やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
「比企谷八幡。私が顧問をしている奉仕部の部長・・・ここまでは知っているな」
生徒指導室で私は静ちゃんと話をしている。話題はそう、『比企谷八幡』についてである。
「静ちゃんが奉仕部の顧問ってとこ以外はね」
静ちゃんが顧問だったのか。ということは、やっぱり私のアプローチに間違いはなかったのね。
「まぁ、そこはいいだろう。それで・・・だ。1つ、陽乃に質問をしよう」
「ん?いいよ」
一体どんな質問なんだろう。少しワクワクしてしまう。
「例えば、君に一番の親友が居たとしよう。その親友が苛めを受けていると知ったら、君はどうするかね」
「・・・前提からぶち壊すような回答なら『私の親友にそんなことはさせない』かな。でも、そういう答えじゃないでしょ?」
それに、もし前提をぶち壊すというのなら、『そもそも私に親友などいない』が正解になる。
「当たり前だ。それは陽乃だからできることだろう。そうではない君の答えが聞きたいのだよ」
「じゃあ・・・多分、『止める』んだろうね。助けるかもしれない。それが私の答え」
「いい答えだな・・・では、どう止めるのかね」
「うーーん。これに関しては、やっぱり『潰す』と思うよ」
実際それが早い。それに、私ならそれができるのだ。利用できるものは利用しないと勿体ないではないか。
「まぁ、君ならそうするのだろうな」
静ちゃんはどこか納得したように頷く。
「で、この質問に何か意味があるの?」
「本題はここからだ。さて、さっきの例題だが、実を言うと君が入学してくる前に実際にあった問題なんだよ」
「生徒間の?」
「そう。ここまで話せば分かるだろう?」
なるほど、そういうことね。
「その問題を比企谷先輩が解決した・・・そういうこと?」
「おおよそ合っているが、肝心なところが違う。正確には『解消』したんだよ」
『解消』?人の悩みに関して、解決することはあれど『解消』をするなんて、他人ができるものなのか?
「これから話すこともまた、実際に比企谷がとった行動だ」
「うん。聞かせて」
そう言うと、静ちゃんの顔色はどんどんと悪くなっていき、今まで見たことがないような、どこか後悔を抱えているような、そんな顔になっていた。
「比企谷はな、苛めを受けている生徒に告白をしたんだよ」
「え?告白?」
いきなり予想していなかったような単語が出てしまい、つい聞き返してしまった。
「まぁ黙って聞け。そして、比企谷はその子に振られた。その後、『どうして俺を振るんだ?俺は一目惚れして、こんなにも君のことを好きになったのに!ふざけるな!ふざけるな!』と目の前で叫んだのさ」
「・・・」
「それからというもの、その子の苛めはピタリと止んだ。そして・・・」
「苛めの対象はいつからか、比企谷になっていたんだ」
「それって」
「ああ。君の思っている通り、比企谷の狙い通りの結末になった。それだけなんだよ」
「つまり、比企谷先輩は苛められている子に告白し、わざと彼女を責め立てるようなことをして周りの同情と、自らの異常に注目させ、苛めの対象を移したって・・・そういうことなの!?」
「・・・その通りなんだよ」
あ、ありえない。人のために、今まで知りもしない、話したことすらもない、そんな他人のために、どうしてそんなことができるの?どうしてそこまでできるの?
「そんなの・・・ただの」
「『自己犠牲』か?」
「・・・そう」
「比企谷はそれを否定する。アイツは『これが最善で効率的なんですよ。だから自己犠牲なんかではない』そう言うさ」
正直、私はどこか彼を嘗めていた。けれど、そうではなかった。彼は、比企谷八幡という人は、どこまでも優しく、そして、どこまでも独りなんだ。
「私」
「ん?」
「私、比企谷先輩と放課後の時間を過ごそうと思う」
「陽乃・・・お前」
彼を知りたい、彼のことを知らなくてはいけない。私の『仮面』を見破り、私の『本質』を垣間見ながらも、自然体でいた彼。彼なら、もしかしたら私の望む『なにか』になってくれるのかもしれない。いや、それなのかもしれない。
「聞かせてくれてありがとう。じゃあ、また明日ね」
そう言い残し、私は生徒指導室をあとにした。
「陽乃・・・君と比企谷は本来、交わってはいけないんだ。君の『弱さ』は比企谷の『強さ』とは相性が悪すぎる」
その静ちゃんの呟きを私が聞くことは、これから先もずっとなかった。
*
「こんにちは、比企谷先輩」
静ちゃんと話をした翌日の放課後、私は奉仕部の部室に来ていた。
「・・・雪ノ下・・・か。昨日の依頼の件か?」
「違うよ。ただ、比企谷先輩と話してみたいなーって思って来たの」
やはりまずは会話をしなければ。そうでなければ、何も分からないままなのだ。
「話すことなんかない」
比企谷先輩はそう返すだけ。
「えーつまんないー」
私はわざとらしく、そんな態度をとってみる。
「うーぜぇー。それ止めてくんないかね」
「私の素なんで分かりませーん」
「はぁ・・・」
どこか疲れた顔をする比企谷先輩。
「こんな美少女の後輩と放課後の時間を過ごせるんだよ?」
「だからなんだってんだよ・・・」
全く失礼してしまう。
「なぁ雪ノ下、お前、クラスというか学校では上の立ち位置に居るんだろう?」
比企谷先輩の方から話を振ってくれたと思ったら、そんなことを言ってきた。
「まぁ、そうかなー」
「だったらここに来るのは止めておけ。依頼の連絡ならまた前のようにメールで送ってくれればいい」
「・・・それって、比企谷先輩の噂があるから?」
「分かってるじゃねぇか」
やっぱり、比企谷先輩はそう言うんだね。
「優しいんだね」
だから、私は素直にそう言った。
「でも、その優しさは『自尊心』の低さからくるものだよね」
「・・・」
それもまた、私が率直に思ったことだった。
「自分は下で、他人は上。だから自分よりも相手を尊重してしまう。そしてそれは比企谷先輩にとってはある種『当たり前』と思っている。違う?」
「・・・かもな。俺は最底辺の住人だ。だから他者を優先していると言えばそうかもしれない。だが、」
そこまで言うと、比企谷先輩は何かを見つめるような視線で言葉を放った。
「それでも、俺がここに居るという証明くらいにはなる」
彼は、彼はきっとどこかで人との繋がりを望んでいるのだろう。けれど、彼はそれを真っ直ぐには伝えられない。あんなやり方しかできない、自分を軽く見ているが故に、他者からを求めている。それでも、彼は『俺はここに居る』と、そう伝えるために必死でもがいている。彼の目にあるのは『諦め』なんかではない、『諦めの悪さ』なんだ。だから、未だに彼の目は、
他人に向けられているんだ。