やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。   作:黒霧Rose

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29話 先輩と後輩

 

「ひゃっはろー」

 

夜、駅前を歩いているとなんともアホらしい挨拶をされた。

 

「まだそんな挨拶してんのかよ、アホ後輩」

 

そんな挨拶をしているのは由比ヶ浜とコイツしか居ないので、消去法でコイツということはすぐに分かった。

 

「もちろんだよ!八幡先輩もやる?」

 

「いやだ」

 

「即答!?」

 

やるわけねぇだろ。

 

「で、なんか用でもあんのか?」

 

先程からニヤニヤしているので真意を尋ねる。よく良く考えればコイツがニヤニヤしてんのはいつものことか。

 

「八幡先輩と話でもしようかなって」

 

「そうか。んじゃ、そこのドーナツ屋にでも入るか」

 

そう言って、交差点の向こう側にあるドーナツ屋を指差す。

 

「いいね!ごちそうさま!」

 

「・・・はぁ、しゃあねぇな」

 

まぁ、年上である以上は奢ってやるか。偶には先輩らしいこともしねぇとな。

 

 

 

 

 

「で、なんの話をしに来たんだ?」

 

ドーナツを頬張っている彼女に尋ねる。

 

「決まってるじゃん。八幡先輩のこれからだよ」

 

まぁ、そりゃそうか。俺の身の話こそが最大の話題だわな。

 

「・・・いや、その話はいいだろう」

 

「は?いやいや、それこそ」

 

アホ後輩はドーナツを頬張りながらも真面目な口調。本当に器用なやつだ。

 

「俺だって、お前の話が聞きたいこともあるんだよ」

 

「・・・え?私の話?」

 

「そう。お前の話を聞かせてくれよ。そんな暇、最近なかったからな」

 

俺の話なぞし飽きたし、いい加減聞き飽きてくるだろう。

 

「ふむ・・・しょうがないなぁ」

 

2つ目のドーナツに手を出しながらニヤニヤする。なんだお前それムカつくな。

 

ともあれ、アホ後輩の話が始まった。

 

 

*side陽乃

 

「うーーん・・・そうだ、最近大学のミスコンで優勝した」

 

「うわぁ。まぁ納得か」

 

相変わらず失礼な人だ。これでも、大学では完璧で親しみやすい美人で有名なのだ。

 

「でしょでしょ。でね、それから私に告白する人が増えた」

 

「可哀想だな・・・お前に告る奴が」

 

「それどういう意味かな?」

 

最大限の笑顔を貼り付ける。すると、八幡先輩は苦笑いを返してくる。なんだか大人の対応をされたみたいで悔しい。

 

「中身が厄介だからなぁ」

 

「もう!そんなわけないでしょ。中身も可愛い私だぞ」

 

「そーいうところだよ。で、誰かお眼鏡に適う人は居たのか?」

 

「はっはっはっ、ご冗談を」

 

そんな人は居ない。元より、私のお眼鏡に適う人なんて後にも先にもあなただけだ。私を救ってくれた、八幡先輩だけ。

 

「でも、いつかは見つかるといいな。そんな奴がよ」

 

「ほんっとそういうとこ嫌い」

 

気付いているくせに。分かっているくせに。あなたはそんなこと、とっくに知っているくせに。

 

「はいはい」

 

笑いながらコーヒーを飲む仕草はやっぱり大人びてて、彼と私の間にある壁を感じてしまう。

 

「他にはどんなことがあったんだ?」

 

彼は私の話を楽しみにしていてくれる。それが嬉しくて、でもどこか悔しくて、私の心を容易に掻き乱す。

 

「雪乃ちゃんと買い物に行ったことかな」

 

「随分仲良くなったみたいだな」

 

雪乃ちゃんの名前が出た途端に少し表情を変える。ああ、どうして私がその立場ではないのだろうか。

 

「まぁね」

 

彼との過去を話した後から、私と雪乃ちゃんの仲は昔に戻っていた。2人で笑って、遊んで、対等に意見を言い合える・・・そんな、当たり前の仲に。

 

「似た者同士だからな、お前ら。どっちもアホだし」

 

「雪乃ちゃんもアホ呼ばわりなんだ・・・」

 

彼からしてみれば、きっとそうなのだろう。今日もあなたには勝てないのだと悟る。

 

「まぁな。でも、年下がアホってのは案外良いもんなんだよ。そっちの方が頼られ甲斐があるからな」

 

「・・・ほんと、ずるい」

 

もうこれ以上、あなたに頼りたくなんてない。これ以上、あなたに迷惑なんてかけたくない。なのに、そう言われてしまうと甘えてしまいそうになる。あの日から、決めたはずなのに。

 

「ああ、俺はずるい奴だよ。大人だからな」

 

そうやって私を安心させてくれるのは、昔から変わらない。本当は変わっていてほしかった。

 

「・・・さて、じゃあそろそろ出るか」

 

「うん」

 

気付けば、私と彼のカップは空になっていた。

 

 

 

 

近くにある公園のベンチに、私たちは座った。

 

「冷え込んできたな」

 

「うん。もう、年が変わるね」

 

「・・・ああ」

 

『年が変わる』それは、彼が教師でなくなってしまうことを意味している。

 

「思えば、短い1年だったよ。教師になって、奉仕部の顧問になって・・・色んなことがあった。正直、大変なこともあった。けれど、雪ノ下とお前のことを思えばそれくらいわけのないことだった」

 

「雪乃ちゃんだけじゃなくて、私も?」

 

そこに登場するのは雪乃ちゃんだけのはずだ。彼は『雪ノ下雪乃を救う』ために教師になった。だから、そこに私が居るはずがない。

 

「当たり前だろ。お前の依頼、俺はあれを解決できなかった。もしも俺が失敗したら・・・それを考えるとお前が出てくんだよ。あの嫌な笑顔をしたお前が」

 

『嫌な笑顔』それは私の仮面のことをさしているのだろう。確かに、彼は『それ』を嫌がっていた。

 

「最初にお前を見た時、俺は気分が悪くなった」

 

「悪口かな?」

 

「ちげぇよ。お前にそんな笑顔をさせていることに、だよ。なんで俺よりも年下の女の子がそんな笑顔をしているんだ。なんでそんな取り繕わせてるんだって、世の中に思ったんだよ」

 

その言葉を聞いて、私の目頭が熱くなっていくのを感じる。ダメだ、あれ以来私の涙腺は緩みっぱなしだ。

 

「だから、そんな笑顔は二度とさせねぇって思ってまた頑張れるんだよ」

 

「・・・」

 

このままでは、零れてしまう。目から、感情が溢れてしまう。

 

 

 

 

「なぁ、『雪ノ下』。お前は、今が楽しいか?」

 

 

 

その呼び方で、分かってしまう。この人は、『八幡先輩』なんだって。私を『アホ後輩』と呼ぶ彼ではなく、あの時の『八幡先輩』そのものなんだと。

 

 

 

「うん・・・すっごく楽しいよ」

 

 

「そっか」

 

 

あの時と変わらない優しい笑み。私を救ってくれた時と、同じ笑み。

 

 

 

「ちゃんと、お前の人生を歩めてるか?」

 

 

 

 

「うん・・・八幡先輩が取り戻してくれた私の人生、ちゃんと歩んでるよ」

 

 

 

私を心配してくれているところも変わらない。慈愛に満ちた瞳。

 

 

 

「私ね、夢があるんだ。ようやく見つけた、私の夢。大切な、夢」

 

 

 

「聞かせてくれるか?」

 

 

 

なら、私は彼を安心させてあげたい。もう、心配しなくていいと、伝えよう。

 

 

 

 

 

「私ね・・・教師になりたいんだ」

 

 

 

 

 

もう、迷っていないんだって伝えたい。あなたが救った子は、もう心配いらないんだって教えたい。

 

 

 

 

「多分ね、私みたいな人って私みたいな人じゃないと分かってあげられないんだ」

 

 

 

「うん」

 

 

 

優しい声音で、私の夢を聞いてくれる。

 

 

 

 

「だから、私が今度は救う番なんだと思うの。それが、私がやりたいことであり、私のやるべきことだと思うんだ」

 

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

私は、あなたに救われた。今度はその私が、『私』みたいな人を救う番だって思う。それが、1つ目の恩返し。

 

 

「それでね、生徒を大切にしたいんだ」

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

八幡先輩が、雪乃ちゃんを大切しているように。

 

 

 

「それでね、担任をするようになって、クラスを大切にしたいんだ」

 

 

 

「うん」

 

 

 

八幡先輩が、奉仕部を大切にしているように。

 

 

 

「それでね、それでね」

 

 

 

段々と、目の前が霞んでボヤけていく。

 

 

「ちゃんと最後まで聞いてるよ」

 

「う、ん」

 

 

頬に、熱いものを感じる。ああ、遂に溢れてしまった。私の涙が、また溢れてしまった。

 

 

 

「それ、で、ね、『比企谷先生』に、褒め、られて、ね」

 

 

 

「うん」

 

 

 

この人の前で、私はまた涙を流してしまった。けれど、それでも彼は変わらず私の夢を聞いてくれる。

 

 

 

「それで、ね、はち、ま、んせん、ぱい、に・・・みと、めて、もらうん、だ」

 

 

 

「うん」

 

 

言葉も段々と途切れ途切れになる。でも、まだ紡ぐことを止めてはいけない。ちゃんと、彼に伝えるんだ。

 

 

「それ、で、ね・・・せい、と、から、あり、がと、う、って、いわれ、るん、だ」

 

 

「うん」

 

 

私が、八幡先輩に感謝しているのと同じように。

 

 

 

「それ、で、それ、で・・・はち、まん、せん、ぱ、い、に、もうい、っかい、ありが、と、う、って、つた、えるん、だ」

 

 

「うん」

 

 

 

 

「これ、が、わたし、の、ゆ、め」

 

 

 

 

もう涙が止まらなかった。私はもう、過去の強さをもたない。けれど、それが不思議と心地よかった。その弱さが、愛おしくて愛おしくて堪らない。

 

 

「ああ・・・なれるさ、今の『陽乃』なら」

 

 

「・・・え?」

 

 

頭を撫でられていた。そして、今、私の、名前。

 

 

「絶対に、なれる。見せてくれよ、立派な先生になってるところを」

 

 

「うん、うん・・・ぜっ、たい、なるん、だ」

 

 

「ああ。信じてるからな」

 

 

 

 

 

 

彼の手は、とても大きくて、優しかった。その暖かさは、彼の心のようで、私にもその熱が伝わってきた。

 

 

ああ、そうだ。彼はいつだって私に希望をくれる。光を見せてくれる、教えてくれる。

 

 

私が仮面を被り、その光を遮ろうとも、彼はその仮面をやさしく取ってくれる。

 

 

素顔の私を、認めてくれる、見てくれる、見つけてくれる。

 

 

弱さを与えてくれるのが、嬉しくて仕方なかった。私の弱いところを知ってなお、変わらずに接してくれるのが、嬉しかった。

 

 

『ちゃんと、お前を知っているからな』

 

 

そう言ってくれてるような気がして、安心できた。

 

 

 

そうだ。

 

 

 

そうだった。

 

 

 

 

 

 

だから、私はあなたが好きなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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