やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。   作:黒霧Rose

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35話 二代目とお姉ちゃんと初代

翌日、私は姉さんと会っていた。前までだったら、休日だからと言って合うような間柄ではなかった。しかし、今は違う。あの日を境に、私達は姉妹に戻っていた。

 

「さて雪乃ちゃん。話って何かな」

 

駅前にあるショッピングモールで買い物を済ませた私達は夕食をとるためにモール内のカフェに入った。今日の気分はパスタだったりする。

 

「彼を明日の夜、呼び出してもらいたいの」

 

「・・・私の気持ち、知ってるよね」

 

「・・・・・・ええ、分かっているわ」

 

その目的、それは比企谷先生を姉さんに呼び出してもらうこと。姉さんの気持ちは勿論知っている。

 

私と同じで、彼が好き。

 

好きという気持ちは正直なところよく分からないが、名前を付けるとするならこの感情はきっと『恋』になるのだろう。

 

「どうして、それを私に頼むの?」

 

「・・・私が呼び出しても、多分彼は来ないと思うの」

 

「ま、だろうね」

 

あのクリスマスイベントの日を境に、比企谷先生は部室に来なくなった。今までは職員室に居るのが嫌とかいう社会人としてはどうかと思うような言い訳で部室に来ていたのに、彼はその姿を現さなくなった。

 

理由は分かっている。

 

彼は、もう私と関わる理由を失ったからだ。

 

『雪ノ下雪乃を救う』それが、彼が私と関わっていた理由の全て。でも、あの日の問答を得てその理由は無くなった。達成されてしまった。

 

故に、彼は部室に、より正確に言うなら私に会う目的が無くなってしまった。

 

「・・・雪乃ちゃんは、答えを見つけたの?」

 

「ええ。昨日、母と話して来たわ」

 

「・・・・・・そっ、か」

 

前に見たものと同じような、儚げな表情。安堵と、諦めと、自虐を含めた笑み。私はその笑みを瞳に映しながら、この沈黙を続けた。これは姉さんの時間だ。私が口を挟む事ではない。

 

「・・・分かった。なら、そうするしかない、か」

 

「・・・」

 

優しい姉の表情は、昨日見た母のそれとよく似ている。私達は姉妹で、親子なのだとまた感じる。こんな当たり前の事に、漸く今気付いた。

 

「それに、雪乃ちゃんに彼を救う事を頼んだ時点で、私にもうその資格は無いから」

 

「そんなこと」

 

「あるんだよ。彼が私に向ける気持ちと、雪乃ちゃんに向ける気持ちは違う。どっちも大切にしてくれてるのは伝わる・・・でも、ベクトルが違うんだ。この前彼と話して、それに気付いちゃったから」

 

彼と姉さんがどんな話をしたのか、それは私には分からない。でも、姉さんの顔を見る限り、お互いにとってとても大切な話をして来たことだけは分かる。それだけは、伝わっている。

 

「あーあ・・・これで、お姉ちゃんするのも最後か」

 

「姉さん・・・」

 

「彼に、全部ぶつけてきなさい。私の分まで、雪ノ下雪乃をぶつけてきなさい。それでこそ、私の妹、雪ノ下雪乃でしょ」

 

「・・・・・・うん。ありがとう」

 

泣いてしまう。人前だというのに、このままでは泣いてしまう。

 

涙脆いのは、家族全員が同じなのね。まったく・・・本当に、沢山のものをもらったわ。

 

 

「それとね、よく覚えといて」

 

 

目の前にある姉さんの表情は、今まで見てきたそのどれよりも綺麗で、見蕩れてしまうような輝きを放っていた。

 

 

綺麗で優しい、姉の表情だった。

 

 

「可愛くて大切な妹が頼ってきたら、全力で応えたくなる・・・それが、お姉ちゃんってものなんだよ」

 

 

 

*陽乃side

 

 

雪乃ちゃんが帰った後、私は家でぼーっとしていた。何をするでもなく、私はただソファに座って目の前を見つめていた。

 

あの時の雪乃ちゃんの目、表情、声音、凡そ私の知る限り、全ての覚悟が決まったような顔だった。

 

本当に、答えが出たような、そんな気がした。

 

 

「陽乃、帰ってたのね」

 

「あ、うん。ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

お母さんがリビングに入ってくる。私を見て、そのままキッチンの方へと向かった。珍しい、お母さんがこんな時間にキッチンに行くなんて。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

テーブルに置かれた紅茶。本当に、珍しい。お母さんの紅茶を飲むのは、私が大泣きしたあの日以来かもしれない。

 

それを一口飲むと、胸まで暖かくなってくる。

 

美味しい。

 

素直な感想だった。それ以外の感想がいらないほど、美味しかった。胸に沁みる様な暖かさと、心を落ち着かせる様な紅茶の味に、私は溜め込んでいたものが溢れそうになる。

 

「何か、あったんでしょう」

 

「・・・うん。雪乃ちゃんと、ちょっと、ね」

 

「・・・そう、雪乃が」

 

昨日の話は聞いている。雪乃ちゃんの夢が、父の仕事に携わりたいこと。雪乃ちゃんが、それをお母さんに語ったこと。雪乃ちゃんとお母さんが、親子になったこと。

 

全部、全部聞いた。

 

「陽乃」

 

「ん?」

 

優しい声音でわたしの名を呼ぶ母の顔を、私は見る。

 

 

「よく頑張ったわね。今は、泣いてもいいのよ」

 

 

「・・・おかあ、さん」

 

そのまま私は、母の胸に飛び込んだ。もう二十歳を超えた女性だというのに、母の胸で涙を流し始めた。

 

「うう・・・おかあさん・・・おかあさん・・・わたし、わたし、がんばったよ・・・わたし、ゆきのちゃんのまえで、なかなかったよ」

 

「ええ」

 

頭を撫でられるにつれ、私の涙は増していく。

 

「つらかったよ・・・くるしかった・・・おねえちゃんだからって、じぶんに、いいきかせて、わらうのは、つらかったよ・・・」

 

「ええ」

 

「でも・・・でも、やくそく、したから・・・いつか、ぜったいにせんぱいをたすけるって、やくそく、したから・・・だから、だから・・・」

 

「ええ、ええ。本当に、よく頑張ったわ」

 

 

約束があった。絶対に忘れられない約束が、私にはあった。

 

『いつか、俺を助けて・・・な』

 

あの日の彼の言葉と、私に初めて見せてくれた笑顔を、私は忘れない。忘れた事など、一度もない。

 

それを守るため、私は雪乃ちゃんに力を貸した。そうすることが、彼にとっての助けになると分かっていたから。その事が、当然だと考えてしまっていたから。

 

「陽乃、それがあなたの結果なら、私は尊重するわ。今は泣きなさい。じゃなきゃ、泣き方を忘れるような、哀しい子になっちゃうから」

 

「うう、あ、あぁぁぁぁ!!!」

 

止まらないとさえ思うほど、涙が出てきた。頬を垂れる雫は溢れ、私の心は私に悲しみを告げる。止まってくれないことが、救いのようにも思えた。

 

 

私は、恋をしていた。

 

全てをかけてもいいほどの恋を、彼にしていた。焦がれる想いに生きることを、私は選んだ。

 

 

 

ありがとう、お母さん。私の道を尊重してくれて。

 

 

ありがとう、雪乃ちゃん。その答えを、私に見せてくれて。

 

 

 

 

 

ありがとう、八幡先輩。

 

 

私を、見つけてくれて。私を、助けてくれて。私達を、助けてくれて。

 

 

 

私に、恋をさせてくれて。

 

 

 

 

 

そして、さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

さようなら・・・私の初恋。

 

 

 

 

 

 

でも、この瞬間だけは。

 

 

 

 

 

どうかこの瞬間だけは。

 

 

 

 

 

どうかこの瞬間だけは、あなたを想って泣くことを許して下さい。

 

 

 

 

 

 

*sideout

 

 

 

「呼ばれたかと思って来てみれば・・・どうした、雪ノ下」

 

「久し振りね、比企谷先生」

 

翌日の夜、私は奉仕部の部室に彼を呼び出した。正確に言うなら、姉さんが彼を呼び出し、私と会っている。日曜の夜に学校に入れたのも、色々事情を言って開けてもらったからだ。比企谷先生は先生なので、入れる事になっていたらしい。

 

「アホ後輩に呼び出されたかと思えば、まさかお前だったなんてな」

 

「それは私がお願いしたからよ」

 

「アイツがお前のお願いを素直に聞くとは・・・ああそう言えば、仲良くなったんだって?」

 

「ええ、まぁ。姉妹に戻った、と言ったところかしら」

 

他愛もない会話。まるで、大切なことから目を逸らすような会話に、焦れったさを覚える。

 

この男、狙ってそうしている。この約一年の間で、彼がどういう人なのかは大体分かっているつもりだ。

 

 

自分の事は、何も語らない。

 

 

それが、彼を語る上で欠かせてはならないもの。

 

「聞いたわ・・・あなたが、もうすぐ退職するって」

 

「・・・平塚先生か。まぁ、ちょいと事情があって」

 

「『雪ノ下』に行くから、でしょ?」

 

私の言葉に、彼の目が見開かれる。こんな表情を見たのは、初めてだ。あの誰にも隙を見せない彼のこんな表情、見た事がない。

 

「お前、なんでそれを知っている」

 

眉間に皺を寄せた彼の顔も初めてで、私は彼の事を知らないのだと思い直す。

 

 

「姉さんと平塚先生に、全部聞いたわ。小町さんからも、あなたについてを聞いた」

 

「・・・・・・はぁ」

 

眼鏡を取ると、彼は後ろから椅子を持って来てそこに座る。窓際にある私の席から、長机を挟んで真正面のそこに彼は座った。

 

何故か、そこに居る彼は少し幼く見える。

 

まるで、こんな関係性もあったのではないかと思えるほど、自然だと思えた。

 

「・・・まぁ、そういう事だ。それが、俺と『雪ノ下』との間にあった事だ。お前が知りたがっていたことの真相は、全部それで合っている」

 

「私を救うこと、それが、あなたが教師になった理由」

 

「ああ」

 

ここからだ。

 

やっと、やっと彼が同じ所に立ってくれた。あの飄々としていて、私達を上から見ていた彼が、やっと同じ立場に立った。

 

これで、漸く私の言葉が彼に届く。

 

「そのために、俺は俺の人生を捧げた。そうする事でしか、陽乃の依頼をどうにかする事は出来ないと思ったからな」

 

「・・・」

 

言うことは決まっている。

 

私の中にある答えなんて、もう決まっている。

 

「だから、俺が俺の人生をどうにかする事はもう出来ない。とっくの昔に、あげちまったからな」

 

そうやって笑うあなたの笑顔なんて、見たくない。滅多に笑わないあなたの笑顔は、優しくて胸が暖かくなるような魅力があるからいいのだ。

 

そんな取って付けたような笑顔、私は見たくない。

 

「だから、あなたはそのままその道を行くと?」

 

「そうだ。上手くやれる保証なんてどこにもないが、まぁ何とかやってみるさ」

 

「だから、私から目を離すの?」

 

「・・・そう、だ。もう、お前に俺は必要ない」

 

「・・・」

 

言え、雪乃。言いなさい。言わなきゃ、伝わらない。それが、あなたが『ここ』で学んだことでしょう?

 

言わなくても伝わるなんて、そんなの幻想だ。

 

 

その幻想が、幻想のままで終わってもいいの?

 

 

違う。違うでしょう。

 

 

終わっていいわけ、ない。

 

 

なら、そのための一歩を踏み出しなさい。

 

 

 

それが、あなたが出来る最後の恩返しでしょう。

 

 

 

「・・・いや、嫌よ。私から、目を離さないで」

 

 

「・・・」

 

 

息を飲むような彼の視線に、私は逸らすことなく答える。

 

 

「言ったじゃない。私が『アホ』で居続ける限り、あなたは私から目を離さないって・・・言ったじゃない!」

 

「・・・お前はもう、アホじゃねぇよ。立派な、生徒になったよ」

 

「残念ながら、私はずっと『アホ』よ」

 

「いや、お前はもう大丈夫だ。だから、もうさようならだ」

 

 

席を立ち上がり、扉の方に向かって歩いて行く彼。その背中は逞しく、私よりも大きなものを背負っていると分かる。

 

 

でも、それは、私が逃げる理由にはならない。それを理由にしてはいけない。それは逃げだ。私が最も嫌う、逃げだ。

 

 

 

立ち上がり、彼の手を掴む。もうここから彼を逃がさないと、そう想いを込めて、私は彼の手を強く握る。

 

 

「ここであなたを離したら・・・もう二度と、あなたを掴めない」

 

 

彼は振り返らず、その足を止めた。その背中は、その肩は、何かをこらえるように揺れていた。

 

 

「あなたの人生はもうあなたのものでは無いと、そう言ったわね」

 

 

これしかない。

 

 

彼とこの先も関わり続けるには、これしかない。

 

 

どうしようもなく独善的で、独りよがりかな願いだったとしても構わない。

 

理解されなくても構わない。

 

納得されなくても構わない。

 

受け止められなくても構わない。

 

受け入れられなくても構わない。

 

 

 

でも、あなたには私を見て欲しい。

 

 

私と、関わり続けて欲しい。

 

 

 

あなたを離したくない。

 

 

 

だから

 

 

 

だから

 

 

 

 

「だから・・・あなたに、」

 

 

 

 

 

 

 

震える口と、揺れる心に決着をつける。

 

 

思い出すのは、私が今まで関わって来た全ての人達。

 

 

 

 

私に勇気を与え、私に優しさを与え、私に愛を与え、私に強さを与え、私に弱さを与え、私が私で在る理由を与えてくれた人達。

 

 

 

 

 

 

これが、私の答え。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたに、私の人生を捧げます」

 

 

 

 

 

 

 

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