やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
平塚先生に呼び出された翌日、俺はまたしても呼び出されていた。
「さて、突然だが部活を作った。そこに君を部長として据えた」
「・・・あの、事後報告って世間では良くないことですよね」
簡潔に纏め過ぎていた発言に、俺は戸惑いを隠せない。簡潔過ぎて話が勝手に完結しているんだが。
「名を『奉仕部』と言う。生徒の悩みを聞き、それを助ける部活だ」
「なるほど。昨今ではケアが重要視されていますから、それを高校で予習するのはとても良いことですね・・・ってなると思ってるんですか?」
「はっはっはっ理解が早くて助かるよ」
「納得ができてないんですよね・・・」
話が全く通用していない。この人、めっちゃ漢らしいけどこういうとこもかよ。
「とりあえず、ついてきたまえ」
「・・・はぁ。行くだけ行ってみますか」
「そうそうその意気だ」
もう色々と諦めたので、大人しくこの人の言うことを聞く。
*
特別棟3階、端っこにある部屋に案内され入る。
「なんつーか、殺風景っすね」
「当然だ。空き教室だからな」
その部屋には、椅子が幾つかあるだけでそれ以外は何もなかった。人が使ったという形跡すら、そこにはなかった。
「とりあえず、座って話をしようか」
「ですね」
このまま立って話をするのは疲れる。幸い、椅子があるのだからそれを使うことにしよう。
平塚先生は自分で椅子を持って来て、ドアを背に座った。
俺は、窓を背にした場所に椅子を置いてそこに座った。
「陽が当たって、気持ちいいっすね。ここ」
「だろう?」
この人、それを俺に教えるためにわざとそっちに座ったのかよ。紳士的過ぎるだろうが。
「まぁ要するに、ここが部室だ」
「でしょうね」
この殺風景な部屋が、部室か。けれど、俺にはそれが丁度いい。飾らないこの部屋が、少しだけ好きになっていた。
「部活の内容としては、私が窓口を担当しよう。そして君に任せるよ」
「・・・それ、大丈夫なんですか?なんかあったら最悪先生の責任になりますよ?」
それはつまり、俺に全権を授けるということだ。もしここで何か不祥事があれば、その責任は大元である平塚先生にいってしまう。
「構わないよ。責任を背負うことができるのが大人の特権だ。君は精々、それができないことを指をくわえて見ているといい」
「カッコよすぎっすよ」
「カッコつけたからな」
そんな言われ方をされてしまっては、何も言えなくなる。人がカッコつけているところにケチをつけるのは、不粋というやつだ。
「とりあえず、最初の依頼を受けてみてから考えて欲しい。ここで、君が一体何を変えたいのか。きっとそれが見つかるかもしれない」
なるほど。この人の言っていた『お節介』とは、この部活そのものだったのか。
「分かりました」
「よろしい」
1人だけの部活が、始まった。
*
翌日の放課後、俺は部室で本を読んでいた。窓を開けておけば、安らかな春風に乗せて、暖かな陽光が部室を彩ってくれる。この飾らない部屋には、それが馴染んで心地よい。
「入るぞー」
開かれたドアを見ると、やはりそこには平塚先生。
「どうかしたんですか?」
「早速だが、初の依頼が来たぞ」
なるほど、それでさっきからニコニコしているのか。
「ほら、入って来なさい」
先生が後ろを振り返り、声をかける。そうして、入って来たのは1人の女子生徒。
「・・・」
めっちゃ緊張してます。女子とか苦手だし、勝てる気がしない。いやいや勝負するわけじゃないよな?そうだよな?
「え、えーっと・・・」
「とりあえず、私は一度職員室に戻るから、話はそいつとしなさい」
「は、はい」
そう言って、先生は部室から出て行ってしまった。
「・・・」
「・・・」
き、気まずい。ど、どうしよう。『いいお日柄で』とかいうんだっけ?いやそれはお見合いか。てことはこれは、お見合い?いやいや、それこそ違う。
「あ、あの」
「は、はい」
あっぶねー。もう少しで頭下げるとこだった。
「えっと、奉仕部で、合ってます、よね?」
「え、ええ。ここが奉仕部です」
「・・・その、じゃあ話を聞いて、もらってもいいですか?」
「お、おれなんかでよければ」
もうやだ、おうち帰りたい。どうする?おうち帰る?うん、帰るぅ。
やっぱ却下。多分ここで帰ったら平塚先生に殺される。
「その、お菓子を、作りたくて」
「・・・は、はぁ」
オーケーわかった。待て、俺だって別にお菓子作りが得意な訳では無い。出来ないということは無いが、それでも小6レベルがいいとこだ。
「だから、ちょっと手伝って欲しいんです」
「えっと・・・友達とかは?」
「お菓子作りが得意な友達が居ないもので」
『大丈夫、安心して下さい。俺なんて、そもそも友達が居ません』なんて言える訳が無い。言ったところで引かれるのがオチだろうけどさ。
「ちなみに、渡す相手は?」
「・・・クラスの男子です。春休みに勉強を手伝ってもらったので、そのお礼をと」
・・・なるほど。要するに、この子は不安なのか。自分の作ったお菓子を渡してもいいのか?そもそも、お礼に値するものなのか。
「なら、何も気にせずに渡してもいいと思いますよ」
「・・・え?どういうことですか?」
「簡単な話ですよ。男なんて、女子から貰ったものは基本的に嬉しいものなんです。味とか、見栄えとか、そんなのは二の次なんです」
「・・・」
「だから、あなたが作ったお菓子を、そのまま渡せばいいと思います。多分、それで伝わります」
人が物の価値を決める時、その大半が付加価値によるものだ。例えば、友人から貰った物と、好きな人から貰った物を同列に扱うことはない。それは、『好きな人から貰った』という付加価値が付くからだ。これと同様のことがこの場合にも起きる。お礼として手作りのお菓子を女子から貰う。これだけで大体の男子はそれを受け入れる。
「・・・ありがとうございます。なんだか、少しスッキリしました」
「それは良かったです」
そう言うと、その子は部室を出て行った。
「どうやらなんとかなったみたいだな」
その数分後に平塚先生が入って来る。
「と言っても、解消をしただけですけどね。俺がやったことなんて、男子の感情という、言わば『魚の居場所』を教えただけのことです」
そう、結局のところ解決はしていない。男心なるものを教え、そもそも悩む必要のないことだと彼女に伝えただけだ。もっと分かりやすく言えば、論点をずらしただけ。根本となる前提から少し目を逸らさせただけに過ぎない。
「だが、それが彼女の求めていた答えじゃなかったとも言えんだろう?」
「なんとも言えませんね」
「それが人の感情というものだ。君は心理を見抜くことには長けているが、感情を量ることは下手だ。君の言う『魚の居場所』というやつも、他人からしてみれば雑魚の巣かもしれん」
「じゃあ、今回は失敗、ですかね」
「だから君はまだ甘い。雑魚というものをそのまま雑魚として見てしまえばそれは雑魚だ。けれど、それは雑魚に価値が無いのではなく、その雑魚に価値を見出せなかったという話なのだよ」
ある意味、物事の根幹を統べるような考え方。どんなものにも価値はあって、無いとしたのはその人でしかない。全てのアウトローとも言える価値観だ。
「それを餌にすれば、上物の魚が釣れるかもしれない。調理しようと努力すれば、料理のスキルが上達するかもしれない。利用価値という言葉を知っているかね?」
「なんつーか、それは暴論っすよね」
「そうとも言える。だがな、そうやって利用価値を見出し、藁を高価な物へと変えていった者が居ることを、君は知っているだろう?」
「わらしべ長者ってやつですね」
その話には様々なバリエーションがあるが、要はただの藁を様々なものと交換していき、最終的には幸せや裕福を掴んだ男の話。なるほど、それは確かに説得力のある話だ。
「その通り。つまり、どのようなものでも利用価値を見出し利用すれば、それは得になる。だから、例え雑魚の巣だったとしても、宝庫と捉えることもできるのだよ」
あまりにも横暴な言い分だが、説得力がある。利用価値を見出し、全ての物の捉え方を少し変えるだけで、まるで物の既成概念が変遷する。理解するのではなく、理解しようとする心。それと同じだ。
「君は確かに少し違った物の見方ができるが、それに囚われ過ぎている。どんなもの見方で変わり、どのような言葉も伝え方で変わる。それは君次第だが、様々な視点を持つこともまた重要だよ」
「・・・いい考え方ですね」
そして、俺はそれに賛同した。素直に、憧れた。こうやって、色んな視点を持って人は大人になって行くのだ。つまり、捻くれた考え方に囚われたままの俺は子どもということ、か。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。なんて言ったって、そのためにこの部活を作ったのだから。言っただろう?『世界の見方を変える』って」
本当に、この人には一生かかっても勝てないのだろう。いつまでも、この人からしてみれば俺は生徒で子どもなのだ。そんな圧倒的な差を感じる。
だから、きっと俺は決心できたのだ。
「俺、この部活、やります。奉仕部の部長に・・・なります」
「いい返事だ。そう決めた以上、部活の理念も決めるのだぞ」
「それなら、もう決まってます」
「・・・ほう」
今日の経験と、先生の話を聞いてこの部活の理念は決まっていた。
「『魚の居場所を教えて、どの魚にするかどう利用するかは任せる』これで行きます」
「中々にエゴイスティックな考え方だな」
そうだ。これはエゴイスティックで、傲慢な考え方だ。こっちは教え、あとは人に任せる。傲慢で、上から目線な理念だ。
けれど、これでいい。
どうしてか?そんなの決まっている。
「だって、そもそも『奉仕』そのものが傲慢な言葉ですから」
「はぁ・・・生意気な小僧だ」
まったくです。
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