やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。   作:黒霧Rose

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21話 二代目は『真実』へと歩む

「一色さん、あなたが自分の言いたいことを言わなければいけない。もう分かっているのでしょう?」

 

会議に向かう道中で、私は一色さんに言った。

 

「あなたが自分で言わなければいけないことがある。そうでなければ、あなたはこの『偽物』に縛られたままよ」

 

それは、私に、私自身にも言えたことだった。あの欺瞞に満ちた日々を過ごし、その『偽物』に甘えていた自分への言葉だった。

 

「・・・私にできるでしょうか」

 

小さく、一色さんは呟いた。不安と自信の無さがそこにはあった。

 

それでも、そうだったとしても、やらなければならないことがある。言わなければ伝わらないし、言おうとしなければ言葉にならないこともある。

 

だから

 

「できるわ。生徒会長になるという一歩を踏み出したあなたなら、きっと」

 

私は背中を押すのだ。

 

 

 

「さて、それでは今日のディスカッションを」

 

私たちが部屋に入るなり、いつものビジネス用語が並べられていく。相変わらず、相も変わらずだ。

 

「あの!!」

 

一色さんは声を出す。大きな声を、今まで聞いたことの無いような、そんな声を。

 

「ん?どうしたんだい?」

 

「なにも決まってません!なにも、決まってません。今日までの話し合いの中で、私たちはなにも『決められていません』」

 

その言葉に、総武高校の生徒会を含む全員が一色さんの方を向く。

 

「私は勘違いしてました。こうやって話し合いをしているから進んでいるのだ、なにかが決まっているのだ、私たちは踏み出せているのだ。そう思ってました。けれど、けれど、違いました。私たちは進んでなんていません。踏み出したとしてもそこで足踏みをしているだけ、何も変わらずただ『その気』になっているだけでした」

 

涙目になりながらも一色さんは言葉を紡いでいく。

 

「私は、私はそんなの嫌です!!こんなの、こんなのは『本物』じゃありません。これ以上・・・」

 

そして、伏し目がちだったその顔を上げ

 

「私の、私たちの時間を殺すようなことはやめましょう」

 

そう言った。

 

これが、これこそが、一色さんの覚悟なのだ。生徒会長が、一色いろはが自ら決めた覚悟であり、自らが決めた道なのだ。

 

 

 

 

 

自らが欲していた『本物』なのだ。

 

 

 

 

 

 

その後、会議は一色さんを中心に進んだ。大きくなり過ぎた規模を埋めるために総武高校と海浜総合高校は別々の出し物をするということで話がついた。

 

「あ、雪乃」

 

懐かしい声だ。私を呼ぶその声を私は知っている。

 

「あら、留美さんじゃない」

 

鶴見留美。千葉村で私と友達になった小学生だ。

 

「あなたも来ていたのね」

 

「うん」

 

今回、小学生が来てくださった方々にケーキを配るというイベントも企画されている。

 

「その、」

 

「大丈夫だよ、雪乃。雪乃のおかげで私はまたみんなと仲良くできてるよ。だから、心配しないで」

 

暖かな、優しい笑みでそう話してくれる。

 

よかったと、心からそう思った。

 

「そう。よかったわ」

 

だから私も、自然と笑みが浮かんだのだろう。

 

「そういえば、八幡先生は?」

 

「比企谷先生はもう少ししたら来るわよ」

 

今日は比企谷先生も来てくれる。

 

 

 

 

 

 

けれど、私は知らなかった。それが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「一色、よくやったな」

 

到着した比企谷先生が一色さんと話していた。

 

「はい!!雪ノ下・・・雪乃先輩が私の背中を押してくれたからです!!」

 

「そうか」

 

私のことを雪乃先輩と呼ぶ一色さん。なんだか嬉しい。心が暖かくなってしまう。

 

「まぁ頑張ってくれ。ちゃんと見てるからよ」

 

そう言う比企谷先生。

 

「ま、まさかそれは・・・プロポーズですか!?いやいやいやいやいやいやいやいや私はまだ高校生ですし、比企谷先生は先生ですしそんなの、まだ心の準備っていうか倫理的にっていうか、ごめんなさいできれば私が卒業してからにしてくださいごめんなさい」

 

「早口だし何言ってるか分からんし、なんでごめんなさいが2回も出てきてるんだよ。あとなんで俺は振られてるんだよ」

 

また一色さんとそれをやってるのね。もはやお家芸みたいじゃない。あと比企谷先生、振られてませんよ?

 

「と、とりあえず、行ってきます!」

 

敬礼をする一色さん。なんてあざといのかしら。

 

「おう」

 

 

 

「ちゃんと来てくれたのね」

 

1人になった比企谷先生に話をしにいく。

 

「まぁな。最後まで面倒見るのが教師の役目だからな」

 

なんだかんだ仕事をきちんとこなすのよね。

 

「その顔」

 

「?」

 

私の顔に何か付いているのかしら。

 

「由比ヶ浜と何かあったんだな。多分、いい方に」

 

「・・・分かってしまうもの、なのね」

 

「まぁな。それに、一色のやつの背中を押したんだってな」

 

「ええ」

 

「本当に、よくやった」

 

「・・・ふふ。ありがとう、比企谷先生」

 

私はお礼を言った。褒めてくれたから?違う。私を認めてくれたから?違う。私を見てくれたから?違う。

 

私に教えてくれたからだ。私に、『本物』を教えてくれたから。

 

「なんでお礼?」

 

それが分からなかったのだろう、先生が訊いてくる。

 

「なんでもよ」

 

つい笑みがこぼれてしまう。

 

 

 

 

 

 

「・・・なぁ雪ノ下」

 

「なにかしら?」

 

比企谷先生が、あの文化祭の時以来の真剣な顔で私の方を向く。

 

「今、『幸せ』か?」

 

「・・・え?」

 

唐突にそんなことを訊かれ、つい聞き返してしまう。

 

「今、雪ノ下は『幸せ』だと。そう感じるか?」

 

 

 

私は、思い返す。

 

始まりは今年の4月、比企谷先生が奉仕部の顧問となったことだ。そこから、様々なことがあった。部員が増え、友達ができ、少ないけれど人を救えるようになり、時に仲違いをしてしまうこともあったがそれも乗り越えた。後輩もできた。

 

 

 

そして、恋を知った。

 

 

 

 

『本物』を知った。

 

 

 

 

あなたを、比企谷八幡という人を知った。

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

「そう、ね。大変なことも辛いこともたくさんあった。けれど、今は、今の私ならきっとこう言える。『幸せ』だと」

 

 

 

 

それが嘘偽りのない、私の気持ち。本当の、心からの気持ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう・・・か。ほんとうに、よかった。ありがとう・・・そして、さようならだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の言葉はよく聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスイベントが終わり、今日も私は部室へと行く。奉仕部の部室へ行けば、由比ヶ浜さんと、何故か最近よく居るようになった一色さんと、そして比企谷先生がいる。

 

部室に着くと、中に居たのは平塚先生だけだった。

 

「平塚先生だけですか?」

 

私は平塚先生に話しかける。

 

「ああ。今日は雪ノ下、君に話があるんだ。だから由比ヶ浜の方には済まないが今日の部活は無しだと連絡をさせてもらったよ」

 

「話・・・ですか」

 

一体なんの話だろう。全く心当たりがない。クリスマスイベントのことだろうか?

 

「やはり、その様子だと知らないようだな」

 

「一体、なんのことですか?」

 

そう尋ねると、平塚先生は顔を悔しそうにしながら私の方を向いた。

 

「よく聞いてくれ、これは嘘でも、冗談でもない。本当のことだ」

 

「・・・」

 

その様子から、私はなにか嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷が、冬休み前を以て、退職することになった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その知らせは、容易に私の心を壊した。




次回より、オリジナル編です。

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