やはり私の先生は間違っているようで間違っていない。 作:黒霧Rose
「じゃ、今日は夏目漱石の『こころ』をやるぞ。教科書開けー」
ここは2年J組の教室で、今は現代文の時間だ。本来、現代文の担当は平塚先生なのだが今日は出張ということで代わりに比企谷先生が来た。
「比企谷先生だー」
「クールな感じだよね」
「私ちょっとタイプかも」
授業中だというのに少し私語が目立つ。私はそう感じていた。私は放課後、部室で話しているからあまり新鮮味はないが、やはり他の生徒は比企谷先生との関わりがあまりないからか浮き足立っているようだ。
「・・・雪ノ下、三段落目を読め」
「はい」
どうやらいきなりご指名が入ったようだ。
どうしてかしら?いつもと違って少し緊張してしまうわ。
そんなことを考えつつも、私はしっかりと音読をした。
「サンキュ、次は」
偶に先生が生徒を指名して、本文を読ませていく。そんな感じで授業は進んでいった。
「さて、正直な話をすると平塚先生からは教科書の全文を読ませておけとしか言われてないから、終わっちまうとなにしたらいいか迷うんだよなぁ。勝手に進めて文句言われるのもやだし」
どーすっかなー、と顎に指を置いて考える先生。確かに、ここの担当は平塚先生であるため勝手に進めてしまうと都合がつかなくなってしまう。
「んー、ああそうだ。この『こころ』を読んで考えたことを先生に教えてくれ。なんか適当な紙持ってくるから、少し待ってろ」
そう言い残して先生は職員室に紙を取りに行った。
*
「さてさて、どんな考えがあるのかね」
生徒から回収した紙を見ている比企谷先生。
「これにするか。『Kも先生も幸せになったのだろうか』なるほどいい指摘だ。2人とも最後は自ら死を選んだ。愛に生きたと言えば聞こえはいいが、どうなんだろな」
少し楽しそうに話しているところを見ると、この先生はどうやらこうやって人の考えを知るのが好きなようだ。
「次は『お嬢さんが全てを知ったら同様に死を選ぶのだろうか』ほぉ、先生とKではなく、お嬢さん目線でのことを考えたか。そうだなぁ俺は選ぶと思うな。全ては私が・・・とか言いながら」
「んで次は『人のこころというものはどこか醜いと思った』そうだな、人の『こころ』ってのは醜くて、弱くて小さい。だからそれをより良くしようと人と人は関わろうとするのかもな」
一つ一つ丁寧にコメントをする。見ると、他の生徒も先生がどんなコメントをしてくれるのか、少し楽しみにしているようだ。
「最後はこれにするか。『私は比企谷先生の意見が知りたいです』へぇ。俺の考えに興味があるのか。いいだろう」
その意見は覚えがある。だって、私が書いたのだから。
「先生が『こころ』を読んで考えたのは、まず『愛』についてだ。人ってのはこの『愛』を求めようとして人と関わり、人を理解しようとする。けれど、所詮は他人だ。本当に理解することなんてできないし、理解し合うなんてそれこそ夢のまた夢だ。でも、それでも、それを知っていたとしても、誰かが自分のことを想ってくれる、考えてくれる、理解しようとしてくれる、歩み寄ってくれるってのは『幸せ』なことだと思う。」
その言葉に、私を含めた全ての生徒が耳を傾けていた。聞き逃すまいと、全神経を集中させ、先生が紡ぐ言葉を聞いていた。
「もう1つは『善悪』についてだ。先生はこの話の中に『悪人』ってのは居ないと思ってる。誰もが自分の理想を遂げようと必死になった、『K』は愛したお嬢さんを愛し抜こうとした。『先生』はそんな『K』にどこか危機感を覚えつつも、愛したお嬢さんを取られまいと想いを告げた。そんな2人の結末は皮肉にも同じ『自殺』というものになってしまった。それは弱さでも、悪さでも、罰でもない、それが『こころ』だった。誰もが『最善』を尽くそうとし、誰もが自分の『こころ』を偽ろうとした。それが最後の最後で両名ともに正直になった、先生はそう感じたよ」
そして、比企谷先生はまっすぐに生徒たちを見て
「だから、みんなにはどうか『偽り』のない本当の自分ってやつで誰かと関わりをもってほしい、俺は身勝手にもそう願ってるよ」
そう言って、授業終了のチャイムが鳴った。