「なんなの、あれは!」
つい先ほどまで自宅の庭で優雅にティータイムを満喫していたのに、突然変な強面のスーツ男が入ってきたかと思えば、魔弾をぶっ放してきて、庭はほとんど崩壊。魔術師の家系とはいえ、一族の中で落ちこぼれの部類の私ではロクに魔術を使うことができないのでこの男から逃げるしかないのである。ヤツの目的は我が家においてある「ブツ」らしく私では決断しようがない、と伝えたら「じゃあ口封じで死ね」と言ってきたものだからたまったものではない。それでヤツから走って逃げている今があるわけだが、それもつかの間で引きこもりの私の体力では自分の家の蔵の前まで全速力で走ったら息があがって走れなくなった。とりあえず蔵の中に身を隠したが無駄だったようで、
「追い詰めたぞ、女...」
まずい、とうとう追い詰められた。このままでは死んでしまう。後はもうさっきの庭の崩壊音で警察が来ることを願いつつ、時間を稼ぐしか道はない。
「あの箱になんの価値があるのよ!」
「貴様が知る必要はない、というか知らなかったのか? まあお前のような聖杯戦争に縁がない落ちこぼれが知らないのも無理はないか。冥土の土産だ、教えてやろう。それは『英霊』を呼ぶのに必要な触媒だ。この地でその英霊を呼べば、間違いなく我々が勝てるのだ!この地のためにも我々は勝たなくてはいけないのだ!」
「聖杯...戦争...?」
英霊、聖杯戦争、触媒、
様々な訳の分からない単語が出てくるが、今の私に言えることはただ1つ。
「そんなもののために、私は殺されかけてるの?」
「...何?」
男が「何言ってんだこいつ」みたいな目でこっちを睨む。しかし私だって怯むつもりは毛頭ない。
「言った通りだよ。私はそんなもののために死ぬなんて毛頭ごめんだ! 一族の誇り?宝? そんなこと関係ない! いいよ、あんなものくれてやる! 考えても見れば倉庫係とか言われて押し付けられたもののために殺されるなんてアホらしい! 」
変な家に生まれたかと思えば、家柄のせいで他の人たちからも蔑まれ、家族にも落ちこぼれだと笑われる。良いことなんて何一つとない、しかしだからこそ
私は、こんな世の中でも生きていたい。
私はそういうなり、その箱を取り出して中身を開けた。
「...なにこれ?」
そこにあったのは使用済みのような、ボロい葉巻きたばこだった。
その時、
急に手の甲が焼けるように痛くなり、バチバチと電気のようなエネルギーが手の甲に流れてくるような感覚に襲われる。
「うぐっ...何、これ、痛...」
痛みが少し治ってきたので手の甲を見ると、そこに傷や火傷のようなものはなく、代わりにタトゥーのようなものがいつのまにか浮かび出ていた。
「馬鹿な、令呪だと!」
「レイジュ? 何それ?この趣味が悪いようなタトゥーのこと?」
しかし男は私の質問なんか無視で、言葉を紡ぎ続ける。
「まさか、お前もマスターとして選ばれたというのか!?」
マスター?何言ってるんだこいつ。私のタトゥー見て気がおかしくなったのか?
そんな呑気なことを考えていた次の瞬間、ありえない現象が起きた。
急に地面が光り始めて魔法陣が出てきたかと思えば、閃光弾のように眩く光り、目を開けた時には魔法陣の上にどこから来たのか男が一人立っていたのだ。
オールバックの髪型に大きめのコート、右目の上あたりにナイフの傷のようなものがあり、いかにもあちら側の人間、ギャングにしか見えない。そんなことを考えていると、男が口を開く。
「問おうー」
「アンタがオレのマスターか?」
「マスター...?」
何をいっているんだ、この男は。私がバーの店主にでも見えたのか?
「あの、人違い、では?」
「ん?でもお前令呪あるじゃねえか。で?あいつをぶっ殺せばいいのか?」
ぶっ殺す? 今? ここ民家なんだけど?っていうか今私殺されかかってるのか。チラリと私を襲った男の方を向く。目があったかと思えば銃をしまって、両手を挙げた。
「...降参だ。流石に英霊相手じゃ厳しいしな。俺は逃げるとするよ。」
え、私死なないの? よかった。
「あっ、そうですか...」
安堵のあまり、すっとぼけた返事を返す。
「いいのか、マスター?ここで仕留めなきゃ、ヤツはまた襲ってくるかもしれねえぞ?」
もう片方の男は殺る気満々だけど、目の前で撃ち合いなんかされたら巻き添えをくらうのは間違いなくこの私だ。そんなのごめんだね。
「あ、はい。大丈夫です。」
そんなことを目の前の男と話している間に、もう片方の襲ってきた男の方は何処かに消えていた。あいつ日本のニンジャかな。まあ、命の脅威が去ってとりあえず一安心。
ドッと疲れが出た私は地面に腰が抜けたように座り込む。そしてまだそこにいる男にずっと気になっていたことを質問する。
「で、早速質問なんですが...」
「ん?なんだ?」
「聖杯戦争ってなんですか?」
「...は?」
目の前の男から大体の内容を聞かされて、聖杯戦争がなんなのかを把握した。つまりバトルロワイヤルで、生き残った人の願いが叶えられるというシンプルな殺し合い。うん、真っ先に私みたいなやつが死にそうだ。
「まあ、というわけでこれからあんたのことはマスターって呼ばせてもらうぜ」
「...そういえばあなたはどこの英霊なんですか?」
「...いずれ答えてやるが今はやめておこう。もしかしたら他の魔術師が見ているかもしれないしな。全く、盗み聞きとは図々しいヤツらだ。呼び名に困るのならばアーチャー、とでも呼んでくれ。」
アーチャー、狙撃手という意味だけど、この英霊は弓というよりは銃とかバズーカのイメージで狙撃してる姿なんて全然想像できないというか。
なんかもうよくわからなくなってきた。
「...とりあえずあの人に相談しよう。」
あの人、というのはゲームの中でなんやかんやで知り合った魔術師の総本山である時計塔の方で、私が魔術師の家系という話をした時には色々な話をしてもらえた。多分あの人なら聖杯戦争とやらについても色々知っているはずだ。
そうと決めた私は早速連絡をするためにパソコンを起動する。
かつて裏ルートで違法物をさばき、莫大な富を得て、「暗黒街の顔役」とまで謳われ、それでもなお組織の拡大を行った男がいた。男はどこまでも強欲で、ひたすらに富を求めた。
しかし「悪は栄えない」という言葉通り、最盛期を迎えるとともに、男は破滅への道へ落ちていく。
仲間の裏切り、予想外の逮捕、再審請求の却下、持病の悪化、他者からの脅迫
そんな地獄の日々の中で彼は理性を失いかけ、狂人へと堕ち、最盛期の頃とは比べ物にならないほどボロボロに弱って、そして死んでいった。
暗黒街の首領、とまで言われた彼だがそんな彼にもプライドはあった。
かつてこの道へと誘ってくれた男の言葉で「仲間は裏切らない」というもので、彼の組織において最も重要視されたのがそれだった。その掟のおかげで組織が栄えたというのに、それを破って男を罠に陥れたヤツがいた。そのことが原因で男は破滅への道を辿ったのだ。
「かつての裏切り者にケジメをつけさせる。」
それが彼が聖杯にかけた願望だ。
彼は根本的に悪だ。
しかし彼はマスターの命令に反対することはあっても、裏切ることはないだろう。
「裏切り者にはケジメをつけさせる」これは彼にも課せられた掟なのだから。