やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
「久しぶりね、雪乃」
一人暮らしをしているあのマンションではなく、私は実家に帰ってきた。リビングに居るのは、母と私だけ。父はまだ職場から帰っておらず、姉さんもまだ帰宅していない。こうして二人で会話をするというのは、母の言う通り久しぶりのことだ。
否、会うことさえ久しぶりだと思う。最後に会ったのは夏休みだったので、もう四ヶ月ほど会っていないことになる。
それは、私が避けてきたからだ。なんて事はない、言い訳のしようもない程の簡単な理由。
「ええ、久しぶり」
しかし、今の私は違う。今までの私とは、もう違うのだ。
「それで、話とは?」
母さんは無駄を嫌う人だ。単刀直入で来る辺り、私達はどうしようもなく親子なんだと感じる。
そうだ。
どうして、私は今までこの人から逃げていたのだろう。目を逸らして、考えないようにして、私の中から消そうとしていた。今になって思う・・・どうして、そんなことをする必要があったのだろうか。
私達は、親子なのに。私にとって、たった一人の母親なのに。
「やっと、答えが出たの。それを、母さんに聞かせたい」
「・・・」
母さんは、私の言葉を聞くとその目を細めて眉間に指先を当てる。その眼光に、立ち竦んでしまいそうになる。
でも、そんなところでさえ私たちの関係を思わせる。
「私、父の仕事に興味があるの」
私のやりたい事。
私が、やりたい事。
私が、彼のために出来る事。
その答えは、最初から一つだった。
何故なら、それこそが私の目標だったから。
*
「・・・そう。本気、なのね」
「ええ」
「でも、今のところ、後継者候補は立ててあるのよ。だから、それを今更変えるという」
「比企谷先生のこと?」
「・・・・・・知っていたのね」
「全部、姉さんから聞いたわ」
珍しく、母がその顔を崩した。一瞬のことだったが、少なくとも私の前でそのような顔を見せた事はない。それ位、意外な事だったのだろう。
でも、残念ね母さん。私はもう、あなたの知っている私ではないのよ。『変わった』なんて大袈裟な言い方はしない。強いていうなら、『世界の見方』が変わっただけだ。あなたが怖い、それが既存の見方だと言うのなら、私はその見方が変わった。
あなたを、唯の母として見る。見る事が、出来るようになった。
「姉さんの依頼も、母さんの依頼も、比企谷先生との約束も・・・全部、知っているわ」
「・・・」
知っている。私は、知っているのだ。姉さんに向けた、母であるあなたの事を。不器用な関わり方で私達を育て、不器用な優しさで私達を見守り・・・不器用な愛し方で私達を見てくれていた母の事を、私は知っている。
だから、もう怖い人なんかじゃない。怖い母なんかじゃない。
不器用な、優しい母さんだ。
「だから・・・ごめんなさい、母さんから逃げてしまっていて。ごめんなさい、迷惑をたくさんかけて・・・・・・でも、ありがとう。ありがとう、私を産んでくれて。ありがとう、私を育ててくれて。ありがとう、私と姉さんを出会わせてくれて。あり、が、とう・・・私に、たく、さんのものを、くれて・・・ありがとう、母さん」
私達は親子で、家族で、同じ血が流れている。不器用で、こんなやり方しかできなくて、色々拗らせて、擦れてしまった。そんなところも同じで、だから今は、それが無性に嬉しい。あなたの娘である事が、嬉しい。私の姉が陽乃である事が、嬉しい。
母さんの娘である事が、こんなにも愛おしい。誰かに自慢したいくらいの、誇りだ。
「愛してる・・・愛してる、母さん。本当に、あなたの娘で、良かった」
「・・・・・・ゆき、の。私も・・・わたしも、あなたを、愛してる。陽乃も、お父さんも、雪乃も、みんな、みんな愛してる・・・ごめんね、こんな不器用な母で」
お互いを抱きしめ合いながら、私達は泣いた。何も気にせず、私達は泣いた。
お互いが素直になれず、どこかで壁を作って距離を置いてしまった。
かつて、姉さんが母さんから言われた言葉があった。
『私達に足りなかったのは愛し愛されているという実感』
本当にその通りだと思う。私だって、姉さんの話を聞かなかったらずっと親子の仲が冷え切ったままだと思う。ずるい話だ。誰かから聞いた言葉で、初めて行動出来るなんて。でも、拗らせて自分の殻に閉じ籠ったままでいた私には、それくらいの事がなければ動けなかった。
そして、私も、姉さんも、その殻を壊せた理由を作ってくれたのは他でもない・・・比企谷八幡だった。
あの日の言葉に、本当の意味で返事が出来る。
私は今、幸せよ。
*
「けれど・・・まさか雪乃がお父さんの仕事に興味があるなんて」
あの後、二人して恥ずかしくなってしまったため一度休憩を挟んだ。その間、私は紅茶を淹れる事で精神統一を図った。何なら、紅茶の香りを嗅ぐだけで悟りの領域にまで達せるまであるかもしれない。
「では、比企谷さんには」
「いいえ。私は、私の力でそこに立ちたい」
「・・・変わったのね」
そんな事はない。ただ、見つけてもらえただけだ。味方がいることを、私にとっての『魚の居場所』がある事を、気付かせてもらっただけに過ぎない。小町さんの話は、それほどまでに私に勇気をくれた。彼が歩んで来た道に、私がその答えを与えたい。
私が、彼の答えになりたい。
私も、彼にとっての『魚の居場所』になりたい。
「だから・・・私は、彼と勝負をするわ」
「勝負?」
「ええ」
私は負けず嫌いだ。でも、もっと嫌いなのが勝ちを誰かから与えられること。私は私の力で勝負に勝って、私の力で私を証明したい。
「私と彼、どちらがその座に相応しいのか・・・それを決めるための勝負よ」
「・・・負けず嫌いね」
「だって、母さんの娘ですもの」
優しい笑み。今まで見てきた中で、最も暖かい表情。それを向けられた事が嬉しくて、満たされて、紅茶の味でさえ温かく甘く感じる。胸が、いっぱいになる。
「なら、頑張りなさい。そうすれば、必ず結果は見えてくるわ・・・なんたって」
鋭い眼光をしたまま、私に笑みを見せる。知っている。この先の言葉も、この表情の意味も、全部知っている。
「あなたは、私の娘なんだから」
ああ本当に、不器用な母だ。そうすることでしか、私を応援出来ない。そうすることでしか、私を励ませない。
だけど、それでいい。
むしろ、それがいいまである。
ありがとう、母さん。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
このやりとりでさえ、愛おしい。
ようやく、私達は親子になれた。
*
理由は得た。
機会も得た。
彼と関わる理由。私が、比企谷八幡と関わり続けることが出来る理由。拙くて、不器用で、理解なんて得られるかも分からないし、納得だってされないかもしれない。
でも、これでいい。
私達は、言葉を吐き出すということをあまりにもしなさ過ぎた。伝わると勘違いし、そうでなければ失望し、諦める。そうやって生きていくことに、流され続けてしまった。
それを、平塚先生と姉さんは善しとしなかった、してくれなかった。許しては、くれなかった。
だから語ってくれた。だから、私に沢山の話をしてくれた。私の事を好きだと、伝えてくれた。それに応えたい、その答えを見せたい。
それが、それこそが、私が奉仕部で学んだこと。『人と関わる機会』という、感謝してもし切れない程の恩。私は、『奉仕部』で救われた。友人が出来、恩師が出来、優しさを知り、弱さをもらい、愛に気付かせてもらった。
最後の依頼をもって、その恩返しをしよう。
漸く、私の青春に答えが出せる。
どうか、最後の間違いに正しさを見出せますように。
あと2話か3話くらいで完結かな。