・・・なんのために居るのか、分かんないじゃん」
「そんなわけないでしょう!!私はあなたに救われた。あなたの明るさが、あなたのその優しさが、私に教えてくれた。私に、人の暖かさを教えてくれた。だから、だから、そんなこと言わないで!」
「・・・ゆき、のん」
「由比ヶ浜さんのこと、私は何も知らない。由比ヶ浜さんのこと、なにも理解できてない。身勝手だって、自己陶酔だって分かってる・・・醜くて、おぞましいただの欲望だって分かってる。けれど、けれど、それでも、それでも私は」
「あなたと『本物』になりたいの」
その言葉は私の心からの叫びだった。
私の、『本物』の感情だった。
「分かんない、分かんないよ!!」
そう言って、由比ヶ浜さんは部室から飛び出す。
おい、かけないと。追いかけないと!!
そう思い、私は部室を飛び出す。
「雪ノ下先輩!」
途中、一色さんに声をかけられた。
「ごめんなさい、今あなたと」
「話を聞いてください!由比ヶ浜先輩なら向こうの方に行きました!」
「・・・ありがとう」
それを聞き、私は一色さんが示した方向へと走っていった。
「みつ、けたわ」
「ゆき、のん」
渡り廊下、そこに由比ヶ浜さんは立っていた。
「わたし、わたしは・・・」
「ごめんね。あたし、ようやく分かったんだ」
「え?」
優しい由比ヶ浜さんのその口調に力が抜けてしまう。
「どうしてこんなにもぐちゃぐちゃになっていたのか。それってさ、あたしが、ゆきのんを大切に想っていたからなんだって。だから、置いてけぼりにされたことが嫌で、何も知らないことが悔しくて、だからあたしがこんなんになってたんだって」
「・・・ゆい、がはまさん」
「修学旅行の時、『人の気持ち考えて』あたしは、そう言ったよね。でも、本当に考えていなかったのはあたしの方だった。ごめんね」
「そんなこと・・・」
「・・・ねぇゆきのん、『本物』ってなんだろうね」
その問いは、私も何度もしてきた。けれど、その答えを見つけることはできなかった。
「・・・分からないわ」
「あたしにも、分からない。だからさ、あたしと探そう。ううん、違う。あたしと、ゆきのんと、比企谷先生と、3人で探そ」
そう言う由比ヶ浜さんの顔は涙で濡れていて、目を赤く腫らしていて、それでいて、優しかった。
「・・・ええ。そうね」
「うん」
この日、私は『本物』の在処を知った。