やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
過去編というものはどうしてこんなにも書きやすいのでしょうか。それはきっと、現在という結果があるからなのでしょう。だから過程はこんなにも表しやすい。けれど、未来へ進ませるための話は書きにくいものです。なぜなら、未来は決まっていないから。決まっていないから面白い、決まっていないからこそ書きたくなる。道を作ってあげたいと、そう身勝手にも思ってしまうのです。
もし、未来を見ることができたとしても、私は見ないでしょう。どうしてか?だって、『そこに映る自分は今という過去を肯定してやれなかった自分』なのですから。
さて、長くなりましたが最終章です。最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。では
「当時のお母さんは、雪乃ちゃんに危機感を抱いていた。ううん、より正確に言うなら危機感を背負っていた。海外へ留学し、なにか新たなことを見つけてもらう・・・これがお母さんの目的だった。けれど、雪乃ちゃんが見つけてきたもの、見出してきたものは想定していたどれよりも最悪のものだった。時折来ていた連絡でお母さんはそれに気が付いていた。しかし、自分ではどうしようもなかった。小学校で起きた苛めに対して、何も行動を起こせなかった自分が今更何かをする資格はあるのか?そう思っていたから。そんな時、ある人が現れた。そう、八幡先輩よ。お母さんは、先輩に自らの娘を託した。ここまで言えばどうして八幡先輩が『比企谷先生』なのか、分かるよね」
「私の・・・ため?」
「そうだよ。八幡先輩は雪乃ちゃんを救うために自ら教師となることで雪乃ちゃんの居場所へ飛び込んだ。そうでもしなきゃ雪乃ちゃんには近付けないと思っていたから。そして流れるように奉仕部の顧問へと就いた、或いは辿り着いた。全部、全部雪乃ちゃんのため。『雪ノ下』のためだよ。これが真実」
全ては、比企谷先生が母さんとの約束のためにしていたことなのだ。教師になったのも、奉仕部の顧問になったのも、私を見てくれて、私を育てて、私を・・・救ってくれたのも、全部全部全部、母さんの依頼を完遂するためだったのだ。
なら、私のこの想いは?彼を知っていると思ったあの感情は?
なんなの?じゃあ、今私の中にある『これ』はなんなの?
「・・・でも、八幡先輩にも予想していなかったことが起きた。母さんも、私も予想していなかったこと・・・それは、雪乃ちゃんに対してある想いが生まれてしまったこと」
「・・・え?」
私の黒く、重くなっていった思考が一度リセットされる。
「八幡先輩は、雪乃ちゃんを見て、育て、理解し、歩んでいく様を見て、雪乃ちゃんに『本物』という想いを募らせてしまった。最初、私は依頼に帰属した想いだと考え、八幡先輩に釘を刺した。けれど、それこそ勘違いだった。八幡先輩は過去にあった私とお母さんの依頼を抜きにして、その上で雪乃ちゃんに対して『本物』を見出していた」
「あ、ああ、あ・・・」
姉さんからその話を聞いて、私は頭の中がいっぱいになる。思考でも、理性でもない・・・感情でいっぱいになる。感情が私の中を埋めつくし、私を満たしてしまう。
「八幡先輩が教師を辞めて、お母さんとの約束のために雪ノ下建設に来ることはもう決まっている。これはどうしようもない。けれど、雪乃ちゃんがどうしたいのか、八幡先輩に何を伝えるべきなのか、それはまだ間に合う。それをよく覚えといて」
「・・・姉さん」
「ん?」
「ありがとう。私に、話してくれて。本当にありがとう。そして、今までありがとう。私、ようやく見つけたから。もう・・・姉さんに辛い想いはさせないから。だから、だから」
「ありがとう・・・大好きよ」
偽りなどない。嘘などない。ここにあるのは欺瞞などではない。これが、私の本心、私だけの想いなのだ。
伝えなくてはならなかった、伝えなければならないと思った、言葉にしても伝わらないこともある。けれど、言葉にしなければ伝わらないことだってある。そして、言葉にすればそれは私の中に自然と溢れてくる。
「うん・・・雪乃ちゃん、こちらこそありがとう。こんな姉を好きでいてくれて、ほん、とうに、ありがとう・・・」
私の前で初めて見せた涙。
ああ、私と姉さんはよく似ている。だって、同じ人を好きになり、同じ恩師をもち、そして、
優しさにとても、弱いのだから。
*
「雪ノ下、私からも伝えなければならないことがある」
平塚先生が口を開く。
「一体、それは?」
「本来なら、卒業式の日に『奉仕部』の顧問から部長に伝えることになっているのだが・・・君は特例だ。だから教えよう」
「『奉仕部』とは一体、なんなのかを」
それは、私の予想していなかった言葉だった。奉仕部とはなにか?そんなことは分かっているつもりだ。生徒の悩みを聞き、それを手助けし、解決へと導く・・・そういうところだ。
「恐らく、君は『生徒の悩みを聞き、それを解決に導く部』おおよそこんなことを思っているだろう」
図星だった。本当にさっき思ったことをそのまま言われてしまった。
「確かにそれは間違いではない。しかし、それはあくまで副次的なものであり、本当の目的は別のところにあるんだよ」
「本当の・・・目的?」
「そう、『奉仕部』とは本来、誰を救うための場所なのか・・・」
「それは、『奉仕部部長』その人なのだよ」
「奉仕部、部長・・・その人?」
つまり、それは私であり、比企谷先生のことだ。
「比企谷と雪ノ下。君たち二人に共通しているところ、それは『孤独』という点だ。しかし、君たち二人は大抵のことは一人でなんでもできてしまう。故に、他者との関わりというものを必要としてこなかった。だからこそ、君たちは『人と関わることの大切さ』を知らない、知らなかった。だから私は奉仕部という部活を作った。そうすれば、依頼人とそれを受ける側として人との関わりをもつことができる。そういう私からのお節介、またの名を余計なお世話・・・つまり私からのせめてもの『奉仕』そういう意味を込めて『奉仕部』という名前の部活ができた。まぁ、比企谷の場合、それは裏目に出てしまったがな」
知らなかった。私は、そんなこと知らなかった。『奉仕部』の名の由来は私たち部長、或いは部員が悩める生徒に奉仕するという意味ではなく、平塚先生から部長に対しての『奉仕』という意味だったのだ。
私たちに人と関わる機会をくれ、そこからあらゆる答えを学んでいく・・・それこそが『奉仕部』の在り方。だから、私が二代目で比企谷先生が初代なのだ。私と彼は、独りという点がまるっきり同じだったから。
「卒業式の日、比企谷にそれを伝えると『すみません。平塚先生の期待に答えられなくて。でも、あそこで過ごした時間は決して無駄ではなかった。今では一人だけですけど、大切な奴ができました。俺は先生に感謝しかありません。それだけは、それだけは忘れないでください。そして、俺を奉仕部初代部長にしてくれて・・・ありがとうございました』そう言って、笑ってくれたよ。そうだ、比企谷八幡の二度目の笑顔さ」
そう言って微笑む平塚先生はどこか儚くて、今にも崩れてしまいそうだった。きっと、平塚先生は後悔をしている。比企谷先生を、比企谷八幡を奉仕部の部長にしてしまったことを、自らの『奉仕』を悔いている。それをやらなければ、比企谷八幡が心に傷を負うことも彼の人生が決まってしまうこともなかったと、そう思っているから。
けれど、比企谷八幡は感謝をした。だから、平塚先生は今こうしてそんな笑顔ができる。だったそれだけのことが、平塚先生には嬉しかったのだ。
「雪ノ下、私から」
「違うよ、静ちゃん。私たちから・・・でしょ?」
姉さんが平塚先生の言葉をそう訂正した。姉さんと平塚先生から・・・?
「そう、だな。雪ノ下、私と陽乃からの最後の依頼だ。受けるかどうかは任せる・・・だが、受けてほしいと、そう思う」
私の恩師と、私の姉からの最初で最後の依頼。私には荷が重すぎる。けれど、そうだ。私が、私がやらなければならないことなのだ、私が、雪ノ下雪乃が、二代目奉仕部部長がやらなければならないのだ、この最後の依頼は。
「受けます。依頼の内容を聞かせてください」
「『比企谷を救ってほしい』」
これが、私の高校生活、最後の青春の幕開けとなった。