やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
「あ、あの!総武高校の方ですか!?」
どうして私たちが中学生くらいの男子に話かけられているのか。一度状況を整理してみましょう。ここはファミリーレストラン、私と由比ヶ浜さんはここに勉強をしに来ていた。そこを彼に話しかけられたというわけだ。うん、考え直してもよく分からないわ。
「そ、そうだけれど、あなたは?」
「えっと、自分は川崎大志っす。総武高校の2年生に川崎沙希って人がいると思うんですけど、その人の弟っす」
川崎沙希・・・私は知らないわね。
「あー川崎さんね。あたしのクラスの女子だ。なんか目付き悪くて近寄り難い人でしょ?」
どうやら由比ヶ浜さんは知っているようだ。
「そ、そうです。それがねえちゃんっす」
「それで、その弟さんが私たちに何か用かしら?」
「ねえちゃんのことで、お、お願いがあるんです!」
私たちにお願い?今初めて会ったばかりの私たちにお願いをする?正直、正気の沙汰とは思えないわね。私たちが世に言う悪い人間だったらどうするつもりだったのかしら。
それとも、何振り構っていられないほどに追い詰められている?
「ゆきのん、川崎さんのことだしさ聞いてみようよ」
由比ヶ浜さんの言うことも一理ある。川崎さんは私たちの学校の生徒。ということは私たち『奉仕部』の活動の範囲と言ってもいい。
「そうね、そういうことなら話を聞かせてちょうだい」
川崎くんは姉のことについて語りだした。
*
「さて、どうしたものかしら」
翌日の放課後、1人部室で考えに耽ける。
川崎さんは最近帰りが遅いらしく、朝方になる日もあるそうだ。両親も仕事にかかりきりで、どうしようもないらしい。
考えられるのは、夜遊び、またはバイトね。けれど、川崎くんは昨日の話で『総武高校に行くくらいでしたから、ねえちゃんは真面目な人なんす』と言っていた。ならば夜遊びについては切ってもいい、ということはバイトの可能性が高くなるわけだけれども。
なら理由は?朝方までバイトをしていると仮定して、そこまでする理由はなに?そもそも18歳未満は22時以降は働くことができない。だとするなら、考えられるのは『年齢詐称』ね。・・・どうしてそこまでするのかが見えてこないわ。
考え込んでいると、先生が部室に入ってきた。
「よう、相変わらず早いな」
「え、ええ。今日もここでお仕事を?」
最近、先生がこの部室で仕事をすることが多くなった。
「いや、今日は特にやることないし休憩と顧問として来た」
どうやら今日は仕事をするわけではないらしい。いえ、顧問としてきたのならそれもまた仕事ということになるわね。
「なにか依頼のことで悩んでいる、そんな顔をしてるな」
先生からの不意の一言に驚いてしまう。
「わ、分かるのね」
「ああ。俺がまだ部長だった時と同じ顔してるからな。俺に話せる内容か?」
先生はそう訊いてくるが、難しい話だ。最近、うちの生徒が朝帰りをしていてその原因が年齢詐称によるバイトかもしれない、なんて教師に言えるわけがない。そんなことを言ってしまえば川崎さんに迷惑をかけ・・・そう、そうよ!
迷惑をかける、それはつまり彼女の内申に傷を付けることになる。内申が必要になるのは主に進学の時、何故私は進学という可能性を無視していた?もしも彼女のバイトが自身の進学の費用のためだとしたら、それで話が見えてくる。
「なにか思いついた顔になったな」
「そうね。分からなかったことに、ある程度動機づけができた・・・というところかしら」
「そうか。ま、なにかあったら俺を呼べ。お前たちの後ろ盾くらいにはなってやるよ」
そう言うと、先生は椅子に座り、持参した国語の教科書を読み始めた。
なぜ、私はあなたの言葉に安心感を覚えているのかしら。
*
「ゆきのん、どうする?」
昨日と同じファミリーレストランで由比ヶ浜さん、川崎くんと会議をする。
「私、川崎さんのバイトの理由は進学用の資金調達が理由だと思うの」
先程の思考で見えてきたことを話す。
「ど、どういうことっすか?」
川崎くんが訊いてくる。
「総武高校は知っての通り、県内でも有数の進学校よ。つまるところ、少なくとも川崎さんは大学進学を考えてると思っていい。そして、朝帰りをしている。だとするならその資金調達のために深夜までバイトをしている。そう考えると辻褄が合うと思わない?」
「・・・ねえちゃん」
「すごいよゆきのん!!多分そうだよ!」
けれど、それが分かったからといって私たちになにができるというの?正論で説き伏せてバイトを辞めさせることはできる。それをしてしまったら、彼女の進学はどうなる?その後はどうする?
ダメね、手詰まりだわ。
prprpr
「あ、すみません。俺のっす」
いきなりなった電話を川崎くんが出る。
「ねえちゃんのバイト先からだと思います。シフトがどうちゃらって言ってたっす」
電話を終えた川崎くんが言った。
「どうしてあなたのところに電話がくるのかしら?」
「バイト先っていうか、正確には家からっす。両親がそんな話があったって」
なるほど・・・。
「なんか、エンジェルラダーってバーかららしいっす」
バー・・・ね。お酒も関わってくるとなると、それはそれで少し危険ね。
「ゆきのん、どうする?そのバイト先に行ってみる?」
「いいえ由比ヶ浜さん。私たちが行ったところで何もできないわ」
「えー、でも」
駄目ね。こういう問題は感情で動いてはいけないのよ。どうする?由比ヶ浜さんを抑えられて、それでいて川崎さんを助けるには・・・。
『何かあったら言えよ。後ろ盾くらいにはなってやるよ』
そうね、私には『切り札』があったわね。
「さて、今日は仕事があんまないからいいものを・・・で、お前は?」
私の『切り札』そう、比企谷先生だ。本当はこんなことを教師に伝えてはいけないのかもしれないけれど、もう打つ手がない。
「あ、川崎大志っていいます。川崎沙希の弟っす」
「川崎・・・ああF組の。その弟がどうして奉仕部と?」
「それは私から説明します」
そう言って、私は川崎さんのこと、私が考えたことを先生に話した。
「・・・ホントは生徒指導の対象なんだがな。まったく、川崎もアホだな」
呆れたような顔をする先生。
「どうするの?」
「明日の放課後、川崎を部室に呼ぶ。それで話をしよう」
「・・・どんな話を」
そう訊くと先生はまっすぐにこちらを見つめ
「決まってんだろ、『魚の居場所』を教えんだよ。お前らに見せてやる『初代奉仕部部長』のやり方ってのをな」
そう言った。
*
「さて川崎、朝帰りについての言い訳を話してもらおうかね」
私たちは翌日の放課後、部室にて川崎さんと話をすることになった。
「比企谷先生・・・そっかバレちまったか。それでどうするの?あたしを停学にでもするんですか?」
「いや、反省文3枚で許してやる。それでだ、お前は進学資金の調達でバイトをしていた。それでいいな?」
「・・・そうです」
「はぁ。とりあえずお前の読みは当たったよ、雪ノ下」
「そのようね」
どうやら私の読みは当たっていたようだ。けれど、当たっているとなると問題解決が更に厄介になる。こちらが川崎さんを説き伏せても、後がないということだ。
「川崎、お前は予備校には通ってるか?」
いきなり先生はそんなことを訪ねる。
「通ってますけど・・・」
「なら、予備校の講師に『進学に必要な資金で困っているんですがどうすればいいですか』と言え。必ずそれがお前を救ってくれる」
予備校・・・そうか、あの制度ね。なるほど、確かにそれなら利用できる可能性が高い。
「いいか川崎。分からないことはまず自分で考える。それがダメだったら、人に訊く。たったそれだけでお前の悩みは解決できたことなんだ。お説教は終わりだ。バイトは辞めるんだぞ」
後日、川崎さんからバイトは辞めたという話を聞いた。彼女は予備校の『スカラシップ』を利用することに決めたらしい。
「先生、あなた」
「あいつは自分で『魚の取り方』を実行した。ならどうして『魚』が取れないか。答えはその池に『魚』が居ないからだ。だから『魚の居場所』を教えた。結局、臨機応変でなければ達成できないこともある。彼女の問題は応用編、読み手の考えを答える問題だ。解くのは基本を極めてからでいい。じゃあな」
そう言って先生は職員室に戻っていった。