やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。   作:黒霧Rose

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30話 二代目は辿り着く

平塚先生と姉さんから『最後の依頼』を受けた。その内容は『比企谷八幡を救う』こと。

 

私にそれができるのかと問われれば、答えは『分からない』としか言えない。

 

私に、それが可能なのかが分からない。

 

 

 

そもそも、私は比企谷先生のことを何も知らない。何も知らないわけではないが、それでも彼を知っているとは言えない。

 

彼が何を思って生きているのか、何を考えているのか、私には分からないことだらけだ。

 

 

 

しかし、それでも、この依頼だけは完遂しなければならない。

 

今の私には、後ろを向いている時間はないのだ。

 

 

 

『今は迷い、悩み、自分の決めた道を進め。後ろを振り返るのなんていつだってできるんだから』

 

 

 

かつて、彼に言われたことだ。

 

 

そうだ。立ち止まって後ろ見るのなど、いつでもできる。

 

 

だから、今は前を向いて進むしかない。それが前なのかは分からない・・・けれど、それでも、私は進む。

 

 

 

そうでなくては、私は私を誇れない。

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスイベントも過ぎ、学校の雰囲気は冬さながらの寒さを醸し出していた。

 

放課後の部室、私はそこに居た。由比ヶ浜さんは冬休みに補習が入らないように先生から渡された課題をする、と言い今日は休みだ。

 

 

 

比企谷先生も姿を現さない。

 

 

 

冬休み前は忙しいのだと・・・自分に言い訳をする。

 

 

 

故に、ここには私以外は誰も居ない。

 

 

 

 

「雪乃せんぱぁい」

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

「どうして生徒会長のあなたがここに居るのかしら?」

 

 

「暇なんですよ〜」

 

 

我らが生徒会長、一色いろはが何故かここに居た。

 

 

 

 

 

「比企谷先生は今日も来ないんですね」

 

一色さんが呟く。

 

「彼だっていつもここに来る訳では無いのよ」

 

一色さんに言ったはずなのに、自分の心に突き刺さる。それはさっき自分に向けた言い訳と同じだ。

 

「・・・なんか、分かっちゃうんですよね。私」

 

「・・・え?」

 

静かに、けれどそれは熱を持って発せられた言葉だった。

 

「先生のことは分かりませんけど、雪乃先輩のこと」

 

その瞳は、私に向けられていた。私を映していて、私を見ていた。大きく見開かれているわけではない、なのにその瞳からは様々な意志を受け取れる。

 

「なにか、あったんですよね。それも、すごく大切なこと」

 

気付かれた。平静を装い、何も無かったかのようにしていたにも関わらず、悟られていた。彼女は、分かっていた。

 

「それに、暇だからここに来たわけではありません。あれ、ただの言い訳です。本当は、ここに話をしに来ました」

 

『話をしに来た』彼女はそう言った。ここで言うところの話とは、つまるところ『依頼』となる。

 

「今の雪乃先輩見てたら、言わなきゃいけないって思いました」

 

「・・・聞かせて、あなたの話」

 

覚悟が伝わってくる。その瞳、その表情、その声音、そこからは紛れもない覚悟が伝わってくる。

 

だから、それに応えよう。あの『依頼』も大切だが、それでも、目の前に居る可愛い後輩の話を聞かないわけにはいかない。聞いて、聴いて、訊いて、見つけよう。今の私を、今の雪ノ下雪乃を、もう一度見つめ直そう。

 

 

迷って、彷徨って、歩き続けて、走り続けて、恥を知っても、悔しくなっても、苦しくなっても、疲れ果てて、それでも、果てまで行こう。そう、誓ったのだから。

 

 

 

「生徒会室を整頓していた時、こんなものを見つけたんです。多分・・・いえ、絶対にこれは雪乃先輩が見なければならないと思ったので、持って来ました」

 

一色さんの手には、一冊のノートがあった。

 

 

『奉仕部活動帳』

 

 

「これ、は・・・」

 

過去の奉仕部のもの、つまり、比企谷先生が部長だった頃のものだ。

 

「それだけじゃありません。そのノートの裏を見てください」

 

そう促され、ノートをひっくり返して裏を見る。

 

そこには、綺麗な字で名前が綴られていた。

 

 

『比企谷小町』

 

 

「比企谷・・・」

 

「はい。先生と同じ苗字です」

 

名前からするに、恐らく女性で間違いないだろう。けれど、彼の他に部員が居たという話は聞いたことがない。

 

「比企谷先生の親族の方だと思います」

 

「ええ。それで合っていると思うわ」

 

ある確信があった。あれは夏休み、千葉村での合宿の日に彼が言った言葉だ。

 

 

『妹に昔しててつい、な』

 

 

彼は、私の頭を撫でながらこう言った。もし、もしこの予想が正しいのならば、小町さんという方は間違いなく比企谷先生の妹に当たる人物だ。

 

「それでですね、私も気になって、この人の名前を調べたんです」

 

一色さんが何気に優秀なことは知っている。彼女も行動が早くて本当に助かる。今必要なのは、情報だ。

 

「そしたら、名前がちゃんと残ってたんです」

 

「まぁ、卒業名簿に辿りつければ流石に見つかるわよね」

 

比企谷先生は新採用の教師、その妹だとするのなら名簿が残っていてもおかしくない。

 

「違います。そこじゃなかったんです」

 

「他のところに残っていた?つまり、この小町さんは何か名を残すようなことをしていたということ?」

 

「はい。私の前で、城廻先輩の前、こう言えば分かりますね?」

 

一色さんの前が城廻先輩、それはつまり、生徒会長・・・その前ということは、まさか。

 

「生徒会長」

 

「そうです。先々代の生徒会長です」

 

「・・・」

 

待て、待つのよ雪乃。それはつまり、姉さん以外にも頼れる人が居るということ?つまり、つまり、まだ可能性は残っているということ?

 

「とするのなら、城廻先輩は」

 

「この小町さんという方を知っている可能性があります」

 

居た。私の知らない彼を知っている存在に、近い存在が。居たのだ、まだ、ここに居るのだ。

 

「・・・行くわ」

 

「雪乃先輩?」

 

ならもう、やることは決まった。今の私が歩む方向、即ち、前という方向が分かった。

 

「城廻先輩の所へ、行くわ」

 

「雪乃先輩ならそう言うと思いました」

 

「ありがとう、一色さん」

 

この情報が得られただけでも、前と全く違う。指針も、先も、正しいのかも分からなかった時とはまるで違う。

 

「やはりあなた、私の後輩ね。それも、とびきり頼れる可愛い後輩よ」

 

「あ、ありがとうござい、ます」

 

照れてしまったのか、頬に朱を差しながら呟く。いつものあざとい態度ではなく、そちらの方がより良く映るわよ。

 

「って、まだ話は終わってません」

 

「・・・ごめんなさい。焦り過ぎたわ」

 

「い、いえ。それで、ですね、これを踏まえた上で依頼があるんです」

 

ノートを掲げて真っ直ぐに見つめてくる。その頬には未だに朱が残っているがそこはご愛嬌。可愛い後輩として野暮なことは言わない。

 

「私を、この小町さんという方に会わせてほしいんです」

 

理由は・・・聞く必要はない。大体、分かっている。

 

「その依頼、受けるわ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

一色さんからノートを受け取り、私は3年の教室へと向かった。

 

 

 

 

「城廻先輩」

 

一色さんが連絡をして、教室で待っていてもらっていたらしい。本当に頼れる後輩だ。今度、彼女の分のカップを持ってこよう。

 

「一色さんから話は聞いてるよ〜。と言っても、あんまり詳しくは聞いてないんだけどね」

 

相変わらずのふわふわしたオーラを放っている。

 

「時間、ありがとうございます」

 

「大丈夫だよ。推薦で進学先は決まってるし、時間あるから」

 

「では、単刀直入に訊きます。比企谷小町という名前に覚えはありますか?」

 

彼女の目は、見開かれた。その後、直ぐに安堵するかのような優しい笑みになった。まるで、何かを悟ったかのような、そうだ、これは姉さんがしていたものだ。何かの通りに物事が進んだ時にしていた、あの表情だ。

 

「知っているよ。私、実は生徒会長になったのが1年生の頃でね、それで小町さんによく色々と教えてもらってたから。でも、そっか・・・小町さんが言った通りになった」

 

「言った通り?」

 

その名が出て来たことに驚きはなかった。だが、問題はその後だ。『言った通りになった』つまり、小町さんは、私が城廻先輩に辿り着くことを予期していた?

 

「うん。小町さんが卒業する時にね、『雪ノ下雪乃という人が、私のことを尋ねて来たらよろしくね』って。あの時はなんの事だか分からなかったけど、こういうことだったんだ」

 

全く、なんとも恐ろしい兄妹だ。兄があれならば、妹もなのね。私がこうすることも、どこかで分かっていたのだ。必ず、兄のために自分を尋ねてくることを。

 

「それでね、ある質問をしてとも言われてる」

 

「質問、ですか」

 

「うん。その答えが小町さんの望む答えだったら、繋げてって頼まれてるの」

 

比企谷先生の妹の出す質問、それは恐らくだが全身全霊を以って答えなければいけないものだろう。なにせ、ここまで読んでいた人なのだから。

 

「じゃあ、その質問をするね」

 

「はい」

 

覚悟を決め、質問を待つ。

 

 

 

 

 

「『あなたにとって、お姉さんはどんな人?』」

 

 

 

 

 

・・・ああ、そうか。そこまで読まれてしまっていたのか。私があなたに辿り着くためにはそれこそが必要なことだったのか。あなたも兄を持つ者として、そしてその兄は、私の姉のために人生をかけた。

 

 

だから、その姉を私への試練としてぶつけたのだ。

 

 

 

『あなたには、あなたのお姉さんが分かっている?ちゃんとお姉さんのことを知っている?』

 

 

 

そう、問い質すため。あなたの兄の、誇りとして。

 

 

なら決まっている。そんなの決まっている。私の姉、雪ノ下陽乃がどんな人で、どんな思いをしていたのかなんて、分かっている。知っている。つい最近だけれど、ちゃんと、見つけたから。ちゃんと、認められるようになったから。

 

 

 

 

「決まっています。優秀で、完璧みたいな人なのに、そのくせ寂しがり屋で、結局お人好しで、シスコンで、笑顔と涙が綺麗な、自慢の姉です。私の、大好きな家族です」

 

 

 

「・・・うん。合格」

 

 

 

少し恥ずかしくなって来た。けれど、いい。後で同じくらい姉さんを恥ずかしがらせればいい話だもの。

 

 

「じゃあ・・・はい」

 

 

 

城廻先輩は、1枚のメモを渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

そこには、電話番号が書かれていた。

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

「はい」

 

 

 

教室から出て、渡り廊下に立つ。

 

 

『はい、もしもし』

 

携帯に番号を打ち込み、電話をかけると相手は出た。

 

「こんにちは。雪ノ下雪乃です」

 

『・・・なるほどね。比企谷小町です。よく辿り着きました』

 

相手は小町さんで間違いないようだ。

 

「それで」

 

『これから言うところに来てください。その手にあるであろう、ノートも一緒に』

 

このノートのことも彼女の読み通りだったのか。本当に、流石だわ。

 

「はい。分かりました」

 

 

 

 

ようやく、ここから始められる。待っていなさい、比企谷先生。必ず、あなたを・・・

 

 

 

 

 


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