やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
カタカタカタ
キーボードを叩く無機質な音がするこの部室。
「あの、何してるの?」
「あ?仕事」
私の問いかけに答えるのはもちろん比企谷先生。
「どうして職員室でやらないのかしら」
「いやだよ、他の先生から仕事押し付けられるし」
それは社会人としてはどうなのかしら。仕事は職員室でやればいいのに。
「機材も職員室の方が揃っているのではなくて?」
「最近のタブレットはすげぇんだよ。専用のキーボードカバー付ければPCにもなるし性能も高い、しかも元がタブレットだから楽に操作できるし軽いしでマジ最高。更に専用のペンを使えば直接書き込めるときたものだ。こっちで入力して頃合を見計らって職員室のPCにデータぶち込んで完了だ」
彼はそう言った。何故最近のタブレット褒めちぎり大会になっているのかしら?確かに様々な電子機器が進歩しているというのは認めるけれど・・・。
彼が使っているのは背面にリンゴのマークが付いた海外の会社のタブレットだ。私の周りでも使っている人を多く見かける。
「はぁ。まぁいいわ」
「おう、わりぃな。ここの居心地がいいってのもあるんだよ」
確かにこの部室の居心地の良さは私も思うところがある。彼に至っては4、5年振りでしょうからきっと懐かしさも相まって尚のこと居心地がいいのでしょう。
昔、そうね。あの話をしてみましょう。
「ねぇ先生」
「なんだよ、職員室には戻んねえぞ?」
「そうではなくて、あの、私の姉の雪ノ下陽乃って知っているかしら?」
姉さんの話。昨日平塚先生から聞いたことだ。
「あぁー、あのアホ後輩か。懐かしいな」
あ、アホ後輩?あの姉さんをアホ呼ばわりですって?
「ね、姉さんのことなのだけれど」
「やっはろー!」
話を続けようとしたところで由比ヶ浜さんが部室に入って来た。
「・・・こんにちは」
「・・・ふっ」
先生は由比ヶ浜さんを見て、また笑みを浮かべた。ど、どうして?
「あ!先生、なんで笑うんですか!」
「いや、その挨拶を久しぶりに聞いたからな。思い出し笑いだよ」
きっと、姉さんのことね。姉さんは外では『ひゃっはろー』なんて挨拶をしていた。それを思い出したのだろう。
あなたと姉さんの間にはなにがあったの?
「で、由比ヶ浜はどうしたんだ?」
先生が由比ヶ浜さんに尋ねる。
「そうだ、今日は依頼人を連れてきたんです!」
「由比ヶ浜さん」
「いやぁなんていうの?やっぱり奉仕部員としてっていうか?」
「由比ヶ浜さん」
「お礼とか大丈夫だよ!」
「由比ヶ浜、お前は部員じゃないぞ」
「え!?」
私が言おうとしたことを先生が代弁する。
「ああ。顧問である俺のところに話もないし、入部届けももらってないからな」
そうね。私もその事を指摘しようとしていたのよ。
「書くよー書くからー。仲間に入れてよぉー」
「・・・まぁいいだろう」
どうやら由比ヶ浜さんの入部が決まったようね。
「で、依頼人ってのは?」
「ぼ、ぼくです」
見た目が可愛らしい生徒が入ってきた。
「戸塚だな。今はテニス部の活動時間じゃないのか?」
「え、えっと奉仕部にお願いしたいことがあって」
戸塚・・・さん?くん?男子の着るジャージを着用しているし、彼は男子でいいのかしら?それにしては可愛らしい顔をしているわね。
「それで、依頼の内容は?」
今度は私が話を切り出す。
「あのね、うちのテニス部を助けて欲しいんだ」
「え、ええと」
それは一体どうすればいいのかしら。『奉仕部』の活動理念的にも、どう手を貸してあげればいいのか・・・。
「理由を聞こうか」
先生が戸塚くんに理由を訊いた。
「先生は知ってると思うんですけど、うちのテニス部さ、弱いんです。それで僕が上手くなればみんなも付いてきてくれるかなって」
「要するにあなたのテニス技術を向上させればいいのね」
「で、できるかな?」
難しい話だと思う。私たちに一体何ができるのだろうか。
「ほぉ〜。しかして『奉仕部』に何をしてほしいのかね。今この部の活動理念は『魚の取り方を教える』だそうだ。直接結果には介入できない。そのうえで訊こうか、こいつらは何をすればいい?」
「僕の練習を手伝ってほしいんだ。それはダメかな?」
「だそうだ二代目。さてどうする?」
私は、私は・・・。
「ゆきのーん、お願い」
「依頼を受けるわ」
受けよう。そういうことならこの依頼を受けることができる。
ふと先生の方を見てみると、目を瞑って何かを考えているようだ。
「雪ノ下」
そのまま私を呼びかける。
「なにかしら?」
「今回、『魚の居場所』はどうやらお前のところにはないらしいな」
*
翌日の昼休みから戸塚くんの特訓が始まった。
けれど、私が気にしているのは特訓のことではない。
『今回、魚の居場所はどうやらお前のところにはないらしいな』
そんな彼の言葉だ。私のところには『魚の居場所』がない?どういうこと?前回のことと同様に考えてみてもさっぱり意味が分からない。彼の発言を思い出してもそれらしいものは無かった。
これは国語の問題と同じ、なら考え方を変えてみましょう。前の分からではなく、あとの文から答えを探す。けれどそう言い残して彼は帰ってしまった。だとするなら何?
私の疑問に反して、答えが出ることは無かった。
「いたっ」
そんな折、戸塚くんが怪我をしてしまった。
「まだやるの?」
彼の本心が聞きたくて、彼に問いかける。
「う、うん。まだやるよ」
「そう」
なら私が今やるべきなのは、彼の怪我を治療できるように救急箱を持ってくることだ。
そう考えて、私は保健室に向かった。
*
その光景を見て、私は絶句した。そこにあったのは、葉山くんと三浦さん、そして由比ヶ浜さんと戸塚くんがテニスをしているところだった。
「これは、なに?」
私はたまらず、由比ヶ浜さんに訊く。
「ごめん、ゆきのん」
話を聞くと、三浦さんと葉山くんがテニスをしているところを見つけ、帰ってもらおうとしたところ、勝負することになってしまったそうだ。
「仕方ないわね。切り札を切るわ」
そう言い、ある人物に電話をかける。
「もしもし、雪ノ下よ。テニスコートに来てちょうだい」
「・・・で、こりゃなんだ」
比企谷先生が登場した。そう、私が呼び出したのは比企谷先生だ。こういった時、先生を呼ぶのが早い。
「さて、葉山と三浦に尋ねようか。お前たちはテニスコートの使用許可をとったのか?」
「「そ、それは」」
その問いに2人は答えられない。
「はぁ、その反応で分かったよ。ったく、こいつらは全員許可取ってるんだよ。だから取り敢えずやるなら許可取ってくれよ。それから戸塚と奉仕部、お前たちもダメなものはダメだと伝えろ。怪我人が出てないからいいものを」
「「「「す、すみません」」」」
私はその時、ここには居なかったのだから謝らなかった。
「雪ノ下、お前はどうしていた?」
質問の矛先がこちらに来る。
「怪我をした戸塚くんのために救急箱を取りに行っていたわ」
事実を伝える。私は虚言を吐かないもの。
「お前は奉仕部の部長で責任者の一人なんだから現場を離れるなよ。そういうのは由比ヶ浜に任せろ、いいな?」
「・・・分かったわ」
彼の言うことは正しい。私は部長、つまり立場ある人間というわけだ。その人間が現場を離れてしまったら、もしもの時の対応ができない。確かに、浅はかだったわね。
「今回は見逃してやるから、全員とっとと教室戻れ。奉仕部の特訓は放課後から再開。これは顧問命令だ」
彼のその言葉で全員その場を去る。
「ねぇ先生、昨日の『あの言葉』はどういうことかしら」
私は一人テニスコートに残り、先生に尋ねる。
「・・・お前はどうやってこの依頼を達成しようとした?」
比企谷先生はこちらを向かずに私に問いかけてくる。そんなものは決まっている。ひたすらに努力を重ねさせるだけだ。
「死ぬまで努力、かしら」
「だろうな。だからお前の所には『魚の居場所』がない。向こうの利害と一致してないんだよ」
「ど、どういうことかしら?」
意味が分からない。私は確かに戸塚くんが『テニス技術の向上をお願いする』とそう言ったのを聞いた。あの場には先生も居たはずだ。だから先生がそう言う意味が理解できなかった。
「今回のお前の戸塚にとっての『立場』それをよく考えろ。じゃあな、俺は授業の準備がある」
そう言うと、彼は職員室に戻ってしまった。