やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。   作:黒霧Rose

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33話 二代目は、もう迷わないから

長い語りを、聞き終えた。比企谷先生が辿って来た高校生活。聞きたくない事も勿論あった。傷だらけになっても、彼は誰かに魚の居場所を教えようとしていた。

 

いえ、違う。

 

彼は、魚の居場所を教えようとしていたのでは無い。彼は、自らが『魚の居場所』となる事を選んだのだ。

 

 

彼は、文化祭で全校生徒を敵に回した。

 

実行委員長にその責任と、挫折と後悔を与えるために彼は彼のやり方を貫いた。

 

『誰も傷付かない世界の完成』だなんてカッコつけて、彼は誰よりも多くの傷を背負った。

 

そして、そんな彼を支えたのは他でもない・・・平塚先生だった。平塚先生、だけだった。『世界の見方を変える』と言った彼女は、最後まで彼という世界の味方だった。

 

合点がいった。

 

あの夏の合宿の日、何故彼は鶴見さんに『世界が変わらないというのなら、世界の見方を変えるしかない』と言ったのか。

 

それは、彼の経験談だったからだ。見方を変え、彼は味方が居ることを知った。だからこそ、彼はあの時にそう言ったのだ。

 

 

考えてみれば、ずっとそうだった。

 

 

どんな依頼も、全て彼が辿って来た高校生活だったのだ。故に彼は最初から答えを知っていた。故に彼は私に問題を出し続けた。

 

故に彼は、私に期待をしてくれた。

 

 

ずっと、そこに居場所があったから。

 

 

 

ずっと、彼はそこで私の『魚の居場所』になってくれていたから。

 

 

 

世界の見方が変わった彼は、私を通して自分の高校生活を見ていた。過去の彼の見方とは違う、その見方で。

 

 

「お兄ちゃんは、優しい。陽乃さんだけじゃなく、色んな人の居場所になった」

 

前を見ると、小町さんは涙を流していた。自分の兄を誇らしく語っているにも関わらず、彼女の瞳からはその雫が垂れていた。

 

「やり方は褒められたものじゃないけど、それでもお兄ちゃんはそれが最善だと信じて突き進んだ。それはきっと・・・誰よりも、人が好きだからだと思う」

 

感じていた。それを、私も感じていた。どれほど捻くれていようと、どれほど一般とはかけ離れた価値観を持っていようと、どれほど傷を負っていても、彼は人が好きなんだ。

 

誰かと話したい、誰かと関わりたい、誰かと居たい、誰かに理解されたい、誰かに納得されたい、誰かに受け止めてもらいたい、誰かに受け入れてもらいたい。

 

 

誰かに、自分を見てもらいたい。

 

 

誰かに、認めてもらいたい。

 

 

誰かに、気付いてもらいたい。

 

 

誰かに、自分がここに居ていいと証明されたい。

 

 

 

誰かが、恋しい。

 

 

 

 

『一人の奴ってのは、心のどこかで味方を求めている』

 

 

あの言葉こそ、彼の全てだった。私に問題として出し、誰かの答えになることを望んだあの言葉。それこそ、彼が求めていた答えだった。

 

なら、彼の言う『本物』とは何かが薄らと見えてくる。ぼんやりと、まだ具体的には分からないけれど、それでも分かる。

 

 

『人と人は分かり合えない』

 

 

いつの日か彼が言った言葉。

 

 

『それでも、それを知っていたとしても、誰かが自分のことを想ってくれる、考えてくれる、理解しようとしてくれる、歩み寄ってくれるってのは幸せなことだと思う』

 

 

同時に、こうも言っていた。

 

 

彼を救う。あまりにも抽象的で、漠然としていて、具体性の欠片もない事だ。でも、今なら分かる気がする。彼を救う事、その本当の意味が。私が本当に、やらなければいけないことが。

 

「雪乃さんは、答えを見つけたんだね」

 

「・・・はい。やっと、分かりました」

 

「なら良かった。行きな、雪乃さん」

 

「ありがとう、ございました」

 

流れていた涙は止まっていて、八重歯が覗く口元は明るく眩い笑顔をしていた。何処と無く、笑った彼と重ねてしまう程に、優しい笑みだった。

 

「最後に一つだけ。これはお兄ちゃんと平塚先生の受け売りなんだけどね」

 

手元にあるノートを愛おしそうに触り、目を瞑る小町さん。

 

 

 

 

「迷いは、進んでいる証拠だよ。だから、今くらいは前を向きなさい。振り返るのなんて、何時だって出来るんだから」

 

 

 

 

頭を下げると、私は席を立った。

 

 

 

 

一人、私は帰路を歩いていた。彼の話、彼女の話、そして、私の想い。きっとどれも正解で、どれも間違いで、だからこそ、とても得難い程の物だと感じることが出来る。

 

答えが正解か否かではない。

 

 

私の出した答えが、正解になるのだ。

 

 

私がやらなければいけないこと。

 

私が、彼を救うために出来ること。

 

彼のために、私がしたいこと。

 

 

 

なら、私の答えをあの人にぶつけなくてはならない。

 

向き合うことを避け、ぶつかることを拒否して来たこの17年間。もうそれに、その逃避に決着をつけよう。あの人がどういう人なのか、それは姉さんの話から大体のことは分かっている。でも、私はまだ怖いと感じている。どうしようもないほどに怖くて、どうしようもないほどに蠱惑的で、どうしようもないほどに強い。

 

でも、私は変わった。

 

もう、あの頃の強い私ではなくなったのだ。

 

愛おしい程の弱さと、慈愛に満ちた優しさをもらった、ただの女の子になったのだ。

 

 

世界が変わらないというのなら、私が変わる。何が起きるかなんて分からない・・・けれど、必ず何が起こる。

 

 

前を向け、私。

 

前を向け、雪乃。

 

前を向け、雪ノ下雪乃。

 

 

前を向きなさい、奉仕部部長。

 

 

 

あなたは、私は、雪乃は、奉仕部部長は、もう魚の居場所を手にしているのだから。

 

 

 

「・・・もしもし、母さん。話があるの」

 

 

 

 

あなたが信じる私を、私は信じる。

 

 

 

 

*小町side

 

「にしても、まさか平塚先生があれを生徒会室に置くなんて思ってませんでしたよ」

 

雪乃さんが帰った後、私は恩師に電話をしていた。

 

『まぁ、今季の生徒会長は君の兄によって導かれた者だからな。雪ノ下を君に導く存在になると思っていたよ』

 

「ホント、恐ろしい人です。でも、小町的にポイント高いです!」

 

そう、あのノート・・・『奉仕部活動帳』は生徒会室に保管されていた訳では無い。あれは、平塚先生が大切に持っていたものだ。

 

いつか、これを見せてもいいと思える人に渡せるようにと、彼女が預かっていた。

 

このタイミングでそれを生徒会室に置くなんて・・・やっぱり、それだけじゃなさそう。

 

「・・・てことは、平塚先生はそろそろ」

 

『その話は来ているよ。恐らく、これが最後の年になる』

 

そっか。平塚先生も、総武を去る時が来ちゃったんだね。

 

「じゃあ今度、兄を誘ってラーメンでも行きましょうよ」

 

『・・・いいな、それ』

 

ラーメン、お兄ちゃんも先生も好きですもんね。仕方ない、ここは小町がポイントを使っていい食事会を開いてあげましょう。

 

『なぁ、小町』

 

「なんですか?」

 

しんみりと、それでいていつも通りの優しい口調で私の名前を呼ぶ先生。なんだか懐かしい気持ちになる。

 

 

 

『私は、君も陽乃も、君の兄も大好きだよ。どうしようもないくらい、君たちを愛してしまった。だから、幸せであってくれよ』

 

 

 

 

「・・・」

 

 

馬鹿な人だと思う。結婚したいとか、幸せになりたいとか言ってる癖に、自分の幸せより生徒の幸せを優先するなんて・・・ホント、ホント・・・ポイント高過ぎるんですよ・・・静先生。

 

 

「当たり、前、ですよ・・・」

 

『なら良い。安心して、君たちから目を離すことが出来る』

 

目頭が熱くなってくる。心臓の鼓動はその数を増し、強く脈打つように揺れる。今まで、静先生と生徒会室で色々やった記憶が頭を駆け巡り暖かい気持ちでいっぱいになる。

 

 

「静先生」

 

『ん?』

 

 

「お世話に、なりました」

 

 

『・・・ああ。本当に、君たちは手がかかった。でもな小町、知っているか?手がかかる生徒っていうのは不思議と嬉しいものなんだよ』

 

 

本当に、この人は私の先生なんだ。たった一人の、恩師なんだ。

 

お兄ちゃんが憧れたのも、当然だ。こんなかっこいい人、きっとこの先も会えない。

 

 

 

雪乃さん、あなたの前に居る2人の先生は、きっと最高の先生だよ。

 

 

 

 




公式デレのん可愛すぎ。深夜なのにハイテンションで上がってしまったよ。

実際、八幡の過去をもう少し書こうと思ったのですが過去編は陽乃の話でやったし、これ以上は弛れると思ったのでカットしました。大体は原作通りのそれと思ってください。修学旅行以降の依頼がなくて、陽乃の依頼が追加された位かな。

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